混沌の時代のなかで、真実の光を求めて

現代に生きる私の上に 仏法は何ができるかを 試そうと思い立ちました。//全ての原発を 即刻停止して、 別の生き方をしましょう。

現代の問題 1.〜科学

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(18) のつづき
 
 
 更新世 Pleistocene 約258万〜約1万年前)
   更新世のほとんどは 氷河時代であった。
 
   氷河期という言葉は一般的に、北アメリカとヨーロッパ大陸に氷床が拡大した寒冷期
   について用いられる(アジア地域は氷床が発達せず寒冷な地帯であったらしい)。
   この意味では、最後の氷河期は 1万年前に終了したということになる。この約1万年前に
   終った出来事を 「最後の氷河期」とすることもあるが、科学者の多くは 氷河期が終った
   のではなく、氷河期の寒い時期 「氷期」が終ったとし、現在を 氷期と氷期の間の間氷期
   と考えている。
          氷河期と氷河期の間には 数百万年続く温暖な期間が いくつかある。 更に 氷河期の
      間にも、 より寒冷な時期(氷期) と より温暖な時期(間氷期)がある。
 
   氷期と間氷期を繰り返し、総計 15回の氷期があった。 その主たる要因は
  地球の回転軌道の性質からもたらされる変化のために生じる太陽放射量の
  周期的な変動である(ミランコヴィッチ周期2)。  ⋆2 欄外参照
 
       過去約5百万年間の氷期、間氷期の変動(ボストーク基地
                                 4.1万年サイクル  10万年サイクル
         ↑ 気温                                           炭酸塩↑  
        500万年前           300万年前           100万年前
  中新世 ←|→         鮮新世      ←|→ 更新世
                       
     ※ 地球軌道要素は長期にわたる氷河期では 大きな原因とはならないが、
      現在の氷河期の中で 交互に起こっている凍結と溶解の繰り返しのパターンを
             支配しているように見える。地球軌道とアルベドの変化の複雑なパターンにより、
      氷期と間氷期の二つのフェーズが起こるようである。
 
 
      300万年前から起きた北半球での氷床の発達とともに 寒冷化は その規模を
  拡大し、更新世に向かうにつれて 更に激しくなり、その頃から 氷床の拡大と
  後退の繰り返しによる 4万年と10万年の周期が 世界中で見られるようになる。
 
    大陸の形は 現在とほとんど変わらないが、氷期間氷期の氷床の拡大・縮小
  による海水準変動に伴って、海岸線の位置が移動した。
  更新世の後期では 海水準にして百数十mの変動があった。 海水準が低下
  した時期は、現在 浅い海である海域の多くが 陸地となっていた。
 
        
 
     氷期が訪れると海岸線が極端に遠退き、陸上の大部分が氷に覆われる。
   そのため 動植物も激減し、動植物を食料とする狩猟採集生活の人類には、
   大きな打撃であった。人類(猿人)になる前は 樹上生活であったらしいが、
   氷期の環境で地上生活を始め、2足歩行を開始し人類となったというのが
   通説である。
 
 
  前期
   ジェラシアン (258万8000〜180万6000年前)
    ビーバー氷期(195万〜160万年前)
   カラブリアン (180万6000〜78万年前)
    間氷期    (160万〜135万年前)
      マンモス: 約300万〜250万年前、アフリカから ヨーロッパに 北上する過程で、
            新しい種 Mammuthus meridionalis を誕生させた。
            さらに アジア、シベリアを経て、約150年万年前 当時 シベリアとアラスカ
            の間は陸続きだったベーリング地峡を通過して、北米大陸まで広がった。
 
    ドナウ氷期  (135万〜85.0万年前)
  中期(78万〜12万6000年前)
                                 
    ドナウⅠ氷期(60万〜58.5万年前)
    間氷期    (58.5万〜55.0万年前)
    ドナウⅡ氷期(55.0万〜54.0万年前)
    間氷期    (54.0万〜47.0万年前)
    ギュンツ氷期(47.0万〜33.0万年前/ 80.0万〜42.3万年前
    間氷期    (33.0万〜30.0万年前)
    ミンデル氷期(30.0万〜23.0万年前 30.3万〜24.5年前
    間氷期    (23.0万〜18.0万年前)
    リス氷期   (18.0万〜13.0万年前 18.6万〜12.8万年前
    間氷期    (13.0万〜 7.0万年前)
 
                                      濃い青: 地形学辞典
 
      過去45万年間の気候変化と氷床量の変化 (横軸は単位千年前)
            ギュンツ    ミンデル       リス        ヴュルム
       ※ 氷河や氷床が最も拡大するのは,もっとも寒冷な時期ではなく、気温はそれほど
        低くないその手前の時代である.これは,最寒冷期には水蒸気の発生が少なくなる
        ためである.
 
     海水準変動と気温変化
                     ヴュルム氷期
 
                                横軸は千年、縦軸は現在と比較した相対的な海水準
                                上は 過去90万年、下は 過去14万年。
 
     日本近海では、太平洋日本海を結ぶ海峡の深度が浅いため、
   少なくとも過去数十万年の間の氷期では、海水準の低下に伴い 対馬暖流
   の流入が止まり、気候に大きく影響を与えた。
   氷期には寒冷化のために 亜寒帯林が 西日本まで分布していた。また、
   対馬暖流が流入しないため(現在の日本海側の降雪は対馬暖流の蒸発量に影響
    を受ける) 氷河は 日本アルプス 及び北日本の高地にわずかに発達するのみ
   であったが、これらの氷河が 最終氷期に形成したカールモレーンなどの
   氷河地形は 現在の日本アルプスや日高山脈で確認することができる。
 
 
  後期(12万6000〜1万1700年前)
   
    7.5万〜7万年前 スマトラ島トバ火山 大噴火
      ↓
    ヴュルム氷期( 7.0万〜 1.5万年前/  7.1万〜 1.3万年前
      この間、短い周期で 気候が激しく変動していた。
 
      最寒冷期には、ヨーロッパ北部全域、カナダのほぼ全域と、西シベリア平原
     の北半分が 巨大な氷床に覆われていた
     北米では その南限は 五大湖周辺、東ヨーロッパでは ライン川の河口
     からクラクフロシアでは モスクワからアナバル川河口まで達していた。
     アイスランド全島、南部を除いたブリテン諸島も氷床に覆われていた。
      一方 南半球では、パタゴニア氷床が チリ南部、南緯41度付近まで達した。
      チベットや、カシミール地方の バルティスタン(パキスタン北端部)とラダック
     (インド西北部)、アンデス山脈アルティプラーノ も氷床に覆われていた。
 
      アフリカ中東東南アジアでは小規模な山岳氷河が形成され、特に
     アフリカでアトラス山脈とバレ山地、東南アジアでは ニューギニア氷河
     存在した。
      オビ川エニセイ川は 広大な氷床によってせき止められ、巨大な湖が
     形成された。
 
       永久凍土が、ヨーロッパでは 氷床の南から 現在のハンガリーセゲドまで、
     アジアでは北京まで発達していた。しかし 北アメリカ では 標高の高い所
     以外では 氷床の南域に 永久凍土は発達しなかった。
 
    間氷期    (1.5万年前〜現在)
 
 
 
            最終氷期以降の海水準の変化
                       
            約2.1万年前 (最終氷期の時に最も氷床が拡大した)
           最終氷期の最寒冷期(最終氷期最盛期Last Glacial Maximum、LGM)
 
