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(1) 農業生産(とうもろこし、大豆等)
①国土利用状況 ・国土面積 : 60,355千ha (60万3,500km2 日本の約1.6倍) うち農用地 : 41,266千ha(68.4%) うち 耕地面積 : 32,434千ha(53.7%) 1 k㎡= 1 000 000 ㎡= 100 ha
・西部の高原、東部の丘陵、北部の湿地を除く 国土の大半が平野。 ・中部、南部に広がる肥沃な黒土地帯は、ロシア帝政時代から 「欧州の穀倉」と 呼ばれており、農業は 今でも 主要産業の1つ。
②生産品目・生産量
・ 1991年以降、計画経済から市場経済への移行に伴う混乱 や ハイパーインフレーション等 のため、補助政策に依存してきた集団農場における農業生産は大幅に低下。
これが主要因となって、1990年から2000年までの間に農業総生産は 46.6%減少。
・ 農業生産額については、旧ソ連時代の 1990年と同水準まで回復していないものの、 2007年の農業生産は 1990年の 60.9%にまで回復。
・ 穀物生産額については、年によって ばらつきはあるものの、近年は2000年と比較 して、倍増。
※ 穀物生産量は,92年では 36百万トンだったが,2000年には 24百万トン
に落ち込んだ。その後回復し,豊作であった 08年の穀物生産量は 53百万
トンだった。 内訳は,小麦が 26百万トンで 5割を占め,大麦 13百万トン,
トウモロコシ 11百万トンである。
・ 近年、とうもろこし、大豆ともに 生産量が大幅に増大。
とうもろこし : 385万t (2000年) → 717万t (2005年) → 1,049万t (2009年) 大 豆 : 6万t (2000年) → 61万t (2005年) → 104万t (2009年) ③ とうもろこし 及び 大豆の品質
・ 現在、とうもろこしが 約360種類、大豆が 約150種類登録されており、そのうちの 主要品種の特性は(参考1・2)に示すとおり。
④ とうもろこし 及び 大豆の主要生産地
・ とうもろこし: ポルタヴァ州、チェルカースィ州、ヴィンニツァ州、チェルニーヒフ州、 キエフ州等を中心とした 国内中部・北部諸州。 黒海に面するクリミア自治共和国
では 面積は少ないものの効率よく生産。
・ 大 豆 : ヘルソン州、ポルタヴァ州、キエフ州、ヴィンニッツァ州、キロヴォフラード州 等の国内中部諸州。
チェルノブイリ原発事故によるセシウム汚染地帯
http://cnic.jp/files/event/che25/novozybkov.gif
*1キュリー/k㎡=370億ベクレル/k㎡=37000㏃/㎡ ⑤ 肥料の使用量及びとうもろこし・大豆の単位収量
・ 肥料の使用量は、1990年から大きく減尐しているものの、2000年から2007年まで の間に、約4倍に増加。
・ とうもろこしの単位収量は 1995年以降増加傾向。 ただし、州別には ルハンスク州 の 2.4 トン/haから クリミア自治共和国の 7.7トン/haまで大きな開きがある。
・ 大豆の単位収量は、2000年から2008年の間に 約5割増加。 ・ 米国、フランス、ウクライナの とうもろこしの単位収量について、
米国は 概ね 9〜10トン/ha、フランスは 概ね8 〜9トン/haで推移している。
他方、ウクライナは、2009年には 5トン/haと改善したものの、2007年以前は、
2.5〜4 トン/haで推移しており、米国、フランスといった農業先進国の1/3〜1/2程度
の単位収量に留まっている。
・ 米国 及び フランスの大豆の単位収量は、年によって変動はあるものの、概ね2.5
トン/ha前後で推移している。 他方、ウクライナの大豆の単位収量は、近年 若干改善
しているものの、概ね 1〜1.5トン/haで推移しており、ウクライナは、米国、フランス
といった農業先進国の 1/2程度の単位収量である。
⑥ 農薬 及び 肥料の輸入額の推移(万ドル)
・ 農薬の輸入量は、過去8年間に4倍近く増加している。 12,420万ドル (2000年) → 33,772万ドル (2005年) → 40,372万ドル (2008年) ・ 肥料の輸入量は、2000年には ほとんど輸入されていなかったが、過去8年に激増 している。
227万ドル (2000年) → 7,097万ドル (2005年) → 37,984万ドル (2008年) ⑦ 農業機械(トラクター)の輸入額の推移(万ドル)
・ トラクターの輸入額は、過去8年間で約20倍、増加している。 1,999万ドル (2000年) → 7,860万ドル (2005年) → 41,684万ドル (2008年) (2) 生産コスト
・ インフラの未整備と市場の非効率性により 流通・取引コストが高いものの、生産コスト が低いため、輸出競争力が存在。
(3) 農業構造 ・ 農業経営体(農家)全体の 99.1%を占める 約 621万4千戸の家庭農園が 農地面積 の 10.9%を保有。 企業体農場は、全農業経営体の 0.3%の 約1万6千戸だが、農地
の 77.6%を保有。
(4) 農業技術普及
・ ソ連時代には、各農場が経営・技術それぞれの分野を担当する専門家を有しており、 制度としての普及事業は存在しなかった。
・ 2004年、村落レベルの普及事務所の設立を含む普及制度の設立が立法化され、政府
は民間のアドバイザーを養成・認定しているものの 公的普及体制は 極めて不十分 。
他方、民間の有料助言サービス等が 各州において機能。(2004年現在)
(5) 集荷・輸送・輸出ルート及び施設
① 国内輸送ルート ・ 内陸の穀物エレベーターより、鉄道輸送、トラック輸送、ドニエプル川を利用した はしけ輸送等により、オデッサ港 (ウクライナ最大の港湾、取扱量 3,000万t)、イリチェフスク港
(取扱量1,500万t)等に輸送。
② 穀物エレベーター ・ 穀物エレベーターは、政府に登録されている施設だけで国内に約750カ所(総施設容量 31百万t)存在するものの、大部分が老朽化。
・ 穀物エレベーターの約2割が 国営で、残りの約8割が民営。
③ 国内輸送インフラ
・ 鉄道輸送は、主として 輸出港まで 比較的遠距離の輸送に利用。 (鉄道総延長 21.9千km、うち 電化区間9.6千km(44%)、2007年)
・ 道路(トラック)輸送は、主として 輸出港や鉄道輸送の拠点地までの比較的近距離
200〜300km程度の輸送に利用。 (道路総延長169.4千km、うち 舗装区間 165.6千km(97.8%))
・ 近年、自ら河川エレベーターを建設し、河川(はしけ)輸送に取り組み始めている民間企業 も出てきている。
