混沌の時代のなかで、真実の光を求めて

現代に生きる私の上に 仏法は何ができるかを 試そうと思い立ちました。//全ての原発を 即刻停止して、 別の生き方をしましょう。

罹災地を訪ねて

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 我々は、先を急ぐために 山元インターチェンジから常磐自動車道に乗った。 
亘理 インターチェンジ から有料道路となる。 一車線の道路で、 我々の先を ゆっくりと 軽トラックが
「家の戸」を積んで走っていた。 側道に寄ってくれるでもなく、阿武隈川を越え 岩沼 インターチェンジ
まで・・・。  ‘ ここは 高速道路じゃないのか? ’と不審だったが、後で調べると、この区間は
全車両の最高速度が 70キロと決められていたのだった。
 
 岩沼からは 2車線となった。 スピードを上げて、右手に 津波をかぶった仙台空港を見ながら、
一気に 仙台港北 IC まで北上した。  
山元町から 亘理町・岩沼市・名取市を経てきたのだが、 亘理 ICから 仙台港北ICまでは、
たった 24.8kmに過ぎない。 この間の町や市は、皆 津波の被害を受けた。
 
 
 ◇亘理町
  被害、復興状況まとめ  (黄線:津波境界線
     平成      世帯数      人口
             23             11,442           35,585   (2月末)
       24            11,277         34,037
  被害・避難状況   (平成24年4月18現在)
    死者数
      町内の遺体数 257人
      町民の死者数 305人(含.他市町での死亡、震災関連死、遺体未発見者)
     家屋: 全壊 2,536、半壊 1,199、 一部損壊 2,414、 床上浸水 797
 
   @ 宮城県亘理町荒浜 
 
    亘理町除染実施計画(第1版)        
   環境省と協議を続けてきました「亘理町除染実施計画」の策定について、平成24年5月24日
  付で承認されましたので、お知らせいたします。
  なお、「亘理町除染実施計画」(第1版)では、除染対象区域を「あぶくま公園」のみとしており
  ますが、今後、町内全域の空間放射線量の詳細な調査(メッシュ調査)を実施し、その調査結果
  を踏まえ、新たに除染が必要な区域があれば、早急にこの計画を見直し、対象区域の除染等
  に取り組んでいきます。
     亘理町あぶくま公園  0.30μSv/h
 
  2012/5/31時点の災害廃棄物(震災がれき)処理状況 ※環境省公表資料より
   
   瓦礫推計量:50万8千トン    仮置場数:5
    瓦礫推計量に対する仮置場への搬入率:99%
    処理・処分量:6万トン
     ※内訳 再生利用量:4万6千トン、焼却処理量:1万3千トン、埋立処分量:0トン
    処理・処分割合:11.7%
 
 ◇岩沼市
                               市の概要
     平成     世帯数       人口          人口と世帯数の推移
      22年末    15, 979      44,153          
     23年末    16, 121            43,710
 
  被害状況     H24 6月8日  被害状況一覧表(宮城県)
    人的被害: 死者  186(含.関連死:4、行方不明:1)、重症  7 、軽傷  286
    家屋:    全壊 736、半壊 1,606、一部損壊 3,059、床上浸水 1,611                                   @ 宮城県岩沼市の周辺地図-Yahoo!ロコ 
   
  2011.3.11 ①http://www.youtube.com/watch?feature=fvwp&v=v_thEQPygxY&NR=1              ②http://www.youtube.com/watch?NR=1&v=MOSk2aWqG5Y&feature=fvwp
  
 
   空間放射線量測定結果一覧(教育施設・公園関係)   平成24年5月  μ㏜/h
    岩沼中学校      0.14〜0.17     岩沼北中学校    0.17〜0.18
    相の原保育所    0.14〜0.15     亀塚保育所      0.13〜0.15
    はるかぜ保育園   0.19〜0.23
    岩沼みなみプラザ  0.20〜0.22
                 
 
  みんなでつくろう「千年希望の丘」 岩沼市空港南公園植樹祭 前日
     平成24年5月26日、宮城県岩沼市の空港南公園で植樹祭が行われた。
    東日本大震災で生じた災害廃棄物を活用し、公園に丘を作って、その上に植樹。
    この植樹祭は、岩沼市の震災復興計画の1つ「千年希望の丘」(沿岸部に防潮林・防潮堤
    を作る計画)の試験的な取り組みとして実施された。 
 
 
  阿武隈川から名取川に挟まれた地域に、岩沼市と名取市がある。
 津波は、この間では 常磐自動車道を越えた( 一部で津波を食い止めた )。 
                                                             http://ranasite.net/?p=4379
 ◇名取市 
           世帯数   人口
 
   H24.5.31   26,450   72,324人 
 
   被害状況    名取市震災復興計画(全文)
     人的被害 : 市内での遺体収容数 911体、市民の遺体収容数 805体
     不明者数 76人         (平成23年8月22日現在)
     家屋被害 : 住宅 11,889棟、 非住宅 12,419棟  (平成23年8月19日現在) 
 
                                      
    1.沿岸部の復興に向けたまちづくりの考え方
    ①住む人に安心感があるまちづくり
    ◇津波を含む自然災害軽減を踏まえた土地利用を行う。
    ◇地震、津波、洪水、液状化、地盤沈下などの自然災害に対する被害の軽減を総合的に
    配慮した計画とする。
    ②名取市全体で考えるまちづくり
    ◇名取市の復興に向けた土地利用は非浸水地域を含め、名取市の未来を築く計画とする。
    ◇市内の既存ストック(中心市街地、りんくうタウン、丘陵地の団地など)を活用する。
    ◇市内各地区や近隣市町村との連携を強化したネットワーク型の都市を形成する。
  ・・・
   第4章 閖上(ユリアゲ)・下増田のまちの復興に向けた事業方針
   1.閖上地区のまち再建の事業方針(被災市街地復興土地区画整理事業)
    ①海岸部の土地利用イメージ
     海岸沿いには、市民生活や地域農業を守る防潮林の復旧を図ります。防潮林の造成は
    時間がかかることから、条件を整え、市民協働の事業として早期に着手します。
    また、堅固な防潮林の造成には真直ぐな根を伸ばせる盛土が求められるため、瓦礫の活用
    を検討していきます。市民からは コンクリートの海岸堤防でなく、白砂青松を持続できる盛土の
    要望があることも勘案し、国、県との協議の中で、美しい海岸部の風景を残しながら、地区
    の安全性を高めていきます。
 