 
   最終氷期最盛期には 地球全体の気温が低下しており、数10万立方kmの
  氷が、北欧や北米を中心とした大陸に氷河氷床として積み重なった。海水を
  構成していた水分が 陸上の氷となったため、海水量が減少したことに加え、
  水温が低いために その体積も収縮したため、海面は 約120m低下、サンゴ礁
  は地上に取り残され、海岸線は 現在よりも沖へ遠くなった。
   この海水準が最も低下した時代、東南アジアでは 現在の浅い海が陸地に
  なっており「スンダランド」を形成していた。
   アジアとアラスカ間(ベーリング陸橋を通って北アメリカ先住民の祖先が 
  アジアから移住したとされる。
 
    ウルム氷期の期間は広大な氷河が陸地を覆っていた。北アメリカに到達した人類も
    南北3500km東西4400kmの ローレンタイド氷床 (厚さ:最大3km) に南下を阻まれた。
    ウルム氷期が終了すると、人類は アメリカ大陸の南へと拡散していく。遺跡の調査や
    DNAの研究から、ローレンタイド氷床を突破した人類が南アメリカの南端に達するまでは、
    ほぼ1000年だったと推定される。
 
   最寒冷期の直前は 多くの地域では 砂漠も存在せず、現在よりも湿潤だった
  ようである。特に 南オーストラリアでは、4万年〜6万年前の間の湿潤な時期に
  アボリジニが移住したと思われる。
 
   現在温暖な地域は 非常に乾燥していて、一般に寒冷であった。南オーストラリア
  やサハラ砂漠南部のサヘル地域では 降水量が9%まで減少し、植物相は
  氷河に覆われたヨーロッパや北アメリカ地域と同じくらいまで減少した。
   比較的影響の少なかった地域でも 熱帯雨林は 大きく縮小し、西アフリカの
  熱帯雨林は グラスランド(熱帯性の大草原)に囲まれて「避難するような」状態
    であった。アマゾンの熱帯雨林は 拡大したサバナによって 2つに分割されて
  いた。東南アジアの熱帯雨林地域も似たような影響を受け、スンダランド
  東西端以外は落葉林が広がっていたと思われる。
  中央アメリカ とコ ロンビア のチョコ地域だけが熱帯雨林として実質的に損なわれず
  に残っていた。
    砂漠地域のほとんどは その面積を拡大していた。 ただ アメリカ西部では
  例外的にジェット気流が変化して 現在 砂漠である地域に大量の雨を運んで
  いたオーストラリアは移動する砂丘に大陸の50%が覆われ、南米のグランチャコ
  やパナマも同様に乾燥していた。
   現在の亜熱帯地域、特に 東部オーストラリアやブラジルの大西洋沿岸森林地域
  や中国南部では 乾燥化により 森林の大部分が喪失し、荒涼としたウッドランド
  (疎開林)が分布していた。中国北部は 寒冷だが 氷河に覆われることは無く
  ツンドラと大草原が混在し、森林の北限は 少なくとも現在より緯度にして20度
  南にあった。
 
 
                        (つづく)
 
 

 
  ミランコビッチ・サイクルを決定付ける変化要素とその結果 (100万年前まで)
   歳差運動(Precession)の周期は3つあり、それぞれ1万9000年、2万2000年、2万4000年。
   自転軸の傾斜角(Obliquity)の変化は、周期4万1000年。
   公転軌道の離心率(Eccentricity)変化は、周期9万5000年、12万5000年、40万年。
   この結果、北緯65度における日射量は 複雑な変化を示すことが計算できる。
   氷床規模の変化は、日射量の変化と相関が良いように見える。
 
   なぜ「氷河期」が起こるのか?
   ――― 大きな スケール で起こる氷河期についても、氷河期の中での より
      小さな氷期/間氷期の繰り返しについても、議論が決着していないが、
      一般的な総意としては、大気組成(特にCO2メタンのフラクション)と、
      「ミランコビッチ・サイクル」として知られる 太陽を回る地球の軌道要素
             (おそらく銀河系を回る太陽系の軌道も関係する)、及び 大陸の配置
             の組合わせ、の3つの要素が組合わされたものが その原因とされる。
   ――― 新生代の氷河時代が始まった原因の大きなものとして 南極大陸
             の移動がある。中生代ゴンドワナ大陸の一部であった南極大陸の
             分裂と南への移動によって 南極大陸の寒冷化が始まり、分裂と南下
      によって発達した南極環流が 南極大陸への熱輸送を遮るようになり、
      更に寒冷化を進めた。4000万年前に 南極の氷床の成長が始まった
 
 
 米国防総省が専門家に依頼して作成した地球温暖化の影響による大規模な
 気候変動を想定した安全保障についての報告書
   Peter Schwartz and Doug Randall,
  An abrupt climate change scenario and its implications for United States national security
                                      October 2003
  ――― 地球温暖化による海流の変化が原因で、北半球では 2010年から平均気温が
   下がり始め、2017年には平均気温が 7〜8℃下がるという。逆に 南半球では、急激に
   温度が上がり、降水量は減り、旱魃などの自然災害が起こるという。
 
 
 
(17)  のつづき
                                   年代は Wikipedia による
新生代 約6,500万年前〜
  現在の氷河期は、4000万年前の南極氷床の成長によって始まり、300万年前
 から起きた北半球での氷床の発達とともに規模が拡大した。
 更新世に向かうにつれて 更に激しくなり、その頃から 氷床の拡大と後退の
 繰り返しによる 4万年と10万年の周期が世界中で見られるようになった。
 最後の氷期(最終氷期)は 約1万年前に終った。
 
           新生代の気候変化                          横軸は 単位100万年前
 
 
  第三紀 (6430万〜260万年前) 
   古第三紀Paleogene 6550万〜2303万年前 
    暁新世Paleocene 約6550万〜約5580万年前)
         中生代白亜紀の主役・恐竜のグループは、鳥類を唯一の例外
        として、そのほかは ことごとく絶滅。海では アンモナイト 首長竜類、
                  モササウルス類も全て滅びた。
         気温は高めで 湿度も高かった。北極・南極とも温暖で 氷河の形跡
        は無い。
         白亜紀に 既に超大陸・パンゲア大陸 の分裂が始まっており、アフリカ
        南アメリカは完全に離れ、アフリカ南極大陸も大きく離れていた。ヨーロッパ
        と北アメリカは まだ陸続き。 インドは 巨大な島となって インド洋上を北に
        向かって移動しており、全ての大陸から孤立していたので、次の時代
        である始新世にアジアに接近するまでは 哺乳類(有胎盤類)は生息
        していなかった。南極オーストラリアは 一つにまとまっていた。
        南北アメリカが分離した時期も白亜紀末頃と考えられるが、狭い海峡で
        隔てられていただけであれば、動物の交流は それ以降も継続した
        可能性がある。
         
         絶滅した恐竜のニッチ(生態的地位)を埋めるように、陸上では
        哺乳類が、海洋では 魚類が放散進化を行なったが、哺乳類は まだ
        原始的で小型のものが多い。
         北アメリカとヨーロッパは 北部でつながっていたので、動物相には共通
                 するものが多い。繁栄した主な目(モ)は 原真獣目・髁節目カセツモク
        ・多丘歯目霊長目などである。 原真獣目は 食虫類の仲間で、
        暁新世から次の始新世にかけて 多くの目に分化し、発展した。
        髁節目は 有蹄類(奇蹄目・偶蹄目)の祖先となった。多丘歯目は
                白亜紀から続いた小型哺乳類の系統で、始新世に 齧歯目ゲッシモク
        の発展により衰退し、後に絶滅した。北アメリカ大陸に発した霊長目
        この時代に ユーラシア大陸に分布を広げ、更に 次の始新世にかけて
        は テチス海伝いに アフリカ大陸にも渡っていった。その多くは 極めて
        原始的な種類ばかりで、ほとんどは 現生のものには つながらず
        絶滅している。現生のサルの二大グループ・ 曲鼻猿類直鼻猿類
        祖先は この時代に分岐したとされる。
                     哺乳類より先に 種の分化を ほぼ完成していた鳥類の一部は
        地上性となり、ディアトリマ のような強大な肉食鳥(恐鳥類)が出現した。
        恐鳥類は 食物連鎖の頂点に立って 哺乳類を捕食したが、やがて
                 肉歯目などの原始的な肉食性哺乳類との生存競争などによって、
        ほとんどの大陸で絶滅した。
          植物は、白亜紀に引き続き被子植物が栄え、この時代に ほぼ
        現代的な様相を示すようになった。
 
