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(10) 31 クリストよりもバラバを クリストよりもバラバを ―― それは 今日でも同じことである。 バラバは 叛逆を企てたであらう。同時に又 人々を殺したであらう。しかし 彼等は おのづから 彼の所業を理解してゐる。 ニイチエは 後代のバラバたちを街頭の犬に比(タト)へたりした。 彼等は 勿論 バラバの所業に 憎しみや怒りを感じてゐたであらう。 が、クリストの所業には、 ―― 恐らくは 何も感じなかつたであらう。 若(モ)し 何か感じてゐたとすれば、それは 彼等の 社会的に感じなければならぬと思つたものである。 彼等の精神的奴隷たちは、 ―― 肉体だけ逞(タクマ)しい兵卒たちは クリストに荊(イバラ)の 冠(カンムリ)をかむらせ、紫の袍(ホウ)を まとは(わ)せた上、「 ユダヤの王 安かれ 」と叫ん だりした。 クリストの悲劇は かう言ふ喜劇のただ中にあるだけに 見じめである。 クリストは 正に精神的に ユダヤの王だつたのに違ひない。 が、天才を信じない犬たちは ―― いや、天才を発見することは手易(タヤス)い と信じてゐる犬たちは ユダヤの王の名のもと に真のユダヤの王を嘲(アザケ)つてゐる。 「 方伯(ツカサ)のいと奇(アヤ)し とするまでにイエス一言(ヒトコト)も答へせざりき。 」 ―― クリストは 伝記作者の記した通り、彼等の訊問(ジンモン)や嘲笑には 何の答へもしなか つたであらう。 のみならず 何の答へをすることも出来なかつたことは確かである。 しかし バラバは 頭を挙げて 何ごとも明らかに答へたであらう。バラバは 唯 彼の敵に叛逆 してゐる。 が、クリストは 彼自身に、―― 彼自身の中のマリアに叛逆してゐる。 それは バラバの叛逆よりも 更に根本的な叛逆だつた。 同時に 又「 人間的な、余りに人間的な 」 叛逆だつた。 ※ マルコ 14章 53〜15章 41 ※ マタイ 27章 夜が明けると、祭司長たち、民の長老たち一同は、イエスを殺そうとして協議をこらした上、 イエスを縛って引き出し、総督ピラトに渡した。 そのとき、イエスを裏切ったユダは イエスが罪に定められたのを見て後悔し、 銀貨三十枚を祭司長、長老たちに返して 言った、「 わたしは 罪のない人の血を売るようなことをして、罪を犯しました 」。 しかし 彼らは言った、「 それは、われわれの知ったことか。自分で始末するがよい 」。 そこで、彼は 銀貨を聖所に投げ込んで出て行き、首をつって死んだ。 祭司長たちは、その銀貨を拾いあげて言った、「 これは血の代価だから、宮の金庫に 入れるのはよくない 」。 そこで 彼らは協議の上、外国人の墓地にするために、その金で陶器師の畑を買った。 そのために、この畑は 今日まで血の畑と呼ばれている。 こうして 預言者エレミヤによって言われた言葉が、成就したのである。すなわち、 「 彼らは、値をつけられたもの、すなわち、イスラエルの子らが値をつけたものの代価、 銀貨三十を取って、 主がお命じになったように、陶器師の畑の代価として、その金を与えた 」。 さて、イエスは 総督の前に立たれた。すると 総督は イエスに尋ねて言った、 「 あなたがユダヤ人の王であるか 」。イエスは「 その通りである 」と言われた。 しかし 祭司長、長老たちが訴えている間 イエスは 一言もお答えにならなかった。 すると ピラトは言った、「 あんなにまで次々に、あなたに不利な証言を立てているのが、 あなたには聞えないのか 」。 しかし 総督が 非常に不思議に思ったほどに、イエスは何を言われても、一言も お答えにならなかった。 さて、祭のたびごとに、総督は群衆が願い出る囚人ひとりを、ゆるしてやる慣例に なっていた。 ときに、バラバという評判の囚人がいた。 それで、彼らが集まったとき、ピラトは言った、「 おまえたちは、だれをゆるして ほしいのか。 バラバか、それとも、キリストといわれるイエスか 」。 彼らが イエスを引きわたしたのは、ねたみのためであることが、ピラトには よく わかっていたからである。 