混沌の時代のなかで、真実の光を求めて

現代に生きる私の上に 仏法は何ができるかを 試そうと思い立ちました。//全ての原発を 即刻停止して、 別の生き方をしましょう。

地獄とは何か?

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ここに 人類が居る

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露堂々と、 ここに 人類が居る。

具体的な 人類というものが、ここにある。

太古以来の 人類が、私の所に居る。


これを、 <我・我所> のものと言われ、

これを、 <愛欲・名利(ミョウリ)の凡夫> と言われる。


イエスの言葉を 白々と 知性で聞き、 

釈尊の言葉を 習慣として聞く この者。


その恐るべき罪業を 内に抱いて、

しかも それを知らずに、平気な顔で 日夜を過ごすのであります。

この者の 非理 と 虚偽 は、 驚くばかりである。


この者に 救いがあると、 漠然と幻想している この奇妙さよ !

これは、 いったい 何なのでしょうか ?

まことに まことに、 これは 巨大な迷妄であります。


勃々と湧き上がる この救いの迷妄。

私と世界をして 抽象的存在たらしめ、

人生の表層を 流転せしめる このもの !


なむあみだぶつ




「 諸仏 大慈・無上尊は、 恒(ツネ)に 空慧をもって 三界を照らしたまう。

  衆生は 盲冥(モウミョウ)にして 覚知せずして、 永く 生死(ショウジ)大苦海に没す。

  群生(グンジョウ)を抜きて 諸苦を離れしめんが為に、 勧請(カンジョウ)したてまつる。

  常住して 法輪を転じたまえ。

  勧請したてまつりおわりて、 至心に 阿弥陀仏に帰命(キミョウ)したてまつる。 」

                          ――― 『往生礼讃(ライサン)』善導 





                               合掌

偽物 

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この 偽物を、 今日も 持って生きる。


  「  内観の不退は、 

     教法を聞かず 大慈悲に触れずしては、 決して できぬものである。 

     ・・・・

     真実の教法のみ 無限に 内観の世界を 成就してくださる。 」(先師)


あぁ、 私の人生は、 まことに 粗野であり 放逸・無慚muzanであります。

粛々たる 恩徳報謝の場に 居ない。

まさに < 雑縁zouen乱動して 正念syounenを失す > であります。



  「  自己の 無明煩悩の真相を まともに見て、 

     生きるに堪え得る者が どこにあろう。 」(同上) と。


この 平気の平佐で 生きている 私は、 したがって

自らの真相を 知らずに 居るものであります。


  「  如来の大悲を 知らぬものに、 何で 自己の真相が 知られよう。

     自己の真相を 知らぬものに、 何で 如来が 信じられよう。 」

  また、
  「  如来なくして 心霊の麻痺が 取れるものなら、

     人は みな、 到底 生きるに堪taえ得ないであろう。 」

  また、
  「  人生の逃避とは、 

     自己を知ることを 逃避せんとするのである。 」(同上) 
  と。



思い描くだけならば、 現実を動かすことはできない。

空想や希望は、 ナルシシズムである。 現実逃避である。

しかし こんなことさえ、 私は よく分っていない。


  「 内観の道は、 難中の難である。

    しかし 如来大悲は、 これを 成就したまうのである。 」(同上)


わが偽りを 偽りの生を、 如来大悲の前に

限りなく 照らし出されよ。



世を ‘ 煩悩濁乱 ’ と言うか ?!

世の濁乱は、 昔から 「 五濁悪世 」と言われて、 今に 始ったことではない。


釈尊の時も  竜樹・天親の時も  曇鸞・善導の時も  

法然・親鸞の時も  先師・師の時も、 そうであったのだ。 


しかし 外の世界の 濁乱・不条理を言う 汝はどうか ?

何よりも まず、 誰よりも まず、 私自身が 無明煩悩・濁乱のものではないか ?


恐るべきは、 他者の暴悪ではなく、

私自身の どうしようもない 非理と罪悪である。


如来大悲の  底深く 広大無辺なることに、 触れるべし。

汝の 理非曲直を言うことの 虚偽と不毛を 知るべし。


なむあみだぶつ

                                合掌




              ● kyomu- の アッピール ●

                  原子力発電を やめよう! & 六ヶ所村再処理施設を 止めよう! 

                  ―――― 欲望の奴隷になって、冷静な判断を失うまい! 

