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お金に対する思想 / 官僚機構VS.政治
ニュース・コメンタリー (2016年2月6日)
〜「政治とカネ」論争で抜け落ちている マックス・ヴェーバー的視点〜
その後、造船疑獄、ロッキード事件、リクルート事件などの大型疑獄事件が相次いで起き、
そのたびに「政治とカネ」の問題が取りざたされる。「金権政治」、「政官財の癒着」が常套句
となり、そこに切り込む東京地検特捜部は「巨悪」を許さない正義の象徴のような存在として
、マスコミに持て囃されるようになった。そして、疑獄事件のたびに政治資金規正法が改正
され、金額に対する制限が強化されていった。政治資金規正法としてスタートした法律が、
いつのまにか途中から政治資金規制法へと変質していったのだ。・・・・
※ 政治家が 官僚機構に呑み込まれている一つの例
厚生労働大臣発言
――― この問題は委員会でもだいぶ取り上げられておりましたが、
ご指摘のデータというのは、福島県で行った県民健康調査の結果によるものでございす。
福島県における放射線によります健康被害・健康影響の問題につきましては、
環境省の所管でございますので、厚労省としてのコメントする立場にはないと思います。
◇ 国民の健康という側面から、厚労省の見解はどうか?
――― 今申し上げたように、この放射線による健康影響の対応については、
環境省が担当ということということでございます。
2016年3月5日
田坂広志氏の言、たいへん重要です
ビジネス展望2015年3月17日
1999年/NHKエンタープライズ21・グループ現代制作
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興味深い記事紹介
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abcNEWS http://abcnews.go.com/blogs/politics/2011/10/japanese-government-nixed-idea-of-obama-visiting-apologizing-for-hiroshima/
kyomu- 訳す
Japanese Government Nixed Idea of Obama Visiting, Apologizing for, Hiroshima*
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世界中の科学者を動員して、タバコは 健康に害があるから と言って
WHOや世界各国が タバコ撲滅運動をしている。
このやり方は IPCCの地球温暖化&CO2原因説の運動と きわめてよく似ている。
どちらも、まず 結論があって、それに合うような結果を導くように科学研究がなされ、
どちらも、正義の名の下に、世界中の国家を巻き込んで 国連機関が主導し、
これに疑問を呈する科学者や一般人を、人格攻撃を含めて 異端視することである。
合掌
タバコ推奨派: 武田邦彦
嫌煙派: 磯村毅 津田敏秀 藤本祥和 後半もあります。
http://www.garbagenews.com/img15/gn-20150730-10.gif
↑ たばこ販売による税収推移(兆円、一部地方税は予算額)(消費税概算込み) http://www.garbagenews.com/img15/gn-20150730-09.gif
↑ たばこ販売実績(億本) |
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日本記者クラブ
「戦後70年 語る・問う」(28)
〜 GHQと戦った女 沢田美喜 〜
2015.7.30
ノンフィクション作家 青木冨貴子氏
日本は歴史の検証をしているのか?
昭和の光と陰が凝縮した本『GHQと戦った女 沢田美喜』は、「戦前には巨万の富を
持った財閥の令嬢が、混血孤児の救済という戦争の後始末にたった一人で果敢に
立ち向かった」物語である。
沢田美喜は、三菱の創始者・岩崎弥太郎の孫娘であり、夫は大戦中に外務次官だった。
占領期に 米兵と日本人女性の間に生まれた混血児を救うために、エリザベス ・ サンダース
・ホームを 開いた。
米国は どんどん悪化し寛大さを失った。 日本への要求も強まるだろう。
ACJはジャパン・ロビーの中枢組織として 1948年6月 発足した。
ジャパン・ロビーとは端的にはグルー派である。ジョン・モルガンを従兄に持つ
グルーは、日米開戦までの10年間という駐日大使時代を通じて日本の財閥と
連携するようになった。ジャパン・ロビーは、台湾国民党政権を支援するチャイナ
・ロビーと競い合っていた。双方は共に反共路線であったが、後者は台湾から
資金援助を受けていた。経済基盤の違いはそれぞれの主張に反映された。
ジャパン・ロビーの存在感は、ニューヨーク・タイムズ、シカゴ・トリビューン、
タイム (雑誌)などにより演出された。ニューズウィークはジャパン・ロビーの目的
に最も貢献した。当時のニューズウィークを所有・支配したのは主に、ハリマン家、
公然とファシズムを支援した。
コンプトン・パケナムは 1940年代末の同誌東京支局長であった。外信部長
ハリー・F・カーンは、パケナムと共にジャパン・ロビーと結んだ。そして GHQの
SCAPや経済科学局が推進する日本の民主化に反対して一大論争を繰り広げた。
1948年3月、冷戦論者のジョージ・ケナンがマッカーサーを訪ね、集排法⋆が
日本をいっそう共産化すると示唆した。月末にウィリアム・ヘンリー・ドレイパー・
ジュニアが ケミカル銀行頭取パーシー・ジョンストンらを伴い東京を再び訪れて
いる。彼らは 政府の対日政策を左右できるポストにあったから、その報告は
瞬く間に集中排除計画への公的見解をひっくり返した。SCAP覚書で、財閥を
結びつける核となっていた主要銀行が集中排除から免除された。
「昭和天皇とワシントンを結んだ男 『パケナム日記』が語る日本占領」(新潮社)
英人ジャーナリスト、コンプトン・パケナムは占領期にニューズウィーク誌東京支局長を
務めた。400ページにのぼる手書きの日記を発見し、これまでほとんど知られることが
なかったパケナムの行動と埋もれた占領史を解明していく。
パケナムは 昭和天皇の側近松平康昌と親しい関係になり、吉田茂、鳩山一郎、岸信介、
ダレスら日米の政治家に食い込んだ。 パケナムを介して、天皇からマッカーサーを飛び
越えてワシントンにつながるチャンネルが存在していたことが明らかになる。
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