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2011/5/5
CNIC News 福島原発解説 後藤政志 1.なぜ格納容器の圧力が異常に上がったのか 2.福井新聞 「福島原発、ベント難航で最悪想定 政府、大震災の翌日」2011年5月4日 3.東京新聞 「福島第一 津波35メートル高台に計画」2011年5月5日 |
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2011年05月12日
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福島第一原子力発電所の現状については いまさら説明するまでもありません。 しかし 確認しておかなければならないことは、次の事実です。 1.暴発を防ぐためには、ホースによる散水のような一時的な処置ではなく、 10年の単位の時間安定して作動する冷却設備を設置し、これを故障することなく保守・ 運転し続けなければならない。 2.この冷却設備の建設・保守・運転は、すでに高度に放射能汚染された環境下で 行わざるを得ない。 3.もし、安定した冷却設備を建設・保守・運転できなければ、3000万人もの人口を 抱える首都圏をも含めた広範な汚染が発生する可能性がある。 このような最悪のシナリオを避けるためには、どのような設備を作ることが必要か、 放射能汚染を減らすためにどうしたらよいか、などなど、数多くの技術的課題があることは もちろんです。この点についても 日本の最高の頭脳を結集した体制ができていないことは 大きな問題です。 さらに もう一方では、最終的に汚染された環境下での設備建設・保守・運転のためには、 数千人の訓練された有能な作業者を用意することが必要です。現在のような下請け・孫請け による場当たり的な作業員集めで、数分間の仕事をして戻ってくるというようなことでできる 仕事ではありません。 身体の面でも生活の面でも 最も放射能被曝の害が少なくて済み、しかも これまで現場 での作業や技術の能力を蓄積してきた退役者たちが 力を振り絞って、次の世代に負の遺産を 残さないために働くことができるのではないでしょうか。 まず、私たち自身がこの仕事を担当する意志のあることを表明し、長期にわたる国の体制 として 退役した元技能者・技術者の ボランティア による行動隊を作ることを提案し要求して いきたいと思います。 当面次のことを提案します。 1.この行動隊に参加していただける方を募集します。 原則として 60歳以上、現場作業に耐える体力・経験を有すること 2.この行動隊を作ることに賛同し、応援していただける方を募集します。 これらの方々は、下記のページの内容をご確認いただき、フォームからご登録ください。 登録フォーム なお、このプロジェクトは 直接的には 国会や政府に対する働きかけと、広く人々に この行動隊が必要であることを訴えることを活動の中心とします。状況が流動的なこともあり、 進展に応じて様々な面への活動を広げていくこともありうると考えます。 また、この提案文を 多くの方に転送していただくことをお願いします。 山田恭暉 134-0083 東京都江戸川区中葛西5-11-25-707 電話&FAX 03-5659-3063 携帯電話 090-3210-9056 メール bouhatsusoshi@aj.wakwak.com Twitter @officeyam |
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【 広瀬 隆 著『 腐蝕の連鎖 』(1996年11月30日 第1刷)から 】 浜岡原発建設の断面原子力という一つの巨大産業をめぐって、霞ヶ関の官僚が なぜ執拗にこれを推進しようとするのか、すでに これまでの章で、かなりの答えが解き明かされた。 彼らが間違った政策を変更しないのは、ただ チェーホフが描いた小役人根性を捨てきれない からではなく、官僚世界の上部に立つ人間たちが、個人生活の利益を追及していたからである。 ・・・ また、御用学者が 故意に科学をねじ曲げたのも、その官僚と相通じて、個人生活の利益を 追及していたからである。 この背後にあったのは、電力会社という企業体であった。彼らの場合は、露骨に利権に 群がった。原発の建設費が べらぼうに高価であり、出費が多くなるため、電気料金を値上げ する よい口実になったからである。 ここに、土建業者と原子炉 メーカー が一体となって集団を 形成し、分捕り合戦をくりひろげてきた。・・・ 梅澤邦臣が 科学技術庁の原子力局長だった71年、中部電力最初の浜岡原発1号炉の建設 がスタートし、彼は 事務次官に昇格した。メーカーの東芝では、その一族として重要な役割 を果たした玉置敬三が翌72年に社長に昇格、同じ一族に、初代の原子力委員会委員長・ 正力松太郎と原子力委員会の委員長代理・井上五郎があった。 井上は 中部電力の社長から 日本原子力産業会議理事、さらに 動燃理事長という履歴を 飾ったのである。