混沌の時代のなかで、真実の光を求めて

現代に生きる私の上に 仏法は何ができるかを 試そうと思い立ちました。//全ての原発を 即刻停止して、 別の生き方をしましょう。

現代の問題 1.〜科学

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気候と人類活動(1)

(20) のつづき
 
 気候と人類活動(1)
 
  ヴュルム氷期(7万年〜1.8 or 1.3万年前)の海面は、今より 140m(100、150m
 という記述もある)程低く、日本列島は、朝鮮半島・樺太を経由して 大陸と地続き
 であったし、瀬戸内海も陸域だった。
 
  今まで人類の主流だった ネアンデルタール人等が滅んで、ホモサピエンス(約25万年前
 に アフリカに誕生し、約10万年前 アフリカを出てから 世界に広がる)にとって代わったのは、
 今から3万年ほど前の この寒冷期のことだったという。
 この間の経緯については 今は置いておいて、我々の祖先である ホモサピエンスの
 その後の歴史を 気候との関係で見ていくことにする。
 
  気候の変動(温暖期と寒冷期)が、我々人類に どのような影響を与えたか
 を見るためである。 すなわち、人類は 温暖な時期に どのような状態にあり、
 寒冷な時期どうであったかを見ていく。
 
 
   新生代において、
          新生代の気候変化                          横軸は 単位100万年前
   http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/1b/65_Myr_Climate_Change.png
                                             
                                      今問題にしているのは ココ
      Pal  暁新世、Eo  始新世、Ol  漸新世、Mio  中新世、Pli  鮮新世、Pit 更新世
                                                (約258万〜約1万年前)
 
 
 
  気温は、約11万年前頃から少しずつ低下し始め、多少の変動はあったが 全体
 として低下を続け、2万〜1万8000年前に低温のピークに達した。その後 急速に
 気温は上昇するが、1万3000年程前1000年程度の寒の戻り(新ドリアス期
 を経た後、1万年程前に ほぼ現在の水準に達した。
 
  ヴュルム氷期には、海水の一部が氷床となって陸地に固定されたため、
 冒頭に述べた日本列島だけでなく、世界中で海退が起こり、浅海が広範囲に
 わたって陸地化した。
 
 ●氷期にも アラビア半島内陸部は砂漠が広がり、人類の生存に適していなかった
 が、海水準の低下で アラビア半島南部沿岸は 今よりも陸地が広く、インド洋
 モンスーン を水源とする 淡水の湧くオアシスが点在していた。10万年前 アフリカを
 出た人類の一部は このオアシスを頼りに 海岸沿いに 東に移動したという。 
        クリックすると新しいウィンドウで開きます
  (現在のイエメンからオマーンにかけての陸地に、約7万年〜約1万2000年前までの間、
   人類が住んでいた痕跡がある
 
   アラビア半島を海岸沿いに反時計周りに移動すれば、ペルシャ湾へと到る。
  ペルシャ湾は 現在平均水深50mほどの浅い内海で、当時 ホルムズ海峡の辺り
  まで、周囲から河川が流れ込む水と緑の豊かな陸地(峡谷)だった。
  人類は そこから さらに メソポタミアヨーロッパ、アジア、オーストラリア、
    南北アメリカに拡散したとされる。
 
   ヨーロッパに進出したグループは、その後も 中東地域及びアフリカ地域との
  交流が保たれたため、これらの地域の人々の間で 遺伝的な差異が生じず、
  現在でも同じ コーカソイド(西ユーラシア人)に分類される。
   しかし、東南アジア・東アジア方面に進出した人々は、天然の要害である ヒマラヤ
  山脈・アラカン山脈が障害となり、中東・インド亜大陸の人々との交流を絶たれ、
  独自の遺伝的変異・環境適応を成し遂げた。これがモンゴロイドである。
 
   ※ 近年 「人種」という分類法は否定されている。アフリカ集団内の遺伝子の多様性は
    他の人種の多様性より大きい。(人種とは、人間を分類する用法の1つ。 生物学的な
    亜種とは 異なる概念である。現生するヒトは 遺伝的に極めて均質で、種や亜種
    に値する差異も存在しない。)
 
 
  東南アジアでは、 スンダ列島(インドネシア)から インドシナ半島にかけての海域が
 「スンダランド」と呼ばれる陸地となり、 ベーリング海峡も 地峡となって 北アメリカ
 と シベリアは陸続きになった。
 
 ●スンダランドは BC12000〜BC4000年の約8000年間にわたる海面上昇により
 海底に没した広大な陸地で、アジア系諸民族の故郷となった場所である。
  BC5万年頃から 彼らの一部が、北上して モンゴルやシベリアにまで広がり
 マンモスハンターになった。彼らは 徐々に寒さに適応して 北方系アジア民族になった。
  また、一部は 海洋民族として太平洋に広がり、一部は スンダランドと陸続きに
 なっていた ジャワ島バリ島から海を渡り オセアニアに移住した(7万〜5万年前)。
 これが、アボリニジ等のオーストラロイドである。
 ※オセアニアにも オーストラリア と ニューギニアの間に 平野(サフールランド)があった。 
 
  中国朝鮮半島日本に囲まれた黄海も スンダランドと平野で繋がっていた
 という。 
 
   ※ 人類とマンモスの関わり
       フランスルフィニャック洞窟1ペシュ・メルル洞窟には旧石器時代
      に描かれたとされる マンモスの洞窟壁画がある。旧石器時代のドイツの
      ゲナスドルフ遺跡から マンモスを描いた石板が発見されている
 