     始新世Eocene       約5500万〜約3800万年前)
         暁新世にやや低下した気温は 再び温暖化に転じ、新生代では
        最も高温の時代になった(始新世温暖化極大・始新世高温期)。
        湿度も高かった。 極地付近にも氷床はなく、ワニや有袋類の化石が
           出土している。
        始新世末or 次の漸新世初期には 一時に気温が急に低下したが
        (始新世終末事件)、この頃 彗星が頻繁に地球に衝突したため or
        当時 大規模な海退が起こり、海の面積が減少したのが気温低下の
        原因であるとも言われる。
         インド大陸ユーラシア大陸に接近し始めて テチス海が狭まっていき
        南アメリカと分離していた南極大陸オーストラリア大陸塊は 始新世半ば
        以降分裂 ヨーロッパ北アメリカは 更に 大きく離れて大西洋が拡大し
        両大陸の連絡は 始新世中期には絶たれ一方 北アメリカユーラシア
        ベーリング海方面で次第に接近して 陸橋となるなど海洋と大陸配置
        が大きく変わりつつあった時代で、それに伴って 地球規模で循環する
        海流動きも大きく変動していたと推測され、これも海退と寒冷化
        一因とされる。
         高等有孔虫類・二枚貝類が繁栄。
         現存哺乳類のほとんどの目(モク)は始新世の初期には現れている。
        鯨偶蹄目奇蹄目(ウマ目)などが発展し始めた( クジラ類が 鯨偶蹄目
         から現れたのも この頃 )。新しい目の種の多くは まだ小さく、10kg以下
        であるが、ウインタテリウム恐角目)のような巨獣も出現するなど、
         哺乳類の放散が始まる。 恐角目汎歯目紐歯目といった原始的な
        哺乳類の多くは この時代を乗り切れず、後期から末期には姿を消し、
        その空白を埋めるように 新たな哺乳類の出現が促され、第二次の
        適応放散が始まったと言える。その中で コウモリ類のように空にも
        哺乳類が進出していく。
         鳥類の現存目も この時代に完全に現れる。
            ( 北米 と ヨーロッパの生物相は類似しており、この時代まで 両者に陸橋
               があった名残である
         温暖湿潤な気候のため 森林が優勢、草本類の分布は まだ限られ
        ていた。
 
     漸新世Oligocene  約3400万〜約2300万年前)
         初期には 大規模な海退が起ったとされ、一時気温が低下し 気候
        が不安定になったが、中期以降は温暖で安定した気候になった。 
         約3400万年前を過ぎる頃、CO2の濃度は それ以前から数百ppm
        下り 約760ppmになった。
         北アメリカ と ヨーロッパは 大西洋の拡大により完全に分断されたが、
        逆に 北アメリカ と アジア(シベリア)はベーリング海峡付近で しばしば
        接続し、動物の行き来があった。
        北米 と 南米は 白亜紀より 大アンチル諸島が陸橋となって つながって
        いたが、やがて北東に移動していった。 インドがアジアに衝突し、
                 テチス海は 急速に消滅しつつあった(これも海退や気候変動、ひいては
         多くの動物の絶滅の一因とされる)。
        アフリカ・南アメリカ・オーストラリア・南極の各大陸は 海で隔てられ、孤立
        アルプス山脈ヒマラヤ山脈造山運動が開始され、北アメリカ西部の造
        山運動は続いている。
         大陸の分離によって、動物相には 地域ごとの違いが見られる
        ようになった。また、前の始新世に栄えた動物の多くが、始新世と
        漸新世の境界付近で絶滅し、それに変わる新しい種の発展があった。
         哺乳類の進化、特に 大型化が進んだ。史上最大の陸生哺乳類
        される アジア産奇蹄目(サイ類)のインドリコテリウム は その極致。
        ゾウの仲間(長鼻目)は アフリカで進化し、大きな体躯を持ったが、
        まだ他の大陸には進出していない。
        霊長目では 類人猿ヒト上科)が出現し 大きな発展を遂げていった。
        現在の テナガザル に似た小型の類人猿の仲間が繁栄し、続く中新世
        にかけて アフリカから ヨーロッパ・アジアに勢力を広げた。
        肉食性哺乳類では、これまで栄えた原始的な肉歯目が衰え、現在の
        トラ・ライオン・オオカミなどにつながる食肉目が取って代わる。
        植物食性の大型哺乳類では 多くの種が、この時代を乗り越えられず、
        絶滅した。ゾウと遠縁で アフリカを中心に生息していた重脚目ウマと
        遠縁で 北米やアジアに生息していた奇蹄目のブロントテリウム科(雷獣)、
        前述のインドリコテリウムなどのアジアの大型のサイ類がその代表である。
         海洋では、前世にテチス海を中心に発展していた原クジラ亜目
        多くが気候変動やそれに伴う海退で滅んだが、一部 生残ったもの
        が現鯨類として発展した。絶滅した原クジラ類に代わって、食肉目の
        クマに近いグループが この時代に海洋への進出を開始し、鰭脚類
        (アシカやアザラシの仲間)の祖先となった。
         オーストラリアでは 漸新世になっても 有袋類化石は見つかっていない
        が、既に 有袋類の一部が入っていた可能性はある。南アメリカ大陸は
        他の大陸と孤立して独自の生物進化を始め、午蹄中目と呼ばれる
        有蹄類が分布した。また、この時代に、いまだに比較的近い位置に
        あったアフリカ大陸から南米大陸に幾らかの小型動物(広鼻下目の祖先
        となる霊長類や齧歯類)が流入したようである。
         
 
   新第三紀Neogene 2303万〜258万年前)  
      中新世Miocene   約2300万〜約500万年前
         大陸はほぼ現在の様相だが、南北アメリカ大陸は離れている。
        ヨーロッパの アルプス山脈と北アメリカの ロッキー山脈造山運動が始まった。
        日本ユーラシア大陸から分離、日本海が形成され、これに伴う海底
        火山活動で日本各地にグリーンタフと呼ばれる凝灰岩層が発達した。
         この紀に 海面が低くなったことで ジブラルタル海峡が閉じ、海水の
        蒸発により地中海は非常に塩分の濃い海となった。この状態は
        鮮新世の初め頃(約500万年前)まで続いた。
         中新世は 新第三紀以降から現在に至るまでの期間では最も気温
        が高い時代であり、一般的に温暖だったが、寒冷化は徐々に進行し、
        南極大陸は、2300万年前後には南アメリカ大陸との陸峡が切れて
        ドレーク海峡が開かれ、その結果 南極環流が生じて 南極大陸は
        完全に孤立、CO2の減少は 環境変化に大きく影響し、森林に取って
        替わって氷が大陸に広がり始めた。約1500万年以降には 氷床
        大陸のほとんどを覆うようになっていた
         海と陸の生物相はより現代に近づいた。オオカミ類、ウマ類、ビーバー
        鯨偶蹄類シカ類、、ラクダ類等)、カラス類、カモ 類、フクロウ類、メガロドンなど
        は、中新世に すでに存在していた。 ヒト科も この時代に現れた
         アフリカ大陸が ユーラシア大陸と繋がったことで 両大陸の生物が行き来
        するようになった。北アメリカ大陸とユーラシア大陸も ベーリング陸橋
        しばしば繋がったため生物が往来していた。
         一部の大型哺乳類の系統(肉歯目束柱目など)が姿を消し、奇蹄類
        も次第に衰えていく一方、アフリカから他の大陸に生息域を広げた
        長鼻目ゾウ)が大いに繁栄し、偶蹄類も勢力を拡大していった。
         植物では 高温や乾燥、低CO2、貧窒素土壌といった 植物には
        苛酷な気候下に適応した C4型光合成を行うもの(トウモロコシや雑穀
        が増加した。  700年前、大気中のCO2濃度が著しく減少した
        多くの土地で乾燥が進み 草原が広がり、イネ科の植物が増えた。
                  古第三紀には イギリスまで広がっていた熱帯の植物は、現在の熱帯
        や亜熱帯まで後退。北半球では、寒帯では 落葉樹が、南半球では
        ブナが主体となった。
           孤立している 南アメリカ大陸 と オーストラリア大陸のみ、異なった動物相
        であった。
 
