混沌の時代のなかで、真実の光を求めて

現代に生きる私の上に 仏法は何ができるかを 試そうと思い立ちました。//全ての原発を 即刻停止して、 別の生き方をしましょう。

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(6) のつづき

  全国の前方後円墳

    主に日本列島で3世紀半ば〜7世紀初め(畿内大王墓は6世紀中頃まで)
   にかけて築造された(日本列島に広く分布し、約4,800基が存在する)。
                                    古墳大きさランキング
    前方後円墳の存在が明確でないのは、
   北方では 北海道青森県秋田県、南方では沖縄県の4道県にすぎない (他の43の
   都府県では 数百基から 1,2基。最多は千葉県の約720基。離島の対馬壱岐、隠岐
   にも存在する。淡路は未確認)。
    各地域で 最後に建造された時期には ほとんど差がない (5世紀を最後に建造が
   途絶えた徳島県などは数少ない例外)。

    出現期から、大王陵と見られる大型の古墳を始めとする多くの前方後円墳が集中的に
   造られてきた畿内の古墳群では、6世紀半ばに古市古墳群で前方後円墳の築造が終了
   した後、前方後円墳は造られないようになり、大王陵としても 6世紀後半に造営された
   とみられる見瀬丸山古墳か梅山古墳、または太子西山古墳を最後に 前方後円墳から
   方墳へと変わった。
    6世紀後半になると、全国各地で 前方後円墳が造られないようになっていく。
   関東地方や周防など一部の地域で 7世紀前半まで前方後円墳の築造が続いたケース
   もあるが、おおむね6世紀末までに前方後円墳の築造は終了し、その後、首長墓は主に
   円墳ないし方墳に移行し、大王墓など一部の首長墓は 八角墳などの多角形墳に移行
   する。

    後円部が埋葬のための墳丘で主丘だが、時代が下ると前方部にも埋葬が
   なされるようになる。古い形の前方後円墳は 前方部は低く撥(ばち)形で、
   前方部の前面幅が後円部の直径に匹敵するほど開いている。
   次の段階では、前方部が前面に向かってまっすぐ伸び、幅狭く低い。その後、
   時代が下るにつれ 後円部の直径と前方部の幅がほぼ同じとなり(中期)、
   後円部は 新古にかかわらず 大きく高く造られている。
    さらに時代が下ると前方部は 巨大化して、前方部の幅が後円部の直径の
   1.5〜2倍に達し、高さも 前方部の方が高いものが多い(後期)。

    
   2世紀末  倭国大乱  

 纒向型前方後円墳 ; 前方後円墳の嚆矢 or 弥生墳丘墓の終末段階
  特徴
   ・中国の尺度による一定の規格と類型をもって 関東から九州北部の各地にひろがる。
   ・畿内系の土器を伴う。
   ・墳丘の築成法は 版築(板などで枠を作り、土をその中に盛って杵などでつき固める)
    に近い手法で造成されている。
   ・前方部が低く短く、墳丘全長と後円部・前方部それぞれの長さが3:2:1の比となる。

  楯築墳丘墓    岡山県倉敷市             2C末〜3C初
      双方中円墳(両端 72m、墳丘径 50m)  日本最大級の弥生墳丘墓

  纒向古墳群        奈良県桜井市  
   纒向石塚古墳                96m    2C後半?                           http://www.city.sakurai.lg.jp/ikkrwebBrowse/material/image/group/29/20060208100334-1321394.jpg 纒向石塚(まきむくいしづか)古墳/桜井市 
              
   纒向勝山古墳               110m     3C初め
   纒向矢塚古墳                96m     3C前半
   ホケノ山古墳                 80m    3C半ば
   東田大塚古墳                120m    3C後半
 
      以上は、葺石埴輪なし (ただし、ホケノ山古墳には葺石あり)


  神門(ごうど)古墳群    千葉県市原市        3C
    5号墳     約42m、 4号墳    9m、 3号墳    約50m
       埋葬施設を埋めた後の儀式で使われた大量の土器には、手焙形土器
      櫛描文装飾の壺形土器など 弥生時代終末期の東海地方西部以西の特徴を
      持つものが含まれている。   
  西条古墳群      兵庫県加古川市
    52号墓       墳長 約25m              3C前半
  宮山古墳          岡山県総社市三輪   38m
      宮山古墳群には、円筒埴輪の起源とされる宮山型特殊器台(奈良の箸墓古墳
     からも出土。埴輪の元になったか?)、特殊壷が大量に出土。
     舶来の飛禽鏡。
  萩原墳墓群         徳島県鳴門市           3C前半
      1号墳 前方後円墳 27m、 2号墳 国内最古の積石塚
  那珂八幡古墳       福岡市          75m  3C半ば
      正円形でない後円部やくびれ部の広がり方は、箸墓古墳と同じ
  津古生掛古墳       福岡県小郡市           3C末
  石名塚古墳         奈良県天理市    111m   3C後半〜4C初