       1 ヴェゼール渓谷にあり ラスコー洞窟から 25km、全長 10kmの巨大洞窟。
                     13000年前。洞窟全体で 150頭近くのマンモスが描かれている(動物全体
          の壁画の8%が マンモス、他に 馬と牛が それぞれ30%)。洞窟内は撮影禁止。
 
  http://inoues.net/france/france_add142.jpg
                                       Rouffignacの洞窟壁画
 
                    ラスコー洞窟の壁画
 
 
       ウクライナポーランドで マンモスの骨で作られた住居跡が発掘された。
 
       約1万年前に氷期が終わり、高緯度地域の気温が10℃程上昇したが、
      この温暖化以前の シベリアは乾燥した大地で、柳やイネ科の草が生えた
      草原が広がっていた シベリアで発見された マンモスの胃の内容物から、
      イネ科の植物がマンモスの主食であり、他にキンポウゲ科 ヨモギ類など
      を食べていたと推測される。
 
          ※ 米、トウモロコシコムギ世界三大穀物は、みな イネ科である。
 
      ころが、温暖化に伴って湿潤化し、一年の半分は 大量の雪が降り
      積もり、植物の生育に適さない大地へと変貌していって、食料の草木が
      激減したため、マンモスも シベリアから消えていってという説がある。
       アメリカアリゾナ州では、約1万2千年前のマンモスの化石の骨の間
      から、石でできた槍の穂先が見つかった。
      アメリカ大陸のコロンビアマンモスの化石の検証から、マンモス絶滅の原因
      として 伝染病が最近 提唱されている。これは、アメリカ大陸でマンモスの
      化石と一緒に発見された矢じり (人間による狩猟の証拠) は、全体で 7件
      しかないにもかかわらず、病変と見られる 大腿骨の変形が 8割近くの
      化石で確認されていることによる。 この伝染病は 人間が連れてきた
      家畜だと推測されている (米大陸に人類が進出して 800年程で マンモス
      は絶滅している)。
 
 
 ● アフリカ大陸で進化した人類は、ユーラシア大陸を経て、最終氷期の1.8万〜
 1.5万年前(1.4万〜1.2万年前) ベーリング地峡南北:最大1600km) を渡り、
 厚い氷河に覆われた内陸部のアラスカ・カナダ・北アメリカを避けて、太平洋沿岸
 (今は海中に没しているが、当時の太平洋沿岸は、氷河も無く、水と食料の調達可能な、
 緑豊かな陸地だった) に沿って南下した。
 
 
 
 
 
     ※ 稲作 - Wikipedia
         稲作は、約1万年前の中国長江流域の湖南省あたりから始まった
       とされている。
 
       @ 長江下流の浙江省寧波河姆渡(カボト)村で、約7000〜6500年前
         水田耕作遺物 (水田遺構は発見されていない) が 1970年代に発見され、
         1980年代に、現在の所 最古の水田遺構が 彭頭山文化前期・約8000年前
         の長江中流 湖南省彭頭山遺跡で見つかった。
 
        今に繋がる栽培種の起源は、一つの野生イネ集団から耐冷性の
       高いジャポニカ米の系統が生まれ、後に その集団に異なる野生系統が
       複数回交配し、耐冷性の低いインディカ米の系統が生じたという。
         ⋆ 祖先型野生稲は すべて赤米で、普通稲は 種皮の組織をつくる遺伝子の
           欠損によって生じたとされる。そのため 赤米は、ジャポニカ種・インディカ種、
           陸稲・水稲、粳(うるち)米・糯(もち)米にかかわらず存在する。
       インディカ種は ジャポニカ種以上に分化している。中国では、淮河と長江
       との中間地域で 両者が混交し、長江以南で前者、淮河以北で後者が
       優占する。 日本や中国東北部、朝鮮半島では 主に ジャポニカ種が、
       中国南部や東南アジア山岳部では ジャバニカ種が多く、中国南部から
       インドにかけての広い地域で インディカ種が栽培される。
 
        稲は 夏期に ある程度 高温になる温暖湿潤の気候が適している。
          今日の米所・新潟、山形、秋田など冷涼地の晩稲は 「鳥またぎ」とされ、
         食味では台湾米の比するところではなかった。
         温帯原産のジャポニカ種は 本来 熱帯気候には適さず、温帯に属する日本でも、
         夏期に猛暑が続くと登熟障害を起す。
                
         稲の食用部分の主成分・でんぷんは、分子構造の違いから アミロース
        アミロペクチンに別けられる。米の食感は、両者の含有配分により大きく異なる。
        アミロース含量が少ない米は 加熱時に柔かくモチモチした食感になり、アミロース含量
        が多いとパサパサした食感になる。日本人の食文化では、低 アミロースの米を
        「美味しい」と感じる。この好みは、世界的には 少数派となっている。
         通常の米は 20%程度の アミロース を含んでいるが、遺伝的欠損により アミロース
        含量が 0%の品種もある。これがモチ性品種である。モチ性作物は稲だけで
        なく、アワ、キビ、ハトムギ、モロコシ、トウモロコシ、オオムギ、アマランサスに
        見つかっている。これらの作物は世界中で栽培されているが、この品種が栽培
        される地域は 東南アジア山岳部の照葉樹林帯だけ(モチ食文化圏)。
         日本列島自体が 西半分を「モチ食文化圏」と同じ照葉樹林に覆われており
        また ハレの日に もち米を食べる習慣がある(オコワ、赤飯、お餅)ことから、
        日本文化の一つのルーツとされる。
 
 
 
                         (つづく) 

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