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青空文庫から 西方の人 芥川龍之介※ 1927年 8月、雑誌『改造』に初出。1927年 7月7日に書き上げられ、さらに絶筆となる『続西方の人』 (『改造』1927年9月)が執筆された。 1927年7月24日(満35歳)没。 (5) 23 ラザロ クリストは ラザロの死を聞いた時、今までにない涙を流した。 今までにない ―― 或は 今まで見せずにゐた涙を。 ラザロの 死から生き返つたのは かう云ふ彼の感傷主義の為である。 母のマリアを顧なかつた彼は なぜラザロの姉妹たち、 ―― マルタやマリアの前に涙を流したのであらう? この矛盾を理解するものは クリストの、―― 或は あらゆるクリストの天才的利已主義を 理解するものである。 ある病人がいた。マリアとその姉妹マルタの村ベタニヤの出身で、ラザロといった。 このマリアは *主に香油を塗り、髪の毛で 主の足をぬぐった女である。その兄弟ラザロが 病気であった。 (* ヨハネ12章に出る。また、マルコ14章、マタイ26章) 姉妹たちは イエスのもとに人をやって、 「 主よ、あなたの愛しておられる者が病気なのです 」と言わせた。 イエスは、それを聞いて言われた。 「 この病気は 死で終わるものではない。 神の栄光のためである。 神の子が それによって 栄光を受けるのである。 」 イエスは、マルタとその姉妹とラザロを愛しておられた。 ラザロが病気だと聞いてからも、なお二日間 同じ所に滞在された。 それから、弟子たちに言われた。「 もう一度、ユダヤに行こう。 」 弟子たちは言った。「 ラビ、ユダヤ人たちが ついこの間も あなたを石で打ち殺そう としたのに、また そこへ行かれるのですか。 」 イエスは お答えになった。「 昼間は 十二時間あるではないか。昼のうちに歩けば、 つまずくことはない。この世の光を見ているからだ。 しかし、夜歩けば、つまずく。その人の内に 光がないからである。 」 こう お話しになり、また、その後で言われた。 「 私たちの友ラザロが眠っている。 しかし、私は 彼を起こしに行く。 」 弟子たちは、「 主よ、眠っているのであれば、助かるでしょう 」と言った。 イエスは ラザロの死について話されたのだが、弟子たちは ただ眠りについて話された ものと思ったのである。 そこで イエスは、はっきりと言われた。「 ラザロは死んだのだ。 私が その場に居合わせなかったのは、あなたがたにとってよかった。あなたがたが 信じるようになるためである。さあ、彼のところへ行こう。 」 すると、ディディモと呼ばれるトマスが、仲間の弟子たちに、「 私たちも行って、 一緒に死のうではないか 」と言った。 さて、イエスが行って御覧になると、ラザロは墓に葬られて既に四日もたっていた。 ベタニヤは エルサレムに近く、*十五スタディオンほどのところにあった。 (* エルサレムから東へ3キロ弱のところ) マルタとマリアのところには、多くのユダヤ人が、兄弟ラザロのことで慰めに来ていた。 マルタは、イエスが来られたと聞いて、迎えに行ったが、マリアは 家の中に座っていた。 マルタは イエスに言った。「 主よ、もしここにいてくださいましたら、私の兄弟は 死ななかったでしょうに。 しかし、あなたが神にお願いになることは何でも 神はかなえてくださると、私は 今でも承知しています。 」 イエスが、「 あなたの兄弟は復活する 」と言われると、 マルタは、「 終わりの日の復活の時に 復活することは存じております 」と言った。 イエスは言われた。 「 私は復活であり、命である。 私を信じる者は、死んでも生きる。 生きていて 私を信じる者は だれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。 」 マルタは言った。「 はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシアであると 私は信じております。」 マルタは、こう言ってから、家に帰って 姉妹のマリアを呼び、「 先生がいらして、 あなたをお呼びです 」と耳打ちした。 マリアは これを聞くと、すぐに立ち上がり、イエスのもとに行った。 イエスは まだ村には入らず、マルタが出迎えた場所におられた。 家の中で マリアと一緒にいて、慰めていたユダヤ人たちは、彼女が 急に立ち上がって 出て行くのを見て、墓に泣きに行くのだろうと思い、後を追った。 マリアは イエスのおられる所に来て、イエスを見るなり足もとにひれ伏し、「 主よ、 もし ここにいてくださいましたら、私の兄弟は死ななかったでしょうに 」と言った。 イエスは、彼女が泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのを見て、 心に憤りを覚え、興奮して、 言われた。「 どこに葬ったのか。 」彼らは、「 主よ、来て、御覧ください 」と言った。 イエスは 涙を流された。 ユダヤ人たちは、「 御覧なさい、どんなにラザロを愛しておられたことか 」と言った。 しかし、中には 「 盲人の目を開けたこの人も、ラザロが死なないようには できなかったのか 」と言う者もいた。 イエスは、再び心に憤りを覚えて、墓に来られた。 