また、ピラトが裁判の席についていたとき、その妻が 人を彼のもとにつかわして、 「 あの義人には関係しないでください。わたしは きょう夢で、あの人のためにさんざん 苦しみましたから 」と言わせた。 しかし、祭司長、長老たちは、バラバをゆるして、イエスを殺してもらうようにと、 群衆を説き伏せた。 総督は 彼らにむかって言った、「 ふたりのうち、どちらをゆるしてほしいのか 」。 彼らは 「 バラバの方を 」と言った。 ピラトは言った、「 それでは キリストといわれるイエスは、どうしたらよいか 」。 彼らは いっせいに「 十字架につけよ 」と言った。 しかし、ピラトは言った、「 あの人は、いったい、どんな悪事をしたのか 」。 すると 彼らは いっそう激しく叫んで、「 十字架につけよ 」と言った。 ピラトは 手のつけようがなく、かえって 暴動になりそうなのを見て、水を取り、 群衆の前で手を洗って言った、 「 この人の血について、私には責任がない。おまえたちが自分で始末をするがよい 」。 すると、民衆全体が答えて言った、 「 その血の責任は、われわれとわれわれの子孫の上にかかってもよい 」。 そこで、ピラトはバラバをゆるしてやり、イエスをむち打ったのち、十字架につけるため に引きわたした。 それから 総督の兵士たちは イエスを官邸に連れて行って 全部隊をイエスの周りに集めた。 そして その上着をぬがせて、赤い外套(ガイトウ)を着せ、 また 荊で冠を編んでその頭にかぶらせ 右の手には葦(アシ)の棒を持たせ、それから その前にひざまずき 嘲弄(チョウロウ)して、「 ユダヤ人の王、ばんざい 」と言った。 また、イエスに つばきをかけ、葦の棒を取りあげてその頭をたたいた。 こうして イエスを嘲弄したあげく、外套をはぎ取って元の上着を着せ、それから 十字架につけるために引き出した。 彼らが出て行くと、シモンという名のクレネ人(ビト)に出会ったので、イエスの十字架 を無理に負わせた。 そして、ゴルゴタ、すなわち、されこうべの場、という所にきたとき、 彼らは にがみをまぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはそれをなめただけで、 飲もうとされなかった。 彼らは イエスを十字架につけてから、くじを引いて、その着物を分け、 そこに すわってイエスの番をしていた。 そして その頭の上の方に「 これはユダヤ人の王イエス 」と書いた罪状書きをかかげた。 同時に、二人の強盗がイエスと一緒に、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけられた。 そこを通りかかった者たちは、頭を振りながら、イエスをののしって 言った、「 神殿を打ちこわして 三日のうちに建てる者よ。もし神の子なら、自分を救え。 そして 十字架からおりてこい 」。 祭司長たちも同じように、律法学者、長老たちと一緒になって、嘲弄(チョウロウ)して言った、 「 他人を救ったが、自分自身を救うことができない。あれが イスラエルの王なのだ。 いま 十字架からおりてみよ。そうしたら信じよう。 彼は 神にたよっているが、神のおぼしめしがあれば、今、救ってもらうがよい。 自分は 神の子だと言っていたのだから 」。 一緒に十字架につけられた強盗どもまでも、同じように イエスをののしった。 さて、昼の十二時から地上の全面が暗くなって、三時に及んだ。 そして 三時ごろに、イエスは 大声で叫んで、「 エリ、エリ、レマ、サバクタニ 」と 言われた。それは「 わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか 」 という意味である。 すると、そこに立っていたある人々が、これを聞いて言った、 「 あれは エリヤを呼んでいるのだ 」。 するとすぐ、彼らのうちのひとりが走り寄って、海綿を取り、それに酢いぶどう酒を 含ませて 葦(アシ)の棒につけ、イエスに飲ませようとした。 ほかの人々は言った、「 待て、エリヤが 彼を救いに来るかどうか、見ていよう 」。 イエスは もう一度大声で叫んで、ついに息をひきとられた。 