混沌の時代のなかで、真実の光を求めて

現代に生きる私の上に 仏法は何ができるかを 試そうと思い立ちました。//全ての原発を 即刻停止して、 別の生き方をしましょう。

先師のことば

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「 至りて堅きは 石なり 至りて柔らかなるは 水なり
水 よく石をうがつ 
心源 もし徹しなば 菩提の覚道 何事か成ぜざらん
といえる古き詞
(コトバ)あり
いかに不信なりとも 聴聞
(チョウモン)を心に入れ申さば
お慈悲にて候う間
(アイダ) 信を獲(ウ)べきなり
ただ 仏法は 聴聞に極まることなり 云々 」
(御一代記聞書)

宿命の岸壁に 不幸に泣く子よ
起って 徹底的に 正法を聞け
汝の眼と耳と口とは 今日まで 何のために使われたか
世には 聾盲唖の三重苦の中に よく世界の光となった人もある

眼は見え 口はものを言うことができて
かえって そのために悪逆 世に はびこって害毒を流し
あるいは 六根を無明煩悩にのみ使って 不幸の谷底に泣く
起て しかして 真剣に正法を求めて精進せよ
しからば 必ず 衷心の願を満足して 至幸至福の城に至らん



                                ( 1948   10月 )

29.人生は苦なり

「人生は苦なり」とは 世尊の第一提言である
何故に 人生は苦であるのか
それは 五濁悪世・悪時・悪衆生・悪見・悪煩悩
の満ちたる汚泥
(オデイ)なるが故である

すでに 人生は業苦である
それ自体を清めようとしても その中に汚れまいとしても
それは ついに徒労である
田の中に働く農夫は おしみなく泥に汚
(ヨゴ)れる

汝 合掌して 正法を聞き、自力の羽織をぬぎ 足袋を脱いで
百姓のごとく 人生の業苦の汚泥の中に降り立て!

その時 不断煩悩得涅槃
(フダン・ボンノウ・トク・ネハン)
汚泥に染まぬ念仏の 大白蓮華は
自力小我のはからいを破って
歓喜と感謝と慚愧と謙虚との芳香を放って咲くであろう


                                ( 1948   9月 )

     ※ 不断煩悩得涅槃 : 煩悩を断ぜずして 涅槃を得 
                                        

我らは この世に人身を受く
身体あるが故に 衣食住などを要し 三毒煩悩を起す
身体あるが故に 生老病死などの苦悩を生む
肉体 即ち 罪業の塊、肉体 即ち 苦悩の根源である

然るに 一度 聞名
(モンミョウ)信喜して 無有出離之縁と自力を捨て
念仏道に 摂取の身となれば
宿業の生んだ この身は、一転して
如来の大悲智慧真実本願の 生きたまう桧舞台
(ヒノキブタイ)となり
凡夫は 一念にして 諸仏同等の正定聚
(ショウジョウジュ)の菩薩となる

この身を受けたらばこそ 聞くことができた正法であり
悪人凡夫ならこそ 回向せられた本願一乗の大道であった
かかる価値の絶対転成
(テンジョウ)を 浄土真宗と言い
真実信心の獲得
(ギャクトク)と言う

                                ( 1948   8月 )

    ※ 無有出離之縁 : 出離(シュツリ)の縁、有ること無し = 救われない
                                          

汝 「 専(モッパ)らにして また専らなれ 」
一行 即ち 南無阿弥陀仏、 一心 即ち 南無阿弥陀仏
大信 決定
(ケツジョウ)して 専らにして また専らなれ

生死苦悩の波 高けれども、 本願名号
(ミョウゴウ) 弘誓(グゼイ)の大船あり
五濁悪世の闇深けれども 如来の智慧光 はるかに照らして
金剛の信心をして 汝にあらせたもう

汝 ただ 専らにして また専らなれ

然らば、必ず 如来の言
(ミコト)の真実を自証して
久遠劫来
(クオンゴウライ)の宿業を 願力の白道(ビャクドウ)に超克し
いかなる水火二河の中にあるとも 無碍の道味を信嘗
(シンショウ)
正定聚
(ショウギョウジュ)不退の菩薩道を生きるであろう

誤って「 雑縁
(ゾウエン)乱動して 正念(ショウネン)を失し 」
無明の迷路に輪廻することなかれ



                               ( 1948   7月 )

人の心の移り変わること 雲の如く霧の如し
善も続かず 悪も続かず 順境も続かず 逆境も続かず
一度 風来たらば 天空の荘厳も 一瞬に消えて黒暗となる
大風雷雨過ぎ去れば 日本晴の晴天となる

されば わが心に囚われて 止まるよりは
悲愁の胸をいだいて 正法を聞け
如何なる業苦の雲 心を覆
(オオ)うとも
正法に 浄土の風に遇いなば 立ち所に歓喜を獲
(ウ)るであろう

晴れてよし 曇りてもよし 富士の山
貪瞋
(トンシン)順逆の中にありつつ 貪瞋順逆を超えて
清浄願往生の一道にあらしめたまうは 正法である
されば 正法に信順
(シンジュン)する者のみ 横超(オウチョウ)の一道にある

                               ( 1948   5月 )


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