墓は 洞穴で、石で ふさがれていた。 イエスが、「 その石を取りのけなさい 」と言われると、死んだラザロの姉妹マルタが、 「 主よ、四日もたっていますから、もう においます 」と言った。 イエスは、「 もし信じるなら、神の栄光が見られると、言っておいたではないか 」 と言われた。 人々が石を取りのけると、イエスは 天を仰いで言われた。 「 父よ、私の願いを聞き入れてくださって感謝します。 私の願いを いつも聞いてくださることを、私は知っています。しかし、私が こう言う のは、周りにいる群衆のためです。あなたが 私をお遣わしになったことを、彼らに 信じさせるためです。 」 こう言ってから、「 ラザロ、出て来なさい 」と大声で叫ばれた。 すると、死んでいた人が 手と足を布で巻かれたまま出て来た。顔は 覆いで包まれていた。 イエスは 人々に、「 ほどいてやって、行かせなさい 」と言われた。 マリアの所に来て イエスのなさったことを目撃したユダヤ人の多くは、イエスを信じた。 しかし 中には、パリサイ派の人々のもとへ行き、イエスのなさったことを告げる者もいた。 そこで、祭司長たちとパリサイ派の人々は 最高法院を召集して言った。 「 この男は 多くのしるしを行っているが、どうすればよいか。 このままにしておけば、皆が 彼を信じるようになる。そして、ローマ人が来て、 我々の神殿も国民も滅ぼしてしまうだろう。 」 彼らの中の一人で、その年の大祭司であったカイアファが言った。 「 あなたがたは 何も分かっていない。 一人の人間が、民の代わりに死んで、国民全体が滅びないで済む方が、あなたがたに 好都合だとは考えないのか。 」 これは、カイアファが 自分の考えから話したのではない。その年の大祭司であったので 預言して、イエスが 国民のために死ぬ、と言ったのである。 国民のためばかりでなく、散らされている神の子たちを一つに集めるためにも死ぬ、と 言ったのである。 この日から、彼らは イエスを殺そうとたくらんだ。 それで、イエスは もはや 公然とユダヤ人たちの間を歩くことはなく、そこを去り、 荒れ野に近い地方のエフライムという町に行き、弟子たちとそこに滞在された。 24 カナの饗宴 クリストは 女人を愛したものの、女人と交はることを顧みなかつた。それは モハメツトの 四人の女人たちと交ることを許したのと同じことである。 彼等は いづれも一時代を、―― 或は 社会を越えられなかつた。しかし そこには 何ものよりも自由を愛する彼の心も動いて ゐたことは確かである。 後代の超人は 犬たちの中に仮面をかぶることを必要とした。 しかし クリストは 仮面をかぶることも不自由のうちに数へてゐた。所謂(イハユル)「 炉辺 の幸福 」の(うそ)は 勿論 彼には明らかだつたであらう。 アメリカのクリスト、―― ホヰツトマンは やはり この自由を選んだ一人である。 我々は 彼の詩の中に 度たびクリストを感ずるであらう。クリストは 未だに 大笑ひをした まま、踊り子や花束や楽器に満ちたカナの饗宴を見おろしてゐる。しかし 勿論 その代りに そこには 彼の贖(アガナ)はなければならぬ 多少の寂しさは あつたことであらう。 ※ ヨハネ 2章 三日目に、ガリラヤのカナで婚礼があり、イエスの母がそこにいた。 イエスも、その弟子たちも婚礼に招かれた。 ぶどう酒が切れたので、母はイエスに、「 ぶどう酒がなくりました 」と言った。 イエスは母に言われた、「 女よ、それが 私とあなたに何の関わりがあるのですか。 私の時はまだ来ていません 」。 母は召使いたちに言った、「 この人が何か言いつけたら、その通りにしてください 」。 そこには、ユダヤ人が 清めに用いる石の水がめが六つ置いてあった。 それぞれ、 二ないし三メトレテスまで入るものであった。 イエスは 召使いたちに言われた、「 水がめを水で満たしなさい 」。すると、 召使いたちは 縁まで満たした。 イエスは 彼らに言われた、「 さあ、それを汲んで 世話役のところに持って行き なさい」。そこで、召使いたちは運んだ。 世話役は ぶどう酒に変わった水を味わって、それが どこから来たのか知らなかった ので―― 水を汲んだ召使いたちは知っていたのだが ――、花婿を呼んで 言った、「 人は みな、はじめに よいぶどう酒を出し、酔いがまわったころに 劣ったものを出すものです。あなたは よいぶどう酒を 今まで取って置いたのですか 」。 イエスは、この最初のしるしを ガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。 それで、弟子たちは イエスを信じた。 その後、イエスと母、兄弟たち、弟子たちはカファルナウムに下って行き、 そこにしばらく滞在した。 (つづく)
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文学作品
