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(13) 36 クリストの一生 勿論 クリストの一生は あらゆる天才の一生のやうに情熱に燃えた一生である。 彼は 母のマリアよりも 父の聖霊の支配を受けてゐた。 彼の十字架の上の悲劇は 実に そこに存してゐる。 彼の後に生まれたクリストたちの一人、―― ゲエテは 「 徐(オモム)ろに老いるよりも さつさと地獄へ行きたい 」と願つたりした。が、徐ろに 老いて行つた上、ストリントベリイの言つたやうに 晩年には 神秘主義者になつたりした。 聖霊は この詩人の中に マリアと吊(ッ)り合(ァ)ひを取つて住まつてゐる。 彼の 「 大いなる異教徒 」の名は 必しも当つてゐないことはない。 彼は 実に 人生の上には クリストよりも更に大きかつた。況(イハン)や 他のクリストたちよりも大きかつたことは 勿論 である。 彼の誕生を知らせる星は クリストの誕生を知らせる星よりも 円(マル)まると かがやいてゐたことであらう。 しかし 我々のゲエテを愛するのは マリアの子供だつた為ではない。マリアの子供たちは 麦畠 の中や長椅子の上にも充ち満ちてゐる。いや、兵営や工場や監獄の中にも多いことであらう。 我々の ゲエテを愛するのは 唯 聖霊の子供だつた為である。 我々は 我々の一生の中に いつか クリストと一しよにゐるであらう。 ゲエテも亦 彼の詩の中に 度たびクリストの髯(ヒゲ)を抜いてゐる。 クリストの一生は 見じめだつた。 が、彼の後に生まれた聖霊の子供たちの一生を象徴 してゐた。( ゲエテさへも 実はこの例に洩れない。 ) クリスト教は 或は滅びるであらう。 少くとも絶えず変化してゐる。けれども クリストの一生は いつも我々を動かすであらう。 それは 天上から地上へ登る為に 無残にも折れた梯子(ハシゴ)である。薄暗い空から叩(タタ)き つける土砂降りの雨の中に傾いたまま。…… 37 東方の人 ニイチエは 宗教を「 衛生学 」と呼んだ。それは 宗教ばかりではない。道徳や経済も 「 衛生学 」である。 それ等は 我々に おのづから死ぬまで健康を保たせるであらう。 「 東方の人 」は この「 衛生学 」を大抵涅槃(ネハン)の上に立てようとした。 老子は 時々無何有(ムカイウ)の郷に 仏陀(ブツダ)と挨拶をかはせてゐる。しかし 我々は 皮膚の色のやうに はつきりと東西を分(ワカ)つてゐない。 クリストの、―― 或は クリスト たちの一生の 我々を動かすのは この為である。「 古来 英雄の士、悉(コトゴト)く 山阿 (サンア)に帰す 」の歌は いつも我々に伝はりつづけた。 が、「 天国は近づけり 」の声も やはり我々を立たせずにはゐない。老子は そこに 年少の孔子と、―― 或は 支那のクリストと問答してゐる。 野蛮な人生は クリストたちを いつも多少は苦しませるであらう。 太平の艸木(サウモク)となることを願つた「 東方の人 」 たちも この例に洩れない。 クリストは「 狐は 穴あり。空の鳥は 巣あり。然れども 人の子は枕する所なし 」と言つた。 彼の言葉は 恐らくは 彼自身も意識しなかつた、恐しい事実を孕(ハラ)んでゐる。我々は 狐や鳥になる外は 容易に塒(ネグラ)の見つかるものではない。 (昭和二年七月十日) ※ マタイ 8章 それから、イエスは ペテロの家に来られて、ペテロの姑が熱病で床に着いているの を ご覧になった。 イエスが手にさわられると、熱がひき、彼女は起きてイエスをもてなした。 夕方になると、人々は悪霊につかれた者を大ぜい、みもとに連れて来た。 そこで、 イエスはみことばをもって霊どもを追い出し、また病気の人々をみなお直しになった。 これは、預言者イザヤを通して言われた事が成就するためであった。 「 彼が 私たちのわずらいを身に引き受け、私たちの病を背負った 」 さて、イエスは 群衆が自分の回りにいるのをご覧になると、向こう岸に行くための 用意をお命じになった。 そこに、ひとりの律法学者が来てこう言った。 「 先生、私はあなたのおいでになる所なら、どこにでもついてまいります 」 すると、イエスは彼に言われた。 「 狐には穴があり、空の鳥には巣があるが、人の子には枕する所もありません 」 また、別のひとりの弟子がイエスにこう言った。 「 主よ、まず行って、私の父を葬ることを許してください 」 ところが、イエスは 彼に言われた。 「 わたしについて来なさい。死人たちに 彼らの中の死人たちを葬らせなさい 」 イエスが舟にお乗りになると、弟子たちも従った。 すると、見よ、湖に大暴風が起こって、舟は大波をかぶった。ところが、イエスは 眠っておられた。 弟子たちは イエスのみもとに来て、イエスを起こして言った。 「 主よ、助けてください。私たちはおぼれそうです 」 イエスは言われた。「 なぜこわがるのか、信仰の薄い者たちだ 」 それから、起き上がって、風と湖をしかりつけられると、大なぎになった。 人々は驚いてこう言った。 「 風や湖までが言うことをきくとは、いったいこの方はどういう方なのだろう 」 それから、向こう岸のガダラ人の地にお着きになると、悪霊につかれた人がふたり 墓から出て来て、イエスに出会った。 彼らは ひどく狂暴で、だれも その道を通れないほどであった。 すると、見よ、彼らはわめいて言った。「 神の子よ、いったい 私たちに何をしよう というのです。まだその時ではないのに、もう 私たちを苦しめに来られたのですか 」 ところで、そこからずっと離れた所に、たくさんの豚の群れが飼ってあった。 それで、悪霊どもはイエスに願ってこう言った。 「もし 私たちを追い出そうとされるのでしたら、どうか豚の群れの中にやってください 」 イエスは 彼らに「 行け 」と言われた。 すると、彼らは 出て行って 豚に入った。 すると、見よ、その群れ全体が どっと崖から湖へ駆け降りて行って、水に溺れて死んだ。 飼っていた者たちは 逃げ出して 町に行き、悪霊につかれた人たちのことなどを 残らず知らせた。 すると、見よ、町中の者がイエスに会いに出て来た。そして、イエスに会うと、 どうか この地方を立ち去ってくださいと願った。 |
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2010年02月13日
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