混沌の時代のなかで、真実の光を求めて

現代に生きる私の上に 仏法は何ができるかを 試そうと思い立ちました。//全ての原発を 即刻停止して、 別の生き方をしましょう。

現代の問題 1.〜科学

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気候と人類活動(4)

(3) のつづき
 
 
この 最後の氷河期に、アラビア湾(=ペルシア湾)の海面は 約100m or それ以上に
下がり、アラビア湾盆地を 全て干上がらせた。 
 
 アラビア湾の海底には、チグリス-ユファラテス河が 潟や沼沢地帯を伴って延び、その
河口は ホルムズ海峡に達していたが、3万3000年〜2万4000年前 雨期に繁茂
した 緑が豊かだった陸地は 乾燥し始め、約1万5000年前までに沙漠化した。
 
 1万年ほど前、雨が減り 乾燥化が進んで 広大な緑地が砂漠となった。
そのため、人々は 生活圏をせばめられ、 オアシスや山間部など 水の豊富な
場所に移り住むしかなくなった。
 その中で、必要にかられて 食用の植物の栽培 や 動物の飼育を行うように
なった。 この農耕・牧畜の開始は、人間の生活スタイルを がらりと変えた。
それまでの 食べ物を求めての流浪の生活は、 はるかに 安定したものになり、
定住が可能となった。
 
 
 
 
    BC 6750年頃   ジャルモ遺跡50戸ほどの家屋に 約300 人が居住していた
    初期農耕村落(小麦・大麦・豆などを栽培。降水に依存する天水農業
     家は 石の基礎の上に粘土壁が築かれ、炉や土器がそなえてあった。
    道具は、石のカマや杵、うすなどが使われていた。 
    家畜は羊・山羊・牛・豚など
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  氷河が融けるにつれ、アラビア湾は 再び海水で満たされ 約BC 6000年には
現在の海面に達した。BC 4000年には 現在の海面よりも 約2m上昇、その後
ゆっくりと後退して行った。
 
 
 ハッスーナ文化
    文化の範囲は 西は ハブール川近くバグーズ、東は イランのザグロス山脈、
   南は チグリス川下流のサマッラ、さらに そこから東南のチョガ・マミまで。
        彩文土器(八ッスーナ土器 → 前7千年紀後半 サマッラ土器)
 
                     「カンバス」としての土器 西アジア先史土器における彩文装飾
        かなりの距離の運河を掘り、それを維持する灌漑技術。
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   ハラフ文化 BC6000年〜BC5300年頃
   北メソポタミアシリア・アナトリアなど肥沃な三日月地帯」で始った有土器新石器文化
    テル・ハラフ遺跡(BC1万年紀〜、アラム人)
     乾燥地帯であり、住民は 雨水に頼り灌漑は行わない乾燥地農業を行い、
      〜 エンメル麦(二粒系小麦の一種)や二条オオムギ亜麻など 
      ヒツジヤギを飼育していた。
      ハラフ式陶器土器)は、ニネヴェテペ・ガウラチャガル・バザール
     など メソポタミア北部(含 アナトリア)の広い地域で出土。
 
   半焼きの粘土や石で作られた小さな女性像、 粘土に押すための石の印章
    
 
 
    BC5000年頃 メソポタミア南部から広がった ウバイド文化に継承され、
    テル・ハラフは長い間放棄された。
 
 
  BC 6500年頃  ウバイド文化が メソポタミアの最南部・現イラク南部から
   広がり始め、BC4000年頃始まる ウルク文化へと引き継がれた。  
    
                                              ウバイド文化の範囲
 
       
    この文化は、3つの社会集団で構成されていた。 穀物や家畜といった
   北メソポタミアで開発された 農産物を作る農民、家畜を追う テント生活の遊牧民、
   葦で作った家で暮らす漁労民である。
     ウバイド文化の集落は、大きな規模の村落、部屋が複数ある長方形の
   泥レンガ造りの家々などを特徴とする。神殿など公的な施設がメソポタミアで
   最初に登場し、10ha以上の面積の大きな集落を 1ha以下の小さな集落多数
   が取り囲むという集権的な集落の構造が現れている。
     この文化特有の土器は、黒や褐色で幾何学模様を彩色された、黄褐色
   や緑がかった色の彩色土器 (ハッスーナ土器とほぼ同時期に出現)。              
                   ウバイド文化後期の土器
 
 
   BC5300年〜BC4700年 ウバイド1期(エリドゥ期) 
     サーマッラー周辺のサマラ文化と強いつながりを持ち、年平均降水量
    120mmの限界線より南の乾燥地帯に 最初の恒久的な集落が築かれた。
 
   BC4800〜BC4500年  ウバイド2期(ハッジ・ムハンマド期)
     大きな集落を中心に 運河網が広く張り巡らされるようになった。
            チョガ・マミ(Choga Mami, BC4700 - 4600年)では灌漑農業の跡が
     発見されており、灌漑手法は速やかに各地に広がった。
 
   BC4500年〜BC4000年 ウバイド3期および4期
     急速な都市化が見られ、文化の範囲も東方のザグロス山脈方向、南方
    のカタール等ペルシャ湾岸方向、北方のメソポタミア北部方向へと伸び、
    北では ハラフ文化に置き換わっていった。
 
       紀元前3800年頃 ウバイド期は急激に終焉を迎えたと見られる。
    この時期は 湖水面の低下、砂丘の活動開始などの直後にあたり、
    乾燥の広がりによって 人間の活動が不可能になったと見られる。
    これ以後1000年にわたり、アラビア東部では人間の活動を示す遺跡は
    見つかっていない。
 
 

 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                              (未完成)
 
 
 
 
 
 
 

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転載させてください(*^ー^)ノ♪☀🗻🌛

2014/5/22(木) 午後 8:07 [ lin*uru*91* ]

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linkuru さんへ。はじめまして。
興味をもって頂き、ありがとうございます。

この記事は 作成中のまま、他の事柄にかまけていて、なかなか 前に進みません。
もう少ししたら 完成する予定です。合掌

2014/5/22(木) 午後 10:08 [ kyomutekisonzairon ]


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