   ※ 浸水地域での市街地形成 宮城知事「安全確認」なら許容
                              河北新報   9月30日
     村井嘉浩宮城県知事は29日、県議会9月定例会本会議で、被災地の復興まちづくりに
    関し「 津波で浸水した地域であっても、安全性が確認された場合、市街地の形成は許容
        できる 」との考えを示した。
         県震災復興計画案は 浸水地域から高台、内陸への移転を基本方針としているが、移転
        に難色を示す被災者は少なくなく、国の制度改正や財源措置の遅れで、自治体が二の足
        を踏むケースもある。
         村井知事は高台移転を「 譲れない一線 」と主張してきたが、防潮堤の強化や道路の
        かさ上げなどの対策を講じ、津波シミュレーションで安全と判断されれば、居住区として
        認める方針に転じた。
 
 
    ※ 名取の住民組織 「カジノ誘致を」 国会議員に要望
                               河北新報 2011 9月30日
    国会を訪れ、仙台空港周辺へのカジノを含む国際観光拠点の誘致に向けた要望活動を
   行った。・・・カジノを合法化する法律案を、早期に国会提出するよう求めた。・・・
   空港の着陸料無料化や各種基盤整備への投資促進を一体的に実現することで、東北の
   観光振興や新産業の創出につながると、理解を求めている。
 
     仙台空港を津波が襲う瞬間
 
 
 
                       (未完成)

罹災地を訪ねて(9)

 相馬市か新地町か どこであったか 忘れてしまったが、 あるコンビニで、 
  Bに  ‘ 3.11以前であれば、 この福島ナンバーの自動車も 我々も そのままでは、
 フクシマから出られなかったんだ。 着ている服も 何もかも 測定機にかけて検査してから、
 外に出られるんだが、 今は そんな規則も崩壊していて 検査なしにフリーで出入りできる
 ようになっているんだ。 ’ 
  彼は、何を言っているのか理解できず、 私に 怒りを露わにした。
 ‘ フクシマというのは 放射線管理区域という意味だ。 我々は 3.11以前と それ以降と
 まったく違った世界にあることを、しっかり認識していなきゃならない。 我々は とんでもない
 世界に生きているんだ。 これを 普通のこととしちゃイケナイ。 ’ と。
 
               ◇          ◇          ◇ 
 
 我々は 新地町から 国道6号線にのって 宮城県 山元町に入った。
6号線からは、被害の状況は よく見えなかったので、 以下 町のホームページを参照する。
 
 津波は、ほぼ この6号線の太平洋側を呑み込んだ。 14:46 の地震発生から 1時間余り
経ってからのことである。     東日本大震災に伴う町内浸水範囲概況図
14:49には 大津波警報発令されるが、現地の人たちは これをどう受け取ったのであろうか?
それから 1時間後の15:50ごろ この地を大津波が襲った。
 
 2012年 6月1日現在の被害状況は、
                         東日本大震災および津波の被害状況(H24.6.5)
  ■人的被害数
 ○死者 632人 (遺体未発見の死亡届16人および震災関連死16人を含む) 
   ※町内での遺体発見数674人
 ○行方不明者 1人(死亡届提出16人を除く)
 ○重傷者  9人(救急搬送分)
 ○軽症者 81人(救急搬送分)
  ■家屋への被害 (平成24年5月25日現在)       ■火災 なし
 ○全壊     2,217棟(うち流出1,013棟)
 ○大規模半壊  534棟
 ○半壊      549棟
 ○一部損壊  1,138棟
  ■津波浸水区域
 ○浸水範囲面積 24k㎡ (総面積64.48k㎡の37.2%)
 ○推定浸水域にかかる人口 8,990人 (平成23年2月末現在人口の53.8%)
 ○推定浸水域にかかる世帯数 2,913世帯(平成23年2月末現在世帯数の52.4%)   
 
 
6号線を北上しながら、 私は 
‘ 宮城の ここら辺も それなりの汚染を受けているんよ。 仙台空港を過ぎるあたりで やっと
東京と同じになる。 ’ と言った。
 山元町の放射能汚染は、 文科省の航空機モニタリングによると、
                              宮城県亘理郡山元町地図
  新地町に接する磯浜漁港一帯から ほぼ6号線の西側が 6万〜10万㏃/㎡の汚染を受け、
 津波に呑まれた地域は ほぼ 3万〜6万㏃/㎡ となっている。
 
  町の放射能汚染に対する姿勢を http://www.r-info-miyagi.jp/r-info/area-data/?area=16
 に見ることができる。 「学校等の測定結果」から、地図上の 「山元町」をクリックすると、
 宮城県の市や町の学校などの測定結果が出ている。 
 これを見て 気づくことは、
 宮城県南部、海岸沿いの南から 山元町・亘理町・岩沼市の最近の測定結果がないということ、
 そして、岩沼市の北隣の名取市の測定結果が出ているということだ。
 さらに 辛抱に調べてみると、 12月に 山元町の測定結果が出ている。 この時も、亘理町と
 岩沼市は 空欄のままにしている。
  なぜ、このようなことになっているのか? 
 文科省の航空機モニタリングでは、名取市は 岩沼市以南の町と比べて、格段に 汚染が低い
 ことになっている。 その値は 1万㏃/㎡以下。 それにもかかわらず、名取市は 本年5月まで
 測定値を公表している。 それは、決して 無視してよいと言える値ではない。
  @ 因みに、宮城県の最南端・丸森町を クリックしてみると、 今年2月までの数字しかない。
   ここは、ほぼ全域が 10万〜30万㏃/㎡ の汚染ということになっている。 ところが、ここより
   比較的被害の低い白石市は 丁寧な公表をしている。
 