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@ キリスト者shalmさんの 「慈悲」と「慈しみ(ヘセド)」 に触発されて 青空文庫から 西方の人 芥川龍之介※ 1927年 8月、雑誌『改造』に初出。1927年 7月7日に書き上げられ、さらに絶筆となる『続西方の人』 (『改造』1927年9月)が執筆された。 1927年7月24日(満35歳)没。 (4) 20 エホバ クリストの 度(タビ)たび説いたのは 勿論 天上の神である。 「 我々を造つたものは 神ではない、神こそ 我々の造つたものである。 」 ―― かう云ふ唯物主義者グウルモンの言葉は 我々の心を喜ばせるであらう。 それは 我々の腰に垂れた鎖を截(キ)りはなす言葉である。 が、同時に 又 我々の腰に 新らしい鎖を 加へる言葉である。 のみならず この新らしい鎖も 古い鎖よりも強いかも知れない。 神は 大きい雲の中から 細かい神経系統の中に下り出した。 しかも あらゆる名のもとに やはり そこに位してゐる。 クリストは 勿論 目のあたりに 度たび この神を見たであらう。( 神に会はなかつたクリストの 悪魔に会つたことは考へられない。 ) 彼の神も 亦 あらゆる神のやうに 社会的色彩の 強いものである。 しかし 兎(ト)に角(カク) 我々と共に生まれた「 主なる神 」だつたのに 違ひない。 クリストは この神の為に ―― 詩的正義の為に 戦ひつづけた。あらゆる 彼の逆説は そこに源(ミナモト)を発してゐる。 後代の神学は それ等の逆説を 最も詩の外に解釈しようとした。 それから、―― 誰も 読んだことのない、退屈な無数の本を残した。 ヴオルテエルは 今日では滑稽なほど「 神学 」の神を殺す為に 彼の剣を揮(フル)つてゐる。 しかし 「 主なる神 」は 死ななかつた。 同時に 又 クリストも死ななかつた。 神は コンクリイトの壁に 苔の生える限り、いつも 我々の上に臨んでゐるであらう。 ダンテは フランチエスカを地獄に堕(オト)した。 が、いつか この女人を炎の中から救つてゐ た。 一度でも 悔い改めたものは ―― 美しい一瞬間を持つたものは いつも「 限りなき命 」 に入つてゐる。 感傷主義の神と呼ばれ易いのも 恐らくは かう云ふ事実の為であらう。 21 故郷 「 予言者は故郷に入れられず。 」―― それは 或は クリストには 第一の十字架だつた かも知れない。 彼は 畢(ツヒ)には 全ユダヤを故郷としなければならなかつた。 汽車や自動車や汽船や飛行機は 今日では あらゆるクリストに 世界中を故郷にしてゐる。 勿論 又 あらゆるクリストは 故郷に入れられなかつたのに違ひない。 現に ポオを入れた ものは アメリカではない、フランスだつた。 ※ マルコ 6章 イエスはそこを去って故郷にお帰りになったが、弟子たちも従った。 安息日になったので、イエスは 会堂で教え始められた。 多くの人々は それを聞いて、驚いて言った。 「 この人は、このようなことをどこから得たのだろう。この人が授かった知恵と、 その手で行われるこのような奇跡はいったい何か。この人は、大工ではないか。 マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、 ここで 我々と一緒に住んでいるではないか。 」 このように、人々は イエスにつまずいた。 イエスは、 「 預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである 」 と言われた。 そこでは、ごくわずかの病人に手を置いていやされただけで、その外は 何も奇跡を行うことがおできにならなかった。 そして、人々の不信仰に驚かれた。 22 詩人 クリストは 一本の百合の花を「 ソロモンの栄華の極みの時 」よりも 更に美しいと 感じてゐる。( 尤も 彼の弟子たちの中にも 彼ほど 百合の花の美しさに恍惚としたものは なかつたであらう。 ) しかし 弟子たちと話し合ふ時には 会話上の礼節を破つても、 野蛮なことを言ふのを憚(ハバカ)らなかつた。 ―― 「 凡(オヨ)そ 外より人に入るものの 人を汚し能はざる事を知らざる乎(カ)。 そは 心に入らず、腹に入りて 厠(カハヤ)に遺(オト)す。 すなはち 食(クラ)ふ所のもの 潔(キヨマ)れり。 」・・・ ※ マタイ 15章 その頃、パリサイ派の人々と律法学者らが、エルサレムからイエスのもとへ来て言った。 「 なぜ、あなたの弟子たちは、昔の人の言い伝えを破るのですか。彼らは 食事の 前に手を洗いません。 」 そこで、イエスはお答えになった。 「 なぜ、あなたたちも 自分の言い伝えのために、神の掟を破っているのか 神は、『 父と母を敬え 』と言い、『 父または母をののしる者は 死刑に処せら れるべきである 』とも言っておられる。 それなのに、あなたたちは言っている。『 父または母に向かって、‘ あなたに 差し上げるべきものは、神への供え物にする ’と言う者は、 父を敬わなくてもよい 』と。 こうして、あなたたちは、自分の言い伝えのために神の言葉を無にしている。 偽善者たちよ、イザヤは、あなたたちのことを 見事に預言したものだ。 『 この民は 口先では わたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている。 人間の戒めを 教えとして教え、むなしく わたしをあがめている。 』 」 それから、イエスは群衆を呼び寄せて言われた。「 聞いて悟りなさい。 口に入るものは 人を汚さず、口から出て来るものが 人を汚すのである。 」 そのとき、弟子たちが近寄って来て、 「 パリサイ派の人々がお言葉を聞いて、つまずいたのをご存じですか 」と言った。 イエスはお答えになった。 「 わたしの天の父が お植えにならなかった木は、すべて抜き取られてしまう。 そのままにしておきなさい。彼らは 盲人の道案内をする盲人だ。盲人が盲人の 道案内をすれば、二人とも穴に落ちてしまう。 」 するとペトロが、「 そのたとえを説明してください 」と言った。 イエスは言われた。「 あなたがたも、まだ悟らないのか。 すべて 口に入るものは、腹を通って 外に出されることが分からないのか。 しかし、口から出て来るものは、心から出て来るので、これこそ 人を汚す。 悪意 殺意 姦淫 淫らな行い 盗み 偽証 悪口などは、心から出て来るからである。 これが人を汚す。しかし、手を洗わずに食事をしても、そのことは 人を汚すもの ではない。 」 (つづく)
