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福島民報 2014/05/16
多くの人の献血が、1人の女性の命を救った―。 福島市の病院で 14日午前、妊婦が
大量出血し、血液が足りなくなった。 病院から連絡を受けた県赤十字血液センターは、
血液の在庫が尽きてしまう可能性が出たため、ラジオ福島(rfc)に 献血協力の情報発信
を依頼。 番組内で呼び掛けたところ、多くの人が協力を申し出た。女性は一命を取り留めた。
男児を無事出産した。女性の家族は 多くの人の善意に感謝している。
女性は出産に伴う大量出血により、200ミリリットルで120人分の血液が必要になった。
※ 200mL×120=24000mL=2.4L
血液センターから依頼を受けたラジオ福島は 番組の中で 十数回にわたり、血液が緊急に
必要になっていることを訴えた。その結果、県内5カ所の献血施設に長い列ができた。
このうち、福島市役所に設けた献血バス2台には、除染作業員らが 大勢駆け付け、30人 が採血待ちの状態となった。血液は 平日の約2倍の量が集まった。
女性の父親は 福島民報社の取材に応じ、「 たくさんの人のおかげで助かることができた。
献血協力者をはじめ、病院、血液センター、ラジオ局の関係者に心からお礼を言いたい。
今回のことを通し、県民の献血への関心がさらに高まってもらえれば うれしい 」と語った。
福島民友 5/15
「 患者が大量出血し、緊急の輸血が必要 」。14日午前9時ごろ、県北地方の病院から
県赤十字血液センターに一報が入った。病院によると、200ミリリットルで100本分以上と
大量の血液が必要だが、他の患者や緊急時のための同センターの在庫が尽きてしまう
可能性があった。異例の事態に、同センターは地元ラジオ局を通じて県民に献血を呼び掛けた。
放送の直後から、ラジオを聞いた県民が各地の献血施設に詰め掛けた。福島市役所前に 設けた献血バス2台の前には大勢の市民が集まり、最高気温30度を超える暑さの中、
献血待ちの列が絶えなかった。
多くの善意で、通常の平日の約2倍となる 516本分の血液が集まり、必要量を確保する ことができた。同センターの職員は「一報を受けた時はどうなることかと思ったが、驚くほど
多くの人の協力のおかげで本当に助けられた」と感謝。今後も継続的な協力を求めている。
この報道に接して、私は 何か 砂の入った料理を食べさせられたような
違和感をもった。 以下に この違和感を解きほぐしてみたい。 ニュースでは、
この妊婦の大量出血の原因や血液型など、詳しいことは分らない。
(ラジオでは 必要な血液の型は、もちろん 報じられていたのであろうが・・・)
この報道で、我々は
「ラジオ福島」の呼びかけで、多くの福島県民が 献血に応じたということを
印象づけられる。
おそらく、この件を報道した意図も ここにあるのだろう。
それは、特に 福島民友において顕著である。
民友は、大量の血液を必要としたのが妊婦であることも、献血のおかげで
母子ともに助かったということも報じていず、「 多くの善意で、・・・必要量を
確保することができた 」ことだけが 関心事であったことが分かる。
また、民報においては、
民友と比べると たくさんの事を羅列的に報道してはいるが、いったい
この報道は 何に焦点があるのか、判然としない。
(献血で)母子が助かったことに焦点があるのか、ラジオの呼びかけに 多くの
県民が応じたことに焦点があるのか、それとも 輸血血液の不足による医療の
危機にあるのか・・・?
しかしながら、2紙の この報道は やはり 全体から見て、
「福島県民」の心優しさ と その一致団結をアッピールし、さらには 県民の
地元報道機関 及び 医療体制への信頼が崩れていず 今なお強固であるetc.
という印象を、読者に与えることが目的だったように思われる。
実際に、多くの心優しい県民が 困難に直面している人を助けるために
自ら 積極的に動いたのであろう。
しかしながら、目の前の死に直面している人を助けるのに、人は 福島県民の
心優しさや団結力を証明するために、そんな行動をするものではない。
もし、そんな気持ちで助けるのだったら、それは タメにする行為・不純な行為
であろう。
しかし、このニュースを読む人は、たいてい 報道の意図のように受け取る
だろう。 「やはり、福島は 捨てたものではない!」と・・・。
ここに、報道 と 実際に献血した人との間に 地獄まで裂けたクレバスが
横たわっている。
ところで、私は 今一つの違和感がある。
それは、民報・民友ともに、記事の最後に 献血への呼びかけを、前者は
父親の言を借り、後者は 赤十字血液センターの一職員の言で記している。
両報道機関にとって、母子のイノチが助かった僥倖には関心を示しても、
慢性的な 血液不足という問題は 他人の口を借りて 第2義的な扱いしか
していないということである。
この度は たまたま 多くの人の善意が集まって、母子ともに助かったが、
これは 偶々のことに過ぎない。次に、また血液が大量に必要になった時も、
同じように ラジオで献血を呼びかければよいと考えているかのようである。
しかし、もっと重要なのは、
赤十字が、ラジオで緊急に呼びかけねばならなかった程、ある型の血液が
不足していた(?)ということである。
どうして こんな事が起っていたのだろうか?