  Bは、この宮城県南部で ボランティアをするつもりだった。 その団体の中には 若い人も
 いるようだった。 私は言った。
  ‘ 君は もう 60過ぎているから良いが、 若い人は ここにきてはいけない。
   いくら 優しい心からのボランティアでも、危険な所に 若い人が行くのは 止(ト)めなくては
   ならない。 ’
 彼は 今も 私の言を納得していない。 
  
 
  瓦礫処理について
      宮城県           単位:万t             平成24年5月
   ブロック名  見直し前  見直し後  増減
   気仙沼     109     109      0
   南三陸      51      28       ▲ 23
      石巻             685          312       ▲373
      宮城東部         45           30       ▲ 15
      名取               26           29            3
      岩沼               38           32       ▲  6
      亘理               86           50       ▲ 36
      山 元             51           74           23
     県直接発注分*  16            12      ▲   4      *女川町から東京都への搬出分等
       合計          1,107          676      ▲ 431
 
 
 

  ■山元町震災復興計画   平成23年12月
 ・・・
  本町の震災前(平成22年10月1日国勢調査)の人口は、16,704人であり、震災がなかった
 場合、将来人口推計は、平成32年には 14,447人となるものと見込まれておりました。
  今回の震災により、亡くなられた方が 600人超、また転出による社会減が 1,300人超と、
  大きく人口が減少し、平成23年10月1日現在の人口は14,628人となっております。                     @ H24 5月 31日現在 人口: 14,064
・・・
  【再生期】【発展期】
  就業形態や従来のコミュニティ等、地域特性に配慮した生活再建を図るとともに、ボランティア
  、NPO、民間事業者等と連携しながら、生活再建に係る経済的・技術的支援を行います。
・・・
 ② 将来を担う子どもたちへの支援
 【復旧期】
  震災で親を失った子どもや被災した子どもの不安を解消するため、県との連携を図り、
  巡回相談などによる心のケアの充実を図ります。
  被災者の避難の状況、応急仮設住宅の入居の状況に応じて、広域保育又は被災した保育所
  、児童クラブの応急的な復旧を行います。
  子どもの医療費助成の拡大など、子育てにかかる経済的負担の軽減を図ります。
  妊婦検診費用の助成や新生児訪問により安心して出産できる環境づくりを推進します。
 ① 安全・安心な学校教育の確保
 【復旧期】
  被災した小中学校の教育活動に支障が出ないよう教育環境の整備に努めます。
  スクールカウンセラー等の専門職員を派遣するなど、震災による様々な環境の変化に伴う
  児童生徒へのきめ細かな心のケアを行います。
  保護者負担の軽減措置として、就学援助制度を充実させ、震災の影響により経済的に
  就学困難な児童生徒に対する支援を行います。
  通学困難な児童生徒に対し、交通手段の確保又は遠距離通学者に対する経済的支援を
  行います。
  通学路等の安全を確保するとともに、安心して就学できる環境を整えます。
  学校の防災マニュアル等を見直し、防災教育の推進を図ります。
  町のグランドデザインや今後の児童生徒数を踏まえ、学区の再編及び小中学校の適正配置
  等を検討します。
  学校給食については、安全・安心を最優先に提供します。
  私立幼稚園就園に伴う保護者への経済的支援等を行います。
 学校施設等の放射線量のモニタリングを実施し、数値を公表するとともに、必要に応じた措置
  を講じます。 
 ・・・
 
  町の復興計画を概観してみると、 いかに 津波が この町に 深刻なインパクトを与えたか、
 ということを、 ひしひしと感じることができる。 
 彼らは ギリギリのところで、 今 やっているのであろう。 放射能汚染に対処する余力さえ
 ないほどに・・・。 
  「津波からの復興」 ――― これしか眼中にないようだ。
 しかし、放射能汚染の中で ボランティア や NPO に頼る町の姿勢は、住民さえも  被曝から
  守ることを疎かにすることとなり、若い世代の さらなる町からの流出を結果することになろう。
 町の復興ができた頃には、民間業者だけが肥え太って、高齢者のみの町になっている可能性
 が大きい。  町の人たちからは、お叱りを受けるかもしれないが、 私は そう思う。 
 
  これだけの甚大な津波被害を受けただけでも、 大変なハンディを負ったわけであるが、
 その上に 放射能の汚染を蒙ったのである。 大震災がなくても この地は 年々人口減少と
 高齢化が進んでいた。 この国の大多数の自治体に共通する 生き残りをかけた高齢化・人口
  減少対策の上に、 3.11によって 大津波と放射能汚染という重荷を 背負ったのである。
  ちょっとやそっとで 復興ができると言えないのが現実であろう。 何年後に復興というような
 旧共産圏好みの何か年計画のような発想を止めるべきである。神風が吹くことを期待するのも
 愚かなことだ。 現地の人々は 事実に正直であるべきだ。 
  復興が 十何年・何十年後であっても 否 100年後であっても よいではないか?! 
 自分たちのことは 外部の力に頼らず、自分らでやるべきである。 たとえ ゆっくりであっても
 それで よいではないか?
 他の災害を受けていない所と同じ生活をしようとする所に 無理ができる。 都会生活を憧れる
 所に 自ら人口流出を招いてきたのではなかったか? 
 外部から資金やノウハウを入れるのではなく、身の丈に合った復興を願わずにはおれない。
 
  また、外部の者は 現地に入って、彼らに へんなチョッカイを出し、徒な夢を与えるべきでは
 ない。 まして、何か そこで儲け仕事を企んだり、自分流儀を 現地に押し付けて、彼らが 自ら
 立ち上がるのを妨げるべきではない。 
 都会人・都会的発想の傲慢さが 日本の地方を窮地に陥れてきたことを、この大震災と原発事故
 を機に、大いに反省し、この国のあり方を転換することこそが、 彼らを救う 一番の近道である
 はずである。 
  「近代化」というマインドコントロールから 解き放たれない限り、現地も 日本国も 再生は
 ないであろう。 浅原彰晃の書をもっているのを非難するくらいなら、西欧近代の書物を座右
 から撤去する方が どれほど 日本国の将来を切り開くことになるであろうか! 
 