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@ キリスト者shalmさんの 「慈悲」と「慈しみ(ヘセド)」 に触発されて 青空文庫から 西方の人 芥川龍之介※ 1927年 8月、雑誌『改造』に初出。1927年 7月7日に書き上げられ、さらに絶筆となる『続西方の人』 (『改造』1927年9月)が執筆された。 1927年7月24日(満35歳)没。 (3) 17 背徳者 クリストの母、美しいマリアは クリストには 必しも母ではなかつた。 彼の最も愛したものは 彼の道に従ふものだつた。 クリストは 又情熱に燃え立つたまま、 大勢の人々の集つた前に 大胆にも かう云ふ彼の気持ちを言ひ放すことさへ憚(ハバカ)らなか つた。 マリアは 定めし 戸の外に 彼の言葉を聞きながら、悄然と立つてゐたことであらう。 我々は 我々自身の中に マリアの苦しみを感じてゐる。たとひ 我々自身の中に クリストの 情熱を感じてゐるとしても、――― しかし クリスト自身も亦 時々はマリアを憐んだであらう。 かがやかしい天国の門を見ずに ありのままのイエルサレムを眺めた時には・・・。 ※ マタイ 12ー30〜50 私の味方でない者は 私に逆らう者であり、私とともに集めない者は 散らす者です。 だから、私は あなたがたに言います。人は どんな罪も冒涜も赦していただけます。 しかし、聖霊に逆らう冒涜は赦されません。 また、人の子に逆らうことばを口にする者でも 赦されます。しかし、聖霊に逆らうこと を言う者は、誰であっても、この世であろうと次に来る世であろうと、赦されません。 木が良ければ その実も良いとし、木が悪ければ その実も悪いとしなさい。 木のよしあしは その実によって知られるからです。 まむしのすえたち。おまえたち悪い者に、どうして良いことが言えましょう。心に満ちて いることを 口が話すのです。 良い人は 良い倉から良い物を取り出し、悪い人は 悪い倉から悪い物を取り出すものです。 私は あなたがたに、こう言いましょう。人は その口にする あらゆるむだなことば について、さばきの日には 言い開きをしなければなりません。 あなたが正しいとされるのは、あなたのことばによるのであり、罪に定められるのも、 あなたのことばによるのです。 その時、律法学者、パリサイ人たちのうちのある者が イエスに答えて言った。 「 先生。私たちは、あなたからしるしを見せていただきたいのです。 」 ・・・・ 南の女王が、さばきの時に、今の時代の人々とともに立って、この人々を罪に定め ます。なぜなら、彼女は ソロモンの知恵を聞くために 地の果てから来たからです。 しかし、見なさい。ここに ソロモンよりも まさった者がいるのです。 汚れた霊が 人から出て行って、水のない地をさまよいながら 休み場を捜しますが、 見つかりません。 そこで、『 出て来た自分の家に帰ろう。 』と言って、帰って見ると、家はあいて いて、掃除してきちんとかたづいていました。 そこで、出かけて行って、自分よりも悪い 他の霊を七つ連れて来て、みな 入り 込んで そこに住みつくのです。 そうなると、その人の後の状態は、初めよりも さらに悪くなります。邪悪なこの時代もまた、そういうことになるのです。 イエスが まだ群衆に話しておられる時に、イエスの母と兄弟たちが、イエスに 何か話そうとして、外に立っていた。 すると、だれかが言った。「 ご覧なさい。あなたのおかあさんと兄弟たちが、 あなたに話そうとして 外に立っています。 」 しかし、イエスは そう言っている人に答えて言われた。 「 私の母とは だれですか。また、私の兄弟たちとは だれですか。 」 それから、イエスは 手を弟子たちのほうに差し伸べて言われた。 「 見なさい。わたしの母、わたしの兄弟たちです。 天におられる 私の父のみこころを行なう者は だれでも、わたしの兄弟、姉妹、 また母なのです。 」 18 クリスト教 クリスト教は クリスト自身も実行することの出来なかつた、逆説の多い詩的宗教である。 彼は、彼の天才の為に 人生さへ 笑つて投げ棄ててしまつた。ワイルドの 彼にロマン主義者 の第一人を発見したのは 当り前である。 彼の教へた所によれば、「 ソロモンの 栄華の極みの時にだに その装ひ 」は、風に吹かれる 一本の百合の花に若(シ)かなかつた。 彼の道は 唯(タダ)詩的に、 ――― あすの日を 思ひ煩(ワヅラ)はずに生活しろ と云ふことに存してゐる。 何の為に? ――― それは 勿論 ユダヤ人たちの 天国へ入ひる為に違ひなかつた。 