すると見よ、神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。また地震があり、岩が裂け、 また 墓が開け、眠っている多くの聖徒たちの死体が生き返った。 そして イエスの復活ののち、墓から出てきて、聖なる都にはいり、多くの人に現れた。 百卒長、および彼と一緒にイエスの番をしていた人々は、地震や、いろいろのできごとを 見て非常に恐れ、「 まことに、この人は 神の子であった 」と言った。 また、そこには遠くの方から見ている女たちも多くいた。 彼らは イエスに仕えて、 ガリラヤから従ってきた人たちであった。 その中には、マグダラのマリヤ、ヤコブとヨセフとの母マリヤ、またゼベダイの子たち の母がいた。 32 ゴルゴタ 十字架の上のクリストは 畢(ツヒ)に 「 人の子 」に外ならなかつた。 「 わが神、わが神、どうしてわたしをお捨てなさる? 」 勿論 英雄崇拝者たちは 彼の言葉を冷笑するであらう。況(イハン)や聖霊の子供たちでない ものは 唯 彼の言葉の中に「 自業自得 」を見出すだけである。 「 エリ、エリ、ラマサバクタニ 」は 事実上 クリストの悲鳴に過ぎない。しかしクリストは この悲鳴の為に 一層 我々に近づいたのである。 のみならず 彼の一生の悲劇を一層現実的 に教へてくれたのである。 |
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青空文庫から 西方の人 芥川龍之介※ 1927年 8月、雑誌『改造』に初出。1927年 7月7日に書き上げられ、さらに絶筆となる『続西方の人』 (『改造』1927年9月)が執筆された。 1927年7月24日(満35歳)没。 (9) 29 ユダ 後代は いつか ユダの上にも 悪の円光を輝かせてゐる。 しかし ユダは 必しも十二人 の弟子たちの中でも 特に悪かつた訣(ワケ)ではない。 ペテロさへ 庭鳥(ニハトリ)の声を挙げる前に 三度クリストを知らないと言つてゐる。 ユダのクリストを売つたのは、やはり 今日の政治家たちの 彼等の首領を売るのと同じこと だつたであらう。 パピニも 亦 ユダのクリストを売つたのを大きい謎に数へてゐる。 @ 『基督の生涯』ジョバンニ・パピニ が、クリストは 明らかに 誰にでも売られる危機に立つてゐた。祭司の長(ヲサ)たちは ユダの外(ホカ)にも 何人かのユダを数へてゐた筈(ハズ)である。 唯 ユダは この道具に なる いろいろの条件を具へてゐた。 勿論 それ等の条件の外に 偶然も加はつてゐたこと であらう。 後代は クリストを「 神の子 」にした。 それは 又同時に ユダ自身の中に 悪魔を発見することになつたのである。 しかし ユダは クリストを売つた後、白楊の木に縊死(イシ)してしまつた。 彼のクリスト の弟子だつたことは、―― 神の声を聞いたものだつたことは 或は そこにも見られるかも 知れない。 ユダは 誰よりも 彼自身を憎んだ。十字架に懸つたクリストも 勿論 彼を苦し ませたであらう。 しかし 彼を利用した祭司の長(ヲサ)たちの冷笑も やはり 彼を憤(イキドホ) らせたであらう。 「 お前のしたいことを はたすが善(ョ)い。 」 かう云ふ ユダに対するクリストの言葉は、軽蔑と憐憫(レンビン)と溢(アフ)れてゐる。 「 人の子 」クリストは、彼自身の中にも 或はユダを感じてゐたかも知れない。 しかし ユダは 不幸にも クリストのアイロニイを理解しなかつた。 マルコ 14章 ところで、イスカリオテ・ユダは、十二弟子のひとりであるが、イエスを売ろうとして 祭司長たちのところへ出向いて行った。 彼らは これを聞いて喜んで、金をやろうと約束した。そこでユダは、どうしたら、 うまいぐあいにイエスを引き渡せるかと、ねらっていた。 種なしパンの祝いの第一日、すなわち 過越の小羊をほふる日に、弟子たちはイエスに 言った。「 過越の食事をなさるのに、私たちは どこへ行って用意をしましょうか。 」 そこで、イエスは、弟子のうちふたりを送って、こう言われた。 「 都に入りなさい。