↓の 2.「血液の在庫状況」の項のように、市原市や東京都など他の所
では 血液が不足したら 鋭意 献血の呼びかけをしているが、福島県の
場合は どうだったのだろうか?
2紙ともに、こういうことには 踏み込んだ報道をしていない。
ただ、民友は、
「 他の患者や緊急時のための同センターの在庫が尽きてしまう可能性があった 」
と述べており、赤十字は
この妊婦のための在庫はあったが、他の患者は救えないために、この妊婦の
危機を利用して 在庫を補てんしたと取れることである。
つまり、福島の赤十字は、他の所でしているような 献血の呼びかけを
していなかったか、していても 献血者が少なくて こういう状態になっていた
のか、或は それ故に 通常の方法では 在庫が払底するので この妊婦を
使って 県民の同情心を喚起することで、不足をなくそうとしたか ということ
が考えられるが、
両報道は こうした疑問には 黙して語っていないために、何か 後味が悪い
思いがするのである。
最後に、 ↓の 5.「産後出血死」の統計を見て下さい。
日本政府は、LNT 仮説をとる ICRPの見解によって、
100m㏜当り 0.5%(0.005)がん死率が増える(除白血病)
と言っている。
すなわち、 1m㏜の被曝での がん死率は 0.00005 となる。
参考: 1m㏜の被曝影響
では、
10万人の妊婦が すべて 1m㏜の被曝をすると、
固形がんで死ぬ人は 5人になる (胎児・乳児を除く)。
100,000×0.00005 = 5 これは、20〜24歳の妊婦が大量出血で死亡する割合と ほぼ同じである。
福島の日赤は、この度 大量出血の妊婦を 死亡から免れさせるために、
ラジオを使ってまで 行動したという。
ならば、妊婦はもちろん 子供や若者の被曝による死者を出さないために、
県内で 相当のことをやらなくてはならないはずである。
広島赤十字の西医師のように 「被曝 大したことない」と宣伝して回る人は、
この度の福島赤十字の行動を 承認はしないだろうが・・・。
なぜなら、ICRPは
1年間累積 20m㏜の被曝をすると、10万人中100人ががん死するとしている
が、西氏は 20m㏜/年 被曝でも問題を感じない人だから、
これ位が 大量出血で死んでも ‘ どってことはない ’と思っているはずだろう
からである。
1. 献血の一回量は、200mL または 400mL
献血方法別の採血基準
日本では日本赤十字社が全て手がけており、提供された血液は感染症の
検査の後、各医療機関等へ提供される。
献血には 身分証明書が必要。
400mlと200mlでは、同じ量を輸血する場合に より多くの人数の血液を輸血
しなければならなくなります。そうなると、必然的に感染症などに感染するリスクも
倍になってしまいます。そのため 医療機関としても できれば400ml献血された血液
を使いたいということになります。
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2.血液の在庫状況
※ 献血にご協力をお願いします 市原市 2014年5月7日
少子高齢化の影響もあり、例年献血者が減少し血液不足となっております。
特に O型の血液の在庫量が不足しがちであり、このままの状態が続けば、
医療機関への供給に支障をきたすおそれがあります。この危機的状況を乗り越える
ために、一人でも多くの皆さまのご協力をお願いいたします。
※ 大雪の影響 東京の血液在庫量が大幅に不足(特にO型) 2014-02-21
大雪の影響で献血の中止が相次いだため、21日現在、東京都では 血液の必要量
確保が非常に困難になっている。
東京都赤十字献血センターでは、都内の医療機関で必要とされる赤血球製剤の
おおむね3日分以上を常に維持できるようにしているが、O型の血液は 19日の段階
で、すでに この 「3日分」 を割り込んでいる。
このままだと、約1ヶ月後の3月中旬には、必要量の半分の1.5日分近くまでに
O型の血液在庫が落ち込むと予想されるため、東京都や東京都赤十字血液センター
では、広く献血を呼びかけている。
3.人間の血液量は、
体重の約 1/13 (日本赤十字社)、 (男性で約8%、女性で約7%)
出血による致死量は 全血液量の約50%。 体重60kgの成人の血液量は
約4000cc(4L)なので、その出血による致死量は理論的には 2000cc(2L)