しかし あらゆる天国も流転(ルテン)せずには ゐることは出来ない。 石鹸の匂のする薔薇の花 に満ちたクリスト教の天国は いつか空中に消えてしまつた。 が、我々は その代りに 幾つかの天国を造り出してゐる。 クリストは 我々に 天国に対する憧憬 (シヤウケイ)を呼び起した第一人だつた。更に又 彼の逆説は、後代に 無数の神学者や神秘主 義者を生じてゐる。 彼等の議論は クリストを茫然とさせずには措(オ)かなかつたであらう。 しかし 彼等の或者は クリストよりも 更にクリスト教的である。クリストは 兎に角我々に 現世の向うにあるものを指し示した。 我々は いつも クリストの中に 我々の求めてゐるもの を、――― 我々を無限の道へ駆りやる喇叭(ラツパ)の声を感じるであらう。 同時に 又 いつも クリストの中に 我々を虐(サイナ)んでやまないものを、――― 近代のやつと表現した 世界苦を感じずにはゐられないであらう。 ※ マタイ 6ー24〜34 人は 二人の主人に仕えるわけにはいかぬ。 一人を憎んでも う一人を愛するか、 一人に従って もう一人をうとんずるかである。 神とマンモン(悪魔・世間・肉欲)とに、ともに仕えることはできぬ。 だから 私は言う、命のために 何を食べようか、何を飲もうか、また体のために 何を着ようかなどと心配するな。 命は 食べ物にまさり、体は 衣服に まさるものである。 空の鳥を見よ。 播きも、刈りも、倉に納めもせぬのに、天の父は それを 養われる。 あなたたちは 鳥よりも はるかに優れたものではないか。 あなたたちが どんなに心配しても、寿命を ただの一尺さえ長くはできぬ。 なぜ 衣服のために 心を煩わすのか。 野の百合が どうして育つかを見よ。 苦労もせず 紡ぎもせぬ。 私は言う、ソロモンの栄華の極みにおいてさえ、 この百合の一つほどの装いもなかった。 今日は 野にあり、明日は かまどに投げ入れられる草をさえ、神は このように 装われる。 まして あなたたちに よくして下さらぬわけがあろうか。 信仰うすい人々よ。 何を食べ、何を飲み、何を着ようかと心配するな。 それらは みな 異邦人が 切に望むことである。 天の父は あなたたちに それらが みな必要なことを知っておられる。 だから、まず 神の国とその正義を求めよ。 そうすれば、それらのものも 加えて 与えられる。 明日のために心配するな。 明日は 明日が自分で心配する。 一日の苦労は 一日で足りる。 19 ジヤアナリスト 我々は 唯 我々自身に近いものの外は 見ることは出来ない。少くとも 我々に迫つて来る ものは 我々自身に近いものだけである。 クリストは あらゆるジヤアナリストのやうに この事実を直覚してゐた。 花嫁、葡萄園、驢馬、工人 ――― 彼の教へは 目のあたりに あるものを 一度も利用せずにすましたことはない。 「 善いサマリア人 」や「 放蕩(ホウタウ)息子の帰宅 」は かう云ふ彼の詩の傑作である。 抽象的な言葉ばかり使つてゐる 後代のクリスト教的ジヤアナリスト ――― 牧師たちは 一度も このクリストのジヤアナリズムの効果を考へなかつたのであらう。 彼は 彼等に 比べれば勿論、後代のクリストたちに比べても、決して 遜色のあるジヤアナリストではない。 彼のジヤアナリズムは その為に 西方(サイホウ)の古典と肩を並べてゐる。彼は 実に 古い炎 に 新しい薪(マキ)を加へるジヤアナリストだつた。 (つづく) |
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@ キリスト者shalmさんの 「慈悲」と「慈しみ(ヘセド)」 に触発されて 青空文庫から 西方の人 芥川龍之介※ 1927年 8月、雑誌『改造』に初出。1927年 7月7日に書き上げられ、さらに絶筆となる『続西方の人』 (『改造』1927年9月)が執筆された。 1927年7月24日(満35歳)没。 (2) 12 悪魔 クリストは 四十日の断食をした後、目(マ)のあたりに悪魔と問答した。 我々も 悪魔と問答をする為には 何等かの断食を必要としてゐる。 我々の或者は この問答の中に 悪魔の誘惑に負けるであらう。 又 或者は 誘惑に負けずに 我々自身を守るであらう。 しかし 我々は 一生を通じて 悪魔と問答をしないことも あるのである。 クリストは 第一に パンを斥(シリゾ)けた。 が、「 パンのみでは 生きられない 」と云ふ註釈 を施すのを忘れなかつた。 それから 彼自身の力を恃(タノ)め と云ふ悪魔の理想主義者的忠告を斥けた。しかし 又 「 主たる汝の神を試みてはならぬ 」と云ふ弁証法を用意してゐた。 最後に 「 世界の国々とその栄華と 」を斥けた。それは パンを斥けたのと 或は同じこと のやうに見えるであらう。 しかし パンを斥けたのは 現実的欲望を斥けたのに過ぎない。 クリストは この第三の答の中に 我々自身の中に絶えることのない、あらゆる地上の夢を 斥けたのである。この 論理以上の論理的決闘は クリストの勝利に違ひなかつた。 ヤコブの天使と組み合つたのも 恐らくは かう云ふ決闘だつたであらう。悪魔は畢(ツヒ)に クリストの前に 頭を垂れるより外はなかつた。 けれども 彼のマリアと云ふ女人の子供であることは忘れなかつた。 この悪魔との問答は いつか重大な意味を与へられてゐる。 