④ 港湾設備
・ 国内に 18の国営港湾施設が存在するほか、民間企業が所有する港湾施設も存在。 ・ パナマックス船による輸送が可能なオデッサ港、イリイチョフスク港、ユージニー港が 穀物輸出の主要港。
・ オデッサ港等より黒海、スエズ運河を経由して日本へ輸出。 (6) 輸出
・ ウクライナは、世界第7位の とうもろこし輸出国であり、世界第9位の 大豆輸出国。 ・ 近年、とうもろこし、大豆ともに 輸出量が大幅に増加。
とうもろこし: 16万t (2000年) → 123万t (2004年) → 281万t (2008年) 大 豆 : 1万t (2000年) → 4万t (2004年) → 20万t (2008年) ・ 2009年に ウクライナから日本向けに輸出されている農産物は、
とうもろこし(45億円、55%)、大麦 及び裸麦(29億円、36%)、小麦(7億円、9%)等
米・小麦の生産国 【2011年】
(7) 日系企業等の動き
・ 2005年8月に、ウクライナ政府と丸紅株式会社が覚書を締結。 農業分野については、穀物の輸出拡大と物流に関するソフト面の改善について協力
を行う内容。
さらに、2009年3月に、ウクライナ農業政策省と丸紅株式会社が、覚書を締結。 日本含む東南アジア市場への油糧種子・穀物輸出とウクライナ国内の穀物関連インフラ
の整備について協力を行う内容。
・ 伊藤忠商事は、穀物の調達先の多様化を図るため、2009年度に ウクライナから数十万トン 規模のとうもろこしを輸入。
・ 2008年に、日本人農業専門家が大豆栽培の指導、試験栽培を開始。 香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト 2013年9月25日 ロシア・ウクライナの農業・食料 - 農林中金総合研究所 2010・3
2008年では 137Csの汚染が 40 kBq/m2 以上の地域は 25 500 km2,
しかし 放射能汚染の地域は 53 000 km2。被災者は 250万⼈、事故直後は 300万⼈
に上った。
・・・
ウクライナは 91年に独立するが、それ以降についてはFAO(国際連合食糧農業機関)
がウクライナ農業についてのデータを公表している。チェルノブイリ原発事故から5年も
経過した後であるが、放射能汚染の長期影響を見る上では参考になろう。
ウクライナで最も重要な作物は穀物であるが、最も古いデータとなる92年の作付面積は
1250万ヘクタール、生産量は3550万トンである。それが2009年には、1510万ヘクタールで
作付けが行われ、生産量は4540万トンにもなった。
作付面積も生産量も増えていることが分かる。
又、92年には 穀物を180万トン輸入していたが、2008年には 1640万トンを輸出している。
92年には輸入していた穀物を、年間1000万トン以上も輸出するようになったのだから、
ウクライナ農業は ここ 20年ほどで強くなったと言っていい。
ウクライナは 穀物をどこに輸出しているのだろう。2008年に、ウクライナが最も小麦を多く輸出
しているのはスペインである。スペインには 190万トンも輸出している。それに、エジプト、
イスラエル、韓国、チュニジア、イタリアが続いている。
もし、ウクライナの土壌が汚染されており、そこで生育した穀物に放射性物質が含まれて
いるのならば、外国が そのような穀物を買うことはないだろう。輸出量が順調に増加した
ことからも、風評被害を含めて、現在、ウクライナ農業はチェルノブイリ原発事故の影響を
完全に払拭していることは明らかだ。
ただ、残念ながら、韓国が ウクライナから 60万トン(2008年)もの小麦を輸入しているのに、
日本は輸入していない。
今後、日本の農作物が風評被害に遭う可能性を考えると、日本はウクライナから積極的
に 小麦を輸入して、ウクライナの農民を助けるべきだったと思う。これまでの日本は、食物
の安全と安心について少し過敏に反応し過ぎていたようだ。
1000万トン以上の穀物を輸出するようになったウクライナだが、92年の段階では穀物を
輸入していた。ただ、それは 原発事故の影響ではない。旧共産圏の農業が効率的では
なかったことが理由だ。ソ連は 広大な農地を抱えながら、当時、世界最大の穀物輸入国
になっていた。そのために、ソ連を継承したロシアも、当初は穀物の大量輸入国であった。
そう考えれば、ウクライナが独立当初、穀物を輸入していたことも納得できる。
その後、ウクライナが穀物の輸出国に転じた理由は、農業にも市場主義経済が浸透し、
効率が高まったためだ。
その輸出額の増加傾向は、ほぼロシアと同様である。国レベルで見れば、ウクライナも
ロシアと同様に 「チェルノブイリ原発事故の影響を受けていない」 と考えていいだろう。
チェルノブイリ原発から半径30キロメートル以内は、現在でも、立ち入り禁止になっている
から、そこで穀物を生産することはできないが、それ以外の地域が長い間汚染に苦しむ
ことはなかったのだ。 ・・・
ウクライナ調査報告 いわき市議会議員 佐藤和良 2012年5⽉
ジトーミル州のナロージチ地区⾏政庁前の空間放射線量は 0.163μSv/h。
ナロージチ地区は、1 町64 村で構成され、汚染地帯の第1〜4 ゾーンまでがある。
(未完成)
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チェルノブイリ
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(3) のつづき
(4)
ミハイル・V・マリコ
ベラルーシ科学アカデミー・物理化学放射線問題研究所
日本のデータとの比較
ここで,大変興味深い事実に触れておく.
チェルノブイリ事故被災住民に 一般的な病気の発生率が有意に増加していること
に対して疑問を呈する専門家たちは,そのような影響が 1945年8月の広島・長崎
原爆被爆者の中には見られていないと,大変 しばしば述べている.
しかしながら,それは正しくない.そのことは,阪南中央病院(大阪府)の専門家に
よって示されている.彼らは,1985年から 90年にかけて,1232人の原爆被爆者を
調べた. その結果,「 腰痛は 3.6倍,高血圧は 1.7倍,目の病気は 5倍,神経痛
と筋肉リウマチは 4.7倍に増えており,胃痛・胃炎などでも 同じ傾向である. 」
日本の専門家の データを 図1に示す.著者らによれば,日本の厚生省の「国民
保健統計」には,歯の病気,頭痛,関節炎,体力低下,頸部脊椎炎が含まれて
いなかった⋆ とのことで, 図1には 一般公衆については そうした病気の データが
示されていない.