だが、実際に大量出血すると 出血性 ショック (低血量性ショック)や外傷性 ショック
によって それ以下の出血でも死亡する危険性がある。
自分の体に入れるわけですから、体質に合わなかったり、病気がうつってしまったり
する可能性があります。輸血中や輸血後すぐに症状の出る副作用ばかりでなく、
輸血から数日後、数週間後、数年から 20年30年後に問題になる副作用もあります。
比較的多い副作用として発熱やじんましんなどがあります。 ・・・
副作用とはいえませんが、輸血にからんだ医療事故もあります。ABO式血液型の
違う血液を輸血すると血管の中で血液が壊されて重篤な症状が出るため、
このような異型輸血はしません。しかし、現実には 血液の取り違いによって このような
事故も起こっています。
失われている。人の命に 優劣がないが、特に 母体の死亡は悲惨である。
厚生省心身障害研究費の補助により、長屋憲氏を中心とした症例研究班の 調査研究によると、対象とした平成3年から2年間の妊産婦死亡率は人口10万人
当たり 9.5人であったという。
特に 出血による死亡は 先進諸外国の数倍も発生しており、調査した197例の内、 74例を占めており、そのうち 救命可能と判断された例は 46例(62%)にも達し、
出血に対し 医師による止血処置や輸血・輸液の処置が遅れたか不十分なために
死亡したとされている。
(三宝社刊、妊産婦死亡検討委員会編集の「日本の母体死亡」より)
医師の産科管理 や 基本的な知識の欠如が原因とはいえ、その多くは マンパワー と検査機能を充実させ、24時間体制を充実させることなくしての解決できない問題
である。
このような現実の中で、妊産婦の死亡をめぐって、多くの医療過誤裁判が起こされ ている。
人口動態調査から引用した妊産婦死亡の年齢別割合
20〜24歳 4.7件/10万件 25〜29歳 6.0件/10万件 30〜34歳 9.5件/10万件 35〜39歳 24.5件/10万件 40〜44歳 124.5件/10万件 |
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2014年05月16日
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(2) のつづき
サハラ砂漠
東西 5,600km、南北 1,700km 面積: 約1,000万km2
アフリカ大陸の1/3近くを占める。
サハラ砂漠中央部は極度に乾燥しており、植生はほとんどない。
砂漠の端で山地から水の供給のある所では草、潅木、高木が生えている。
サヘルとの境界は 年間降水量150mmの線。
砂漠の南縁地部の半乾燥地帯をサヘル(下図)と呼ぶ。
半乾燥草原から灌木の茂るサバンナへの移行地帯
サハラの先住民は、西部全体に居住する白人系のベルベル人と
ティベスティ山脈周辺に居住する黒人系のテダ人(トゥブ人)。
これに、6世紀以降東からやってきたアラブ人と、アラブ人とベルベル人の両方
の祖先を持ち イスラム化したムーア人がいる(西方のモーリタニア周辺を中心に居住)。
先祖は タドラルト・アカクス (1万2000年前) やタッシリ・ナジェールに代表される
チュニジア周辺から北アフリカ全域に広がったとみられている。
シェヌアス人、シルハ人などのグループに分かれる。
東は エジプト西部の砂漠地帯から 西は モロッコ全域、南は ニジェール川方面
までサハラ砂漠以北の広い地域にわたって分布し、その総人口は 1000万人から
1500万人ほど。モロッコでは 国の人口の半数、アルジェリアで 同1/5、その他
リビア、チュニジア、モーリタニア、ニジェール、マリなどで それぞれ人口の数%
を占める。
タドラルト・アカクス の岩絵
リビアの首都トリポリの南に約1000kmにもわたって連なるタドラート・アカクス山脈の
谷間にあるリビア西部の砂漠地帯、アルジェリア国境にも近い、このタドラルト・アカクス地域
には、BC12000年頃〜AD100年頃の間、タドラット・アカクス山脈の岩肌に描かれた
岩絵が、多数、残されている。
岩絵には、ゾウ、キリン、水牛、ウマ、レイヨウ、ダチョウ、羊、ラクダや、馬に乗った人
などが描かれており、当時、辺りは緑豊かなサバンナ地帯で、狩猟や牧畜中心の生活