                      ( つづく )

罹災地を訪ねて(8)

                               福島県の周辺地図-Yahoo!ロコ
                                             
 我々は、相馬の市街地を抜け、県道38号線に乗って、陸前浜街道と相馬バイパス(6号線)を
突き切り、松川港の手前から 古い街並みを曲がりくねりながら 原釜に入って 驚いた。
 
 津波の跡だ。 車を進めていくと、見渡す限り 家々がなくなっていた。
所々 ボロボロになった建物が 取り壊されずに残っていたが、すでに 道路は いちおう 
旧に復していて、道の両脇には 家々の土台が残されているだけだった。  
 
津波を免れたのだろうか、或は どれ位の被害があったのか、山裾には 家々が残っていた。 
時々 自動車が通るだけで、人の姿はなかった。
  
    3月11日、東日本大震災が発生して 丁度 1時間後の15時46分、津波襲来
  福島県相馬市 原釜の津波跡① - YouTube
                                    2011年4月15日
                                                                    http://search.c.yimg.jp/module/image.php?suid=ZiaZQNapj_HBnfolOv2QchVDijBPu2a2xIap2DX6XwihTvnG6hM_4XtatcgJRQkeNZRS3i9W&sig=ECL_X.dEBqKIC4xNRhQ53Hi3gXI-&size=s
 
 
  
  38号線を ゆっくりと辿って、新地町に入った。 
 原釜から、向こうに 高く細長い棟が見えていたが、 これが 新地発電所 だった。
   (東北電力と東京電力の折半出資の石炭火力で、1、2号機 それぞれ100万KW)
 発電所も 津波を受けたが、12月19日に 2号機、同27日に 1号機が運転を再開したという。
 
  http://lib.toyokeizai.net/public/image/2011032200970757-8.JPG 原釜より新地発電所を望む
 
 我々が訪れたときには、上の写真のような惨状は もはや見られず、瓦礫も ほぼ撤去されて、
新地発電所の向かい側の海沿いの高台などに集められ、分別作業が ほぼ終わりかけていた。
 山積みになった瓦礫が、敷地内に 数カ所あった。
作業員( 下請け )がいたので聞いた。
 ‘ これは、みな新地町のものですか? ’
 ‘ うん ’
 ‘ これは、焼却処理されるんですか? ’
 ‘ ここは、福島だから 県外には出せない。 どうなるんだろうか、分からない。 ’
 
   ※ 新地町は、町域の北西から南東にかけての対角線の 
   内陸側が 10万〜30万㏃/㎡、 海側が 6万〜10万㏃/㎡ の汚染を被っている。
 
    @ 瓦礫処理の際、放射能被曝への対策は どの程度 なされたのであろうか?
     このことに対する情報に、私は まだ接していない。
 
 福島県新地町津波No.2
                                                        
                                  http://i4.ytimg.com/vi/CH3u3yeWOnE/default.jpg
       
 新知町も 海岸沿い一帯の工場や家々が 津波に呑み込まれた。 
津波は、釣師浜海水浴場のコンクリートの防波堤を破壊して流し、JR北陸常磐線沿線 はじめ、
新地町役場の一帯を呑み込み、 6号線(陸前浜街道)まで押し寄せ(町の南部を除く)、町役場
より北部は 6号線を越えた。      福島県新地町の被害状況写真集 
   
    東日本大震災が起きた3月11日、JR新地駅(福島県)でホームに止まっていた常磐線の
   電車が津波に襲われた。多くの乗客がいたが 全員が直前に避難して、けが人も出なかっ­た。
   たまたま乗り合わせた若い警察官2人の判断と、偶然が、約40人の命を救った。その日、
  相馬署地域課の斎藤圭巡査(26)と吉村邦仁巡査(23)は、職場実習後の仕上­げとなる
  初任補修科の卒業式を終え、福島市の警察学校から仙台駅経由で常磐線に乗り換えた。
  赴任先の相馬署に向かうためだった。
    上り電車(4両)が 新地駅に停車し、出発しようと ドアが閉まった午後2時46分、地震が
  起きた。車両全体が 激しく横に揺れ、手すりにしがみつく乗客の悲鳴が車内に響いた。­
  3両目に乗っていた2人は、20〜70代の乗客約40人の無事を確認、乗務員4人に伝えた。
  その時、乗客の男性が持っていた携帯電話 ワンセグテレビ が「大津波警報」の発令­を知らせた。
   駅は 海から約500mしか離れていない。相馬署で 職場実習をした経験があり、土地勘が
    あった2人は、反対側に 約1キロ離れた高台の新地町役場に乗客を避難させるべき­と判断。
    吉村さんの誘導で、乗客たちは歩き始めた。 ところが、70代の女性は家族を待つために
    駅に残ると言った。
   ここは危ないので離れた方がいいと斎藤さんは女性を説得、5分遅れて一緒に避難を始めた。
    女性は足が悪く、集団との差は300mほどあった。 振り向くと、駅の方から­津波が押し寄せ、
    茶色の水が車や家を押し流す様子が見えた。
   「間に合わない」。 そう思った時、近くの男性が運転する軽トラックが後ろから近づいてきた。
    女性が助手席に、斎藤さんと近くを歩いていた住民3人が荷台に乗った。津波は 軽­トラックの
    後方、200〜300メートルまで近づいていた。 最終的に 町役場から数10m、海から約1.2
  キロ付近で津波は止まった。
   今 新地駅の駅舎はなくなり、ホーム西側に そのときの4両の電車が折れ曲がって散乱
     している。     
                                          ( ある記事より )
                                                                                        
 ・・・ 
 3月11日午後2時46分に発生した震度6強の地震と、その直後に発生した大津波により、
町では 109人の方が亡くなり 1人の方が今も行方不明となっています (9月末現在)。
津波は 標高10m未満の多くの土地に浸水し、浸水面積は町の全面積の1/5に及ぶ約904ha
で、500 戸を超える住宅が全半壊し、JR常磐線新地駅も全壊し、復旧の目途は立っていません。農地も約4割にあたる約420 ha が浸水しました。
さらに 原発事故による放射線汚染は、原発から50km の位置にある他の市町村よりは低く、
町内の平均的な放射線の空間線量は毎時約0.2〜0.6μSv(屋外)となっています。海の汚染
については水質・底質、魚類・海草などの測定がなされています。
 