      鮮新世Pliocene    約500万〜約258万年前 
         気候は寒冷化しており、南極大陸中新世より さらに氷床を拡大
        した。北半球の氷床の発達も この時代に既に始まっていた。
        ( 1986年 オハイオ州立大学の古生物学者ピーター・ウェブのチームは、南極点から
          640kmの地点に、300万年前に繁殖していた 大規模な温帯森林の痕跡を
          発見した
         ヒマラヤ山脈などの大山脈の形成、上昇が同時に激しい岩石の
        浸食を招き、大量のカルシウム塩が海に流入していった。このカルシウム塩
        が CO2を吸収し石灰岩化していったため 大気中のCO2量は激減、
        寒冷化の進行を促した。  
         現代の動物相につながるものがほぼ出現した。ヒトの祖先(ヒト亜族
        、猿人:約600万年前 アフリカに出現〜約130万年前)が発展した
                   パナマ地峡が形成さた。南米大陸が北米大陸に繋がったことで、
                  多くの生物の両大陸間の行き来が可能になった。これにより 北米
                  の生物との生存競争にさらされた南米原産の生物は衰退し、絶滅し
                  たものも多かった。
 
  第四紀(258万8000年前〜)
     更新世Pleistocene 約258万〜約1万年前)
     完新世Holocene  約1万年前〜)
 
 
  
 
 
 
 

 
     過去 6億年間における酸素(O2)と二酸化炭素(CO2)の量の変化
      
「地球の進化」(岩波地球惑星科学講座13,1998年)の図6.15より作成。 
 
                        (つづく)
(16) のつづき
 
                     (3)
 
 その他の興味ある講演
  私は残念ながら、初日に行われた科学セッションには参加することができなかった。
 しかし その後の分野横断的なセッションは 極めて興味深いものであった。講演の
 中から 私が興味を持ったものについて、簡単に解説しよう。
 
  科学技術文明研究所所長の米本昌平は 脅威一定の法則を提案する。
 冷戦時代には 戦争の脅威があったが、冷戦の終焉とともに、別の脅威が必要
 となり、地球温暖化問題が それであるという。 冷戦は悪性の脅威であるが、
 地球温暖化問題は 良性の脅威である。冷戦に対して 科学技術を動員した結果
 は、膨大な核兵器の山という負の遺産である。 しかし、地球温暖化研究は
 その予想が誤りであっても、省エネや公害防止のノウハウが残る。
 
  富山大学の清家彰敏の「温暖化と寒冷化の経済現象の史的分析・・地球経済
 の2つの未来予想図」という講演で、清家は 温暖化が進むと利用可能な資源が
 豊富になり、リーダーシップの分散化が起きるが、寒冷化が進むと 資源が不足
 して、リーダーシップの集中化が起きて、例えば 欧州における絶対王政が登場
 する、と述べた。
 
  富山大学の大藤茂は「組織の本能と現代」と題して、機能体(ゲゼルシャフト)
 と共同体(ゲマインシャフト)について論じた。機能体とは、大学、会社、役所、
 軍隊のように、何かある目的に向って仕事をする組織である。共同体とは、家族
 、町内会のように構成員の幸せを第一に追求して、楽しく暮らすことが目的の
 組織である。堺屋太一の組織論では、日本が第二次大戦に敗れた原因の一つ
 として、日本軍の共同体化があるという。本来 機能体であるべき組織が共同体化
 すると、相互不干渉、官僚化、権力化、安定志向、相互批判なし、成功体験への
 埋没、外部の介入を嫌う、年功人事、情報の内部秘匿、総花主義、集中の不能、
 不適材不適所人事、私の話に怒り出す などが生じる。大学も その例に漏れない
 のではないか。気象学界が 温暖化二酸化炭素犯人説に固執するのは、気象
 学界の共同体化にあると、著者は述べたいのであろう。
 
  東大の磯崎茂雄は「文明の盛衰と気候変動:レビュー」と題して講演した。
 1万年前に氷河期が終わり、異常に安定で温暖な気候が始まり、そのピークは
 6000年前で、気温は 現在より 2℃高かった。そのときに農業、牧畜が始まり、
 人類は 始めて 豊かな食物と共に生活できるようになった。5000年前にエジプト
 とメソポタミア地方は、緑に満ちた農耕地帯であり、都市革命が始まった。貨幣、
 文字の発明、法律の整備、経済の発明、職業の分化が始まり、今日の文明の
 基礎が作られた。 2500年前に 寒冷化が始まり、民族移動、戦争、貧困と病気
 が蔓延して、宗教や思想が発達した。
                               <シュメール(1)
 
 過去300年の産業革命と21世紀の情報革命で、人間活動は限界にまで進んだ。
 文明の興隆のためには豊かな物質供給が必要で、そのためにも温暖化が必要
 である。しかし、時々起きる寒冷化は、中央アジアの半砂漠地帯からの遊牧民
 の民族移動を促し、戦争の原因となった。地球の気温は 過去に上下2℃程度の
 変動は 普遍的であり、寒冷化から温暖化への変化が 文明誕生の主要因である。
 地球環境は、今後も 変動を繰り返すであろう。 恐れるべきは、温暖化ではなく  
 寒冷化である。
 
  磯崎と丸山は 「科学論争としての地球温暖化問題」と題して、プレートテクトニクス
 による科学革命と、現在の地球温暖化論争を比較している。
 1960年代の プレートテクトニクス の提唱は、既存の地質学界が依拠する地向斜、造山
 運動を根本的に否定するパラダイム転換であったがゆえに、地質学界の反発を
 招いた。地球温暖化論争においても、気象学界は 地球気候を地球内に閉じた
 現象として理解しようとするのに対して、宇宙物理学者は 地球の気候を宇宙の
 中で捉えようとしている。そのために、気象学者共同体と それに属する学者が
 一丸となって反対しているのである。
  恐竜が滅んだ原因は、それまでは地球に内在する原因と考えられていたが、
 アルバレスにより巨大隕石の衝突が原因であることが明らかにされた。これは
 内因説対外因説の対立で、外因説の勝った例である。
 
   ※ 諸説あるが、2010年にサイエンス誌に掲載された説では、小惑星の大きさは
   直径10〜15km、衝突速度は約20km/s、衝突時のエネルギーは広島爆弾の約10億倍、
   衝突地点付近で発生した地震の規模はマグニチュード11以上、生じた津波は 高さ約300m
   と推定されている。        チチュルブ・クレーター(直径180キロ)
 
  地球温暖化論争が 特別な点は、科学の問題にとどまらず、マスメディア や 政治
 を巻き込んだ争いになっている点である。 その重要性を考えると、ガリレオの
 地動説やダーウィンの進化論に匹敵するかもしれない。マスメディアの本来の
 役割は 権力の監視にあったのだが、現在では マスメディア自体が権力になって
 いる。 とはいえ、メディアを味方につけなければ、戦いに勝てないことも事実で
 ある。
 