                        子孫に 我らの負債を 残すまい! ――――


 

寒氷地獄

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私の思いは、妄念・妄想であります。

そこに 智慧あることなく、慈悲のあることはない。


ボンヤリと 善人意識に侵されて、

智慧あるごとく 慈悲あるごとく 自らを見做す この愚か者よ。

悲しむべし 痛むべし


「 智慧は、如来にむかって開かれる眼である。

  慈悲は、無明の生死界に分け入って 衆生を化せんとする仏心である。 」(先師)




洞窟に 太古より住まう 目なく耳のない虫が 蠢(うごめ)いているように、

私は この地上に生きております。


朝の陽光は、この身体を 照らし温めてくれるが、

私の心を 照らすことも、この鬱屈を 温めてくれることもない。

夜の帳りは、 私の 身も心も 暗黒のうちに 閉じ込める。


TVの バラエティーや歌番組は、 

こうした状況から 私の眼をそらし 心を紛らわせて、

凍てついた この現実に 対面すべき時を 埋(うず)める。



一日の空過は 千載の空過である ということの道理を知らず、

ウカウカと 雑物(ぞうもつ)で 時を埋めて、足れりとする。

この、教えに随わず 念仏を取り落とした 様(さま)よ。


今の一念が、 劫初より尽未来際までを貫く 如来本願の大慈悲、

その還相(げんそう)摂化(せっけ)の 舞台であるにもかかわらず・・・。

あぁ! この寒氷地獄よ!


                                合掌

利他とは何か?

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利他とは 何か? 

――― 教化衆生 尽未来際 ( 衆生を教化kyougeして 未来際jaiを尽す )

すなわち 他の人の運命にかかわることは、一時のことではなく、

未来永劫 それに責任をもとう ということである。


そして 我々に それが可能なのは、 この娑婆ではない。

この社会・この世のうちでは、 ついに 深い絶望に終らずを得ず、

それは ついに 私の手の及ばないことである。

彼の人を どうにかしてやろうとしても、その試みは 結局 座礁してしまうのである。


こうした悲痛な処に 私はあるのだ。

善き意志は 貫徹できず、 その願いは 空しくなってしまうのである。

この世で この社会で、我々の善意は 完結できないとすると、どういうことになるのか?

我々は ただ事の成行きに絶望し 断念し 諦念するより 仕方がないのであろうか? 


実際 世の人々は、 好むと好まざるとにかかわらず、

自己及び他者の上に起きた不幸を、 

そのように諦念して 世を終えるのである。

すなわち 我々の人生は 失敗・敗北の人生であらざるを得ないのである。


ここに、如来の大悲本願の 発(おこ)された理由がある。

それは、この娑婆世界 (この人生・この社会・この人生) で、

完結できない 自利と利他 を、完結せしめる世界(浄土)を 建立し、

その世界に 我々を 生まれさせ、そこに生きさせようという願いである。



                              合掌 




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善い行いとは?

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私は、この現世の現実とは 違った所に、自分を置こうとしていました。

これは、間違いであります。

面前の現実以外に、 私の現実はないのであります。


如何に それが お粗末で、 

プライドを いたく傷つけるものであろうとも、

あるいは 情ないものであろうとも、


それが 私であって、 それ以外の私は 居ないのです。

人から 軽んじられ 蔑ろにされ 顰蹙hinsyukuを買うような 私なのです。

なむあみだぶつ



「 私は これまで 小さな殻に 立てこもり、

  人生を 愚痴な心で 僻(ひが)んで ながめ、 人を 裁き呪って、

  我と 自ら 滅亡の墓穴を 掘っていたのです。」(先師)




恰好イイことを言っても ダメであります。

わが身の現実は、 その言葉に 相応していない!


その 自分の都合のイイことばかり 立てようとする 卑劣漢、

そのために 人の命までも 蔑ろにする 冷血漢、

この 見てはおれない姿の者が、 私ではないのか?


まことに 口では りっぱなことを喋りながら、

戦々兢々として 身の保身を計ろうとする この者。



ボンヤリと よい世界に この身を更生させようと 期待する その心は、

我愛・我執の岩盤の上に、 愚かにも 真実を立てようとしているのであります。


この 哀れむべき 倒錯よ!



何か 善いことを思いつき、 それを 為すことで、

私を この惨憺たる地獄から 救えるとでも 思っているのか?!


‘ でも、その人が困っているのに 何も手を差し伸べないのか?

  それは、 君の社会的の責任でもあるだろう! ’ との囁(ささや)きが聞こえる。


善いこと・その人のためになることなら、 精一杯 為して 悪いはずはない。

否、それは 為すべきでもあろう。

それを為さねば、社会的信用を失うからではない。


しかしながら それを為したとしても、 

私の 惨憺たる地獄は、消滅することも 減ずることも ないのである。





                                 合掌 




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                  原子力発電を やめよう! & 六ヶ所村再処理施設を 止めよう! 

                  ―――― 欲望の奴隷になって、冷静な判断を失うまい! 

                        子孫に 我らの負債を 残すまい! ―――― 





 

  


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