混沌の時代のなかで、真実の光を求めて

現代に生きる私の上に 仏法は何ができるかを 試そうと思い立ちました。//全ての原発を 即刻停止して、 別の生き方をしましょう。

文学作品

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青空文庫

注文の多い料理店

                        宮沢賢治  1924(大13)年12月1日
                  「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」盛岡市杜陵出版部・東京光原社

                         (1)

 二人の若い紳士が、すっかりイギリスの兵隊のかたちをして、ぴかぴかする鉄砲をかついで、
白熊(シロクマ)のような犬を二疋(ヒキ)つれて、だいぶ山奥の、木の葉のかさかさしたとこを、
こんなことを云(イ)いながら、歩いておりました。
「 ぜんたい、ここらの山は 怪(ケ)しからんね。鳥も獣(ケモノ)も 一疋も居やがらん。
なんでも構わないから、早く タンタアーンと、やって見たいもんだなあ 」
「 鹿の黄いろな横っ腹なんぞに、二三発 お見舞もうしたら、ずいぶん痛快だろうねえ。
くるくるまわって、それから どたっと倒れるだろうねえ 」

 それは だいぶの山奥でした。 案内してきた専門の鉄砲打ちも、ちょっとまごついて、
どこかへ行ってしまったくらいの山奥でした。
それに、あんまり山が物凄(モノスゴ)いので、その白熊のような犬が、二疋いっしょにめまい
を起こして、しばらく吠(ウナ)って、それから 泡を吐(ハ)いて死んでしまいました。
「 じつに ぼくは、二千四百円の損害だ 」と一人の紳士が、その犬の眼(マ)ぶたを、
ちょっとかえしてみて言いました。
「 ぼくは二千八百円の損害だ 」と、もひとりが、くやしそうに、頭をまげて言いました。

 はじめの紳士は、すこし顔色を悪くして、じっと もひとりの紳士の顔つきを見ながら
云いました。
「 ぼくは もう戻(モド)ろうとおもう 」
「 さあ、ぼくも ちょうど寒くはなったし 腹は空(ス)いてきたし 戻ろうとおもう 」
「 そいじゃ、これで切りあげよう。なあに戻りに、昨日(キノウ)の宿屋で、山鳥を拾円も
買って帰ればいい 」
「 兎(ウサギ)もでていたねえ。そうすれば 結局 おんなじこった。では 帰ろうじゃないか 」

 ところが どうも困ったことは、どっちへ行けば戻れるのか、いっこうに見当がつかなく
なっていました。
風が どうと吹いてきて、草は ざわざわ、木の葉は かさかさ、木は ごとんごとんと鳴りました。
「 どうも腹が空いた。さっきから 横っ腹が痛くてたまらないんだ 」
「 ぼくもそうだ。 もう あんまり歩きたくないな 」
「 歩きたくないよ。 ああ困ったなあ、何か食べたいなあ 」
「 喰(タ)べたいもんだなあ 」
二人の紳士は、ざわざわ鳴る すすきの中で、こんなことを云いました。
その時 ふと うしろを見ますと、立派な一軒の西洋造りの家がありました。 そして 玄関には
     RESTAURANT
     西洋料理店
     WILDCAT HOUSE
     山猫軒
という札が出ていました。

「 君、ちょうどいい。ここは これで なかなか開けてるんだ。入ろうじゃないか 」
「 おや、こんなとこに おかしいね。 しかし とにかく 何か食事ができるんだろう 」
「 もちろんできるさ。 看板に そう書いてあるじゃないか 」
「 入ろうじゃないか。 ぼくは もう何か喰べたくて倒れそうなんだ 」
 
 二人は玄関に立ちました。玄関は 白い瀬戸の煉瓦(レンガ)で組んで、実に立派なもんです。
そして 硝子(ガラス)の開き戸がたって、そこに 金文字で こう書いてありました。

「 どなたも どうかお入りください。決して ご遠慮はありません 」

二人は そこで、ひどく よろこんで言いました。
「 こいつは どうだ、やっぱり世の中は うまくできてるねえ、きょう一日なんぎしたけれど、
こんどは こんないいこともある。このうちは 料理店だけれども ただで ご馳走するんだぜ 」
「 どうも そうらしい。決して ご遠慮はありません というのは その意味だ 」

二人は戸を押して、中へ入りました。 そこは すぐ廊下になっていました。その硝子戸の
裏側には、金文字で こうなっていました。

「 ことに 肥(フト)った お方や若いお方は、大歓迎いたします 」

二人は 大歓迎というので、もう大よろこびです。
「 君、ぼくらは 大歓迎にあたっているのだ 」
「 ぼくらは 両方兼ねてるから 」

ずんずん廊下を進んで行きますと、こんどは 水色のペンキ塗(ヌ)りの扉がありました。
「 どうも 変な家(ウチ)だ。 どうして こんなに たくさん戸があるのだろう 」
「 これはロシア式だ。 寒いとこや山の中は みんなこうさ 」