が行われていたことを示す。また、音楽や舞踊といった日常の様々な生活風景の岩絵
もある。
タッシリ・ナジェールの岩絵
アルジェリア南東部のサハラ砂漠に約500kmにわたる台地状のタッシリ・ナジェール山脈
(最高点は標高2158m、砂岩でできている) に、BC6000年頃から紀元前後までの間に
描かれた2万点以上の岩絵や線刻画が残っている。
50万年前 サハラ砂漠周辺に人類が定住
石碑などから、この地帯は湿潤な気候で、野牛などの狩猟が行われた
ことがわかる。
BC 3万5000年〜BC8000年頃
人間は 主に棍棒で武装し、他に斧や弓も使用した。槍はなかった。
2万年〜1万2000年前 サハラ砂漠が最も拡大し、現在のサヘルのほとんど
が砂漠に呑み込まれていた。
1万年前 最終氷期の終焉とともに サハラは 湿潤化しはじめる。
BC7500年〜BC4000年頃
研磨した石斧や石の鏃などが作られ、狩猟に弓矢を使用した。
この時代の後期には、村落が形成され、今までより 多数の人口が
群れを飼育した。
8000年前 もっとも湿潤な時期を迎えた。
砂漠は アトラス山脈直下の一部にまで縮小し、サハラは ほとんどサバンナ
やステップとなり、森林も生れた。
7500年前 一時乾燥化するが すぐに回復し、5000年前まで湿潤な気候が
続いた。
BC3000年〜BC700年頃
サハラ砂漠からエジプトに渡って 幾つかの王国による連合体が作られた。
( これらの王国は 海岸付近に位置したが、中には砂漠の中に及ぶものもあった )
※ 三内丸山遺跡 (約 5500年〜4000年前 青森市)
その後 徐々に乾燥化し、歴史時代を通じて 乾燥化は進行しており、砂漠の
南下も進行中で、5000年前と比べると 砂漠の南限は 1000kmも南下している。
ヤギ(山羊)
ヤギの家畜化はイヌに次いで古いとされる。ただ、野生種と家畜種の区別
が難しく、その起源は確定的ではない。
新石器時代のBC7000年頃の西アジアの遺跡から遺骨が出土しており、
この頃 家畜利用が始ったか?
用途により乳用種、毛用種、肉用種、乳肉兼用種などに分化し、その品種
は数百種類に及ぶ。
乳製品も、ヤギの乳から発明された。
乳用のほか、肉用としても利用され、皮や毛も利用される。
群れを作って移動するヤギは、遊牧生活にも都合が良く、肉や毛皮、乳を
得ることを目的に家畜化された結果、分布域を広げていったと考えられる。
( ヤギは 粗食によく耐え、険しい地形も 苦としない。そのような強靭な性質から、
山岳部や乾燥地帯で生活する人々にとって 貴重な家畜となっている。
ユーラシア内陸部の遊牧民にとっては、ヒツジ、ウシ、ウマ、ラクダとともに 五畜
の一つであり、特に ヒツジと比べると 乾燥に強いため、西アジアの乾燥地帯では
重要な家畜であり、その毛が テントの布地などに使われる。ヤギの乳質は ウシに
近く、乳量は ヒツジよりも多い。
農耕文明においては 飼育されてはいたが、遊牧民ほど重宝しなくなった。ヤギは
農耕そのものには役に立たず、ヒツジの方が 肉や毛皮が良質であり、また、新たに
家畜化されたウシの方が 乳が多く 農作業に適していたからである。 )
ヒツジ
ウリアル、地中海のヨーロッパムフロンの4種の野生ヒツジに遡る。
新石器時代から野生の大型ヒツジの狩猟が行われていた形跡がある。
家畜化が始ったのは 古代メソポタミアとされ、BC7000〜6000年頃の遺跡から
野生ヒツジとは異なる小型のヒツジの骨が大量に出土している。
ヒツジは、その「脂肪」と「毛」を目的に家畜化された。
山岳や砂漠、ステップなど乾燥地帯の遊牧民にとって、重要な栄養素である
脂肪は ヤギからは充分に得ることができず、現代でも ヒツジの脂肪が最良
の栄養源である。(他の地域で 脂肪摂取の主流となっているブタは、こうした厳しい
環境下での飼育に適さず、宗教的にも忌避されている。)
野生のヒツジは、春に上毛(ケンプ)が抜ける(換毛)性質があり、紀元前
から人類は、この抜け落ちたケンプで フェルトを作っていたようだ。
( 現代の家畜化されたヒツジは 換毛しない )
※ 野生のヒツジの毛(フリース)は 2層になっている。外側を太く粗く長い「上毛(粗毛
ケンプ)」に覆われ、肌に近い内側に 産毛のような短く柔らかく細い「下毛(緬毛、
ウール)」がわずかに生えている。最初期のヒツジの緬毛(ウール)は未発達で、
