混沌の時代のなかで、真実の光を求めて

現代に生きる私の上に 仏法は何ができるかを 試そうと思い立ちました。//全ての原発を 即刻停止して、 別の生き方をしましょう。

先師のことば

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「 煩悩具足の凡夫 火宅無常の世界は
 萬
ヨロズの事 みなもて そらごと たわごと 真実マコトあることなきに
 ただ 念仏のみぞ まことにて おわします 」
 
人は皆
夢の如き 希望を追い
幻の如き 欲望に生く

されど これを得るも 煩悩なり
これを失うも 煩悩なり
無常の大火のがれ難く 生死
ショウジ流転やみ難し

如来は金剛の真心
シンシンなり 何ぞ これに徹せざる
念仏も また金剛の真心なり 何が故に求めざる

如来金剛の真心 汝の胸中に燃えて 真実信心の聖火となる
この聖火 無明の大夜を自照して
生死無常 煩悩業苦のただなかに 無碍
ムゲ金剛の道を開く

                                 ( 1935 9月 )
                    
         ※ 1935の出来事: http://ja.wikipedia.org/wiki/1935%E5%B9%B4

                     
汝の強敵  どこにありや?
村の強敵  どこにありや?

国を危うくする病魔  どこ?
人類を悩ます悪魔  どこ?

いわく  獅子身中の虫
これを称して 「 我
(ガ) 」とよぶ

時は今  過去の我の迷妄の
一掃される時

人類よ  我の一切を克服せよ
    無我!
    無我!

無我こそ 
人類の問題を解決する 唯一の光であり 力である


                                 ( 1933  9月 )
                ※ 1933の出来事 : http://ja.wikipedia.org/wiki/1933%E5%B9%B4
                                                       
     

「 煩悩具足の凡夫 火宅無常の世界は
 萬
ヨロズの事 みなもて そらごと たわごと 真実マコトあることなきに
 ただ 念仏のみぞ まことにて おわします 」
 
人は皆
夢の如き 希望を追い
幻の如き 欲望に生く

されど これを得るも 煩悩なり
これを失うも 煩悩なり
無常の大火のがれ難く 生死
ショウジ流転やみ難し

如来は金剛の真心
シンシンなり 何ぞ これに徹せざる
念仏も また金剛の真心なり 何が故に求めざる

如来金剛の真心 汝の胸中に燃えて 真実信心の聖火となる
この聖火 無明の大夜を自照して
生死無常 煩悩業苦のただなかに 無碍
ムゲ金剛の道を開く

                                 ( 1935 9月 )

                               

 
『 念願は人格を決定す 継続は力なり 』
 
この言葉の出処は知りませんが、
恩師( 住岡夜晃 )の持言でありました。
私は 一体、 この一句を いかに領解(りょうげ)すべきでありましょう。
 
本願とは何か? 誰が起す心なのか? 
人格とは 一体 どういうものか?
何故に 念願が人格を決定することができるのであろうか?
継続とは 一体 何を継続するのか? それが 何故 力であるのか?
 
私には 尊いお言葉と聞かせて頂くより 疑問ばかりが起きて、
師語を そのまま高座の前で 絶呼する勇気どころか、疑問百出である。
 
私が 私の 偽らない心に聞いてみる時、
私の念願は 人前に出せそうもない、碌でなしの欲望ばかりであり、
その人格は 鬼か蛇か 
 鼻もちならぬ あさましい相しか持ち合わせておりません。
 
また、一貫するものは 本能の欲求以外には、
何一つ価値あるものを見出すことはできません。
 
三不三信の教として浄土論註の み教え や 安楽集の釈文を聞く時、
おぼろげながらも 知らせて頂けるようであります。
 
                                   ―――   花田保太 
 
※ 三不三信の教 ( 『浄土論註』〜曇鸞(どんらん)〜 )
 「 称名憶念することあれども、 
   無明 なお存して 所願を満てざる者は 如何となれば、
   実の如く修行せざると、名義と相応せざるとによるが故なり。
   いかんが 実の如く修行せず、名義と相応せざると為()すや。
   謂(いわ)く、如来は これ実相身なり、 これ為物身なり と知らざればなり。
   また、三種の不相応あり。
   一には、信心 淳(あつ)からず。 存せるがごとく 亡せるがごときが故に。
   二には、信心 一ならず。 決定(けつじょう)なきが故に。
   三には、信心 相続せず。 余念 間(へだ)つるが故に。
   この三句 展転(てんでん)して 相成ず。
   信心 淳からざるをもっての故に、決定なし。
   決定なきが故に、念 相続せず。
   また、いうべし。
   念 相続せざるが故に、決定の信を得ず。
   決定の信を得ざるが故に、心 淳からず、と。
   これと相違せるを 如実修行相応と名づく。 」  
 
                            
 

無縁の大慈悲 汝に動き
無碍
(ムゲ)の智慧光 汝を摂(オサ)
大信海の開くところ

内に 無限に 己を知り
慚愧の至るままに
不滅の至徳に帰して
無我・報恩の行者となれば

世は 必ず この人を尊び
人は 必ず この人を慕い
自信教人信
(ジシンキョウニンシン)の道光 現前するであろう

この人 功を本願に帰して 無我なれば
仏の光 この人を通じて この世に輝き
光は かえって この人を照らし出すであろう



                           昭和15年(1940)  7月


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