⋆ 戦後、民主主義国家たる経済大国日本は、
広島・長崎の原爆罹災を 「なかったことに」 して築かれてきたのである!
チェルノブイリ事故被災者と,広島・長崎被爆生存者との間に見られる データの一致
は,ベラルーシ,ロシア,ウクライナ における 一般的病気の発生率の増加が,単に心理的
な要因によるものではなく,事故によって引き起こされたとの仮説を強く支持する
ものとなっている.
このことは,チェルノブイリ事故による すべてのカテゴリーの被災者で 一般的な病気
の発生率が増加している という現象に関し,現段階では,国際原子力共同体に
よって しばしば表明されてきた疑問のすべてが 客観的な根拠をもっていないこと
を示している.
図1 日本の原爆被爆生存者 と 一般住民の罹病率と比較(%)
チェルノブイリ事故後10年
1996年4月8-12日,オーストリア のウィーンで
「 チェルノブイリ事故後10年:事故影響のまとめ 」と題した国際会議が開かれた.
その会議には,リクビダートル や チェルノブイリ事故のため 放射線に被曝した大人や
子供に現れた 種々の身体的な影響に関する 約20編の学術論文が提出された.
この会議は,ヨーロッパ委員会(EC),国際原子力機関(IAEA),世界保健機構(WHO)
が主催し,国連放射線影響科学委員会(UNSCEAR),その他の国連機関,経済
協力開発機構・原子力機関(OECD/NEA)などが 後援して開かれたものである.
チェルノブイリ事故 と その放射線影響を評価する上で もっとも重要なステップとなる
この会議は,原子力平和利用にかかわってきた実質的に すべての国際的な組織
によって準備されたのであった.
しかしながら,原子力平和利用史上 最悪の事故の客観的分析を行なうという使命
を,この会議は果たせなかった.そうした結論は,この会議の要約である以下に
示す声明を読めば分かる.
「 被曝住民 及び 特に リクビダートルの中に,ガン以外の一般的な病気の頻度が
増加していると報告されている.しかし,被災住民は 一般の人々に比べて,
はるかに頻繁で 丁寧な健康管理に基づく追跡調査を受けており,上記の報告に
意味を見いだすことはできない.そうした影響のどれかが 仮に本当であったと
しても,それは ストレスや心配から引き起こされた可能性もある. 」
要約は 会議の最も重要な文書であり,それを作った 「チェルノブイリ事故後10年:
事故影響のまとめ」会議の主催者らは,ベラルーシ,ロシア,ウクライナの被災地で一般的
な病気が増加しているという 事実そのものさえ 疑っていることが,上の引用から
分かる.
チェルノブイリ事故時よる すべての カテゴリーの被災者について,病気の増加を示す
数多くの学術論文が 会議に提出されていたにもかかわらず,上のような結論が
引き出されたことは,大変奇妙なことである.
この会議の基礎報告書の著者は,被災地住民の間に 一般的な病気の発生率が
増加していることを認め,その増加を心理的な要因や ストレスによって説明している.
チェルノブイリ事故の結果,ベラルーシ,ロシア,ウクライナの被災地において 先天的な障害の
頻度が増加していることについて,信頼できる データが存在しているにもかかわらず
,会議は その可能性を退けた.
この会議は,チェルノブイリ事故の影響は 無視できるとする 国際原子力共同体の結論
を実質的に変更するものとはならなかった.唯一の例外は,甲状腺ガン発生率が
著しく増加していることが認められたことであった. おそらく,この件については
真実を否定する いかなる こじつけも もはや見いだせなかったからであろう.
国際原子力共同体にとっては,被曝影響から人々を守ることよりも,原子力産業
のイメージを守ることの方が 大切なことのようである. 国際原子力共同体が
チェルノブイリ事故の影響は 無視できる程度だ という 彼らの見解を守るために,
信頼できる情報を拒否しようとするのであれば,冷静な専門家は それを 彼ら
の危機として 認めるであろう.
上に述べた国際原子力共同体の態度が どうして生じたかを,「常設人民法廷」
の場において,放射線医学の分野における著名な学者である ラザリー・バーテル博士
が説明した.
ロザリー・バーテル博士によれば,放射線の有害な効果に 専門家や軍の注意が
向けられたのは,戦争において 核兵器が用いられる可能性があったからである.
そうした戦争を考える人々にとっては,核兵器によって どれだけ大量の敵を殺せる
かが 最大の関心事であった.軍事を目的とする こうした観点に立って,核開発
の最初の段階から 放射線生物学,放射線医学,放射線防護の専門家たちが
働いてきた. 後になって,彼らは 発電用原子炉の問題に関係するようになった.
しかし,軍や産業の問題を解決するに当って,そのような関わり方をしてきたため,
放射線生物学,放射線医学,放射線防護の専門家たちは,放射線の有害な影響
から公衆を守るという問題に 注意が向かなかった.同時に このことは,放射線の
影響として 致死的なガン,白血病,幾つかの先天的 及び遺伝的な影響を除けば,
放射線の いかなる医学的な影響についても,国際原子力共同体が考慮を払わない
理由でもある.
当然,放射線影響に関する そのような評価は認められない.
チェルノブイリ事故のような 放射線の被曝を伴う事故の場合には,致死的なガンの数
だけでなく,生命そのものの全体的な状態に考慮が払われなければならない.
そして そのことこそが,放射線から人々を守る 国際原子力共同体の基本的な役割のはずである.
まとめ
チェルノブイリ事故と その放射線影響に関して 本報告で示したことは,“国際原子力
共同体”の深刻な危機を示している.
その危機の現れとして,以下のことが認められる.
・ “国際原子力共同体”は,長い間,チェルノブイリ事故の本当の原因を認識
できなかった.
・ 彼らは,ベラルーシ,ロシア,ウクライナの被災者の 甲状腺に対する被害を正しく
評価できなかった.
・ 今日に至ってもなお,彼らは 先天的障害に関する信頼性のあるデータを
否定している.
・ チェルノブイリ事故で影響を受けた 全てのカテゴリーの被災者において発病率が
増加している,という信頼性のあるデータを,彼らは受け入れられずにいる.
・ チェルノブイリ事故の放射線影響を過小評価しようとする ソ連当局の目論み
を,“国際原子力共同体”は 長い間支持してきた.
