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「平成とは何だったのか」(11)
2018.9.27 野口 悠紀雄(のぐち ゆきお、1940 12月20日 〜)
1990年代以降に続いた長期不況に関して、その原因が戦時中に構築
されたシステム(「1940年体制」)の非効率さにあると主張。1940年体制とは、
金融機関を通して、政府が 経済をコントロールする体制で、日本的な企業、
経営、労使関係、官民関係、金融制度など日本経済の特徴とされる様々な
要素が、1940年頃に戦時体制の一環として導入されたとする概念である。
・高度経済成長は、戦時体制によって実現された。戦時体制は、敗戦後
も生き残り、高度経済成長を実現する上で、本質的な役割を果たした。
・日本経済の特徴とされる要素は、戦時経済の要請によって導入された
ものであり、日本の歴史の中では比較的新しいものである。
とし、「戦時体制からの脱却(構造改革)」を主張。
「平成とは何だったのか」(9)
2018.8.22 「平成とは何だったのか」(6)
2018.7.2
平成の金融行政の30年を10年ごとに区切り下記のように分析した。
① 昭和の負の遺産をなんとかしようとした10年(バブルの崩壊から 公定資金投入まで)
② 金融危機への対応で覚悟を決めた10年(金融システムの安定のため 不良債権問題の最終処理)
③ 平成以降を見据えてがんばった10年(非常時からの平時の行政への 切り替え)
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日本記者クラブ
2012.2.29
藻谷 浩介(もたに こうすけ、1964 - )
いきなり、「クイズ」から始まる。
「昨年の日本の国際収支は第2次石油ショック以来、31年ぶりの貿易赤字
となった。再び黒字化する方策は?」という問いで、正解は輸出競争力回復
でもなければ、円安誘導でもない。「家庭用電力料金値上げで省エネを進める」
である。
その趣旨はこうだ。昨年に貿易赤字になった最大の理由は原発事故によって 電力会社の原油輸入が増加したためだ。したがって再び黒字化するには原油
の輸入が増えないようにする、つまり電力使用量を減らすということだ。
ところが多くの人は、貿易赤字転落は輸出の減少が原因だと思っている。 しかし氏はリーマン・ショック後、輸出は大幅に回復し最近も減っていないことを
輸出額の実数で示し、「円高で日本の輸出が減った」「日本の衰退」などという
イメージに惑わされていると指摘する。
話は、貿易から消費の現実、少子高齢化などにも及び、日本経済の実態が いかに誤って理解されているかを、データと「クイズ」を交えて次々に明らかに
していった。
そして、その責任はメディアにあると手厳しい。「通説や社会通念からではなく、 事実に基づくべきだ」と強調した。そうした批判を我々も真摯に受け止める必要
があるだろう。
いずれも説得力のある指摘であり、「目から何枚もウロコが落ちた」(司会の 小此木委員)と感じた人が多かったのではないだろうか。
ただ、震災から1年を迎える被災地の復興状況や必要な対策などについての 言及があまりなかったのは残念だった。復興構想会議の専門委員を務めた氏
ならではの意見を聞きたかった。
2016.1.20
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