が、クリストの一生では 必しも 大事件と云ふことは出来ない。彼は 彼の一生の中に 何度も「サタンよ、退け」と言つた。 現に 彼の伝記作者の一人、―― ルカは この事件を記した後、「 悪魔 この試み 皆 畢 (ヲワ)りて 暫く 彼を離れたり 」とつけ加へてゐる。 ※ マタイ4章1節ー11節 1 さて、イエスは悪魔から誘惑を受けるため、"霊"に導かれて荒れ野に行かれた。 2 そして 四十日間、昼も夜も断食した後、空腹を覚えられた。 3 すると、誘惑する者が来て、イエスに言った。 「 神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ。 」 4 イエスは お答えになった。「 『人は パンだけで生きるものではない。 神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』 と書いてある。 」 5 次に、悪魔は イエスを聖なる都に連れて行き、神殿の屋根の端に立たせて、 6 言った。「 神の子なら、飛び降りたらどうだ。『神があなたのために天使たち に命じると、あなたの足が石に打ち当たることのないように、天使たちは 手で あなたを支える』 と書いてある。 」 7 イエスは、「 『あなたの神である主を試してはならない』とも書いてある 」と 言われた。 8 更に、悪魔は イエスを 非常に高い山に連れて行き、世のすべての国々と その繁栄ぶりを見せて、 9 「 もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう 」と言った。 10 すると、イエスは言われた。「 退け、サタン。『あなたの神である主を拝み、 ただ主に仕えよ』 と書いてある。 」 11 そこで、悪魔は 離れ去った。すると、天使たちが来て イエスに仕えた。 ※ ルカ4章1節ー13節 1 さて、イエスは 聖霊に満ちて、ヨルダン川からお帰りになった。 そして、荒れ野の中を"霊"によって引き回され、 2 四十日間、悪魔から誘惑を受けられた。 その間、何も食べず、その期間が 終わると 空腹を覚えられた。 3 そこで、悪魔は イエスに言った。 「 神の子なら、この石にパンになるように命じたらどうだ。 」 4 イエスは、「 『人はパンだけで生きるものではない』と書いてある 」 とお答えになった。 5 更に、悪魔は イエスを高く引き上げ、一瞬のうちに世界の全ての国々を見せた。 6 そして 悪魔は言った。「 この国々の一切の権力と繁栄とを与えよう。それは わたしに任されていて、これと思う人に与えることができるからだ。 7 だから、もしわたしを拝むなら、みんな あなたのものになる。 」 8 イエスは お答えになった。「 『あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ』 と書いてある。 」 9 そこで、悪魔は イエスをエルサレムに連れて行き、神殿の屋根の端に立たせて 言った。「 神の子なら、ここから飛び降りたらどうだ。 10 というのは、こう書いてあるからだ。『神はあなたのために天使たちに命じて あなたをしっかり守らせる。』 11 また、『あなたの足が 石に打ち当たることのないように、天使たちは 手で あなたを支える。』 」 12 イエスは、「 『あなたの神である主を試してはならない』と言われている 」と お答えになった。 13 悪魔は あらゆる誘惑を終えて、時が来るまで イエスを離れた。 13 最初の弟子たち クリストは 僅かに 十二歳の時に 彼の天才を示してゐる。 が、洗礼を受けた後も 誰も 弟子になるものはなかつた。 村から村を歩いてゐた彼は 定めし寂しさを感じたであらう。 けれども とうとう四人の弟子たちは ―― しかも 四人の漁師たちは 彼の左右に従ふことに なつた。 彼等に対するクリストの愛は 彼の一生を貫いてゐる。彼は 彼等に囲まれながら、 見る見る鋭い舌に富んだ 古代のジヤアナリストになつて行つた。 14 聖霊の子供 クリストは 古代のジヤアナリストになつた。同時に 又 古代のボヘミアンになつた。 彼の天才は 飛躍をつづけ、彼の生活は 一時代の社会的約束を踏みにじつた。彼を 理解 しない弟子たちの中に 時々ヒステリイを起しながら。―― しかし それは 彼自身には 大体 歓喜に満ち渡つてゐた。クリストは 彼の詩の中に どの位情熱を感じてゐたであらう。 「 山上の教へ 」は 二十何歳かの彼の感激に満ちた産物である。 彼は どう云ふ前人も 彼に若(シ)かないのを感じてゐた。この 海のやうに高まつた彼の 天才的ジヤアナリズムは 勿論 敵を招いたであらう。 が、彼等は クリストを恐れない訣 (ワケ)には行かなかつた。 それは 実に 彼等には ―― クリストよりも人生を知り、従つて 又 人生に対する恐怖を 抱いてゐる彼等には この天才の量見の呑みこめない為に 外ならなかつた。 15 女人 大勢の女人たちは クリストを愛した。就中(ナカンヅク) マグダラのマリアなどは、一度 彼に会つ た為に 七つの悪鬼に攻められるのを忘れ、彼女の職業を超越した詩的恋愛さへ感じ出した。 クリストの命の終つた後、彼女の まつ先に 彼を見たのは かう云ふ恋愛の力である。 クリストも亦 大勢の女人たちを、―― 就中 マグダラのマリアを愛した。 