謝辞: 本報告をまとめるにあたっての今中哲二氏のたゆまぬ関心と激励,
ならびに トヨタ財団からの支援に深く感謝する.
本報告の英訳また計算機原稿作成に関して ウラジーミル・M・マリコの助力を
得たことを記し感謝する.
※ 2014年1月現在、今なお
この記事(ミハイル・V・マリコ氏の論文)は 過去のものではない。
国際被曝医療協会名誉会長
放射線影響研究所前理事長長崎大学名誉教授 長崎大学名誉教授 長瀧重信
平成23年7月8日 於茨城県庁舎講堂
合掌
(おわり)
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(2) のつづき
(3)
ミハイル・V・マリコ
ベラルーシ科学アカデミー・物理化学放射線問題研究所
被災地における健康統計
ベラルーシの専門家が成し遂げた もう1つの重要な仕事は,被災地住民の間に
一般的な病気が有意に増加していることを見つけたことである.
多くの専門家は,一般的な病気が増加していることを疑っている. そのような疑い
が 厳密な根拠をもっていないことは,本報告の表2,3に示した データが はっきり
と示している.
これらの データは,ブレスト州の汚染地域 と その対照地域住民について,P・シドロフスキー
博士が行なってきた疫学研究の結果である.
表2 ブレスト州の汚染地域(3地区)と対照地域(5地区)の罹病率,大人・青年,1990年
表3 ブレスト州の汚染地域(3地区)と対照地域(5地区)の罹病率,子供,1990年
ブレスト州の汚染地域 と 非汚染地域の間では,大人の場合も 子供の場合も,
多くの病気の発生率が有意に異なっていることが,表2,3から分かる.
大人の場合,感染症や寄生虫症,内分泌系,消化不良,代謝系や免疫系の異常,
心理的不調,循環器系,脳血管系,呼吸器系,消化器系の病気などに,このような
差異が見られる(表2).
子供の場合には,感染症や寄生虫症,内分泌系,心理的不調,神経系,感覚器官,消化器系の病気などで,有意な差が見られている(表3).
P・シドロフスキー博士は,彼の研究において,汚染地域,非汚染地域とも 多人数の
調査をしており,彼の結果には信頼性がある.
汚染地域で調査対象とした住民は,ブレスト州のルニネツ,ストーリン,ピンスク各地区の
全住民であった. これらの地域に居住している住民の数は,1990年において
約18万2900人である.セシウム137による平均汚染密度は,37〜185k㏃/m2(1〜5Ci/km2)である.
P・シドロフスキー博士は,対照集団として,ブレスト州 カメネッツ,ブレスト,マロリタ,ザブリンカ,
プルザニ 各地区の総数 17万9800人に及ぶ住民を用いた.
ベラルーシの科学者P・シドロフスキー博士による,こうした新しい発見は,その後,CIS
(独立国家共同体)の多くの専門家によって確かめられた.1993年2月,ベラルーシ保健省
の公的な雑誌「ベラルーシ保健衛生」に,ウクライナの疫学者による調査結果が掲載された.
1986年に 30km ゾーン から避難させられた 6万1066人の住民について,病気の
発生率が調査された.その結果,ウクライナの疫学者たちは,P・シドロフスキー博士のデータ
と同様な結果を それらの人々の中に見いだした.
また,ベラルーシ と ロシアの リクビダートル(事故処理作業従事者)にも,ほぼ同じ結果が
見いだされた. リクビダートルの発病率は,時の経過とともに 一般公衆より大きくなる
ことが信頼できる データとして示された.そして,同様の傾向は 他の全てのカテゴリー
(分類)の被災者についても見いだされている.
表4は,本報告の筆者が 国家登録のデータに基づいて作成したものであるが,
上記の事実を はっきりと示している. 表4の解析は,被曝量 或は表面汚染密度と,
被災者の罹病率との間に 明確な相関があることを示している.
ベラルーシ国民全体と比べ,罹病率が 最も大きいのは,リクビダートル と 1986年に
30kmゾーンから強制避難させられた住民であり,最も小さいのは,セシウム137の
汚染密度が 555kBq/km2(15Ci/km2)以下の被災地住民である。
表4 ベラルーシの大人・青年の罹病率(10万人当り)
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(1) のつづき
(2)
ミハイル・V・マリコ
ベラルーシ科学アカデミー・物理化学放射線問題研究所
世界保健機構(WHO)の専門家
WHOによる支援は,1989年6月に WHOの専門家グループが ソ連を訪問したことで
示された.この訪問は ソ連政府の要請で行なわれた.このWHOの専門家グループ
に加わったのは,以下のメンバーである.
D・ベニンソン博士(ICRP委員長,アルゼンチン原子力委員会許認可部長),P・ペルラン教授(フランス
保健省放射線防護局長,ICRP委員),P・J・ワイト博士(WHO環境健康部所属の放射線学者).
WHOの専門家たちは,モスクワでのソ連国家放射線防護委員会の会議に出席し,
350m㏜概念の原則と実施方法について議論に加わった.彼らは,ソ連の汚染
された各共和国の専門家や,汚染地の住民とも会合を持ち 議論した.
ミンスクでは,ベラルーシ科学アカデミーが開いた チェルノブイリ問題の特別会議に出席した.
L・イリイン教授,L・ブルダコフ教授,A・グスコワ教授など ソ連保健省の著名な学者たちも,
それらの会議に出席した.
これら すべての会議や議論において,WHO専門家は,チェルノブイリ事故が被災者
に 有意な健康被害を引き起こさない という ソ連の公式見解を完全に支持した.
彼らは,350m㏜概念に賛成しただけでなく,もし 一生の間の被曝量限度を設定
するよう求められれば,350m㏜ではなく,その 2倍か 3倍高い被曝量を選ぶだろう
と,自分から発言しさえしたのであった.
ベラルーシ,ロシア,ウクライナの汚染地域では,事故直後に 様々な病気の発生率増加
がみられたが,WHOの専門家たちは,それと 放射線の間には 何らの因果関係も
ないと主張した.この点について,彼らは ソ連政府への報告書の中で 次のように
述べている.
「 放射線障害に詳しい知識を持たない科学者たちが,様々な生物学的な効果
や健康上の現象を 放射線被曝と関連づけた.これらの変化が 放射線と関連
することはあり得ず,心理的要因 や ストレスによるものであろう.
そうした効果を放射線に関連させたことは,人々の心理的圧力を増加させただけ
だったし,さらに ストレス関連の病気を引き起こした.そして,放射線専門家の能力
に対する 大衆の信頼を 徐々に損ねたのであった.次に,それは 提案されている
規制値に対しての疑いにつながった.