そして 二人は その扉をあけようとしますと、上に黄いろな字でこう書いてありました。

「 当軒は 注文の多い料理店ですから、どうか そこは ご承知ください 」

「 なかなか はやってるんだ。 こんな山の中で 」
「 それあそうだ。見たまえ、東京の大きな料理屋だって 大通りには すくないだろう 」
 二人は云いながら、その扉をあけました。するとその裏側に、

「 注文は ずいぶん多いでしょうが どうか 一々こらえて下さい 」

「 これは ぜんたい どういうんだ 」 ひとりの紳士は 顔をしかめました。
「 うん、これは きっと注文があまり多くて 支度(シタク)が手間取るけれども ごめん下さい
と斯(コ)ういうことだ 」
「 そうだろう。 早く どこか室(ヘヤ)の中に入りたいもんだな 」
「 そして テーブルに座りたいもんだな 」
ところが どうもうるさいことは、また扉が一つありました。そして そのわきに鏡がかかって
その下には 長い柄(エ)のついたブラシが置いてあったのです。
 扉には 赤い字で、

「 お客さまがた、ここで 髪をきちんとして、それから はきものの泥を落してください 」

と書いてありました。
「 これは どうも もっともだ。 僕も さっき玄関で、山の中だとおもって見くびったんだよ 」
「 作法の厳しい家だ。 きっと よほど偉い人たちが、たびたび来るんだ 」
 
そこで 二人は、きれいに髪をけずって、靴の泥を落しました。
そしたら、どうです。ブラシを板の上に置くや否や、そいつが ぼうっとかすんで無くなって、
風が どうっと 室の中に入ってきました。
二人は びっくりして、互によりそって 扉をがたんと開けて、次の室へ入って行きました。
早く 何か暖いものでも食べて、元気をつけて置かないと、もう途方(トホウ)もないことに
なってしまうと、二人とも思ったのでした。
扉の内側に、また 変なことが書いてありました。

「 鉄砲と弾丸(タマ)をここへ置いてください 」

見ると すぐ横に黒い台がありました。
「 なるほど、鉄砲を持って ものを食うという法はない 」
「 いや、よほど偉いひとが 始終来ているんだ 」
二人は 鉄砲をはずし、帯皮を解いて、それを台の上に置きました。
また黒い扉がありました。

「 どうか 帽子と外套と靴をおとり下さい 」

「 どうだ、とるか 」
「 仕方ない、とろう。 たしかに よっぽど えらいひとなんだ。奥に来ているのは 」
二人は 帽子と オーバーコート を釘にかけ、靴をぬいで ぺたぺた歩いて 扉の中に入りました。
扉の裏側には、

「 ネクタイピン、カフスボタン、眼鏡(メガネ)、財布、その他金物類、ことに尖(トガ)ったものは、
みんな ここに置いてください 」

と書いてありました。扉のすぐ横には 黒塗りの立派な金庫も、ちゃんと口を開けて置いて
ありました。 鍵(カギ)まで そえてあったのです。
「 ははあ、何かの料理に電気をつかうと見えるね。 金気(カナケ)のものはあぶない。
ことに 尖ったものはあぶないと こう云うんだろう 」
「 そうだろう。して見ると 勘定は 帰りに ここで払うのだろうか 」
「 どうも そうらしい 」
「 そうだ。きっと 」
 
二人は めがねをはずしたり、カフスボタン をとったり、みんな金庫の中に入れて、ぱちんと錠
(ジョウ)をかけました。
すこし行きますと また扉があって、その前に 硝子(ガラス)の壺が一つありました。
扉には こう書いてありました。

「 壺の中のクリームを 顔や手足に すっかり塗ってください 」

みると たしかに壺の中のものは 牛乳のクリームでした。
「 クリームをぬれ というのは どういうんだ 」
「 これはね、外がひじょうに寒いだろう。室(ヘヤ)の中があんまり暖いとひびがきれるから、
その予防なんだ。どうも 奥には、よほど えらいひとがきている。こんなとこで、案外ぼくら
は、貴族とちかづきになるかも知れないよ 」
二人は 壺のクリームを、顔に塗って 手に塗って それから 靴下をぬいで足に塗りました。
それでもまだ残っていましたから、それは 二人とも めいめい こっそり顔へ塗るふりを
しながら喰べました。
それから大急ぎで扉をあけますと、その裏側には、

「 クリームをよく塗りましたか、耳にも よく塗りましたか 」

と書いてあって、ちいさなクリームの壺が ここにも置いてありました。
「 そうそう、ぼくは 耳には塗らなかった。あぶなく 耳にひびを切らすとこだった。ここの
主人は じつに用意周到(シュウトウ)だね 」
「 ああ、細かいとこまで よく気がつくよ。 ところで ぼくは 早く何か喰べたいんだが、
どうも こう どこまでも廊下じゃ 仕方ないね 」

                  (つづく)

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