そうすれば、水がめを運んでいる男に会うから、 その人について行きなさい。 そして、その人がはいって行く家の主人に、『 弟子たちといっしょに過越の食事 をする、わたしの客間はどこか、と先生が言っておられる。 』と言いなさい。 すると その主人が自分で、席が整って用意のできた二階の広間を見せてくれます。 そこで わたしたちのために用意をしなさい。 」 弟子たちが出かけて行って、都に入ると、まさしく イエスの言われた通りであった。 それで、彼らは そこで過越の食事の用意をした。 夕方になって、イエスは 十二弟子といっしょに そこに来られた。 そして、みなが席に着いて、食事をしているとき、イエスは言われた。 「 まことに、あなたがたに告げます。あなたがたのうちのひとりで、 わたしといっしょに食事をしている者が、わたしを裏切ります。」 弟子たちは悲しくなって、「 まさか私ではないでしょう。 」と かわるがわるイエスに言いだした。 イエスは言われた。 「 この十二人の中のひとりで、私といっしょに 同じ鉢にパンを浸している者です。 確かに、人の子は、自分について書いてあるとおりに、去って行きます。 しかし、人の子を裏切るような人間は のろわれます。そういう人は 生まれな かったほうがよかったのです。 」 それから、みなが食事をしている時、イエスはパンを取り、祝福して後、これを裂き、 彼らに与えて言われた。「 取りなさい。これは わたしのからだです。 」 また、杯を取り、感謝をささげて後、彼らに与えられた。彼らは みなその杯から 飲んだ。 イエスは 彼らに言われた。 「 これは わたしの契約の血です。多くの人のために流されるものです。 」 まことに、あなたがたに告げます。神の国で 新しく飲むその日までは、私は もはや、ぶどうの実で造った物を飲むことはありません。」 そして、賛美の歌を歌ってから、みなで オリーブ山へ出かけて行った。 イエスは、弟子たちに言われた。 「 あなたがたはみな、つまずきます。『 わたしが羊飼いを打つ。すると、羊は 散り散りになる。 』と書いてありますから。 しかし わたしは、よみがえってから、あなたがたより先に、ガリラヤへ行きます。 すると、ペテロがイエスに言った。 「 たとい 全部の者がつまずいても、私は つまずきません。 」 イエスは 彼に言われた。 「 まことに、あなたに告げます。 あなたは、きょう、今夜、鶏が二度鳴く前に、 わたしを知らないと三度言います。 」 ペテロは 力を込めて言い張った。 「 たとい、ごいっしょに死ななければならないとしても、私は、あなたを知らない などとは決して申しません。 」 みなの者も そう言った。 ゲツセマネという所に来て、イエスは弟子たちに言われた。 「 わたしが祈る間、ここにすわっていなさい。 」 ・・・・ 30 ピラト ピラトは クリストの一生には 唯偶然に現れたものである。彼は畢(ツヒ)に 代名詞に 過ぎない。 後代も 亦 この官吏に伝説的色彩を与へてゐる。 しかし、アナトオル・フランスだけは かう云ふ色彩に欺(アザム)かれなかつた。 @ 『ユダヤの総督』 アナトール・フランス
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青空文庫から 西方の人 芥川龍之介※ 1927年 8月、雑誌『改造』に初出。1927年 7月7日に書き上げられ、さらに絶筆となる『続西方の人』 (『改造』1927年9月)が執筆された。 1927年7月24日(満35歳)没。 (8) 28 イエルサレム クリストは イエルサレムへはひ(入)つた後、彼の最後の戦ひをした。それは 水々しさ を欠いてゐたものの、何か烈しさに満ちたものである。 彼は 道ばたの無花果(イチジユク)を 呪つた。しかも それは 無花果の彼の予期を裏切つて一つも実をつけてゐない為だつた。 あらゆるものを慈(イツクシ)んだ彼も ここでは 半ばヒステリツクに 彼の破壊力を揮(フル) つてゐる。 「 カイゼルのものは カイゼルに返せ。 」 それは もう情熱に燃えた青年クリストの言葉ではない。 彼に復讐し出した人生に対する ( 彼は勿論人生よりも天国を重んじた詩人だつた。 )老成人クリストの言葉である。そこに潜んでゐるものは、必しも 彼の世間智ばかりではない。 彼は モオゼの昔以来、 少しも変らない人間愚に愛想を尽かしてゐたことであらう。 が、彼の苛立(イラダ)たしさは 彼に エホバの「 殿(ミヤ)に入りて その中にをる売買(ウリカヒ)する者を 殿(ミヤ)より 逐出(オヒダ)し、兌銀者(リヤウガヘスルモノ)の案(ダイ)、鴿(ハト)を売者(ウルモノ)の椅子(コシカケ) 」 を倒させてゐる。 「 この殿(ミヤ)も 今に壊れてしまふぞ 」 或女人は かう云ふ彼の為に 彼の額へ香油を注いだりした。クリストは 彼の弟子たちに この女人を咎(トガ)めないことを命じた。 それから ―― 十字架と向かひ合つたクリストの 気もちは、彼を理解しない彼等に対する、優しい言葉の中に忍びこんでゐる。彼は 香油を 匂はせたまま、(それは土埃りにまみれ勝ちな彼には珍らしい出来事の一つに違ひなかつた。) 静かに 彼等に話しかけた。 「 この女人は わたしを葬る為に わたしに香油を注いだのだ。わたしは いつもお前たちと 一しよにゐることの出来るものではない。 」 ゲツセマネの橄欖(カンラン)は ゴルゴタの十字架よりも悲壮である。クリストは 死力を 揮ひながら、そこに 彼自身とも、―― 彼自身の中の聖霊とも戦はうとした。 ゴルゴタの十字架は 彼の上に 次第に影を落さうとしてゐる。 彼は この事実を知り悉(ツク) してゐた。 が、彼の弟子たちは、―― ペテロさへ 彼の心もちを理解することは出来な かつた。 クリストの祈りは 今日でも 我々に迫る力を持つてゐる。―― 「 わが父よ、若し 出来るものならば、この杯(サカヅキ)を わたしからお離し下さい。 けれども 仕かたはないと仰有るならば、どうか 御心のままになすつて下さい。 」 あらゆるクリストは 人気のない夜中に 必ずかう祈つてゐる。同時に 又あらゆるクリスト の弟子たちは「 いたく憂(うれへ)て 死ぬばかり 」な彼の心もちを理解せずに橄欖の下に 眠つてゐる。・・・・・・ ※ ルカ 22章 ※ マタイ 21章 それから、彼らはエルサレムに近づき、オリーブ山のふもとのベテパゲまで来た。 そのとき、イエスは、弟子をふたり使いに出して、 言われた。「 向こうの村へ行きなさい。 そうするとすぐに、ろばがつながれていて、 いっしょにろばの子がいるのに気がつくでしょう。それをほどいて、わたしのところに 連れて来なさい。 もし だれかが何か言ったら、『主がお入用なのです。』と言いなさい。そうすれば、 すぐに渡してくれます。 」 これは、預言者を通して言われた事が成就するために起こったのである。 「 シオンの娘に伝えなさい。『 見よ。あなたの王が、あなたのところにお見えになる。 柔和で、ろばの背に乗って、それも、荷物を運ぶろばの子に乗って。』 」 (ゼカリヤ9:9) そこで、弟子たちは行って、イエスが命じられたとおりにした。 そして、ろばと、ろばの子とを連れて来て、自分たちの上着をその上に掛けた。 イエスは それに乗られた。 すると、群衆のうち大ぜいの者が、自分たちの上着を道に敷き、また、ほかの人々は、 木の枝を切って来て、道に敷いた。 そして、群衆は、イエスの前を行く者も、あとに従う者も、こう言って叫んでいた。 「 ダビデの子にホサナ。 祝福あれ。主の御名によって来られる方に。ホサナ。 いと高き所に。」(詩篇118:25,26) こうして、イエスが エルサレムにはいられると、都中がこぞって騒ぎ立ち、 「 この方は、どういう方なのか。 」と言った。 群衆は、「 この方は、ガリラヤのナザレの、預言者イエスだ。 」と言った。 それから、イエスは 宮にはいって、宮の中で売り買いする者たちをみな追い出し、 両替人の台や、鳩を売る者たちの腰掛けを倒された。 そして 彼らに言われた。「『 わたしの家は 祈りの家と呼ばれる。 』と書いてある。 それなのに、あなたがたは それを強盗の巣にしている。 」 また、宮の中で、盲人や足なえが みもとに来たので、イエスは 彼らをいやされた。 