 終わりに
  始めにも述べたように、地球温暖化の原因が二酸化炭素ではないなどと主張
 することは、変人か 悪人か、ブッシュの犬であるというごとき風潮である。
 丸山は 私に向って 「自分は命をかけている」と言った。 私が「そんなに大そうな
 ことですか?」と聞くと、 「だって、地球温暖化で食っている人々がいるから」と
 答えた。
  しかし、最近 そういった風潮も少しづつ変わり始めている。日本でも懐疑派、
 否定派の本が 色々出版されるようになった。それらを紹介して本稿を閉じよう。
 
                                   以下 割愛
   
 
 

 
     NHKクローズアップ現代   2013年8月28日(水)放送
       連鎖する“異常気象” 地球でいま何が
                http://www.nhk.or.jp/gendai/common/yotei_start_mark.png
                                http://www.nhk.or.jp/gendai/pl ... ?flv=0828-3392.mp4&autostart=1   
 
 
 
 
 
 
         過去5億年の海水準の復元 (2つの研究結果)
            黒い棒線で示しているのが最後の氷期・間氷期の変動
             縦軸:現在と比較した相対的海水準 横軸:単位百万年 及び地質区分
                ↑現在                                ↑5億年前
             ※ ほとんの地質時代で、長い時間の平均の海水準は 現在よりも高い
               ことに注目。 
 
          過去5億年間の気候変化       注意: 上の図と 年代が左右逆    
         ↑5億年前                                   現在↑
 
         Cm カンブリア紀、O オルドビス紀、S シルル紀、D デボン紀、C 石炭紀、
         P ペルム紀、Tr 三畳紀、J ジュラ紀、K  白亜紀、Pg 古第三紀、N 新第三紀
 
 
    ペルム紀と中生代最初の三畳紀の境目(P-T境界)には 世界的な海退
   あり、地球史上最大の大量絶滅があったとされるペルム紀末の大量絶滅
   地球内部からのスーパープルームによる火山活動シベリア台地玄武岩の形成
   などにより、地球上の生物種の90〜95%が絶滅したともいう。
 
 
     ペルム紀から三畳紀にかけて存在した超大陸・パンゲア大陸
      ( 古生代 ペルム紀末 2億5000万年前頃、 ローレンシア大陸、、バルティカ大陸
              ゴンドワナ大陸(ペルム紀初期 ユーラメリカと衝突)、シベリア大陸など すべての
       大陸が次々と衝突して、北極から南極に至るパンゲア大陸と呼ばれる超大陸が
       形成された )           
 
       山地を崩して 内陸部に 広大な平野をつくる陸地の平原化現象が大いに進行し、
     内陸部の平野は 砂漠化が著しく、赤色の砂が堆積していった。砂漠の所々には
     オアシスが点在した。
     パンゲア大陸の周囲には、パンサラッサと称される ひとつながりの巨大な海洋と、
     大陸の東側には テチス海と呼ばれる湾状の海が広がり、一部は珊瑚礁となっていた。
      古生代終期に寒冷化した気候も、三畳紀を通じて 気温は徐々に上昇していった。
     ペルム紀に30%ほどあった酸素濃度も10%程度まで低下し、ジュラ紀頃までの
     約1億年間、低酸素状態が続いた
                       三畳紀の地球の大気の酸素濃度は10〜15%だった?    2013
          欄外「過去 6億年間における酸素(O2)と二酸化炭素(CO2)の量の変化」 参照
      三畳紀は、広大な大テチス地向斜の発展がみられたと考えられている。この地向斜
     から、2億もの年月を経た後、アルプス・ヒマラヤ造山帯など 新期造山帯と称される
     若い山脈が形成されたとされる。
 
              
     中生代 三畳紀の 2億年前頃から、再び分裂を始めた。       
 
 
     1億8000万年前のジュラ紀になると超大陸パンゲアが分裂し、テチス海
    を挟んで ローラシア大陸ゴンドワナ大陸が生成された。
    ローラシア大陸は さらに分裂していき、ユーラシア大陸 北アメリカ大陸が形成
    されていく。
      ( ローラシア大陸は、かつて パンゲア を形成した ローレンシアバルティカシベリア
        カザフスタニア 及び シナ地塊から成る )
 
 
                          (つづく)
  
 
 
 
 
(15) のつづき
 
                     (2)
 
 私の地球温暖化問題(続)
  天文学者なら誰でも その名前を聞いたことがあるであろう 英国のマーティン・
 リースは その著者の中の「いまだに不明な気候要因の変動」と題した章の中で、
 中世温暖期にはグリーンランドで農耕が行われ、小氷期にはテムズ川が凍った
 ことを例に挙げて、その原因を太陽活動に求めている。彼は 次のように記して
 いる。
  『黒点やフレア活動の有無が 気候に なぜ これほどの影響を与えるのか、
  本当のところ 誰も知らない。黒点は太陽の磁気活動とフレアに関連している。
  フレアは地球に衝突する高速度の粒子を発生させているが、粒子自体が運ぶ
  太陽エネルギーは ごくわずかにすぎない。しかし、大気圏上層部に「増幅器」の
  ようなものがあり、その作用で粒子が雲量に大きな変化を与える、という可能性
  を考えてみてもよいのではないか。
   今は説明がつかないからと、目の前の証拠を退け、科学者は これまで 散々
  墓穴を掘ってきたのだ。この最たる例が 大陸移動説である。
  ジグソーパズルのごとく ヨーロッパから アフリカ にかけての海岸線と南北アメリカ
  海岸線が ピッタリ 合い、その様は かって それぞれの大陸が一つにつながって
  いて、それが 後に分裂して移動して行ったかのように見える。1960年代までは
  誰一人として 移動のメカニズムが分からず、地球物理学界の大御所陣も 目
  の前の証拠を無視し、洞察力がないため思いつかない何かが作用して、大陸
  が移動したことは認めようとしなかった。』
 
 
 スベンスマークの地球温暖化太陽原因説
   昨年(2007年)2月に英国王立天文学会の会誌であるA&Gに、デンマークの
  太陽気候センター所長のH.スベンスマークの解説論文が現われた。
  スベンスマークの説の要点は次のようなものだ。
   太陽活動に伴って作られる太陽表面の磁場が 太陽風によって 地球に
  運ばれる。その磁場は、銀河宇宙線を跳ね返す作用がある。銀河宇宙線は
  地球大気をイオン化する。イオン化された大気は 雲の凝結核を作る。雲が
  できると太陽光に対する反射能(アルベド)が増大する。すると気温が低下する。
  つまり、太陽活動が増加すると、地球近辺の地場が強くなり、地球に到達する
  銀河宇宙線が減少し、雲が少なくなり、気温が上昇する。実際 20世紀は 太陽
  活動が盛んな世紀であった。
 
   太陽活動と気候の関係を示唆したのはスベンスマークが初めてではない。
  彼の論文の新しい点は、銀河宇宙線強度と低層の雲量に相関があるという
  観測結果を示したこと、また放射線が雲の凝結核を作るという実験結果を
  示したことにある。
   スベンスマークの論文は、長い間 気象関係の学界からは冷遇され、リジェクト
  されてきた。しかし、英国のある雑誌で掲載決定になってから、とくに天文学者
  の注意を引いた。それが、地球温暖化問題が英国王立天文学会誌という一見
  場違いな雑誌に、彼の解説論文が掲載された理由であるようだ。
 
   従来の気候学の立場は、地球の気候は 地球内部の要因によって決まると
  する内因説であると規定するなら、スベンスマークの説は外因説と言える。
  外因説をさらに推し進めた天文学者がいる。全球凍結のような大氷河期は
  太陽系が銀河の渦状腕に突入すると発生するとシャビブは主張した(2002)。
  銀河の腕の中は 星生成が盛んで、銀河宇宙線も多いからである。さらに、
  我々の銀河の伴銀河である大小マゼラン雲の接近も、地球の気候に影響を
  与えるのではないかと推測している。
 
