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(9) のつづき
では、それは 何だったか?
もし、年1m㏜の追加被曝限度を適用すれば、200万人の住民を避難させ
なくてはならなくなり、政府は これはできないと判断したわけで、日本学術会議
も そう考えたわけですが、 問題は その「できない」理由です。
これが、明瞭ではありません。
ICRPがどうのこうのと言う前に、わが国の法律 1m㏜/年で住民を守ることを
捨てた理由を、我々は ちゃんと聞かされたでしょうか?
よく聞かされたことといえば、先の 日本学術会議会長・金澤 一郎氏の談話 にも
あるように、
おびただしい数の人が避難しなければならないことになり、かえって 避難者の多くに
そのことによる身体や心の健康被害などが発生する危険性があります。 そこで、・・・
と、「 ひとえに被災住民のため 」 というような恩恵的な言い方ばかりです。
私は、これを 卑怯な言い方と思います。
この談話で、ICRP防護基準の「3つの原則」⋆を述べるなかで、
第2に、今回のような緊急事態に対応する場合には、一方で 基準の設定によって防止
できる被害と、他方で そのことによって生じる他の不利益 (例えば 大量の集団避難による
不利益、その過程で生じる心身の健康被害等) の両者を勘案して、リスクの総和が 最も
小さくなるように最適化した防護の基準をたてること。
・・・
このように、ICRPの考え方によれば、健康を守るためには被曝線量は低い方がいいことは
当然ですが、被曝線量の限度を低く設定すると、そのことにより他のデメリットが生じることが
あり、これらを相互に比較して、最適な防護が得られるようにすべきだということになります。
緊急時には、単に 線量を最低にすることではなく、様々な要因を考慮して、合理的に達成
できる限り被ばく線量を低く保つことが必要なのです。
と説明しています。
⋆ 正当化、 最適化、 線量限度
よく表しているものです。
人はみな このような功利的な考え方をするわけではありませんが、ICRPは
その考え方を 平気で 各国に勧告するわけです。そして、日本の専門家(科学者)
も 政府も これを有難がって、頭の上に押し戴いているのです。
――― この構図の異様さに、我々は 気づくべきだろうと思います。
今、注目したいのは、大量の集団避難による不利益 と言っていますが、この不利益
は 誰の不利益なのか? ということです。
事故以来 強調されてきたのは 「被災住民の不利益」ばかりでした。
住民は もちろん いづれにしても不利益を被ります。 当り前のことを強調する
ことで、本当の意図or事柄を隠すという態度は、かの枝野官房長官も この談話
の主も同類でしょう。
そこで言われていないことは、
① 避難or移住に対処をする 意思も 能力も、科学技術の先進国であり
世界の経済大国である日本の行政は もっていないという事実。
② 避難or移住で生じる不利益は、被災住民だけではないという事実。
でしょう。
①については、原発事故を起してしまったわけなので、本当の意味での
行政能力⋆のレベルは、もはや 国民の眼には明らかです。
彼らが 「 今までのあり方が間違っていた、申し訳ありません 」と深刻な
反省をして 国民の前に 俎板の鯉になろうという姿勢を示せない限り、
このような者たちに、国の将来を託するのは慎重にならざるを得ません。
⋆ 国民or住民を騙して 悲惨な状況に導くだけの行政能力には長けていました。
② 被災住民以外の誰が 不利益を被るのか?
前記事の欄外に掲げた 経団連会長や経済同友会の新旧両代表幹事
の発言、さらに原子力委員会の内部資料を見ても分るように、
彼ら経済界や原子力を推進してきた当事者らは、3.11後も 従来のやり方
・考え方を 何ら変更する気はないのです。
@ YouTubeの 経済同友会トップの面構えを見ても、自信に満ちて堂々としています。
首都東京が 壊滅するかもしれなかった危機を経て、なお 精々 東電送電圏
東京に集中した 本社機能を見直す程度の アイディア しかなく、従来の企業の
あり方に 深刻な疑問を懐けない 企業経営者の この鈍感さに、我々は 注目
すべきだと思います。
彼らは 所詮 己が利益を追求する商売人でしかなく、そういう者らに 堂々
と 国の運命を左右させている 今日の政治・経済のあり方そのものが、実は
政府をして 年1m㏜を捨てさせたのではないでしょうか?
すなわち、年1m㏜で 一番 不利益を被るのは、国際的に広がった 今日の
政治・経済体制だったはずです。 被災住民や一般の国民の不利益など 高
が知れているわけで、 避難or移住 及び それに伴う負担を 自らの責任として
背負う気のない この国の政治・経済 及び学問を主導してきた者たちこそが
最大の不利益を被る者であったはずなのです。
いわば、3.11以前のあり方or理想が崩壊すること、これが 最大の不利益
だったはずではないでしょうか?
しかし、そもそも この従来のあり方or理想は、年1m㏜を犠牲にしてまで
後生大事に守らねばならないほどの価値が、我々にあったのでしょうか?
日本学術会議の会長・金澤氏が、その専門家としての権威で、ICRPの
功利的な思想を唱道して、経済人や官僚を安心させたのは、まさに この
ICRPが 3.11以前の学問活動や経済活動の破綻を隠し、その継続を保障
してくれているからでしょう。
「放射線防護の最適化」という思想の真意は、まさに ここにあるからです。
すなわち、原発事故によって、従来の政治・経済体制 及び 原子力推進を
破綻させないために、ICRPが用意した魔法が「最適化」だったのでしょう。
このICRPの魔法は、しかし 人間の倫理性を 麻痺させることなしには、
成立しません。この麻痺の薬が 功利主義(メリット・デメリット)です。
人間我々の心の中にある卑しい損得勘定に訴えて、善悪の倫理的感覚を
麻痺させるわけです。
そして、大抵の専門家(科学者)が このICRPの魔法に簡単にかかるのは、
まさに、科学研究というものの本質が、人間の心の奥にある損得勘定
に根を張っているからでしょう。
仏教(唯識)では、これは 末那(マナ)識として 古くから知られている
もので、科学者の行為が 社会に多くの災害を引き起こしてきた理由は、
科学(者)というものが、本来 この末那識を克服できないからです。
また、実存哲学というのが 西欧にありましたが、ある人は 我々人間を
美的実存・倫理的実存・宗教的実存の3タイプで考えました。
そして、科学活動は 経済活動とともに、美的実存を越ええない・・・。
国益・国民本位の質の高い政治の実現に向けて 2013年1月15日
一般社団法人 日本経済団体連合会
2013年10月23日 政策評価について
※ 経済界の責務は、
経済界としても、これまで以上に積極的・主体的な取り組みにより、経済の好循環
を実現していく覚悟である。
というような 脂ぎった元気の良い所にあるのではなく、経済活動の倫理性にある
のではないのか?!
政治に要求するのは、いい加減にして < 電力会社、原子力機構に多額寄付
というふうな不明朗な行為を、その活動から一掃することの方が先決である。
否、福島第一原発事故に対して、経済界は 何の責任もなかったのかどうか?
――― 政策評価という傲慢なことではなく、自らの経済活動の評価を 第三者に
資金を出して やってもらうことこそ、国のためにも 経済界のためにもなるのでは
ないだろうか? もちろん、この第三者は 信用格付をするのではない。企業活動
が国民に不利益をもたらしていないかどうかという観点から評価するのである。
この観点からは、東電送電圏で活動する企業は、福島第一原発事故に対して
応分のマイナス評価をされて しかるべきだろう。
その最大の減点項目は、事故後にも なお 事故に対する己の責任が ピンときて
いない鈍感さである。
合掌
(つづく)
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