ところが、祭司長、律法学者たちは、イエスのなさった驚くべき いろいろのことを見、 また宮の中で子どもたちが「 ダビデの子にホサナ 。」と言って叫んでいるのを見て 腹を立てた。 そして イエスに言った。 「 あなたは、子どもたちが 何と言っているか、お聞きですか。」 イエスは言われた。「 聞いています。『 あなたは 幼子と乳飲み子たちの口に賛美を 用意された。 』とあるのを、あなたがたは読まなかったのですか。 」 イエスは 彼らをあとに残し、都を出て ベタニヤに行き、そこに泊まられた。 翌朝、イエスは 都に帰る途中、空腹を覚えられた。 道ばたに いちじくの木が見えたので、近づいて行かれたが、葉のほかは 何もないのに 気づかれた。 それで、イエスは その木に 「 おまえの実は、もういつまでも、ならないように。 」と言われた。 すると、たちまち いちじくの木は枯れた。 弟子たちは、これを見て、驚いて言った。「 どうして、こうすぐに いちじくの木が 枯れたのでしょうか。 」 イエスは答えて言われた。「 まことに、あなたがたに告げます。もし、あなたがたが、 信仰を持ち 疑うことがなければ、いちじくの木になされたようなことができるだけ でなく、たとい、この山に向かって、『 動いて 海にはいれ 』と言っても、そのとおりに なります。 あなたがたが 信じて祈り求めるものなら、何でも 与えられます。 」 それから、イエスが宮にはいって、教えておられると、祭司長、民の長老たちが、 みもとに来て言った。 「 何の権威によって、これらのことをしておられるのですか。だれが、あなたに その権威を授けたのですか。 」 ※ マタイ 14章 彼が ベタニアで らい病の人シモンの家にいた時,食卓に着いていると, 一人の女が,非常に高価な純正のナルド香油の入った雪花石こうのつぼを持って やって来た。 つぼを砕き,それを彼の頭に注いだ。 しかし,互いに憤慨した者が数人いて,こう言った。 「 なぜ その香油を無駄にしたのか。 この香油なら 三百デナリ以上で売れたし,そうすれば貧しい人々に施すことが できたのに 」。 彼らは その女に対して不平を言った。 しかしイエスは言った, 「 彼女をそのままにしておきなさい。なぜ あなた方は 彼女を悩ませるのか。 彼女は わたしに良い行ないをしてくれたのだ。 あなた方には,貧しい人々は いつでも一緒にいて,いつでも望む時に 彼らに 良いことができる。 だが,わたしは いつでもいるわけではないからだ。 彼女は 自分にできることをした。埋葬に備えて わたしの体に 前もって油を 塗ってくれたのだ。 本当に はっきりとあなた方に告げる。世界中どこでも,この福音が宣教される所では, この女の行なったこともまた,彼女の記念として語られるだろう 」。 (未完成)
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青空文庫から 西方の人 芥川龍之介※ 1927年 8月、雑誌『改造』に初出。1927年 7月7日に書き上げられ、さらに絶筆となる『続西方の人』 (『改造』1927年9月)が執筆された。 1927年7月24日(満35歳)没。 (7) 26 幼な児の如く クリストの教へた逆説の一つは、「 我まことに汝等に告げん。若(モ)し 改まりて 幼な児 の如くならずば 天国に入ることを得じ 」である。 この言葉は 少しも感傷主義的ではない。 クリストは この言葉の中に 彼自身の誰よりも 幼な児に近いことを現してゐる。 同時に又 聖霊の子供だつた 彼自身の立ち場を明らかに してゐる。 ゲエテは 彼の「 タツソオ 」の中に やはり 聖霊の子供だつた彼自身の 苦しみを歌ひ上げた。 「 幼な児の如くあること 」は 幼稚園時代にかへることである。 クリストの言葉に従へば、誰かの保護を受けなければ、人生に堪(タ)へないものの 外は 黄金の門に入ることは出来ない。 そこには又 世間智に対する 彼の軽蔑も忍びこんでゐる。 彼の弟子たちは 正直に( 幼な児を前にしたクリストの図の 我々に不快を与へるのは 後代の偽善的感傷主義の為である。 ) 彼の前に立つた幼な児に驚かない訣(ワケ)には 行かなかつたであらう。 ※ マタイ 18章 そのとき、弟子たちがイエスのもとにきて言った、 「 いったい、天国では だれがいちばん偉いのですか 」。 すると、イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて言われた、 「 よく聞きなさい。 心をいれかえて 幼な子のようにならなければ、天国に はいることはできないであろう。 この幼な子のように 自分を低くする者が、天国で いちばん偉いのである。 また、だれでも、このようなひとりの幼な子を、わたしの名のゆえに受けいれる者は、 わたしを受けいれるのである。 しかし、わたしを信ずる これらの小さい者のひとりをつまずかせる者は、 大きなひきうすを首にかけられて海の深みに沈められる方が、その人の益になる。 この世は、罪の誘惑があるから、わざわいである。罪の誘惑は必ず来る。 しかし、それをきたらせる人は、わざわいである。 もし あなたの片手または片足が、罪を犯させるなら、それを切って捨てなさい。 両手、両足がそろったままで、永遠の火に投げ込まれるよりは、片手、片足になって 命に入る方がよい。 もし あなたの片目が罪を犯させるなら、それを抜き出して捨てなさい。 両眼が そろったままで地獄の火に投げ入れられるよりは、片目になって命に入る方がよい。 あなたがたは、これらの小さい者のひとりをも軽んじないように、気をつけなさい。 あなたがたに言うが、彼らの御使(ミツカイ)たちは天にあって、天にいますわたしの 父のみ顔を いつも仰いでいるのである。 [ 人の子は、滅びる者を救うためにきたのである。 ] あなたがたはどう思うか。ある人に百匹の羊があり、その中の一匹が迷い出たとすれば、 九十九匹を山に残しておいて、その迷い出ている羊を探しに出かけないであろうか。 もし それを見つけたなら、よく聞きなさい。迷わないでいる九十九匹のためよりも、 むしろその一匹のために喜ぶであろう。 そのように、これらの小さい者のひとりが滅びることは、天にいますあなたがたの 父のみこころではない。 27 イエルサレムへ クリストは 一代の予言者になつた。 同時に又 彼自身の中の予言者は、 ―― 或は 彼を 生んだ聖霊は おのづから 彼を飜弄(ホンロウ)し出した。我々は 蝋燭の火に焼かれる蛾の中 にも 彼を感じるであらう。 蛾は 唯(タダ)蛾の一匹に生まれた為に 蝋燭の火に焼かれる のである。 クリストも亦 蛾と変ることはない。 シヨウは 十字架に懸けられる為に イエルサレムへ行つたクリストに 雷に似た冷笑を与へてゐる。 しかし、クリストは イエルサレムへ驢馬を駆(カ)つてはひ(入)る前に 彼の十字架を背負 つてゐた。それは 彼には どうすることも出来ない運命に近いものだつたであらう。 彼は そこでも 天才だつたと共に、やはり畢(ツヒ)に「 人の子 」だつた。 のみならず この事実は、数世紀を重ねた「 メシア 」と云ふ言葉のクリストを支配してゐたことを教へて ゐる。 樹の枝を敷いた道の上に「 ホザナよ、ホザナよ 」の声に打たれながら、驢馬を 走らせて行つたクリストは、彼自身だつたと共に あらゆるイスラエルの予言者たちだつた。 彼の後に生まれたクリストの一人は、遠いロオマの道の上に再生したクリストに 「 どこへ 行く? 」と詰(ナジ)られたことを伝へてゐる。 クリストも亦 イエルサレムへ行かなかつた とすれば、やはり 誰か予言者たちの一人に 「 どこへ行く? 」と詰られたことであらう。 |
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青空文庫から 西方の人 芥川龍之介※ 1927年 8月、雑誌『改造』に初出。1927年 7月7日に書き上げられ、さらに絶筆となる『続西方の人』 (『改造』1927年9月)が執筆された。 1927年7月24日(満35歳)没。 (6) 25 天に近い山の上の問答 クリストは 高い山の上に 彼の前に生れたクリストたち ―― モオゼ や エリヤ と話をした。 それは 悪魔と戦つたのよりも 更に意味の深い出来事であらう。 