混沌の時代のなかで、真実の光を求めて

現代に生きる私の上に 仏法は何ができるかを 試そうと思い立ちました。//全ての原発を 即刻停止して、 別の生き方をしましょう。

地獄とは何か?

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反逆者(50)

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過去の事どもに 煩い、過去の事どもに 頼って、今の私を 支えようとする。

過去も 妄念に埋っており、 今も 妄想に埋っている。


しかし、その全貌は 私に明らかとならない。


ただ ここに、

白々と尖った我執が 地獄の底から突き出て、自己意識となっているのだ。



み仏は、思いも及ばぬ 多くの多くの方便をもって、

私を 大悲しつつ、すでに 幾ばくの時を経てこられたのでしょうか・・・・。


しかし、そのご恩徳を 私は受取ることもなく、

むしろ 無きものに為して、今日を過ごしています。


その大悲の御意mi/kokoroを、無条件に 今日喜ぶべきなのに、

そんな心は 少しも起こってきません。


法を聞くことを 厭い、 法に順うことを つまらないと思い、

ここに 止めなく 我儘のし放題なのです。


法を 頭の上に戴くほどに 尊重する姿勢は、ここにぬけ落ちています。

真実清浄なるものに 何から何まで 反逆し 無視する 私が、ここに居ります。


しかるに 信じられないことですが、ある人は 言っています。

「 この 人間苦の 満ち満ちた大地の上に、大悲の み光が 光っています。 」と。
                                   

なむあみだぶつ



                                   合掌

ピカドンの後で (49)

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                〜〜〜〜〜〜1946 2月22日付け 先師のお手紙
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合掌 南無阿弥陀仏  お手紙ありがたく頂戴いたしました。

承りませば、 孝子さまには 二十三歳を一期として、

み親のみ国に急がれました由、 驚き入りました。

ご一同さまの 御悲しみ、 まことに お察し申し上げます。



昨年八月六日 広島に ピカドンがありましてから、

沢山な親たちの 尽きせぬ涙に 接しました。

私も 子供に死なれたことがあり、

如何ほど 悲しい 苦しいものか よく知っております。


まことに 人生の最大の苦しみに お出会いなされたのであります。

日がたつにつれて 思い出の数々が、皆さまを泣かせていることでありましょう。

しかしながら、その御悲しみの中に、 たった一つ せめての御慰みは、

孝子さまが、 お念仏を申して 短い二十三年を 終って下さった事であります。



生まれたものは 死ぬる。

この生と死との間 そのつかの間に、 人は み法を聞いて、

出世の一大事を 解決させて頂かなければなりません。

我らは、ただ この事だけのために、 この世に出して頂いたのではないか。


しかるに 多くの人は、何も考えず ただ三毒煩悩に追われて、

何も得ることなくして、 この世を終わるのであります。

ああ! 国に一人か 郡kooriに一人かと言われる その一人に孝子さまは 入られました。

何という ありがたいこと、尊いことでありましょう。



百年のいのち 長からず。
 
二十三年のいのち 短からず。

大法なく 念仏なくしては、 何年生きるも 同じであります。

孝子さま、おめでとうございます。


残る者には 悲しみがあり 涙があります。

しかし 孝子さん、貴女は 今や永劫の苦をすてて、

お浄土に 大般涅槃の証satoりを開き、つきせぬ命に 生きさせて居られることであります。

よかった よかった! 貴女は今、 大悲還相のお徳に 輝いていられることであります。



私たち残った者も 間もなく 貴女のところに参らせて頂きます。

しかし 孝子さんの お父上・お母上の 御さびしさ 地上のさびしさは、日ごとに増していきます。

さびしい時には、さびしがるのです。 苦しい時には、苦しむのです。

手放しで、泣くのです。


けれども たった一つ 久遠の御いのちの中に 泣き、

御いのちの中に 苦しませて頂くのです。

お念仏の中に 泣かせて頂くのです。

お念仏のみが 孝子さまに通じます。



いよいよ 精進致しましょう。

先は お悔みまで。

皆さまに よろしくお伝え下さい。

南無阿弥陀仏


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大自然の ただ中での生活は、今や 私には 単なる憧れでしかない。

野山の 草木 や 花々は、非日常的な世界のものである。

この、大地を遊離した市民生活を、私は 今日も送る。

これが、私の 日々の現実である。


しかし、この生活は 架空の 砂上の楼閣である。

天変地異 や 他国の侵略 や 疫病 や 飢饉 や 原発事故 などは、今日の悪夢である。

この社会のライフラインが 瞬く間に 寸断されて、そこに 非日常的世界が 現出する。

何が わが身の上に起るか? を 事前に予期することは、 誰も できない。



この 大自然の大地の上で 生きている私は、 

―――― 一箇の生き物であり、 人類の一人である。

そこに安住できないで、種々の波乱を巻き起こすのが、我らor私の欲望である。

一介の大地の子として その生を全うできたら、何とすばらしいことであろうか!