・・・
 原子力災害については、住民の健康不安、風評被害、交通機関・企業立地への影響、
人口の流出など、地域づくりに多大な影響を及ぼす ことから、一刻も早い収束を要請する
とともに、環境回復に取り組みます。
・・・
 「放射性物質汚染対処特別措置法(平成24年1 月施行)により、新地町は追加被曝線量が
年間1mSv を超えるため、汚染状況重点調査地域となりました。
できるだけ速やかに汚染状況を調査し、効果的な除染計画を策定し、除染活動を行います。
3年以内には、町内の生活圏のどこでも 追加被曝線量が年間1mSv 以下をめざします
・・・
②町域除染計画の策定、実施
 3年以内には身近な生活圏は 年間1mSv 以下をめざします。除染計画の対象は全町域です。 
 
 
   ※ 総人口 8,017人 ( 男 3,962人、女 4,055人 )  世帯数 2,574戸                                  ――― 2012年6月1日現在               

                  
 @ この大震災と大津波による自然災害の 復興を困難にしている 他に例を見ない要因は、
  福島第一原発のメルトダウンによる広汎な放射能汚染にある。
  復興を遅らせている原因を、環境省は 震災瓦礫の広域処理の遅れにあると言っているが、
  これは、原発への責任を負わされた環境省の、一般国民への責任転嫁と言わざるを得ない。
   もし、放射能汚染が無ければ、相馬市や新地町 はじめ福島県の震災&津波からの復興は
  今の困難とは比較にならないほど 容易であったろう。
 
   また、震災復興において、福島県を切り離して 瓦礫の広域処理をしようとしているのは、
  放射能汚染が 復興を遅らせているという厳しい現実を、国民の目から逸らそうという意図
  があるのであろう。 
    ( 放射能汚染に真向きになれば、福島県だけを特別扱いすることはなかったであろう。
      宮城県南部は 福島県並みの汚染だし、宮城北部や岩手南部の海岸地帯も それなり
      の汚染を受けている。 )
  彼らは、「 瓦礫処理さえすれば、復興が進む 」と主張している。 しかし、そうではない。
  本当に復興を妨げているのは、瓦礫ではない。 一つは放射能である。 彼らは この現実
  から国民の目を欺くために、 比較的 汚染の少ない宮城県と岩手県をもって、「 放射能が
  復興の妨げになっている 」という恐るべき現実を 覆い隠そうと意図したのである。 即ち
    これまでの国の原子力政策が、大震災からの復興を致命的に妨げている という事実
  から国民の目を逸らし、論点をすり替えるのが、「瓦礫の広域処理」政策の本音であろう。
   処理業者の利権は、国民の目を この事実から逸らすために利用されたのであろう。 
 
   汚染が少ないことをもって、「 放射能は復興の妨げにはならない 」という論理のすり替え
  を意図しているのだ。 
  「汚染が少ない」とは、「福島より少ない」ということであって、その「危険性がない」という
  ことではない。 しかし、国は「 汚染が少ない=危険性がない 」という論理飛躍を 正面突破
    で 無理やり やろうとしているのであろう。
  「 汚染が少ない=福島よりも汚染が少ない=福島よりも危険性が少ない=危険性はない」
  という一連の言葉のトリックを使っているのだ。 
   ひとえに、原発事故への国(政治家・官僚etc)の責任を回避し、原発推進を図ろうという
  一石二鳥or三鳥・・・を狙ってのことである。
  
  
 38号線は、途中で 道が寸断されていたため、 更地となった津波跡の 凹凸の舗装道に迂回
して 未だ復旧できていない常磐線の踏切を渡り、6号線に乗って 北上した。
6号線が 上り坂にさしかかった時、 左手に うどん屋があった。 
我々は ここで昼食をとることにした。 道路の 右手は ずーと 津波跡である。
 客が すくなからず入っていた。 この店の店長は 3.11前には会社員であったが、津波に
罹災し、一念発起 この店を始めたのだった。 
店のあるところは、カウンターの下まで 浸かったという。 
 
                             (つづく)  

罹災地を訪ねて(7)

 
 霊山こどもの村 を後にして、一路 相馬を目指した。 
 途中、田植えができなかったんだろうか、山裾に 荒れた田圃がつづいていた。
 
 相馬市に入ると、曲がりくねった下り坂の山道となった。 115号線は 途中 宮城県丸森町を
かすめて 宇多川( うだがわ:相馬市・松川浦に注ぐ )沿いに進み 建設中の常磐自動車道を
過ごして 相馬市街地に通じていた。
 宇多川の上流・玉野川は、 100万〜300万㏃/㎡ の汚染地帯を流れている。
 
                                  福島県の周辺地図-Yahoo!ロコ
 松川浦にも、当然に 津波が襲ってきた。 
      ☟は 松川浦大橋の近辺の模様
  ・  松川浦 - YouTube  投稿日:2012年1月18日
      ・・・ 原釜・尾浜地区の漁師は、沖のがれきを撤去する国の事業に取り組む。 近海は
      「常磐もの」と評判が高いカレイやヒラメの産地だったが、原発事故のため漁は自粛中。
      仮に出漁できても値がつくか分からない。漁師たちは嘆く。「 津波だけなら前に進める
             が放射能は予想外。船が無事でもどうしようもない
 
   相馬市の 死者・行方不明者459名、津波による家屋等の流出1,000棟以上
 
      H24  6.6   水産庁           
                       セシウム計    セシウム134   137   (㏃/kg)  
      マガレイ    原町沖     59         21.6    37.1      
      マコガレイ   新地沖     50      20.2    29.6    
               原釜沖     75      30.1    44.5
               原町沖     58      19.7    38.3
      マダイ     原町沖     48      18.8    29.0
      マダラ     磯部沖     14      <9.5    14.4 
 