利用されていなかった。
家畜化されたヒツジは、改良によって ケンプを退行させる代わりに、
ヘアーと呼ばれる中間毛 と 緬毛(ウール)を発達させた。
BC4000年頃 ヘアータイプやウールタイプのヒツジが分化。
BC2000年頃 バビロニアは ウールと穀物と植物油の三大産物で繁栄した。
野生のヒツジのケンプは 黒色、赤褐色や褐色だったが、改良により
ヘアーやウールタイプのヒツジからは 淡色や白色の毛が得られ、染料技術
と共に メソポタミアから エジプトに伝播、彩色された絨毯は 重要な交易品
となった。
西アジア原産で 背中に 1つのこぶをもつヒトコブラクダ と、中央アジア原産
で 2つのこぶをもつ フタコブラクダ の2種が現存する。
ラクダ科の祖先は もともと北アメリカ大陸で進化し、200万〜300万年前に
陸橋化していた ベーリング海峡を通って ユーラシア大陸へ移動、ここで現在の
ラクダへと進化した。 北アメリカ大陸のラクダ科は絶滅したが、パナマ地峡
を通って南アメリカ大陸へと移動したグループは生き残り、現在 リャマや
ヒトコブラクダとフタコブラクダの家畜化は おそらく それぞれ独立に行われ、
家畜化は、
ヒトコブラクダは BC2000以前・BC4000・BC1300〜1400など諸説あるが、恐らく
アラビアで行われ、そこから 北アフリカ・東アフリカなどへ広がった。
フタコブラクダは 恐らく BC2500年頃、イラン北部からトルキスタン南西部に
かけての地域で家畜化され、 イラク・インド・中国へと広がったとされる。
ラクダを最初に家畜化したのは古代のアラム人ではないかとされる。
アラム人は ヒトコブラクダを放牧する遊牧民、或は ラクダを荷物運搬に使って
隊商を組む通商民として歴史に登場した。
砂漠を越えることは他の使役動物では ほぼ不可能であるため、ラクダを
使うことで はじめて砂漠を横断する通商路ができた。
サハラ砂漠では、それまで 主な使役動物だったウマに代って 3世紀頃
に 東方から ラクダがもたらされ、はじめてサハラを縦断する交易ルートの
開設が可能となり、サハラ交易がスタートした。
背中のこぶの中には脂肪が入っており、エネルギーを蓄えるだけでなく、
断熱材として働き、汗をほとんどかかないラクダの体温が日射によって
上昇しすぎるのを防ぐ。
乾燥した環境に適応しており、水を飲まずに数日間は耐えられ、砂塵を
避けるため 鼻の穴を閉じることができ、目は 長い睫毛(マツゲ)で保護され
ている。哺乳類には珍しく瞬膜を完全な形で備えている。
また、塩分濃度の非常に高い水でも飲むことができる。さらに 膝の皮膚
が分厚く発達して 断熱性に優れ、ここを接地して座れば 高温に熱された
地面の影響を受けることなく休むことが出来る。
ラクダの蹄(ヒヅメ)は小さく、指は 2本で、5本あったうちの中指と薬指が
残ったもの。退化した蹄に代わり、脚の裏は 皮膚組織が膨らんでクッション状
に発達している。これは 歩行時に地面に対する圧力を分散させて、脚が
砂にめり込まないようにするための構造である。
ラクダは 一度に 80〜136 L もの水を飲むが、その水は血液中に吸収
され、大量の水分を含んだ血液が循環する。ラクダ以外の哺乳類では、
血液中に水分が多すぎると その水が赤血球中に浸透し、その圧力で
赤血球が破裂してしまう(溶血)が、ラクダは 水分を吸収して 2倍にも膨れ
上がっても破裂しない。また、水の摂取しにくい環境では、通常 34-38度の
体温を40度位に上げて、極力水分の排泄を防ぐ。勿論 尿の量も最小限
にするため、濃度がかなり高い。 人間は 体重の1割程の水が失われる
と生命に危険が及ぶが、ラクダは 4割が失われても生命を維持できる。
ヒツジやヤギ、ウシなど 乾燥地域に やや適応した他の家畜と組合せて
飼育されることが一般的。これは、飢饉や疫病等によって 家畜が大打撃
を受けた時のリスク軽減のため。
ラクダは 繁殖が遅く増やすのが難しいが、寿命は約30年と長く、乾燥に
強いために旱魃の際にも 他の家畜に比べて打撃を受けにくいため、
ヒツジやヤギが可処分所得として 短期取引用に使用されるのに対し、
ラクダは備蓄として、長期の資産形成用として使用される。
(つづく) |
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