大衆 や 関連する分野の科学者たちが,住民を守るための提案を適切に理解
できるようにして,この不信感を乗り越えねばならないし,そのための教育制度
の導入が早急に検討されるべきである. 」
ソ連当局は,チェルノブイリ事故の規模 と その放射線影響を 何としても小さく見せたい
としてきたが,報告から引用した上の文章は,WHOの専門家が そうしたソ連当局
を擁護する役割を演じていることを はっきりと示している.
1990年1月,赤十字の特別使節団も,ベラルーシ,ロシア,ウクライナの汚染地域を訪れ
た.この使節団は,英国,スウェーデン,オランダ,西ドイツ,日本の,それぞれ異なった
医学分野の有能な専門家 6人で構成されていた.
赤十字と赤新月使節団の専門家たちは,汚染地域の放射線状況を WHOの
専門家よりは 注意深く評価した. しかし,彼らにしても また チェルノブイリ事故被災者
の健康状態を悪化させている 本当の原因を理解することはできなかった.
汚染地から戻った後,彼らは報告を書いたが,その要約には 次のように 結論
されている.
「 報告されている健康問題は,大衆 や 一部の医者によって 放射線による影響
と受け止められているが,その多くは 放射線とは関係ないと思われる.大衆の
健康診断が改善されたこと,生活パターンや食生活の変化というような要因について,
これまで あまり 注意が払われてこなかった.特に,心理的なストレス や不安といった
ものが,これらは 現在の状況では理解できるが,様々な形で 身体的な症状を
引き起こし,健康に影響を及ぼしている. 」
それでも 赤十字と赤新月使節団は ベラルーシ,ロシア,ウクライナの汚染地域が深刻な
状態にあることを理解した.場合によっては,住民の移住が 対策の一つとして認め
うる という 正しい結論に,彼らは達している.
このことを考慮して,住民の移住の指標には 単に 放射線の被曝量だけでなく,
被災地域住民の社会・経済的な状態も考慮しなければならない と 彼らは指摘して
いる.ソ連当局は,被曝を避ける手段として,移住を用いないように あらゆる試みを
してきたのであり,上の結論は 大変重要なものである.
国際チェルノブイリプロジェクト
1990年,IAEAの後援の下,国際チェルノブイリプロジェクト が行なわれた.このプロジェクト
は 1989年10月に ソ連政府が送った手紙に基づいて始められた. その手紙は,
チェルノブイリ事故後,ソ連がとってきた対策や将来における防護対策について 評価
してくれるように IAEAに求めたものであった.
この評価に基づいて得られた結論は,1991年に特別報告として公表された.
チェルノブイリ事故の生物医学的影響について,その報告は以下のように述べている.
「 調査を行なった汚染地域 と その対照地域の両方の住民に,放射線以外の
原因による健康上の障害がみられたが,放射線と直接に関係がある障害は
みられなかった.事故に関連する不安が 高レベルで継続し,心配やストレスといった
形で 多大な負の心理的影響を及ぼした. それは,汚染地域の境界を超えて
広がっている.こうした現象は,ソ連の社会経済的又政治的変化とも関連している.
調査した公式データによれば,白血病とガンの発生率は 著しい増加を示していない.
ただ,幾つかのガンについては,それが増加している可能性を排除できるほど
詳しいデータが整っていない.報告されている子供の甲状腺に対する吸収被曝線量
の評価値によれば,将来,甲状腺ガンの発生が有意に増加するかもしれない.
プロジェクトが評価した被曝量と,今日受け入れられている放射線のリスク係数に
基づけば,どんなに 大規模で詳細な疫学研究を長期間行なっても,自然発生の
ガンや遺伝的影響と区別できるような増加は 将来も観察できないであろう. 」
国際チェルノブイリプロジェクトの参加者たちは,1986年8月に ウィーンの事故後検討会議
に提出された ソ連政府の公式予測,或は文献の結論を繰り返しているのだという
ことが,この要約から分かる.
国際チェルノブイリプロジェクトによる報告書では,ベラルーシ,ロシア,ウクライナの科学者たちが
汚染地域で見いだしてきた 病気全般にわたる発病率の増加について,次のように
結論している.
「 放射線によるとされた健康被害は,適切に実施された地域調査,及び プロジェクト
による調査の いずれによっても,証拠づけられなかった.
これまで汚染地域で行なわれきた健康調査は,多くの場合 不適切で混乱を引き
起こしたし,時には 全く矛盾していた.このような失敗の原因には 以下のような
ものがある.整備された機器や物資の不足,不十分な記録 或は 科学文献の利用
ができないことによる 情報の欠如,訓練された専門家の不足などである. 」
こうした声明にしたがえば,チェルノブイリ事故による放射線生物学的な影響は,
大したものでなかった ことになってしまう. しかしながら,そのような結論は 誤りで
あり,国際チェルノブイリプロジェクトの数年後には それが証明された.
しからば,国際チェルノブイリプロジェクト に参加した専門家が チェルノブイリ事故の放射線
影響を評価するに当たって,どうして こんなにも 楽観的でいられたのか疑問が
わいてくる.この疑問は,プロジェクトの参加者の ほぼ全員が,彼らの楽観的な
評価に反する証拠を示した文献を持っていたことを考えれば,より一層 正当な
疑問となる.
ベラルーシの保健大臣は,IAEA事務局が 1989年 ウィーンで開いた非公式会議に,
報告を提出していたが,国際チェルノブイリプロジェクトに参加していた 国際的な専門家
たちは その報告を知っていた. ベラルーシの大臣は,小児甲状腺ガンの発生率が,
特に ゴメリ州の高汚染地域において,有意に上昇していると報告していた.
彼は また,新生児の先天性異常発生率が上昇していることについても,会議の
参加者に以下のように報告した.
「 放射能汚染地域における先天的な発達障害(厳密な診断記録に基づく)を持った
子供の出生率は,ここ数年,共和国の その他の地域(グロードゥノ州はのぞく)に
比べて,有意に 大きな上昇率で増加してきた.ベラルーシ全体についての この指標
は、(出生1000件当り) 5.65件であるが,汚染地域では 6.89件となっている. 」
被災地住民の健康状態が一般的に悪化している ことについて,大臣は 次のように
述べている.