その一族に、浜岡建設業者の鹿島建設・鹿島守之介の姿があった。・・・ 鹿島建設副社長・武藤清による超高層ビルの時代が訪れた。いわゆる柔構造によって、日本の ように地震が頻繁に起こる国でも、超高層ビルは耐えられる、という理論が横行した。・・・ 兵庫県南部地震の大災害によって、これまでの耐震設計理論の基礎は事実上は崩壊している。 浜岡原発の建設計画が出された当時は、東海大地震の恐怖が真剣に語られ、学界でも議論が 沸騰した。しかし このような鹿島建設を中心とする耐震理論の横行と日本全体に蔓延した 経済成長に対する慢心が手伝って、激しい反対運動にもかかわらず建設が強行された。 そこに、有沢広巳 と 茅誠司 と 伏見康治の学者グループが動いたのである。・・・ 日本原子力産業会議の会長・有沢広巳と日本学術会議の歴代会長・茅誠司および伏見康治、 そして 鹿島建設の常務・島津武と副社長・武藤清、中部電力取締役・岩波千春は、これほど 親しい一族だったのである。 ・・・ 原子力の創始者・茅誠司が、エイズ研究班班長・安部英の設立した「血友病総合治療普及会」 の理事だったという無気味な関係がある。また 彼は、戦後の学会において 七三一部隊 関係者の追及をやめるよう発言している。・・・ 原子力 プラント の近くに 10キロ以上の活断層があれば、すぐに御用学者がやってきて、 これを10キロずつに細かく切ってくれる。切った後は、その周辺で大きな地震が起こらない というわけである。何より雄弁に 日本全国のその事情を物語っているのは、「 日本の 原発50基の内、大きな活断層があるために建設が断念された原発が1基もない 」という 歴史的事実である。・・・ 地質を調査する前に 一度選ばれた土地が、後に すべて" 大きな活断層のない場所 " とされてきた。 そのようなことは、この活断層だらけの日本では、本来、絶対にあり得ないこと である。 電力会社や通産省、科学技術庁、さらに 原子力産業お抱えの学者は、ことある ごとに「 近くに大きな活断層がないことを確認して建設している 」と主張するが、実は、 建設計画が始動すれば、その土地では 危険な活断層が消されてしまうのである。・・・ では、なぜ 田中靖政が このような愚見を述べたか、私たちにとっては、その理由を知る ことこそ大切である。 彼は、前記の読売新聞紙上では「 学習院大学法学部教授 」となっていたが、別の肩書を紹介 したほうが理解しやすい人間である。つまり「 原子力文化振興財団 」の理事、「 日本 原子力産業会議 」の理事、「 原子力委員会 」の専門委員、「 原子力安全委員会 」の 専門委員、「 経済企画庁電源開発調整審議会 」の専門委員、そして「 日本立地センター 」の参与 である。田中靖政の職業は、巻町に原子力発電所を建設すること、そのものだったのである。 また、原子力を推進する原子力委員会と、その危険性を警告すべき原子力安全委員会を 兼ねているとは、" もんじゅ "事故後に 日本中で批判されたように、田中靖政本人が、 日本の原子力の法制度を最も意味のないものにしてきた当事者で、同時に 原発の危険性 を放置してきた責任者であることを意味している。法学者でありながら、泥棒と刑事を兼ねる とは、驚きである。 日本では、官僚から天下りして 企業の経営者となり、巨大な利益を懐に入れる者が、 夥しい数をかぞえる。官僚から政界に転じ、国会を覇府として、さらに 大きな利権を手に する慣習がある。 ( おわり ) |
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政府やマスコミに登場する学者の言うことのトリックを 明瞭に暴いて下さっています。
日本の文部科学省は いったい誰のために存在しているのでしょうか? ※ 市川定夫 埼玉大学名誉教授(遺伝学) 1958年 京都大学卒、 1963年京都大学大学院修了、農学博士。 1965年 アメリカのブルックヘブン国立研究所研究員として放射能の影響を研究 優れたテスターとしてムラサキツユクサ雄蘂毛系を開発、 1967年 京都大学助手として微量放射線の影響の研究を続け、 1978年 埼玉大学助教授、 1979年 同大学教授として微量の放射線核種の生体濃縮とその影響、 様々な人工化合物の変異原性、放射線と人工化合物間の相乗効果などを研究、 2001年 3月定年退官。 「遺伝学と核時代」「環境学」など著書多数。 2001年1月、アメリカ・ハワイのイオンド大学から名誉博士(社会学)を授与 放射能はいらない_
1/4 http://youtu.be/-CeLnWq8rjs 2/4 http://youtu.be/iBc0fDgScnI 3/4 http://youtu.be/FSQMLt-E6T4 4/4 http://youtu.be/KxeS4i02sv4 以上、 hatukomeさんの紹介です |
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