混沌の時代のなかで、真実の光を求めて

現代に生きる私の上に 仏法は何ができるかを 試そうと思い立ちました。//全ての原発を 即刻停止して、 別の生き方をしましょう。

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私の居る所が 虚偽であるということ

――― これは、罪悪であります。

「 真実 」を ふみにじっているからであります。


「 真実 」は、太古から 原始の時代から、

我々人類 一人一人を、

昭々と 照らしてきたのである。


暗黒の中に生きる 苦悩の我々に、

大悲をもって 呼びかけつづけてきたのである。

「 大いなるもの・われ に帰れ 」と。 これを 南無阿弥陀仏 と言う。



私は、先師に 師に 当てにされうる者であろうか?

よく よく 考えてみよ。

曰く。「 親鸞聖人は 念仏一つのためには 何でも捨てた 」(先師) と。


誤解や排斥・迫害の ただ中を、

黙々と歩む 「 顕真実 」の生活態度

――― これを、「 法蔵菩薩 」 と言われてきたのであろう。


まことに その歩みを かの人々に見よ!

そして、 無智なる私の

かの人々に対する 固陋と残忍とを 見よ!


先生は、 これを 「 ご苦労の歴史 」 と言われた。

親鸞聖人は、 「 十七願海 」 と言った。

これが、「 得者を信ず 」(涅槃経) ということなのであろう。


なむあみだぶつ



昭和初年 (昭2 1927 金融恐慌 / 昭3 1928 初の普選 )の頃、

時代の潮流が 大きく変っていた。

今まで聞いたことのないような 目新しい考え方が、 人々の周りで 声高に叫ばれていた。


この時から 20年後、すでに 明治国家体制たる 大日本帝国は 崩壊していた。

この間、わが国の人々は 激しい時代の流れに 呑み込まれ 翻弄された。

そして 先師は 亡くなり、 やがて 半世紀後の冷戦終結の後に 師も逝った。


法蔵(菩薩)の叫びは、こうした 時代潮流の波濤の中に 聞こえるのではない。

その一つ一つの波間に うなりを挙げている波濤の

その遙か底に、静かに 熱く 叫んでいたのだ。


そして、昭和初年から 80年後の今日も、また そうである。

時代の猛り狂う海の 遙か底に、

法蔵は 狂乱の大悲をもって 静かに 静かに 呼びかけている。


時代社会の底から 聞こえてくる

「 真実 」の 声なき声に、

私は 耳を傾けなければならない!


なむあみだぶつ

                                合掌

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