「 大人については,糖尿病,慢性気管支炎,虚血性心疾患,神経系統の病気,
胃潰瘍,慢性呼吸器系の病気などで苦しむ人が,1988年には,それ以前に比べ
2倍から 4倍に増加した. また,種々の機能失調,神経衰弱,貧血,扁桃腺や
耳鼻咽喉系の慢性疾患などを持った子供たちの割合が著しく増加した.
同時に,あらゆる分野の医師たちが,多くの病気で 病状が重くなり 症状が長期化
すること,複雑な病気の頻度が増えていることを指摘している. 」
ベラルーシの大臣が提出した報告は 公式のものであるにもかかわらず,国際チェル
ノブイリプロジェクトは それを完全に無視してしまい 考慮しなかった.この無視の理由
を,国際原子力共同体は 次のように説明している.
即ち,ベラルーシ,ロシア,ウクライナの汚染地域で働いている専門家は 能力が低く,
これらの地域や非汚染地域での罹病率についての信頼できる データがない という
のである.
少なくとも ベラルーシに関するかぎり,そのような説明は正しくない.
例えば,ベラルーシでは,厳密な診断に基づく先天的障害の調査が 1982年から行なわ
れてきた. ベラルーシでは,手足の欠損,脊椎披裂,多指症のような先天性障害が
認められた場合には,国家登録への届け出が義務づけられている.そのため,
先天的障害についての信頼できる統計データが 蓄積されてきたのである.
〜チェルノブイリ笹川プロジェクト10年の経験から
ベラルーシの子供たちの甲状腺ガン
ベラルーシの専門家が 高度な専門的能力を持っていることは,小児甲状腺ガンの
症例についても証明された.
1992年9月,ベラルーシの専門家グループが,ベラルーシにおける小児甲状腺ガンのデータ
を科学雑誌ネイチャーに発表した後,他国の専門家たちは あれこれと疑問を呈した.
文献では,ベラルーシにおいて 小児甲状腺ガンが著しく増加した原因は,チェルノブイリ
事故後,健康調査方法が改善されたせいだとされた.
WHOの専門家たちは,もっと奇妙な 2つの仮説を示した.
1つ目の仮説は 次のようなものである.被災地では,放射性ヨウ素が減衰して なく
なってしまった後,風土病である甲状腺腫の予防のために子供たちに安定ヨウ素剤
が投与されたが,それが 小児甲状腺ガンの発生率を増加させた原因でありうる
というものである.
2番目の仮説は,ベラルーシにおける小児甲状腺ガンの増加は,化学肥料と殺虫剤で
高度に汚染された中央アジアから ベラルーシに持ち込まれた果物や野菜中の化学物質
(硝酸塩など)が原因だというものである.
これらの仮定が誤りであることは明白である.ベラルーシ,特に ゴメリ州やブレスト州に
おいては,土壌中に安定ヨウ素が欠乏しているため,チェルノブイリ事故の ずっと以前
から安定ヨウ素剤が使われてきた. それでも,チェルノブイリ事故以前には甲状腺ガン
の増加など ベラルーシでは観察されていなかった.
一方,ソ連中央アジアからの果物や野菜の量は,ベラルーシの多くの子供たちに行き渡る
ほど大量のものではなかった.
ネイチャー誌の論文が出た時点では,ウクライナでは 甲状腺ガンの増加が ほんの
わずかしか見られていなかったし,ロシアにおいては 全く見られていなかった.
そのため,WHOの専門家たちは,彼らの仮説が正しいと信じた.
こうした ベラルーシ,ウクライナ,ロシアの間での甲状腺ガン発生率の差は,実際には
別の原因があった.甲状腺に受けた被曝量は,ベラルーシの子供たちが 最も大きく,
ロシアの子供たちが 最も小さいことが知られている. このことが,被災した旧ソ連
各共和国において,甲状腺ガンの潜伏期の差を生んだのである.
一部の専門家は,ベラルーシで見られた小児甲状腺ガンの増加が放射線による
ものでないとして,その潜伏期が著しく短いことを その理由にあげている.
そうした専門家は,潜伏期の長さが 被曝した人の数に 大きく依存するということを
理解していない.
この大変重要な考え方は,チェルノブイリ事故の はるか前に,放射線医学における有名
な学者である J・ゴフマン教授によって提唱された.ベラルーシの専門家たちは,この
ゴフマン教授の考え方が正しいことを 甲状腺ガンを例にして証明したのであり,放射線
の影響についての研究で価値のある仕事となったのである.
1993-95年になって,ベラルーシの専門家たちのデータが正しいことが確認された.
(つづく) |
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(1)
ミハイル・V・マリコ
ベラルーシ科学アカデミー・物理化学放射線問題研究所
はじめに
チェルノブイリ事故から11年たった(1997).この間,多くのデータが ベラルーシ,ロシア,
ウクライナの科学者によって明らかにされてきた. これらのデータは,チェルノブイリ事故
が原子力平和利用における最悪の事故であったことを はっきりと示している.
この事故は ベラルーシ,ロシア,ウクライナの環境に 大変厳しい被害を与え,これらの国
の経済状態を決定的に悪化させ,被災地の社会を破壊し,汚染地域住民に不安
と怖れをもたらした.そして,被災地住民 と その他の人々に 著しい生物医学的な
傷を与えた.
今日,チェルノブイリ原発の核爆発が生態学的,経済的,社会的 そして心理学的に,
どのような影響を及ぼしたかについては 議論の余地がない.
一方, この事故が 人々の健康に どのような放射線影響を及ぼしたかについては,著しい評価の食い違いが存在している.
チェルノブイリ事故直後に,被災した旧ソ連各共和国の科学者たちは,多くの身体的な
病気の発生率が著しく増加していることを確認した. しかし,“国際原子力共同体”
は,そのような影響は 全くなかったと否定し,身体的な病気全般にわたる発生率
の増加 と チェルノブイリ事故との因果関係を否定した.
そして,この増加を,純粋に 心理学的な要因やストレスによって説明しようとした.
“国際原子力共同体”が こうした立場に立った理由には,いくつかの政治的な
理由がある.また,従来,放射線の晩発的影響として認められていたのは,白血病
,固形ガン,先天性障害,遺伝的影響だけだったこともある.
同時に,“国際原子力共同体”自身が 医学的な影響を認めた場合でも,例えば
彼らは チェルノブイリ事故によって引き起こされた甲状腺ガンや先天性障害の発生を
正しく評価できなかった.
同様に,彼らには,チェルノブイリで起きたことの 本当の理由も 的確に理解することが
できなかった.
