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( 復次真如者 依言説分別 有二種義。 云何為二、 一者如実空 以能究竟顕実。
二者如実不空 以有自体具足無漏性功徳。 所言空者 従本以来・・・・若離妄心 実無可空故 )
所言不空者 已顕法体空無妄故
即是真心。 常恒不変浄法満足故 名不空
亦無有相可取。 以離念境界 唯証相応故。
ーーーーーーーーーーーーーーーー(よみかた)ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
言う所の不空とは、すでに法体hottaiは空kuuにして妄無きを顕すが故に、即ち是れ真心なり。
常と恒と不変と浄法とを満足するが故に 不空と名づくるも、
亦た 相の取るべきものあること無し。
離念の境界kyougaiは 唯taだ証とのみ相応するを以っての故なり。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<以上 心真如門>ーーーーーーー
「 真如とは何か? 」ということを 言葉で言ってみると、2つ方面から言える。
1つ 〜 真如とは、如実空である。 2つ 〜 真如とは、如実不空である。
今回は、その「如実不空」について。「心真如門」の表題で語られる最後となります。
海東疏は
「 不空を釈する中に、また三句あり。
初には 空門を牒chousuす。
謂iwaく { すでに法体は空にして妄無きを顕す }と言うが故に。
次に、不空を顕す。{ 即是真心 }より乃imaし{ 名不空 }に至るが故に。
{ 亦無有相 }以下は 第三に、空と不空とは二の差別syabetuなきを明かす。
不空というと雖も、而sikaも相 有ること無し。 この故に、不空は、空に異ならず。
分別所縁の境界を離れて、唯taだ 無分別の所証と相応するを以っての故なり。 」
と。
(初句)
義記は、「 牒前顕後 」(前を牒し、後を顕す) と言っている。
これから、真如を「 不空 」の面から述べるのであるが、その体は 前に述べたように
「妄無し」という意味で、空であった。 このことをはずしては、真如は語れない
というのであります。
すなわち、真如は、わが妄心を、空じ空じ空じて 空じ尽くして究竟kukyouじて、
その「 実を顕す 」ものである。
(第二句)
・・・・・その「実」とは何か?
「 即是真心 」(すなわちこれ真心なり)と。 妄念妄境が無くなったら、orそれを
離れたら、何にもそこに無いのか と言ったらそうではなく、それが真心(真実の心・
本当の心)なのだ というのです。
義記は、
「 次に、正しく不空を顕す。 不空の徳を、妄空に翻対するに、略して四種を論ず。
故に宝性論(これも如来蔵仏教の論書です)に云わく、
< 一には、常を以っての故に不生なり。意生身を離れるが故なり。
二には、恒を以っての故に、不死なり。不思議退を離れるが故なり。
三には、不変の故に、不老なり。 無漏なきが故なり。
四には、清涼の故に、不病なり。煩悩の習なきが故なり。 >
と。 このなか、浄法は、かの論の清涼に当るべし。惑染を離れるを以っての故なり。 」
と。
( 如来蔵仏教独特の発想が、ここに 「不空」とか「常恒不変浄法」という言葉として
出てきています。 これは、般若hannya系統の仏教の「空」一辺倒で押して行こうとする
のに対する反動として顕れたものでしょう。‘ それは、断見に堕っするのではないか ’
という・・・。 今まで、それは常見だ として軽んじ警戒されてきた言葉(「常恒不変」
とか「常楽我浄」とかという) を大胆に使うことで、断見を克服しようとする試み
であったのでしょう。 )
今、宝性論の文を引いて、この「 常恒不変浄法 」の句を理解しようとするのである。
*** 王になるべく育てられた釈迦は、父や一族郎党はじめ国内のすべての人々の
期待を裏切って、出家したのだが、
( 当時、釈迦族の国は弱小国家であった。周囲には幾つかの強国が、隙あらば
国の領域を広げようと動き始めていた。 実際 釈迦の晩年には、隣のコーサラ国に
侵略され、釈迦一族は 皆殺しにあって滅亡するのである。
これをもっても、周囲の釈迦に対する期待の大きさと、出家は、彼にとって その
共同体への裏切りを犯してのことだったことが察せられるであろう。
今まで 我々は このことを軽んじていたのではなかろうか?!
釈尊の心の中は、単に 個人的な悩みだけではなかったであろう。 国を担う王に
なるべく嘱望されていた 若い彼は、その当事者として、必ずや“ 国家とは何か?
一族(民族)とは何か? ”という問題にもぶつかっていたに違いないのである。
そして それに誠実に答えようとしたに違いない。
その証拠は、彼は菩提樹下の成道以後、釈迦族の人々と晩年に至るまで 深い交流を
持っていたところに見られよう。 )
そのキッカケは、四門出遊simonsyutuyuuにあったとされます。すなわち、王城から
外へ遊びに行こうと、東門から出ると そこにヨボヨボの老人を見、 また南門から
出た時 そこに病人を、 西門から出るとそこに死人を見、 最後に 北門から出た時
沙門(出家者)に出会って、彼は 自らの進むべき道を見出したというのです。
いわゆる、我々の「生・老・病・死」の現実(四苦)が、深く彼の胸に食い入って、
国(共同体)の根っ子に この問題を見出したところに、彼の出家は 実行に移された
のであろう。
その後、彼の弟子達は 代々、この四苦の現実を忘れることなく問題としてきました。
( この四苦は、従来 個人における問題だとされ、国の存在理由とは無関係のもの
と考えられることが多かったのではないでしょうか?
しかし恐らく、四苦を 国家の存在理由との関係で 真正面からとらえた仏教が
「大無量寿経」に触発された 浄土教 ではなかったでしょうか? )
そこで、今
この宝性論には、真如の不空を、我らの生の現実である四苦から見るのであります。
不空は、生に対して 不生である。死に対して 不死である。老に対して 不老である。
病に対して不病である。
そして、不生は 真如が「常」であるから、不死は 「恒」であるから、不老は 「不変」
であるから、不病は 清涼ie.「浄法」であるからだ。というのである。
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