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平成26年10月3日
武田邦彦氏
「1000食のお弁当の注文を受け、作っているうちに少し臭い匂いが
したけれど、腐っているかどうかまでは判らなかった。お弁当を持って
いかないとみんなはお腹が減るし、売上も減ってしまう」と食中毒で
47人の死亡者を出し、16名が まだ生死の境をさまよっている時に、
弁当会社の社長はそういった。
このようなことは 現代の日本では 「仕方がないこと」なのだろうか、
「犯罪」なのか? 確かに お弁当を作っている時に そのお弁当を
食べたら 食中毒になるかどうかを見分けるのはむつかしい。
食材が運ばれてきてそれを詰めて持って行くまでに 「分析」などを
している時間はない。わずかな臭いがしたからといって、普通は
大丈夫だ。経験的にもそうだ。
だから、弁当を売って 47人が食中毒で死亡しても「仕方がない」
とはならない。 しかも、お弁当を食べる人が少し不安になって、
「大丈夫かな?」と思って 弁当に貼ってある紙を見ると 「レベル1:
このお弁当は安心して食べられます」と書いてあった。
それじゃ根拠があるのだなと思って子供にも食べさせたら、子供が
死んでしまった!!
明らかに犯罪だ。「判らなかった」ですむ問題ではない。「弁当を
運ばないとお腹が減る」、「弁当を捨てると経営に問題がある」という
のと、「レベル1を 2に上げると登山したい人ができない」、「レベル2
にするとホテルが困る」 というのと どこが違うのか??
ところで、御嶽山の噴火では、
噴火予知連絡会の会長が 「噴火予測はできない」といい、私が一緒
にでた 名古屋大学の噴火の先生は 自分が犯罪人として呼ばれた
とは まったく考えていなかった。
謝りもしなければ、頂上の地震計が壊れていたことも言わない。
「レベル2に上げる決断ができなかった」と言った。
「食中毒になるか わからなかった」というのと、 「危険か どうか
わからなかった」 と何が違うのだろう。
おそらく 「噴火予知はむつかしい。食中毒の判断は簡単だ」と
思っているか、食中毒の判断は庶民だが、おれは 大学の教授だと
勘違いしているのか、どちらかだろう。
しかし、ある職業で責任のある判断をするためには、「判断できる」
ことが求められる。食中毒になるかどうか判らなければ 弁当屋をやる
べきではなく、噴火の予知ができなければ 「レベル1」を表示すること
はできない。
こんなに簡単なことがわからないのが、会長の東大教授、噴火の
権威の先生なのである。 しかし、なぜ判らないのかというと、その原因
は 「あまりにもウソが蔓延し、NHKも 平気で嘘をつくので自分がウソ
をついていることがわからない。
テレビ局も「大学の先生だからウソをつかない」と思っている。
でも、「わからないことを わかったようにして、レベル1を表示する」
というのは「ウソ」である。
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