   @ 水産物の汚染は、 第一原発の北より南が ひどい。 
     たとえば、 いわき市沖は 下の如くである
     H24  6.6                        
クロソイ四倉沖11044.570.0
 ケムシカジカ四倉沖5719.437.3
 コモンカスベ久之浜沖330141191
 サメガレイ沼之内沖16<9.016.2
 シログチ四倉沖6724.942.5
 シロメバル江名沖24092.8148
 シロメバル小名浜沖310123191
 チダイ沼之内沖9.1<7.89.11
 ニベ久之浜沖13051.175.1
 ババガレイ江名沖270108162
 ババガレイ久之浜沖470180286
                     
  我々は 宮城県を北上しなくてはならないので、相馬の海岸に出ることを諦めて、
115号線を 相馬市街地に沿って進んだ。  
脳裏から離れないのは、やはり 放射能の汚染だった。それで この地の放射線量を知るために、
測定器のあるだろう場所を物色していると、 「 馬陵公園 」を見つけた。
 
    ここは、この相馬地方の支配者・ 相馬氏の居城跡であった。
  天明・天保の大飢饉(1783、1833)で壊滅的打撃をうけた相馬中村藩は、二宮尊徳
  「報徳の訓」をもって 興国安民をはかる二宮仕法に取組み(御仕法)、荒廃した農村を復興、
  深刻化していた藩財政を立て直したと言う。 
   園内に 妙見神を祭る相馬中村神社があり、旧相馬領の相馬市・相馬郡で 毎年7月23日
  から3日間続けて行われる 有名な 相馬野馬追祭りの祭場地の一ということであった。
 
 駐車場には、野球部の高校生たち屯(タムロ)しており、 向こうの運動場では 多くの若者が
キャッチボールをしていた。 園内に 野球場があり、土曜日なので 近隣の高校の試合が
あったのだ。 車から降りると 風が強かった。 運動場からは 砂交じりの風が吹いていた。
 Aは すでに 持参のマスクを着けていた。 私も 2つマスクを出し、Bにも渡した。 彼は
それを受け取ったが 着けなかった。
 
 線量計を探すと、 高校生たちがキャッチボールをしている運動場の際に 設置されていた。
  0.3*μ㏜ 
であった。
 野球部の若者たちは、みな マスクをしていない。 
 大きな声で 掛け声をしながら、キャッチボールをしていた。 
 
 文科省の航空機モニタリングによると、ここの土壌汚染は 10万〜30万㏃/㎡ である。
 
 私とAは マスクをして、彼らの脇を歩いた。 途中 地元の婦人とすれ違ったが、彼女は
我々を 訝しそうに見ながら通り過ぎたと、後で Aが囁いた。 
 ‘ マスクをしているのを 咎めたのではないか ’と・・・。 
 
 顧問の教師もいたわけで、 彼らは 放射能は まったく問題にしていない体である。
ここで生きていく以上は こうしなくてはならないだろうことは 私も分からぬでもないが、
やはり 異常な状況と言わざるを得ない。 
 
 放射能に汚染されているという異常な現実を 異常とせず、 逆に 放射能の危険性に眼を
つむって、  3.11の前と同じ 通常の状況だとしている・・・。
これは、放射能汚染の中を生きる道ではないであろう。 生き方が、ごまかしになっているからだ。
放射能汚染が異常である以上に、 彼らの生き方・考え方が 異状である。
その生き方が、3.11以前と以後の区別を付けず、3.11がなかったとして 今まで通りに
生きていこうと、敢えて しているからである。 人間、ごまかしは 長くは続かない。
 
 彼らは、放射能汚染の現実から逃げているのであろう。 真正面から対処しようとしていない!
3.11以後の生活を、3.11以前と同じにしようとする考えを、彼らは 捨てるべきである。
今更 復興などできるものではない。 復興ではなく、新たな生活の創造でなくてはならない。
 
 今までのように 若者が 野球などしている場合ではないのである! 
二宮尊徳の遺徳が残る この相馬の地で、中央政府の意向に従属せず  自らの運命を 自ら
切り開く 独立自尊の気風を失うのは、祖先たちの伝統を継承することにはならない。
                               

  市の放射能汚染対策は、以下のようなものである。 
  なんだか、おかしくはないか?
   こういうオザナリな対策を 突破するような 知恵と エネルギー が
  住民の中から出てこなくてはならない。 
 
相馬市除染計画    平成23年12月
   市では、一日も速く市民のみなさんの不安を解消し、原発事故発生前の生活環境を取り戻す
  ため、「相馬市除染計画(第1版)」を策定しました。
  除染計画は、今後国から示される省令等や新たな除染技術の導入などにより改訂します。
 
・・・
 2.除染の方針
 【1】基本方針
  原発事故により生じた放射性物質による汚染の責任は、事業者である東京電力と原子力政策
 を推進し、原発を監督してきた国にあり、本来であれば 東京電力と国が直接除染を実施しなけ
 ればなりません。
  しかし、8月26日に決定された「除染に関する緊急実施基本方針」では、市町村が除染の主体
 となり、除染計画を策定して、住民の協力を得ながら除染を実施することとされました。
 本計画は、「 除染に関する緊急実施基本方針 」及び「 放射性物質汚染対処特措法に基づく
  基本方針 」に基づき、除染にあたって必要な事項を定めるものです。
  【2】計画期間
    計画期間は 5年とし、重点期間を 2年とします。
  【3】目標
   (1)長期的な目標として、日常生活における追加被曝線量を年間1mSv(測定値0.23μSv/h
   相当)1以下にすることを目標とします。
  (2)平成25年末までに、日常生活における年間追加被曝線量を平成23年6月に実施した
   メッシュ調査結果と比べて、放射性物質の物理的減衰等を含めて50%以上低減させることを
   目標とします。
  (3)子どもが安心して生活できる環境を取り戻すことが重要であり、学校、公園など子どもの
   生活環境を優先的に除染することにより、平成25年8月末までに、子どもの年間追加被曝
   線量が 平成23年6月に実施したメッシュ調査結果と比べて、放射性物質の物理的減衰等
      を含めて60%以上低減させることを目標とします。
  ・・・
 