  中山茶臼山古墳      岡山県岡山市        120m   3C後半〜4C頃
      宮内庁管理下に置かれているため立ち入りが制限されている。
       第7代孝霊天皇皇子の大吉備津彦命(吉備津彦命)の墓に治定
  原口古墳          福岡県筑紫野市    80m
  端陵(はしのりょう)      鹿児島県薩摩川内市 54m


    吉野ヶ里遺跡 ( BC.4C〜 佐賀県 )   
     3世紀に最盛期を迎え、古墳時代に消滅





   弥生時代の墳丘墓は 地域による個性が顕著であったが、前方後円墳は 
  全国的な普遍性をもって現れた。これは、諸首長が共通の墳墓祭祀をもつ
  ようになったことを意味する。

      File:Emperor family tree8-15.png  File:Emperor family tree15-26.png              

  箸墓古墳       奈良県桜井市箸中          3C半ば
         墳長約280m(後円部径 約160m 高さ 約30m 前方部幅 約130m 高さ 約16m
    卑弥呼(? -  247年or248年頃) の墓か?
    宮内庁により陵墓として管理され、研究者や国民の立ち入りが禁止されている。
     第7代孝霊天皇皇女の倭迹迹日百襲姫命の墓に治定
                                        

  浦間茶臼山古墳  岡山県岡山市東区浦間・浅川  3C末
     墳長 約138m(後円部径 約81m 高さ 約13.8m 前方部幅 約61m 高さ 約9.8m
     吉備地方最古の前方後円墳で、箸中山古墳(箸墓)の1/2の大きさで造営か?

  椿井つばい大塚山古墳  京都府木津川市          3C末
     墳長 約175m(後円部径 約110m 高さ 20m、前方部幅 約80m 高さ 約10m

  茶臼山古墳     奈良県桜井市            4C初
     墳長 207m(後円部 高さ 2m弱
       竪穴式石室 (木棺

  大和・柳本古墳群     三輪山の山麓
       西殿塚(にしとのつか)古墳   奈良県天理市中山町  3C後半〜4C初
        手白香皇女衾田陵(宮内庁治定)
       宮内庁管理しており、研究者国民の立ち入りは禁じられている
     墳長 234m(後円部径 135m、前方部幅 118m
     箸墓古墳と同様の吉備様式の特殊器台が 後円部に並ぶ
                    http://www.city.tenri.nara.jp/ikkrwebBrowse/material/image/group/47/kohun_nishitonodukahigashitonoduka_koukuusyashin2.jpg
                           西殿塚古墳(中央)と 東殿塚古墳(上段)
 
   行燈(あんどん)山古墳  奈良県天理市柳本町   4C前半
     宮内庁 第10代崇神天皇の陵に治定。研究者や国民は、自由に立ち入りできない。
     墳長 242m(後円部径 約158m 高さ 約23m
   櫛山古墳   行燈山古墳の後円部に接する双方中円墳        4C
      墳長152m(中円部径 約90m、前方部 長さ及び幅とも 60m、後方部長さ 25m)
   渋谷向山(しぶたにむかいやま)古墳   奈良県天理市渋谷町    4C後半
      宮内庁  第12代景行天皇に治定。
     墳長約289m(後円部径 約163m 高さ 約28m 前方部幅 約153m 高さ 約21m

  津堂城山古墳   大阪府藤井寺市          4C後半
     宮内庁 第19代允恭天皇として陵墓参考地に治定。後円部墳丘の頂上部は
     金網で囲まれ、宮内庁が管理しているため立ち入ることができない。
     墳長208m(後円部径128m 高さ16.9m、前方部幅117m 高さ12.7m
       空から見る古市古墳群 
     大和から河内へと古墳築造が移った初期の大王の陵墓か?