こうしたことを見れば,“国際原子力共同体”が危機に直面していることが分かる.
彼らは,チェルノブイリ事故の深刻さ と 放射線影響を評価できなかったのであった.
彼らは 旧ソ連の被災者たちを救うために 客観的な立場をとるのでなく,事故直後から 影響を過小評価しようとしてきたソ連政府の代弁者の役を演じた.
本報告では,こうした問題を取り上げて論じる.
チェルノブイリ事故原因と影響についての公的な説明
チェルノブイリ原発事故は,原子力平和利用史上最悪の事故として 専門家に知られ
ている.事故は 1986年4月26日に発生した. その時,チェルノブイリ原発4号炉の
運転員は,発電所が 全所停電したときに,タービンの発電機を使って短時間だけ
電力を供給するテストを行なっていた.
事故によって 原子炉は完全に破壊され,大量の放射能が環境に放出された.
当初,ソ連当局は 事故そのものを隠蔽してしまおうとしたが,それが不可能だった
ため,次には 事故の放射線影響を小さく見せるように動いた.
事故後すぐに,国際原子力機関(IAEA) と ソ連は 事故検討専門家会議を ウィーン
で開くことに合意し,その会議は 1986年8月25日から29日に開かれた.その会議
で,ソ連の科学者は 事故と その放射線影響について偽りの情報を提出した.
ソ連当局の見解では,事故の主な原因は,チェルノブイリ原発の運転員が運転手順書
に違反したためだとされた.ソ連の専門家は また,チェルノブイリ事故による放射線影響
の予測も示した.その評価によれば,確定的影響 (訳注:急性の放射線障害など一定
のレベル以上の被曝で生じる障害) を被るのは,事故沈静化のために働いた原発職員
と消防隊だけであるとされた.
彼らは,住民には 確定的影響が現れる可能性はないとし,また 確率的影響(訳注:
ガンや遺伝的影響など,確率的に発生する晩発性障害) も 無視できる程度でしかない
という予測を示した.例えば,線量・効果関係に 閾値がないとした仮定に基づいて
評価しても,ガンの死亡率の増加は 自然発生ガン死に比べて,0.05%以下にしか
ならない というのが彼らの予測であった.
この結果は,ソ連のヨーロッパ地域(約7500万人)の人々についての計算であった.
ソ連からの説明は 会議参加者によって 完全に受け入れられた.そのことは,
1986年9月に IAEAが発行した事故検討専門家会議の要約報告を読めば分かる.
その報告の28ページには,以下のように書かれている.
「 前述の説明は,ソ連の専門家が提出した作業報告や情報に基づいている.
この情報に基づく チェルノブイリ4号炉事故の経過は もっともなものとして理解できる.
そのため,別の説明を求めるための試みは行なわなかった. 」
同じ報告の17ページには以下のようにある.
「 誤操作 と 規則違反が,事故を引き起こした主要な要因である. 」
IAEAの会議に出席した人たちは,ソ連の専門家が示した放射線影響の予測に
ついても同意した.そのことは,IAEAの事故検討専門家会議の要約書7ページに
以下のように書かれていることから分かる.
「13万5000人の避難者の中に,今後70年間に増加するガンは,自然発生のもの
に比べて,最大でも 0.6%しかないであろう.同じように,ソ連のヨーロッパ地域の
人口についていうならば,この値は 0.15%を超えないものとなるし,恐らくは
もっと低く,0.03%程度の増加にしかならないであろう.甲状腺ガンによる死亡率
の増加は 1%程度になるかもしれない. 」
国際原子力共同体の,こうしたものの見方は,今日に至るまで変っていない.
事故検討専門家会議が,チェルノブイリ事故原因と放射線影響について もっともらしい
説明をし,それが 国際原子力共同体によって受け入れられてきた.
しかし,これらの説明は誤っており 正しくない.今日では,事故の本当の原因は,
ウィーンでの事故後検討会議で述べられたような運転員の誤操作ではなく,RBMK型
原子炉(訳注:「チャンネル管式大出力原子炉」という ロシア語の略.チェルノブイリ原発では,この型
の原子炉が4基稼働していた)原子炉そのものが持つ欠陥にあることが知られている.
最も重要な欠陥は,
である.
IAEAが チェルノブイリ事故の本当の原因について 正しい説明にたどり着くまで,
ウィーンでの事故後検討会議から 何と7年もかかったことに注意しておこう.
そこで疑問が起こる. ウィーンの会議で,ソ連の専門家たちは,RBMK型原発の
安全性を向上させるための改善策を練っていることを語った.即ち,燃料濃縮度を
2.0%から 2.4%に引き上げること,炉心に挿入する制御棒の数を増やすこと
である (これら2つの方策は,事故の主要な原因の一つであった RBMK型原発が持つ正の
ボイド係数問題を改善するために導入されたものである). 西側諸国の専門家たちは,
こうしたことを知った後で,なぜ チェルノブイリ事故原因についての 別の説明を探して
みようとしなかったのであろうか? より迅速に作動する炉停止系と,その他の幾つ
かのシステムを採用するという改善策もまた知られていたのである.
ウィーンでの事故検討専門家会議の参加者たちが,どうして 事故の本当の原因を
理解できなかったのか? これについては,2つの解釈の仕方がある.
第1の解釈は,この会議に参加した専門家には,RBMK型原子炉の特性が 本当に
理解できなかったというものである.
第2の解釈は,原子力の イメージを守るために,ソ連の公式見解に疑いをさし挟み
たくなかったというものである.
第1の解釈は およそ信じがたい.なぜなら,ウィーンの事故検討専門家会議で ソ連
の専門家が示した,RBMK型原子炉の核的安全性を改善するための方策の全て
が,この型の原子炉の設計に欠陥があることを はっきりと示していたのである.
2番目の解釈の方が より当たっているように思えるし,もし そうだとするならば,
原子力安全の場にいる専門家たちは 原子力平和利用がもつ 真の危険性を隠蔽
するつもりだ ということになり,いっそう 不愉快なものである.
IAEAが 文献3を公表したことにより,チェルノブイリ事故原因についての誤った説明
は 実質的に行なわれなくなった.しかしながら,事故による放射線影響については,
いまだに異なった立場が存在している.
実際,今日に至ってもなお,国際原子力共同体は,チェルノブイリ事故の放射線影響
は ほぼ無視できると主張している.1995年になって ようやく,彼らは ベラルーシ,ロシア
,ウクライナでの甲状腺ガンの多発と放射線被曝との関連を認めた.
