混沌の時代のなかで、真実の光を求めて

現代に生きる私の上に 仏法は何ができるかを 試そうと思い立ちました。//全ての原発を 即刻停止して、 別の生き方をしましょう。

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1978年11月2日( スリーマイル島原発事故の一年半ほど前 )
  東京電力福島第一原子力発電所3号機
     ( 沸騰水型、定格出力78万4千KW 76年3月27日運転開始 )
   日本初とされる 臨界事故が起りました。

    戻り弁の操作ミスで 制御棒5本が抜け、午前3時から出勤してきた副長が気付き
    ゆっくり修正し終わる10時半までの 7時間半臨界が続いたとされる。

   ▼昭和53年11月2日、福島第一原子力発電所3号機の定期検査中に、
   原子炉圧力容器耐圧試験準備のために、制御棒駆動水系の水圧制御ユニット
   (HCU)の隔離作業を実施していた。
   その際、作業上の問題で 制御棒が5本部分的に引き抜けたことにより、原子炉が
   臨界になって 炉内の中性子を測定するモニタ(SRM)の指示値が上昇した。
   当直(3直)のメンバーは SRMの指示値が高いことを認識したが、制御棒の
   引抜け及び臨界が発生しているという認識に至らず、特段の対応は取られなかった
                                       (東京電力)

   弁操作の誤りで炉内圧力が高まり、制御棒が抜ける という沸騰水型原子炉がもつ
   本質的な弱点による事故。


  この情報は 発電所内でも共有されず、同発電所でも その後繰り返され、他の原発でも
  ( 合計少なくとも6件 )繰り返される。
  1999年の志賀原発事故も防げたかも知れず、世界中の原子炉で起っている可能性がある

   特に重要なのが、1991年5月31日 中部電力浜岡3号機の制御棒が 3本抜けた事故だ。
   中部電力は、1992年 マニュアルを改訂。
    「 国への報告はしなかったが、他電力へ報告した 」と主張する。


 @ この事故は、発生から29年後の 2007年3月22日に発覚、公表された。
    東京電力は 「 当時は 報告義務がなかった 」 と主張している。
    さらに 同原発では、84年の緊急停止隠し と 98年の制御棒トラブルも
    同時に 確認された。

   ↓↓↓
<1>
    ▼ < 制御棒脱落に報告義務、臨界事故で経産省が省令改正へ >
                             読売新聞 2007年3月23日
     東京電力や北陸電力などの原子力発電所で 定期検査中の制御棒の脱落が相次いで
    明らかになった問題で、経済産業省原子力安全・保安院は 23日、早ければ5月にも
    原子炉等規制法に関する省令を改正し、想定外の制御棒脱落を 国への報告義務の
    対象に加えることを決めた。

     国の指示に基づく電力各社の社内調査で、1978〜2000に、4社で計8件の
    制御棒脱落が起きていたことが判明した。
    99年に 3本が脱落した北陸電力志賀原発では 臨界事故に発展。
    78年に 5本が脱落した東京電力福島第1原発でも 臨界事故が起きていた可能性が
    極めて高い。
    この2件を含め、8件が国に報告されていなかった。

    現行では、臨界事故や緊急停止は 報告対象となっている。 だが、定期検査で
    原子炉停止中の制御棒脱落は 対象外。
    度々繰り返された脱落は、いずれも 制御棒を動かす水圧調整弁の誤操作が 原因と
    みられ、国に報告されて 情報が共有されていれば、北陸電力の臨界事故は 防げ
    た可能性があった。

    原子炉の設計上、制御棒は1本だけなら 脱落しても安全を維持できる構造になって
    いるが、省令改正後は、原子炉停止中に、制御棒を操作していないにもかかわらず、
    1本でも動いた場合は 報告対象とする。

                                  以上

<2>
    ▼ 東京電力は 21日、制御棒が抜け落ちないための装置を導入することに決めた、
    と発表した。9月中に詳細設計を行い、09年度末までに 制御棒が抜けた同型の
    沸騰水型炉(BWR)全15基に順次据え付ける。 (2007 5/21)



 〜〜〜〜〜
    〜〜〜〜〜〜

  ●(抄略転載)『原子力資料情報室通信』号外より   2007 4/5

    原発事故隠し 志賀1号炉・福島第一3号炉で臨界 制御棒落下は底なし
                                    上澤千尋

    ■志賀1号炉での臨界事故公表

   「 臨界になってた?! どこで? いつ? 制御棒が抜け落ちたぁ?! 」
   志賀(しか)原発1号炉の臨界事故のニュースが 新聞社から原子力資料情報室に
   とびこんできたのは 3月15日の午後一番のことでした。
   入っていた制御棒が 3本脱落して臨界になったと伝えられました(1999年6月18日)。

   昨年 11月頃から明らかになりだした 原発をはじめとする発電所でのデータ改ざん・
   事故隠し。 蒸気の冷却に使う海水の出口と入口の温度の誤魔化しからはじまって、
   今年に入ってすぐの 1月31日に、東京電力の柏崎刈羽1号炉(1992年5月11日)での
   緊急炉心冷却装置(ECCS)の検査偽装, 福島第一・福島第二原発での定期検査時の
   記録の数々の隠ぺい・改ざんが表に出てきました。

   2月28日から3月1日にかけては、東京電力が 原子力安全・保安院に提出した報告により、
   福島第二1号炉(1985年11月21日) と 柏崎刈羽1号炉(1992年2月28日)で、原子炉が
   緊急自動停止(スクラム)するという事故が起きていたにもかかわらず、事故を隠し
   続けてきたことが明らかになりました。
   それから 10日ほどたった3月12日に、東北電力が 女川1号炉(1998年6月10日)で起きて
   いたことを明かしました。
   北陸電力が 志賀1号炉の臨界事故を公表したのは、そういうタイミングでした。

   原子炉が 停止中に臨界になり、しかも緊急停止に失敗した。それだけで重大な問題
   なのに、記録を破棄し、発電所ぐるみ、会社ぐるみで事故をもみ消したのは、
   技術的能力以前の問題であり、北陸電力に原発を運転する資格がないと思います。

    ■沸騰水型炉の制御棒のしくみとはたらき
    ■駆動用の弁の誤操作から制御棒が落下し臨界に
    ■手順のミスだけが問題なのか
    ■安全上の問題点―事故想定
    ■地震と原発
    3月25日、能登半島で起きた大きな地震によって、震源から18kmの位置にある
   志賀原発も大きく揺れました(自動停止設定値以上の加速度で)。
   2号炉は タービンの事故で止まっており、1号炉も 3月15日の停止命令によって運転を
   停止したばかりでした。
   お見舞いをかねて志賀町を訪ねたところ、地元の何人もの皆さんから、
   ‘ 原発が動いてなくて 本当によかった ’ ということを聞きました。

   不正を働いた電力会社が取るべき再発防止策は、原発からの撤退以外にはない
   でしょう。

                                  以上



              

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