彼等の詩的恋愛は 未だに燕子花(カキツバタ)のやうに匂やかである。 クリストは 度たび彼女を見ることに 彼の寂しさを慰めたであらう。 後代は、―― 或は 後代の男子たちは 彼等の詩的恋愛に冷淡だつた。(尤も芸術的主題以外には) しかし 後代の女人たちは いつも このマリアを嫉妬してゐた。 「 なぜ クリスト様は 誰よりも 先に お母さんのマリア様に再生をお示しにならなかつたの かしら? 」 それは 彼女等の洩らして来た、最も 偽善的な歎息だつた。 ※ 『マグダラのマリア』岡田温司 松岡正剛の千夜千冊・遊蕩篇 『マリアによる福音書』は文字通りマグダラのマリアに捧げられたもので、 マグダラは 幻視を見る力に恵まれた女性として描かれているのみならず、 男たちを励ましている女性になっている ... 16 奇蹟 クリストは 時々奇蹟を行つた。 が、それは 彼自身には 一つの比喩を作るよりも容易 だつた。 彼は その為にも 奇蹟に対する嫌悪の情を抱いてゐた。その為にも ―― クリスト の使命を感じてゐたのは 彼の道を教へることだつた。 彼の奇蹟を行ふことは 後代に ルツソオの吼(タケ)り立つた通り、彼の道を教へるのには 不便を与へるのに違ひなかつた。 しかし 彼の「 小羊たち 」は いつも奇蹟を望んでゐた。 クリストも亦 三度に一度は この願に従はずにはゐられなかつた。 彼の人間的な、余りに人間的 な性格は かう云ふ一面にも露(アラ)はれてゐる。 が、クリストは 奇蹟を行ふ度に 必ず責任を 回避してゐた。「 お前の信仰は お前を瘉(イヤ)した。」 しかし それは 同時に 又 科学的真理にも違ひなかつた。 クリストは 又 或時は やむを 得ず 奇蹟を行つた為に、―― 或長病(ナガワヅラヒ)に苦しんだ女の 彼の衣(コロモ)に さは(触) つた為に 彼の力の脱けるのを感じた。 彼の奇蹟を行ふことに いつも多少ためらつたのは かう云ふ実感にも明らかである。 クリストは、後代のクリスト教徒は 勿論、彼の十二人の弟子たちよりも はるかに鋭い理智 主義者だつた。 (つづく)
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@ キリスト者shalmさんの 「慈悲」と「慈しみ(ヘセド)」 に触発されて 青空文庫から 西方の人 芥川龍之介※ 1927年 8月、雑誌『改造』に初出。1927年 7月7日に書き上げられ、さらに絶筆となる『続西方の人』 (『改造』1927年9月)が執筆された。 1927年7月24日(満35歳)没。 (1) 1 この人を見よ わたしは 彼是《かれこれ》十年ばかり前に 芸術的にクリスト教を ―― 殊にカトリツク教 を愛してゐた。長崎の「 日本の聖母の寺 」は 未だに 私の記憶に残つてゐる。 かう云ふ わたしは 北原白秋氏や木下杢太郎《もくたらう》氏の播(マ)いた種を せつせと 拾つてゐた鴉(カラス)に過ぎない。それから又 何年か前には クリスト教の為に殉じた クリスト教徒たちに 或興味を感じてゐた。 殉教者の心理は わたしには あらゆる狂信者の 心理のやうに 病的な興味を与へたのである。 わたしは やつとこの頃になつて 四人の 伝記作者のわたしたちに伝へた クリストと云ふ人 を愛し出した。 クリストは 今日のわたしには 行路(カウロ)の人のやうに見ることは出来ない。 それは 或は 紅毛人たちは勿論、今日の青年たちには 笑はれるであらう。しかし 十九世紀 の末に生まれたわたしは 彼等のもう見るのに飽きた、 ―― 寧(ムシ)ろ 倒すことをためら はない十字架に 目を注ぎ出したのである。 日本に生まれた「 わたしのクリスト 」は 必しも ガリラヤの湖を眺めてゐない。赤あかと 実のつた柿の木の下に 長崎の入江も見えてゐるのである。 従つて わたしは 歴史的事実や地理的事実を顧みないであらう。 ( それは 少くとも ジヤアナリステイツクには 困難を避ける為ではない。 若し 真面目に 構へようとすれば、五六冊のクリスト伝は 容易に この役をはたしてくれるのである。 ) それから クリストの一言一行を忠実に挙げてゐる余裕もない。 わたしは 唯わたしの感じた 通りに「 わたしのクリスト 」を記すのである。 厳(イカメ)しい日本のクリスト教徒も売文の徒 の書いたクリストだけは 恐らくは 大目に見てくれるであらう。 2 マリア マリアは 唯の女人だつた。 が、或夜 聖霊に感じて 忽(タチマ)ちクリストを生み落した。 我々は あらゆる女人の中に 多少のマリアを感じるであらう。同時に又 あらゆる男子の中 にも ―― 。 いや、我々は 炉に燃える火や畠の野菜や素焼きの瓶(カメ)や巌畳(ガンデフ)に 出来た腰かけの中にも 多少のマリアを感じるであらう。 マリアは「 永遠に女性なるもの 」ではない。 唯「 永遠に守らんとするもの 」である。 クリストの母、マリアの一生も やはり「 涙の谷 」の中に通つてゐた。 が、マリアは 忍耐を重ねて この一生を歩いて行つた。 世間智と愚と美徳とは 彼女の一生の中に 一つに住んでゐる。 ニイチエの叛逆(ハンギヤク)は クリストに対するよりも マリアに対する叛逆だつた。 3 聖霊 我々は 風や旗の中にも 多少の聖霊を感じるであらう。 聖霊は 必ずしも「 聖なるもの 」 ではない。 唯「 永遠に 超(コ)えんとするもの 」である。 