混沌の時代のなかで、真実の光を求めて

現代に生きる私の上に 仏法は何ができるかを 試そうと思い立ちました。//全ての原発を 即刻停止して、 別の生き方をしましょう。

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 【 天皇ご一家までも、放射能に晒して 平気な右寄りの人々 
 ――― 彼らは 戦前の大国主義への 自らの郷愁のために 
     畏れ多くも 天皇を利用しているだけである。
 
     この国の欧化のため、維新だと 担ぎ出して、西欧の皇帝or神擬きの存在になし、
     自らの保身の盾として 大元帥閣下となし奉り、
     その下に、この国を 破滅の淵に導く所業を為した明治以来の大逆を
     深く反省することもなく、 
      この度の原子力災害に際して、またしても 天皇を 己がための盾になして
     恥じることなし。
 
                                                           2012年8月23日
 天皇、皇后両陛下は 23日午前、静養のため長野新幹線で 北佐久郡軽井沢町に入られた。
同町や群馬県草津町に滞在し、29日に帰京する。
 両陛下は、JR軽井沢駅の ホーム で出迎えた阿部守一知事や藤巻進軽井沢町長らに 「ご苦労
さま」 「ありがとう」と声を掛けられた。 駅通路を通って 北口から車に乗り込むまで、集まった
約400人に笑顔で手を振った。
 午後は、旧満州 (現中国東北部) から引き揚げた人たちが開拓した軽井沢町大日向地区で
野菜畑を散策する。
                      長野県北佐久郡軽井沢町の周辺地図-Yahoo!ロコ
                http://www.town.karuizawa.nagano.jp/ctg/Files/wefl/img/FileIcon_pdf.gif軽井沢町内都市公園放射線量測定結果(平成24年5月28日測定分)
 
 
                        経済の死角 現代ビジネス 2011年7月29日 
 夏休みシーズンを迎え、今年も 皇室ご一家は各地へ静養に出かけるが、原発事故の影響に
より、その行き先が一部で注目されていた。
「  天皇・皇后ご夫妻は 須崎御用邸 と 軽井沢、皇太子ご一家は 須崎と栃木の 那須御用邸へ
行かれるのが、ここ数年の通例ですが、今年は 原発事故により、那須で非常に高い線量の
放射線が検出されている。 本当に那須で静養されるのかが、焦点になっていたのです。
これまでは、とくに 雅子妃が 那須をお気に入りということで、例年10日以上にわたって長期滞在
されていたが、まだ 9歳の愛子内親王のことを考えると、高線量の那須に長期滞在する
のはどうか、という声が宮内庁内にあった 」(皇室ジャーナリスト)
                                        御用邸 - Wikipedia
 軽井沢のほうが 線量は比較的低いため、宮内庁内部では 皇太子一家の軽井沢行きを勧める
声もあったというが結局 例年通り那須と決定した。
宮内庁幹部は、 『(静養先は) 例年通り。東電管内でないとまずいだろう』 と話していました。
 実は 軽井沢は、中部電力管内なんです。 国民が真夏に 『節電』で暑さに耐えているときに、
皇太子一家だけが 東電の管内から逃れるというのは、国民の理解を得にくいだろうという判断
があったようです。 那須は 職員用の風呂を開放して 被災者から好評を博したこともありますし
                                          (前出・皇室ジャーナリスト)
 放射能の影響が心配でないはずがないが国民とともに歩む皇室像を貫いた ということの
ようだ
 皇太子夫妻は、6月に被災地を慰問に訪れた。
「 ヘリコプターから降りてこられた雅子妃のお顔を見て、心配になりました。
 生気がなく、とても不安そうな様子に見えました。これで 今日一日乗り切れるのだろうか、
と思ったほどですが、避難所を回り、被災者と直接言葉を交わすうち自然に表情もほぐれてきて、
最後は涙ぐんだり、被災者に直接手を触れて励ますような仕草もありました。雅子妃にとっても、
一種の 『リハビリ』 になったのではないでしょうか 」(現地で取材した記者)
 那須でも 一家の笑顔が見たいものだ。
 
                                那須御用邸の周辺地図-Yahoo!ロコ
 
 
   参考: 何という無神経さか!    2012/5/4
              皇太子ご一家:静養のため栃木・那須に   毎日 2012 5月3日  
        教育界は 無法地帯になった !   2012/8/18

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「堪え難きを耐え、忍び難きを忍び」という悲痛な演説がオーバーラップします。様々な問題をかかえる天皇家の今日の姿が、日本という国の行き詰まった姿を象徴しているように思えます。

2012/8/28(火) 午後 11:28 [ hanamaru玖珠 ] 返信する

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「hanamaru玖珠」さんへ。こんばんわ。
日本の政治というものは、時代を下るとともに 世俗性を増してきました。昔は
「政」とは マツリゴト(祭りごと)と読みますが、神々の前でなす営み
でした。 争いごとも、神々の前で調停されるべきものでした。
しかし、漢帝国末期or崩壊によって、大陸の影響が 朝鮮半島や海を渡って
日本列島にも及び、やがて 隋、唐と 中国の政治的統合が進むにつれて、
それに影響されつつも、朝鮮や日本でも 独自の国内秩序を作りました。

きわめて祭政一致の国・日本は、世俗性の強い中国文化を取り入れることで、
政治中枢に矛盾を抱え込んでしまい、やがて 平安末期から鎌倉時代に、祭と政
の分離という結果になりました。これ以降、わが国は 祭と政の分離をもって、
世俗性の増大( 民衆の欲望追求&その手段の増大 )に対処してきました。

ところが、明治の「維新」というのは、世俗主義の列強に対抗するために、
1000年前の祭政一致の理念を強引に復活し、しかも 内実は西欧型の政治制度
をもつ国にしてしまった!(続)

2012/8/29(水) 午後 7:48 [ kyomutekisonzairon ] 返信する

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世俗性に対処するために、祭と政の分離をもってするのでなく、祭政一致の体裁
を取るという選択をして、1945年の国家崩壊を来し、二度と立ち上がれない
ほどの事態を招いてしまった!

戦後は、なおも これを反省することもなく、明治の理念を踏襲し、天皇は
民衆統治の道具となり、「富国強兵・殖産興業」という世俗理念は 前者を
放棄し、後者を生き残らせた。
そうした 戦後日本人の自己に対する誤魔化しが、3.11の原発事故となって
結果してしまった。

天皇は 御簾の中のマツリゴトの世界にいて、表(世俗世界)に出て 何らかの
政治的影響を与えるべきものでない! 日本人は、天皇の政治利用への誘惑を断ち
切ることがない限り、いつまでも この世俗性の増大に対して、正しく対処できない
――― というふうに、私は 考えています。合掌

2012/8/29(水) 午後 8:07 [ kyomutekisonzairon ] 返信する

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