   スベンスマークの実験は小規模のものであった。ジュネーブにあるCERNの
  研究者たちは、その加速器を利用して スベンスマーク の仮説を確かめるために、
  CLOUDという大々的な国際共同研究を計画している。
  もし、地球気候の内因説が正しいなら、われわれ天文学者、宇宙物理学者の
  出る幕はない。しかし、恐竜絶滅が内因説から隕石衝突による外因説に変わ
  ったことを見ても、地球温暖化の宇宙起源説は捨てがたい。そうすれば、我々
  の出番なのである。
 
 太陽活動と気候の関係
   地球の気候が太陽に支配されていることは疑いようがない。しかし、そのこと
  と、近年の地球温暖化が 近年の太陽活動の増大によるとは  直には言えない。
  しかし、太陽活動が気候と密接に関係しているという間接的な証拠は多い。
  太陽黒点はガリレオが発見した。それ以降、黒点の数は詳細に記録されて
  いる。それによると、17世紀に マウンダー極小期と呼ばれる 太陽黒点が ほとんど
  無い時期があった。それと小氷期と呼ばれる寒冷期が一致している。
   黒点が増えると、太陽からの可視光の放射は 常識に反して増える。黒点周辺
  の温度が上昇するからである。しかし、放射の変化量は わずかであり、これが
  気温に大幅な影響を及ぼすとは考えにくい。このことが 地球気候に対する太陽
  の影響を無視する有力な理由とされてきた。
  スベンスマークの説は、太陽放射ではなく、太陽磁気の重要性を指摘した点で
  新しい。研究者の中には、太陽紫外線の変化が重要な役割を果たすと主張する
  者もいる。
 
 地球史的な温度変化
   最近、地球温暖化問題がかまびすしいので、現在はとてつもなく高温期である
  か、それに向っていると思われるかもしれない。しかし、歴史的に見ても、先に
  述べた中世温暖期は現在と同様、或は それ以上に高温であった可能性もある。
   歴史時代からさらに遡ってみると、過去1.1万年前に地球は氷河期から
  脱して間氷期に突入した。今から5〜9千年前は気候最適期と呼ばれ、現在より
  高温であった可能性がある。この時期、サハラ砂漠に湖があり、ワニやカバが
  住んでいた証拠がある。
   さらに遡ると、過去数百年前に地球は氷河期に突入して、十万年前後続く
  氷河期と、その間に 一万年程度続く間氷期を 数十回も繰り返してきた。現在
  の我々は 間氷期の終わり近くにいると考えられる。
  この数百万年は 氷河期が常態なのであり、間氷期にいる我々は 極めて幸せ
  な時期に住んでいると言える。というか、そんな高温期であったからこそ、人類
  は栄えたのだと言えるであろう。
    これらの気候変動は、ミランコビッチ・サイクルとして知られる地球軌道の変化
  によって起されたと考えられている。間氷期は すでに 1万年を越えたので、
  時期的に考えれば、いつ氷河期に突入してもおかしくはないし、実際に 21世紀
  半ばには 小氷期が再来すると主張する学者もいる。また、人類による農業活動
  に伴った二酸化炭素ガスの放出が、氷河期の再来を妨げているとする説すら
  ある。
   もっと長期的な視点で見るなら、地球は温暖化しているどころか寒冷化して
  いるのである。5億年前から現在に至る温度変化を概観すると、気温は大きく
  変動してきた。その間、全地球が凍結するという とてつもない氷河時代、全球
  凍結の時代が数度あったとされる。 一方、過去5000万年前の始新世高温期
  には 現在の気温より はるかに高く、 シベリアの平均気温は18℃もあり、
  極地方には氷がなかった。 現在の気温上昇など 目ではないのである。
   では、その当時は 死の世界であったかというと、まったく逆で、生命に満ち
  溢れた時代であった。二酸化炭素も 現在の10倍近くあったのではないか と
  言われている。二酸化炭素の多さと高温は植物にとって好適なので、植物は
  繁茂した。すると その植物を食べる生物が繁栄し、さらに それらをエサにする
  肉食動物も繁栄した。生命一般にとっても 人類にとっても 温暖化は善、寒冷化
  は悪」なのである。
   今まで見たように、地球史的に見て 現在は 特に高温ではなく、長い目で 
  見れば、ほぼ一貫して寒冷化が続いている。しかし、もっと短い時間スケール
  で見ると、ここ100年程度で 温度上昇が起きていると言うことだ。
 
 私の考える地球温暖化問題の真相
   それでは なぜ、地球温暖化の危機が叫ばれるのか。それは人類、とくに温帯
  地方に住んで、その温和な気候を利用して発展した先進国は、現在の気候に
  適応しているからである。 現在の気温上昇は 地質学的な悠長なものではなく、
  100年程度の時間で起きる変動である。つまり、そのような気候変動に 先進国
  は適応できないのではないかという危機感が、地球温暖化問題の真の原因
  であると、私は考える。つまり、先進国の人間にとっては、現在の温度、環境
  が最適であり、それを壊して欲しくないと考えているのだ。
   田中宇流に言ってみよう。中国やインドなどの発展途上国は、これから化石
  燃料を燃やして発展して、西欧先進国並みの生活をしたいと考えている。
  しかし、先進国にしてみれば、これ以上 二酸化炭素を増やして現在の環境を
  破壊して欲しくないと考える。だから、地球温暖化問題とは、政治的に見る
  ならば、ヨーロッパを中心とする先進国の既得権擁護運動であると、私は考えて
  いる。それに 政治的正義の衣をかぶせたのが、地球温暖化防止運動である。
  田中宇は、地球温暖化問題とは、西欧 特にイギリスの陰謀であるとさえ主張
  する。
   つぎに、これらの主張は 特に特異なものではなく、日本の著名な学者たち
  によっても語られていることを、次に紹介する。
 
 「地球温暖化問題の真相」シンポジウム
   私は、以上に紹介したような地球温暖化問題に関する私の疑問を、花山星空
  ネットワークのメーリングリストで紹介した。すると、それを読んだ人からの紹介
  で、東工大地球惑星科学教室の丸山茂徳教授が同様な考えの持ち主だという
  ことを知った。正直なところ、このメーリングリストの威力に驚いた次第である。
  そこで、丸山教授に連絡を取った所、教授は 2008年5月に幕張メッセで開かれる
  地球惑星科学合同大会で「地球温暖化問題の真相」と題するシンポジウムを計画
  しているので、私にも講演しないかと勧められた。
   そのシンポジウムの主催者とその講演者を見て驚いた。主催者には 惑星科学
  で有名な東大の松井孝典、天文学者で旧知の戎崎俊一、草野完也、寺沢敏夫、
  評論家の桜井よし子などが名を連ねている。講演者の人選も度胆を抜くもので
  あった。科学者は当然として、鳩山法相や前原民主党元代表を始めとする
  政治家、ジャーナリスト、官僚などが名を連ねている。もっとも正直なところ、
  政治家の2名(自民党の村上誠一郎と小野晋也)を除いては、普通の正統派の
  立場を述べるか、なおざりな話をしただけであった。
  それより 私が驚いたのは、これらの人々を駆り出した主催者の政治力である。
   私が講演したのは、これら政治家やマスメディアの人たちが登場した「 世界の
  環境変動 と 21世紀の国策 」と題したシンポジウムであった。
 