彼は、その何日か前に 彼の弟子たちに、イエルサレムへ行き 十字架にかかることを予言して ゐた。 彼の モオゼ や エリヤ と会つたのは 彼の或精神的危機に佇んでゐた証拠である。 彼の顔は 「 日の如く輝き 其(ソノ)衣(コロモ)は 白く光 」つたのも 必しも二人のクリストたち の彼の前に下つた為ばかりではない。 彼は、彼の一生の中でも 最も この時は 厳粛だつた。 彼の伝記作者は 彼等の間の問答を 記録に残してゐない。 しかし 彼の投げつけた問は 「 我等は 如何に生くべき乎(カ) 」である。 クリストの一生は短かつたであらう。 が、彼は この時に、―― やつと三十歳に及んだ時に 彼の一生の総決算をしなければならない苦しみを嘗(ナ)めてゐた。 モオゼは ナポレオンも言つたやうに 戦略に長じた将軍である。 エリヤも亦 クリストよりも 政治的天才に富んでゐたであらう。 のみならず 今日は 昨日ではない。今日では もう 紅海の波も 壁のやうに立たなければ、炎の車も 天上から来ないのである。 クリストは 彼等と問答しながら、愈(イヨイヨ) 彼の 見苦しい死の近づいたのを 感じずには ゐられなかつた。 天に近い山の上には 氷のやうに澄んだ日の光の中に 岩むらの聳(ソビ)えてゐるだけである。 しかし 深い谷の底には 柘榴(ザクロ)や無花果(イチジユク)も匂つてゐたであらう。 そこには 又 家々の煙も かすかに立ち昇つてゐたかも知れない。 クリストも亦 恐らくは かう云ふ 下界の人生に懐しさを感じずにはゐなかつたであらう。 しかし 彼の道は 嫌でも応でも 人気(ヒトケ)のない天に向つてゐる。 彼の誕生を告げた星は ―― 或は 彼を生んだ聖霊は 彼に平和を与へようとしない。 「 山を下る時 イエス彼等( ペテロ、ヤコブ、その兄弟のヨハネ )に命じて 人の子の 死より甦(ヨミガヘ)るまでは 汝等の見し事を 人に告ぐべからずと言へり。 」 ―― 天に近い山の上に クリストの 彼に先立つた「 大いなる死者たち 」と話をしたのは 実に 彼の日記にだけ そつと残したいと思ふことだつた。 ※ マルコ 9章 また、「 まことに 私は言う。ここにいる者のうち 神の国が その権威をもって 来るまで 死なぬ人々もある 」と言われた。 六日後 イエスは ペトロ と ヤコブ と ヨハネ だけを連れて、人里離れた高い山に 登られたが、彼らの前で 姿が変わり、その服は 真っ白に輝いた。それは この世の 布さらしではできないほどの白さであった。 エリアとモーゼも現れて イエスと話し合っていた。 そのとき ペトロは 口をはさみ、「 ラビ、私たちが ここにいるのはよいことです。 私たちは 三つの幕屋をつくります。一つは あなたのため、一つは エリアのため、 一つは モーゼのために。」と言った。 彼らは ひどく恐れていたので、ペトロ自身 自分で何を言ってよいか分からなかった。 そのとき 雲が立って 彼らを覆い、その雲の中から 「 これは 私の愛する子である。これに聞け。 」と言う声がした。 弟子たちは すぐ見回したけれど、もう イエスと自分たちの他には 誰も見えなかった。 イエスは 山を下るとき、人の子が 死者の中から甦るまでは、 今見たことを 誰にも言ウな と弟子たちに禁じられた。彼らは その言いつけを守ったけれど、 死者の中から甦るとは どんなことか と互いに論じ合い、 「 なぜ 律法学士たちは エリアが先に来ると言っているのですか 」と尋ねた。 イエスは、「 先に エリアが来るはずだ。そして すべでのことを 元通りに整える。 それは そうだ。だが 人の子について、どうして 彼は 多くの苦しみを受け、 軽蔑される と書かれているのか。 私は言う。エリアは もう来た。そして 書かれて いるとおり 人々は ほしいままに彼をあしらった 」と言われた。 ※ 奇跡伝説が生まれた背景(2)
北イスラエル王国のアハブ王( 在位:紀元前869―850 )の時代の預言者エリアです。 ... 教義は上に書いたような時代背景から、洗礼者ヨハネは エリアの様な預言者的 先駆者と考え、更に イザヤ書などに書かれた予言されたメシアとして、 ... |