大地は 裂け、天は 火を降らせ、寒暑は わが生気を萎えさせ、風雨は わが茅屋を破り 水に漂わせる。

疫病は わが親しき者たちを打ち、 兵禍は 人の心を荒廃させ、

国家・社会は、人々の心を拘束し 狭く暗い牢獄に 閉じ込める。

我らは 自らの 恐怖 と 欲望 のために、 この世界を 娑婆の火宅 と為す。



大地の子・宇宙の子として、Cosmos のうちで生きる生と、

大地の裂け目・宇宙の Catastrophe にある生と・・・。

我らは、前者に 憧れつつ 後者のなかに 住まう。

ここに、我ら人類の 愚かさ と 悲劇 がある。





                                 合掌

先師のこと(47)

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先師は、その生涯を 天皇の赤子sekisiとして生き、 広島で 原爆に罹災した。

8月15日 < 終戦の詔勅 > の後、繰り返し言った言葉がある。


「 私は、真実は 2つある と思っていた。

  1つは 御上(okami万世一系の天皇)、1つは 如来であった。

  しかし、真実は、1つしかなかった。」と。


そして、聖徳太子のお言葉である 「 世間虚仮 唯仏是真 」 と、

親鸞の
   「 煩悩具足の凡夫・火宅無常の世界は、

     よろずのこと 皆もて そらごと たわごと まことあることなきに、

     ただ、念仏のみぞ まことにておわします。」(歎異抄)

の句を、さかんに口ずさんだという。


これらの句は、およそ1400年および750年前に 日本人によって語られたものであるが、

文字通り ‘ 国破れて山河あり ’ーーー 戦争の傷跡が癒えぬ廃墟、しかも米軍等の占領下という、

全く未曾有の状況の中で、先師は これを 新たに捉え直したのであろう。


この句を、彼は あの時代の外に立って、傍観者として 口ずさんだのではない。

科学技術時代の戦争の惨禍のなかで、その全体を 自らに荷負して、語り出そうとしたのだ。

あの紅蓮の炎に燃える地獄絵図は、 目の裏に焼き付いていたのだ。



                          合掌

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この私を、

自己肯定・善人意識の立場から、 

罪悪生死の凡夫の立場に 切り換えよ!



その言や 誰に向って 語っているのか?!

善人・賢者の立場に陶酔して、 辛い生活の 一時の愉悦と為しているのではないか?

哀れむべし、 この者の残忍さよ!


いつまで、 その自慰を 繰り返すつもりであるか?!


昨日も 今日も 汝の生活の本体は、 底無し沼に 嵌り込んでいるではないか!

他の人を 教え助けるよりも 何よりも、 汝自身が 生死の大海に沈没しているではないか!

苦を避けようとして 波を掻き分け、 思うに任せぬ手足を 無暗に動かそうとする・・・。


この 真実に対する無関心よ! 恐るべき無感覚よ!

この暗愚の意識で 考え思うことに、 どれほどの真実があろうか?!

大きいものは 極小のように、小さいものは 極大のように 見做しているのではないか?



    しばらく 思惟すれば、忽ちのうちに 心は厭いて 散乱粗動し、

    真実なるものを 踏みにじって、敗壊haieの逸楽に 止め処なく耽る・・・。

    すべて 私の想念は、このように いい加減のものであります。



汝 その奇妙なる善人意識を 何とかせよ!

汝は 果たして 善人であるか、 否か?

その恐るべき 目の梁を砕け!


この 病 重篤なる者よ! 健康を装って 何になるというのか?!

この 戦々恐々たる 小市民根性で、一時の逸楽を貪っているのです。

哀れむべし 痛むべし、 この真実に対する不感症患者よ!



汝  生活を改めよ! 

心を静めて よくよく聞け! 先師の言を。


「 苦悩人たる あなたよ、 どっしり大地の上に立って、み仏の み声を聞こうではないか。

  生死の苦海に 雄々しくも 身を投げたまいし み仏は、

  現に あなたの魂に 無阿弥陀仏と叫びたもうてあるではないか。


  私の過去の罪を生かし 悪を救い 偽善の面を破り、失敗に目覚めさし、

  死んでいる私の過去全部に 生命の息を吹き込みたもうたではないか。

  痛ましき地上の約束に縛られた私は、悪人でもあろう 罪人でもあろう 地獄一定でもあろう。


  けれども、わが罪の いと小さき一片鱗をも棄てず、

  わが苦悩を そのまま わが苦と感じたまう み仏は、絶対に 一切を引き受けて、

  これがあるからイケヌとは 仰らずに、一切を引き受けて下さるではないか。


  静かに み名を念じて、永劫の苦を あるがままに背負って行こうではないか。

  本当の浄土は、楽しみの幻影を追うて行く 楽しみの彼岸ではない。

  本当の浄土は、寂しい悲しい業苦を負うて 永劫の苦を忍受する人の 今日の一足の中から開かれる。」





                                     合掌


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