 丸山の主張
   丸山の基本的な主張は 次のようなものだ。
  現在の地球温暖化の原因は 二酸化炭素ではなく、自然的要因である。その
  有力な候補として太陽活動が考えられ、そのメカニズムは スベンスマークの説
  が有力である。20世紀の太陽活動は 非常に盛んであったが、現時点では 黒点
  の数が極めて少ない。 次の太陽サイクルからは、太陽活動が弱まる可能性が
  あり、21世紀は温暖化というよりは、寒冷化の可能性が高い。
   人類の歴史をひもとくと、温暖化は善、寒冷化は悪である。中国の王朝の崩壊
  は、寒冷化と軌を一にしている。寒冷化すると飢饉になり、農民は食べられなく
  なり、王朝に対して反乱を起こす。ローマ帝国の崩壊もそうである。中央アジア
  が特に寒冷化に敏感である。地球が寒冷化すると、まず中央アジアで食えなく
  なり 遊牧民族が移動を始める。フン族が西進してゲルマンを追い払い、ゲルマン
  は ローマに入り込んで ローマは滅んだ。蒙古帝国の興隆も 寒冷化が原因である。
   21世紀の我々にとって真の脅威は温暖化ではない。地球人口の爆発的増加
  である。70年代にローマクラブがマサチューセッツ工科大学のメドウスたちに依頼して
  計算した 人類の未来予想図がある。この計算では、人口、資源、工業生産、
  農業生産、汚染などの変数間の関係を仮定して、これらの変数が将来どうなる
  かを求める、システム工学的手法による未来予測である。
  その結果、驚くべきことに、ほとんどの計算例において、人類の人口は爆発的
  増加をして、資源を食いつぶし、汚染を増大させ、農業生産は やがて減少する。
  そのため 2050年あたりに 人口は90億人程度に達し、それをピークとして、人口
  は年間4000万人程度の割で激減していく。
   それに対して、未来学者のトフラーたちは、そのシュミレーションを批判して、
  人類は賢明だから そのような事態にはならないと主張した。しかし ほぼ40年後
  の現在、人口増加はローマクラブの予想とほとんど違わない。トフラーの主張は
  誤りである。
   人類の今後の歴史は 2020年あたりが転換点で、資源と食糧の減少が顕著
  になり、2030年を経て、2050年のカタストロフィーにいたる。温暖化は 食糧生産
  の増加を通じて、その時期を少し遅らせるが、寒冷化は促進する。
   化石燃料が枯渇した段階で、日本が維持できる人口は江戸時代と同様な
  3千万人である。西欧先進国では 2020年問題を真剣に見据えて対策を取って
  いるが、日本は危機感が少ない。少子高齢化対策で人口を増やす政策を取って
  いるが、本来は逆で、いかに穏やかに人口を3〜4千万人に軟着陸させるかで
  ある。その危機感に基づき 丸山は「百年生存学会」の設立を提言する。
 
    私は、丸山の言う2020年問題の萌芽がすでに見えていると思う。昨今の石油
  、資源と食糧の値上がりである。もちろん これには様々な複雑な要因が絡んで
  いる。しかし、最終的には人口増加による需要の増大と資源枯渇による供給の
  減少から、かならず 資源と食糧の値段は上がる。先進国は それでも しばらく
  は、その富で これらを買い続けることは可能かもしれない。 真っ先に食えなく
  なるのは 発展途上国である。すでに食糧暴動が出始めている。その先にある
  のは、大量の民族移動である。現在の国際関係から それが難しいとしたら、
  必然的に戦争が起きる。21世紀は戦争の世紀であると、丸山は主張する。
  
  
 
 
                         (つづく)
(14) のつづき
 
 
                          (5)
 
 6.2 近未来の地域・局所規模では 確かに温室効果ガス以外も重要
  江守
      伊藤様は 6.1で 地域・局所規模の気候変動には CO2以外の要因も重要で,
 その解明は不十分と述べられましたが,これに基本的に同意します.
 個別の表現では同意しかねる個所が若干あるため,以下では その指摘を まず
 行い,続いて 温室効果ガス以外の要因も考慮した研究の展望を 簡単に述べ
 ます.
  「検出」は 世界平均気温以外でも 可能  伊藤様は,CO2の影響を検出する
 ためには 世界平均気温に注目する必要があったと述べておられるようですが,
 IPCC WG1 AR4の9章にありますように,各大陸規模の平均気温上昇や世界規模
 の高温日増加・低温日減少にも 人為要因( CO2は その主要な一部 )が検出されて
 います.AR4以降の研究では,陸上降水量の南北分布の変化(Zhang et al.
 北極・南極域の平均気温上昇(Gillett et al.)にも 人為要因が検出されています.
  長期的には 温室効果ガス は「大物」  地域・局所規模の気候変動に温室効果
 ガス以外の要因が 同程度か それ以上に重要かもしれないのは,特に 今後20
 〜30年程度の近未来についていえることです.それ以降の長期の気候変化を
 考える場合,温室効果ガスが「大物」であることはいうまでもないでしょう(近未来
 でも「小物」は言い過ぎと思いますが).
  諸要因を含めた予測研究が展開中 以上の点を除けば,伊藤様の指摘は
 おっしゃるとおりと思います.近未来の具体的な適応策策定などに有用な情報
 を提供するため,エアロゾル・土地利用変化等の より詳細な考慮や内部変動の
 予測を含めた,特に地域規模の予測の高度化が必要であるという認識は高まっ
 てきています.
 これに応えるため,IPCC AR5に向けた国際的な研究戦略(
Moss et al.)の下では,
 炭素性を含めた各種エアロゾル及び大気汚染前駆物質の地域的に詳細
 排出量分布,ならびに地域的に詳細な土地利用変化のシナリオを与えて気候モデル
 実験を行う計画が推進されています.
  また,近未来の温暖化と一緒に 十年規模の内部変動を予測する研究(例えば
 Smith et al.)も AR5に向けて 本格的に展開する予定です.これらの結果を用いた
 地域気候モデル研究,影響・適応・脆弱性研究も できるかぎり速やかに行われる
 ように計画が練られています.
  もちろん これらにより すべてが解明されるわけではありませんが,伊藤様が
 指摘された点は 今まさに世界中の温暖化予測研究者が取り組んでいる課題
 といえます. 
 
                           e-mail討論 終わり
                  コーディネーター吉田英生 京都大学工学研究科教授
 
 
  この討論の企画に際して、コーディネーターの吉田氏は、
 
           1988年6月23日の翌日,The New York Times は次のように報じました(抜粋).
         Global Warming Has Begun, Expert Tells Senate
       Dr. James E. Hansen of the National Aeronautics and Space Administration told
       a Congressional committee that it was 99 percent certain that the warming trend
       was not a natural variation but was caused by a buildup of carbon dioxide and
       other artificial gases in the atmosphere.
    それから約20年が経過し,2007年のノーベル平和賞が Albert Gore米国元副大統領
    と気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change, IPCC)
    に授与されるに至り,世界は CO2主因説による地球温暖化論とその対策の議論とで
    一色となりました.しかし,わが国の大部分のマスコミや関係機関が CO2による地球
    温暖化を疑いのない事実と報じ,また一般の人々もそれを無条件的に信じる一方で,
    科学的決着はまだついていないとする意見,或は CO2による温暖化そのものを否定
    する意見も,実は 多数存在しています.
            2008年7月の洞爺湖サミットでも最重要課題として取り上げられたように,地球温
    暖化は21世紀初頭の世界を席巻している最大の問題であり,その社会的インパクトは
    よくもわるくも比類ないものです.しかし,その出発点で 十分な科学的なコンセンサスを
    得ないまま,予防原則に重点をおいて その先の議論を進めることは,たいへん危険で
    あります.“科学的な真偽はともかく,人類が自分達の活動が及ぼす環境影響について
    目覚めるよい機会になり,省エネルギー・省資源も促進されるからよいではないか”と
    いうようなあいまいな立場ではなく,純粋に科学的な検討を徹底的に行うことが焦眉の
    急といえるでしょう. ・・・
 