  西条古墳群  人塚古墳尼塚古墳行者塚古墳の3基、現存しない円墳10基
   行者塚古墳     兵庫県加古川市          4C末〜5C初
      墳長 99m
  日岡陵古墳  前方後円墳5基、円墳3基
   日岡陵古墳     兵庫県加古川市加古川町    4C代
      墳長 約85.5m(後円部径 約50m 高さ 約8m、前方幅 約33m 高さ 約6m
       円墳との説あり。宮内庁、景行天皇皇后播磨稲日大郎姫命はりまのいなび
        のおおいらつめのみこと)陵に治定のため詳細不明。


  百舌鳥古墳群  大阪府
    かつて100基基以上の古墳があったとされるが、第二次世界大戦後 宅地開発が
   急速に進み、約半数近くの古墳が破壊され、現存するのはわずか50基に満たない。

   石津ヶ丘(いしづかおか)古墳      堺市石津ケ丘    5C初
     宮内庁 第17代履中天皇に治定。
      墳長 約360m(後円部径 約208m 高さ 約26m 前方部幅 約237m 高さ 約15m
       大仙陵古墳誉田御廟山古墳に次ぐ第3位の規模の巨大古墳
   大仙陵古墳・大山(だいせん)古墳   堺市大仙町     5C前半
     宮内庁 第16代仁徳天皇に治定  
     墳長 約486m(後円部径 約249m 高さ 約35m、前方部幅 約305m 高さ 約33m)
      日本最大の前方後円墳       NintokuTomb.jpg

   田出井(たでい)山古墳                        5C半ば
     宮内庁 第18代反正天皇に治定
     墳長148m後円部径 76m 高さ 13m、前方部幅 110m 高さ 14.8m
   土師 (はぜ) ニサンザイ古墳                    5C後半 
     宮内庁 第18代反正天皇の空墓として陵墓参考地に治定。
     墳長288m(後円部径 約156m 高さ 約24m 前方部幅 約226m 高さ 約22.5m 
     日本で8番目の大きさ。


  古市古墳群  大阪府
   二ツ塚古墳                  羽曳野市誉田

     墳長 110m(後円部径73m 高さ10.1m、頂径 12m、前方部幅60m 高さ8.6m) 

   誉田御廟山(こんだごびょうやま)古墳      同上        5C半ば
     宮内庁 第15代応神天皇に治定
     墳長約425m(後円部径 約256m 高さ 約36m 前方部幅 約330m 高さ 約35m
     二ツ塚古墳の30〜50年後の築造          誉田御廟山古墳
    仲ツ山(仲津山)古墳       藤井寺市沢田     5C前半
     宮内庁 第15代応神天皇皇后の仲姫命の陵に治定
     墳長約286m(後円部径 約168m 高さ 約26m 前方部幅 約188m 高さ 約23m
    市野山古墳                            藤井寺市国府     5C半ば
     宮内庁 第19代允恭天皇に治定
       墳長 230m
    岡ミサンザイ古墳          藤井寺市藤井寺    5C後半
     墳長 242m


  造山(つくりやま)古墳      岡山県岡山市新庄下         5C前半
     墳長約350m(後円部径 約224m 高さ 約32.5m 前方部幅 約230m 高さ 約27m
     墳丘長は、大仙陵古墳約486m)、誉田御廟山古墳約420m)、上石津ミサンザイ古墳
     (約360m)に次ぐ全国第4位の規模。周囲には 榊山古墳や千足装飾古墳など6基の
     陪塚がある。
      現在に至るまで本格的な学術調査は行われておらず、内部は未発掘である。
     天皇陵に比定されている上位3古墳をはじめ近畿地方の巨大古墳が宮内庁により
     国民はもちろん学者・専門家も内部への立ち入りが禁止されているのに対し、ここは
     立ち入り出来る古墳では 国内最大のもの。
  
  作山(つくりやま)古墳      岡山県総社市三須          5C半ば
     墳長約278m(後円部径 約174m 高さ 約24m 前方部幅 約174m 高さ 約23m)
     全国で9位、岡山県下では造山古墳に次ぐ規模。北の丘陵には17基の前期古墳が、
      北東の三須丘陵には 墳丘長140mの前方後円墳(小造山古墳がある。

  両宮山古墳     岡山県赤磐市穂崎            5C半ば
     墳長約194m(後円部径 約103m・高さ 約20m、 前方部幅 120m・高さ 41m
                 二重の周濠をもち、Ryoguzan Kofun air.jpg
         墳丘の平面形は 大仙古墳の大きさの2/5に設計されている。



  河内(かわち)大塚古墳        大阪府松原市・羽曳野市     6C後半
     墳長約330m(後円部径 約185m 高さ 約20m 前方部幅 約230m 高さ 約4.5m)
  梅山古墳             奈良県高市郡明日香村      古墳後期
     墳長約140m (後円部径 72m
  見瀬(みせ)丸山古墳         奈良県橿原市            6C後半
     墳長約310m(後円部径 約162m 高さ 約20m 前方部幅 約211m 高さ 約22m
     350年続いた巨大な前方後円墳時代から 横穴式石室古墳への過渡期を示す。

  

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