  ※  「 追加被曝線量1mSv/年は測定値0.23μSv/hに相当する 」の考え方
     ① 原発事故とは関係なく、通常日本人は平均1.5mSv/年を自然界からの放射線(大地から
    の放射線、食物からの放射線、宇宙からの放射線など)により受けています。このうち、
    自然界にもともと存在する大地からの放射線量は0.04μSv/hです。
   ② 追加被曝線量 1mSv/年を 1時間当たりに換算すると、0.19μSv/h(1日のうち屋外に
    8時間、屋内( 遮蔽効果0.4倍の木造家屋)に16時間滞在するという生活パターン を想定 )
           0.19μSv/h×(8時間+0.4×16時間)×365日=1 mSv/年
     ③ ①自然界にもともと存在する放射線量0.04μSv/h+②追加被曝線量0.19μSv/h
    =測定値0.23μSv/h
     ☝ 0.23 は 国がかってに決めたもので、訳の分からない理屈をこねて 
      数字を値切っているにすぎない。 戸外にいようがいまいが、追加被曝線量が 
      1m㏜/年となる可能性のある環境がダメなのである。
      即ち、追加被曝が 0.11μ㏜/h 未満でなくてはならないのである。
          ( 1000μ㏜÷24時間÷365日=0.114μ㏜/h ) 
 
      @追加被曝は、空間被曝だけではなく、吸引 及び経口摂取による内部被曝
      も考慮してなされなくてはならないことを 国も市も 無視して、放射能対策が
      できると 住民or国民を誤魔化している。 行政は 我々を舐めきっているのだ。 
 
      追加空間線量は 0.11の 1/3 である 0.04μ㏜/h、 測定値は、これに
       自然放射線量 0.04を加えて、0.08μ㏜/h でなくてはならないはずである。
 
 
   公園を一回りして 駐車場に帰った時、 幼児を連れた女性の車が入ってきた。
   ‘ 野球場の駐車場は ここですか? ’と、焦った風で 私に尋ねた。
   ‘ はい そうです ’と答えた。 
   たぶん、上の子か誰かの応援に来た人だろう。 母子ともに マスクをしていなかった。      
                           (つづく)

罹災地を訪ねて(6)

6月2日(土)
  朝食を 旅館の食堂で摂る。
  今日の旅程を、女将さんに相談しながら決める。
  私は、‘ 渡利に行ってみたい ’ と言うと、
  ‘ あそこは 山ばっかしで な〜んにもないよ ’と首を振った。
  仙台に行くには、
   115号線で 相馬に出て 海岸沿いに 宮城を北上したらよい 
  とのことで、そうすることに決定した。
 
   奥州街道に出て、福島市役所を左に、そして 競馬場を右に過ごして、
  115号線・中村街道に入ると、山また山の山村地帯。 
    田圃は どこも 田植えを終えていた。
 
  Bが 後部座席で 窓を開けていると、 A( 今日は 彼の運転、私が ナビゲーター )は、 
   ‘ 窓を閉めよう。 放射能があるから・・・。 ’
  と。 
   115号線は、福島市街地を外れると、さらに 高い汚染地帯となる。
  文科省の航空機モニタリングでは、 
  福島市街地の市役所から競馬場あたりが 30〜60万㏃/㎡ だが、 阿武隈川を渡って
  しばらく行くと 60〜100万㏃/㎡ の汚染地帯となり、 霊山 (りょうぜん)の近くで
  100〜300万㏃/㎡ と、飯館村と 同規模の高い汚染地域を通ることになる。
 
   ただし、 友人たちは 飯館と同じレベルの汚染地帯を通ることは 知らなかっただろう。
  我々の車は、山道の上り坂を進んで 伊達市に入り、 川俣町に通ずる349号線との交差点
  を過ぎて、霊山町に入った。 この辺りは 霊山近くまで 幾分 線量が下がって 福島市なみ
  となる。
  しかし、放射能は 目に見えず 香りもない。 我々の目には、春の気がいっぱいの 若葉の
  草木に覆われた 美しい日本の風景が続いていた。
 
   私は、「 霊山 」については、まったく 関心がなかった。 
  この山は、標高825mの 国の名勝、日本百景、及び 「うつくしま百名山」に指定されており、
  南北朝時代の重要な城跡遺構として 国の史跡にも指定を受け、
  中通り と 浜通り の境に位置する分水嶺の一端を成していて、西物見岩からは 福島市街地
  や伊達郡、伊達市、東物見岩からは 相馬市街地 や 相馬郡、太平洋まで望むことのできる
  天然の要害だという。
    紅葉の名所でもあり、毎年10月下旬になると 多くの登山客で賑わってきたそうだ!
 
  この霊山の近くに さしかかる頃、
  ‘ このへんの線量は どうなんだろう? ’という話になった。 
  ちょうど その時、 「 霊山こどもの村 」という看板が目に入った。 
  ‘ ここには、きっと 線量計が設置されているに違いない ’ と思い、道をそれて
  「 霊山こどもの村 」の駐車場に 車を止めた。 
  どこかに線量計があるはず・・・ と探していると、管理事務所に 若い女性の人影が見えた。
  事務所の前の掲示板の紙に、 手書きで 放射線量が書かれていた。
 
     (屋外) 0.6*μSv/h ミュージアム前広場 
    (屋内) 0.23μSv/h ミュージアム内 / 0.14μSv/h 児童館 
 
   女性に声をかけると、中から 若い男性が 応対に出てきた。
        ※ ここからの会話は、人物が 容易に特定されるので、かの人に迷惑が かかる可能性
      もあります。 それゆえ、これを記すことに 躊躇しましたが、
      見知らぬ我々に話してくれたことは、他の人々への 彼の心からの訴えでもあった
      であろうと思い、敢えて 記すことにします。
        ただし、以下の記述は、私の主観が聞いた言葉を 整理したものですので、
      彼の言葉通りではありません。 文責は ひとえに 私にあって 彼にはありません。
        