ゲエテは いつも聖霊に Daemon(デーモン) の名を与へてゐた。 のみならず いつも この聖霊に捉はれないやうに 警戒してゐた。 が、聖霊の子供たちは ―― あらゆるクリストたちは 聖霊の為に いつか 捉はれる危険を持つてゐる。 聖霊は 悪魔や天使ではない。 勿論、神とも異るものである。 我々は 時々 善悪の彼岸(ヒガン)に 聖霊の歩いてゐるのを見るであらう。 善悪の彼岸に、 ―― しかし ロムブロゾオは 幸か不幸か 精神病者の脳髄の上に聖霊の 歩いてゐるのを発見してゐた。 4 ヨセフ クリストの父、大工のヨセフは 実は マリア自身だつた。 彼のマリアほど尊まれないのは かう云ふ事実にもとづいてゐる。 ヨセフは どう贔屓目(ヒイキメ)に見ても、畢竟(ヒツキヤウ) 余計ものの第一人だつた。 5 エリザベツ マリアは エリザベツの友だちだつた。 バプテズマのヨハネを生んだものは このザカリアベの妻、エリザベツである。麦の中に芥子 (ケシ)の花の咲いたのは 畢(ツヒ)に 偶然と云ふ外はない。 我々の一生を支配する力は やはり そこにも動いてゐるのである。 6 羊飼ひたち マリアの聖霊に感じて孕(ハラ)んだことは 羊飼ひたちを騒がせるほど、醜聞だつたことは 確かである。 クリストの母、美しいマリアは この時から人間苦の途(ミチ)に上り出した。 7 博士たち 東の国の博士たちは クリストの星の現はれたのを見、黄金や乳香(ニユウカウ)や没薬(モツヤク)を 宝の盒(ハコ)に入れて捧げて行つた。 が、彼等は 博士たちの中でも 僅(ワヅ)かに 二人か 三人だつた。 他の博士たちは クリストの星の現はれたことに気づかなかつた。 のみならず 気づいた博士たちの一人は 高い台の上に佇(タタズ)みながら、( 彼は 誰よりも 年より だつた。 ) きららかに かかつた星を見上げ、はるかに クリストを憐んでゐた。 「 又か! 」 8 へロデ ヘロデは 或(アル)大きい機械だつた。 かう云ふ機械は 暴力により、多少の手数を省く為 に いつも我々には 必要である。 彼は クリストを恐れる為に ベツレヘムの幼な児を 皆殺しにした。 勿論 クリスト以外のクリスト[#「クリスト以外のクリスト」に傍点]も 彼等の中には まじつてゐたであらう。 ヘロデの両手は 彼等の血の為に まつ赤になつてゐた かも知れない。 我々は 恐らく この両手の前に不快を感じずにはゐられないであらう。 しかし それは 何世紀か前のギロテインに対する不快である。 我々は ヘロデを憎むことは 勿論、 軽蔑することも出来るものではない。 いや、寧ろ 彼の為に 憐みを感じるばかりである。 ヘロデは いつも 玉座の上に 憂欝な顔をまともにしたまま、橄欖(カンラン)や無花果(イチジユク) の中にあるベツレヘムの国を見おろしてゐる。 一行の詩さへ残したこともなしに。・・・・ 9 ボヘミア的精神 幼いクリストは エヂプトへ行つたり、更に又 「 ガリラヤのうちに避け、ナザレと云へる 邑(ムラ) 」に止まつたりしてゐる。 我々は かう云ふ幼な児を 佐世保や横須賀に転任する 海軍将校の家庭にも見出すであらう。 クリストのボヘミア的精神は 彼自身の性格の前に かう云ふ境遇にも潜んでゐたかも知れない。 10 父 クリストは ナザレに住んだ後、ヨセフの子供でないことを知つたであらう。或は 聖霊の 子供であることを、 ―― しかし それは 前者よりも 決して重大な事件ではない。 「 人の子 」クリストは この時から 正に二度目の誕生をした。 「 女中の子 」ストリントベリイは まづ彼の家族に反叛(ハンパン)した。それは 彼の不幸 であり、同時に又 彼の幸福だつた。 クリストも 恐らくは 同じことだつたであらう。 彼は かう云ふ孤独の中に 仕合せにも 彼の前に生まれたクリスト ―― バプテズマの ヨハネに遭遇した。 我々は 我々自身の中にも ヨハネに会ふ前のクリストの心の陰影を 感じてゐる。 ヨハネは 野蜜や蝗(イナゴ)を食ひ、荒野の中に住まつてゐた。 が、彼の住まつてゐた荒野は 必しも 日の光のないものではなかつた。 少くとも クリスト 自身の中にあつた、薄暗い荒野に比べて見れば・・・・。 11 ヨハネ バプテズマのヨハネは ロマン主義を理解出来ないクリストだつた。 彼の威厳は 荒金 (アラガネ)のやうに そこに かがやかに残つてゐる。 彼のクリストに及ばなかつたのも 恐らくは その事実に存するであらう。 クリストに洗礼を授けたヨハネは 樫の木のやうに逞 (タクマ)しかつた。 しかし 獄中にはひ(入)つたヨハネは もう枝や葉に漲(ミナギ)つてゐる樫の 木の力を失つてゐた。 彼の最後の慟哭(ドウコク)は クリストの最後の慟哭のやうに いつも 我々を動かすのである。 ―― 「 クリストは お前だつたか、わたしだつたか? 」 ヨハネの最後の慟哭は ―― いや、必しも慟哭ばかりではない。太い樫の木は 枯かかつた ものの、未だに 外見だけは 枝を張つてゐる。 若(モ)し この気力さへなかつたとした ならば、二十何歳かのクリストは 決して 冷かに かう言はなかつたであらう。 「 わたしの現にしてゐることを ヨハネに話して聞かせるが善い。 」 (つづく)
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