しかし,ベラルーシ,ロシア,ウクライナの専門家たちが見いだした その他の全ての影響
については,完璧に否定している.
例えば,ベラルーシの被災地における先天的障害発生についての G・ラジューク教授
たちの データを,国際原子力共同体は認めていない. 同じように,ベラルーシ,ロシア,
ウクライナで 事故直後に確認された,様々な身体的な病気の発生率が はっきりと
増加したという 貴重な統計学的 データについても認めようとしない.
ソ連の専門家は,チェルノブイリ事故の放射線影響は 観察することさえできないもの
だとし,それが ウィーンの事故検討専門家会議で受け入れられた.そして,チェルノブイリ
事故による放射線影響に関するかぎり,国際原子力共同体は 未だに その考え方
を支持し続けている.
こうした国際原子力共同体の立場は,事故直後から チェルノブイリ事故の放射線影響
を過小評価しようとしてきた ソ連当局にとって,大変重要なものである.
事故当時,ソ連は 大変 困難な経済危機に陥っていたため,ベラルーシ,ロシア,ウクライナ
の被災者たちに 必要な援助をすることができなかった.ソ連にできたことは,被災者
に対するごく限られた援助だけであった.そのため,旧ソ連の時代には,チェルノブイリ
事故 と その影響に関する すべての情報は秘密にされた.それも 大衆に対して
だけでなく,多くの場合,放射線防護の専門家に対してさえ 秘密にされたのであった.
例えば,1986年の事故検討専門家会議に提出されたソ連の専門家によるデータは,
ソ連国内では長い間,秘密であった.ソ連国内の汚染地域でとられていた防護処置
についての文書も また秘密にされていた.
チェルノブイリ事故被災者の医学的影響
「350ミリシーベルト概念」
いわゆる 350m㏜概念,すなわち,被災者の被曝限度を 一生の間に 350m㏜と
定めた主な理由は,おそらく ソ連の複雑な経済状況であった.この概念は1988年秋
に ソ連放射線防護委員会(NCRP)によって作られた.
この350m㏜概念は,以下の仮定に基づいている.
・ソ連国内汚染地の大多数の住民にとって,外部被曝と内部被曝を合わせた,
チェルノブイリ事故による個人被曝は,1986年4月26日を起点とする70年間に
350m㏜を超えない.
・汚染地域で生活する人の全生涯に,事故によって上乗せされる被曝量が
350m㏜程度かそれ以下であれば,住民への医学的な影響は問題にならない.
こうした仮定により,ベラルーシ,ロシア,ウクライナの全チェルノブイリ被災地において,移住を
含めた 何らの防護措置も実質的に行なう必要がなくなった.
この350m㏜概念は,1990年1月から実施されるはずであった.その実施によって,
事故後汚染地でとられてきた すべての規制は解除されることになっていた.
350m㏜概念は,1986年夏に ソ連の専門家が行なった医学影響予測に基づいて
いる.また,1988年末 イリイン教授の監督のもとで行なわれた改訂版の評価にも
基づいている.その新しい評価は,昔のものと 非常によく一致していた.
しかし,古い評価と同様,新しい評価も正しくない.そのことは,甲状腺ガンの評価
から はっきりと見て取れる.新しい評価によれば,チェルノブイリ事故によってベラルーシ
の子供たちに引き起こされる甲状腺ガンは,わずか 39件とされている.そして,
その症例は 5年の潜伏期の後,30年かけて現れるはずであった.
つまり,ベラルーシの子供たちに はじめて甲状腺ガンが増えてくるのは,1991年に
なってのことだ と予測されていた.
イリイン教授らの予測は 完全に誤りであった.そのことは,表1に示すベラルーシに
おける甲状腺ガン発生件数の データをみれば分かる.チェルノブイリ事故前9年間(1977
-1985) においては,ベラルーシで登録された小児甲状腺ガンは わずか7例であった.
つまり,ベラルーシにおける自然発生の小児甲状腺ガンは,1年に 1件だということ
である.ところが,1986年から 1990年の間に,47例の甲状腺ガンが確認され,
それは イリインらによる予測に比べれば 9倍以上に達する.
表1 ベラルーシにおける甲状腺ガン発生数
(大人と子供)
チェルノブイリ事故後最初の10年,つまり 1986年から 1995年の間にベラルーシで確認
された甲状腺ガンの総数は,424件であった.この値は,事故後35年の間に 全部
で 39件の小児甲状腺ガンしか生じないという イリインらの予測に比べ,すでに 10倍
を超えている.予測と実際を比べてみれば,チェルノブイリ事故による小児甲状腺ガン
の発生について,ソ連の専門家の予測は 大変 大きな過小評価をしていたことが
分かる.
同じことは,旧ソ連の汚染地域における先天性障害に関してもいえるであろう.
ソ連の専門家の評価は,それが見つかる可能性すら 実際上否定していた.その
結論の誤りが,ラジューク教授らによって示されたのであった.
上述した事実は,チェルノブイリ事故による放射線影響に関して ソ連の専門家が
行なった評価が,著しい過小評価であることを はっきりと示している.そのことは,
ベラルーシ,ロシア,ウクライナの汚染地域において,事故直後から被災者の間に健康状態
の顕著な悪化を確認してきた 多くの科学者たちにとっては,自明のことであった.
ところが,ソ連当局と国際原子力共同体は,彼らの評価結果 と 350m㏜概念が
正しいと考えていた.国際原子力共同体が,チェルノブイリ事故の放射線影響に関する
ソ連の新しい評価 や 350m㏜概念の意味するものを十分に承知していることに
注意しておかねばならない.
ソ連医学アカデミーの会議の後,イリイン教授らの報告は,世界保健機構(WHO)に
提出され,後日 それは,有名な国際雑誌に 科学論文として掲載された.
350m㏜概念についても同様である.その350m㏜概念に関する報告は,1989年
5月11-12日に ウィーンで開かれた国連放射線影響科学委員会の第38回会議において,
イリイン教授によって提出された.
この概念は,国際原子力機関(IAEA)事務局が 1989年5月12日に開いたチェルノブイリ
事故影響に関する非公式会議にも提出された.
このソ連の新しい評価は,国際原子力共同体の専門家からは 何らの批判も受け
なかった.そのことは,イリイン教授らの論文の内容が,もとの報告と大きく変わって
いなかったことからも分かるし,ソ連政府に 350m㏜概念を実施させるために国際
原子力共同体が多大な手助けをしたことからも分かる.
(つづく)
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