    ‘ 線量が高いようですね。 文科省の線量計は 設置されているんですか? ’
    ‘ はい、 あの上のミュージアムの脇にあります ’ 
                ( 事務所の前からは 数値が見にくかった )
    ‘ ハンディー型の線量計は もっておられるんですか? ’
 
   事務所から測定器をもってきて、計って見せてくれた。  0.23μ㏜/h 
       @ 測定器は 伊達市が購入したもので、値段は 分からないという。
    ‘ 事故後に (事務所前の アスファルト を) 削って この程度に数値が落ちました。
     施設の主な所は、市が この辺の村に優先して 除染をしたので、 村の人たちからは
     いろいろ思われています。 ’
       @ 除染廃物は この施設の敷地内に まとめて保管している。 
     
   ‘ 事故以来 入場者は激減しました。 今は 例年の 1%くらいです。 ’
   職員たちは 昨年来 植え木を切ったり 芝生をはがしたりと、施設の除染を行い、
  一部分が やっと 今の線量になった。 
  しかし、大部分は 手つかずの状態で、 実際 アスファルトを敷いた所から 数m離れた
  山道の草むらに 測定器をもっていくと、数値が 上がり始め 2.*μ㏜/hにもなった。
   Aは、除染を終えたアスファルトの上から動かなかった。
 
    ※ ここは、文科省の航空機モニタリングでは、60万〜100万㏃/㎡ の所である。
     ここでの空間線量が 0.6*μ㏜/h ということは、前日に訪れた 福島市郊外の
     団地の中の公園と同じ レベルである。 ところが、団地のある場所の土壌汚染は、
     10万〜30万㏃/㎡ とされている。 どうして、このように 土壌汚染と空間線量に
     チグハグがあるのだろうか? 奇妙である。
         各総合支所内の定点観測地点の測定値(1週間に1回ずつ測定)
           伊達地域  梁川地域  保原地域  霊山地域  月舘地域
         小中学校の環境放射線測定値
 
 
    事故直後、この施設には 浪江町の人たちが避難してきて しばらく ここにいたが、
  15日の4号機の爆発の後、 あっと言う間に 彼らは いなくなった。 
   ‘ すばやかったですよ、彼らは。 日頃から 訓練してきたんでしょうね。 ’
   ‘ 浪江町は 原発に対して 批判的だった と聞いたが、どうなんでしょう? ’
   ‘ そうだったかもしれません ’
 
     全国に分散避難、福島県浪江町民 集落崩壊、孤立深刻  河北新報  2012 6/12
     「町民被ばく」東電告訴 福島浪江町長が業過致傷罪で検討   同       6/13
 
   この施設は、霊山の南麓を切り開いて キャンプ場や各種の学習施設、アスレチックなど
  が設けられており、 例年 園児や小学校の生徒らに利用されてきたのだった。
  今 全山 若葉の木々に覆われた霊山を見上げると、原発が爆発したことなど信じられない
  ほどだ。 彼いわく、
   ‘ 今年の春は 自然がきれいです。桜の花も そうだったし、今 こうして見る山の木々の若葉
       の色も かってなく 輝いて見えます。私には、これは 木々が セシウムを吸って 勢いづいて
    いるためじゃないかさえ思われます。 チョット 精神が病んでいるかもしれませんが・・・ ’ 
 
     彼は、福島市の渡利から 伊達市のここに通ってきている。 渡利は 福島市のなかで
    特段に線量が高いところで、 30万 および 60万㏃/㎡以上のところである。
    この度 ホールボディーカウンターで、 彼の子供たちに セシウムが 125㏃ 出たという。
                             (私の記憶が曖昧で、250㏃だったかもしれない)
     ‘ 事故以来、ここの除染作業などで、相当 放射能を浴びているはずなのに、 私には
      セシウムが出なかった。 どういうことなのか・・・ ’    
     と、困惑しながら 語った。
     ‘ この値は、kg 当りですか? ’と聞くと、 そうだと 彼は答えた。
         もし、kg当り 125㏃だとし、小学3年(8歳)だとすると、
           8歳の体重は 約27kgだから、
          125㏃/kg×27kg= 3375㏃ ということになる。
          これは、ほんとうだろうか?
             南相馬 市民の内部被ばく検診結果(1)   2012年2月3日
                                     市民の内部被ばく検診結果(2)  2012年5月15日
          もし、㏃/Body だったなら 南相馬の場合の検出限界は 250㏃/Body
          なので、 福島市のは もっと精度が高いモノということになる。  
                       
 
 
   
  ‘  こういう状況において、 移住とか 色々考えられますが、
       今後  どう対処しようと思われていますか?  ’
  ‘ まずは、希望ですね。 希望がないと やっていけません。 ’
  ‘ 希望と言うと、 具体的には どういうことですか? ’
  ‘ この福島に 太陽光発電の基地をつくるとか、 
    福島の子供たちの中から 科学技術のリーダーを生み出すこととか・・・ ’
  ‘ なるほど、それらは 県も言っていますね。 
    でも、問題は、この放射能に汚染された中での生活の現状をどうするか? 
    ということですね。 ’ 
 
 彼の目は 困惑していた。 自分の言葉が 自分の思いから遊離していたのだ。
 
  ‘ ご存じとは思いますが、チェルノブイリは 事故から5年経って、ベラルーシの最高会議が
   移住を決定しました。 その間 ソ連中央政府は 住民を 汚染地帯に放置していました。
   地元の住民が 自らの現実に向き合って、色々な取組みをし、州に働きかけた結果ですね。
    地元が立ち上がって、意思表示(決定)をしない限り、 外からは 手を差し伸べようが
   ありません。 ここに座り込んで、「 我々は これでいいんだ 」 と言われたら、
   もう 外部の者は どうしようもありません。 ’ 
 
 と、私は言った。 
  ( これは、団地の婦人はじめ、福島で 私が話をした人に、みな 言った言葉である。 )
 彼は、黙って 聞いていた。 
 
 
                        ( つづく ) 

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