  等々と述べて、 編集後記には、
 
    ・・・ まず人為起源地球温暖化論の真偽を議論することについては,科学的に公正に
    実行できればという条件付きで ほとんど異論なく承認いただけました.しかし,
    討論結果が及ぼすインパクトは,従来から地球温暖化対策を真剣に検討してきた本会
    にとっても,また世間一般にとっても,決して小さくはないため,本会として 今回の結果
    を 今後に どのようにつなげていくかということには慎重を期すべきとの意見が出ました.
     確かに,IPCCの報告書に 概ね従って動いている世界の大きな流れの中にあって,
    今回の結果を,温室効果ガス排出に関する現在進行中の政策の研究や議論編集実行
    委員会便りにどのように反映すればよいのか,また 一部では 過剰とも思える予防保全
    の議論もあるものの真剣に行動を起こしているNPOなどのグループなどにも,学会として
    どのようなスタンスでこの結果を伝えればよいかなども,討論に付随して多少なりとも
    検討・言及すべきことだったかもしれません.
     しかし,コーディネーターを終えたばかりの筆者は その任にあらずと判断しました.
    ために,筆者からは 本e-mail討論を純粋に科学的な追究というスタンスでのみお伝え
    させていただく次第です.・・・
 
   と。 
 
 
 
 
 
   平年差
 
       この図は、人工衛星とブイ・船舶による観測値から解析された日本近海の海面水温
  及び その平年差。 平年値は 1981年から2010年の平均値。
 
 

 
 
   それでは、次に 
 
                         (1)
 
  要約: 近年メディアなどで盛んに話題になっている地球温暖化現象が、人間
   活動による二酸化炭素のせいであるとする立場を、正統派と呼ぶとすると、
   それに賛成しない懐疑派や否定派が無視できない程度に存在する
    本稿では、地球の気候は 太陽活動と銀河宇宙線によって決まるとする
   スベンスマークの説を紹介する。この立場を 彼は宇宙気候学と名付けた。
   地球史的には 6000万年ほど前から気温は低下し続けており、現在が 特に
   高温ではないことを述べる。そして、地球温暖化問題の政治的意味について
   の私見を述べる。さらに、2008年5月に幕張メッセで開催された「地球温暖化
   の真相」と題するシンポジウムの報告もする。
 
  はじめに
    地球温暖化問題が科学的のみならず、政治的にも大きな問題となっている。
   国連が主催する「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)では、世界中の
   多くの科学者を集めて地球温暖化問題を研究し、近年の地球温暖化の原因
   は人間の活動に伴って排出される温暖化ガス、とりわけ二酸化炭素であると
   している。その結論に基づき、西欧、日本を中心とする政府は、二酸化炭素
   削減に取り組む計画を立てている。また メディアの報道も、この立場一色で
   ある。
    ところが、IPCCの結論に賛成しない人々もいる。たとえば、アメリカのブッシュ
   政権は、IPCCの結論に賛成せず、したがって 京都議定書も批准していない。
   もっとも、ブッシュ政権は科学的な理由というよりは、政治・経済的な理由に
   基づいて反対しているのであり、アメリカでも科学者やメディアの多くは、IPCC
   の結論に同意している。地球温暖化問題は アメリカのアル・ゴア元副大統領
   が推進してきたものであり、民主党の路線でもある。 アメリカでも ブッシュ政権
   が異常なのであり、近い将来に アメリカは 民主党政権になるとすれば、ヨーロッパ
   と共同歩調を取る路線に戻るであろう。
    ちなみに、二酸化炭素を今後は大量に排出するであろう中国もインドも 京都
   議定書を批准していない。これが発展途上国の立場である。
 
      ※ アル・ゴア、2007年10月12日、講演や「不都合な真実」での環境啓蒙活動が
        評価され、IPCCと共にノーベル平和賞を受賞することが発表された。
        
   地球温暖化問題に関する懐疑派、否定派
    科学者の中にもIPCCの結論に疑問を唱える人々が 無視できない程度に
   存在することをご存じだろうか。
    ここで 地球温暖化問題を次の3点から考えてみよう。 
    1) この100年程度で地球の平均気温は大幅に上昇しているか?
      つまり、地球温暖化現象は本当に存在しているか?
    2) 地球が近年、温暖化しているとしても、その原因は 人間活動に基づい
      て発生した二酸化炭素などの温室化ガスか?
    3) 地球が今後100年程度で 数℃温暖化したとして、それが人類にとって
      有害か?
    この3つの質問すべてに対して イエスと答える人々を地球温暖化問題の
   肯定派 或は正統派と呼ぶことにする。それに対して、この3つの質問の
   いずれかに疑問を呈する人たちを懐疑派と呼ぶことにする。また、この3つ
   の質問のいずれかに、完全にノーと答える人たちを否定派と呼ぶことにする。
 
    まず、私の立場を明らかにしておけば、私は懐疑派である。地球温暖化は
   起きているであろうが、その原因は 後に述べるように太陽など宇宙現象と
   関係しているのではないかと推測している。しかし、確証はない。
   メディアでは 「地球温暖化の原因は人間起源の二酸化炭素であることは、
   科学的に確証された、いまは議論のときではなく行動のときである」 といった
   論調が主流である。私は 「それは本当なの?」 と問うているのである。
 
          正統派からは、懐疑派は石油産業から金をもらっているとか、ブッシュの犬
   であるとか、疑似科学者であるとか、不正義であるとか見られることが多い。
   今や地球温暖化問題は科学的な議論より、国益か否かという政治的基準、
   儲かるか損をするかという経済的基準、信じるか信じないかという宗教的
   基準、正義か不正義かという倫理的基準で語られることが多い。
    私の立場は、地球温暖化の原因はまだよく分からないので、まだまだ科学
   的議論が必要だというものである。
 
    この問題を調べ始めると、日本のマスメディアが喧伝するほどには、議論が
   決着がついていないことが分かる。 欧米のネットを調べると、激しい論争が
   延々と続いている。 懐疑派・否定派が結構多いこと、それも 結構 著名な
   学者にも多いことが分かった。例えば、後で紹介するのだが、日本の有力な
   地球物理学者、宇宙物理学者に懐疑派、否定派がいる。 オーロラ 研究で有名
   なアラスカ大学名誉教授の赤祖父とか、日本気象学会の元理事長の廣田
   とか、そうそうたる人物も その中に含まれる。
    次の章で、私が どのようにして、この汚泥のような問題に足を踏み入れたか
   を述べよう。
 
  私の地球温暖化問題
    私がこの問題に関心を持ったのは、国際政治ウォッチャーの田中宇(サカイ)
   氏のホームページを読んだときである。田中氏は公刊された情報から世界
   政治の裏側を読むというスタンスで 毎週、興味あるニュースを配信している。
   その中で、田中氏は場違いとも思える「地球温暖化のエセ科学」という タイトル
   で、地球温暖化の正統派を批判する記事を書いた(2007年2月20日号)。
   調べてみると、田中氏は すでに10年ほども前から 同様の主張を繰り返して
   いる。
    田中氏の地球温暖化正統派への疑問は、主として西欧の政治的動機への
   疑問から来ているのだが、その記事の中で 私は マンのホッケー・スティック図
   とかスベンスマークの理論を始めて知った。
 
    マンのホッケー・スティック図とは、過去1000年間の地球の平均気温を樹木
   の年輪などから割り出した グラフである。この図では 1000年から1900年までは
   気温がほぼ一定であるが、20世紀になって急に気温は上昇していると読み
   取れる。この図を IPCCは、その報告書において地球温暖化の有力な証拠
   として採用した。
   しかし、歴史的に明らかな中世の温暖期や江戸時代初期の小氷期などの
   存在が無視されているとして批判もされている。
 
    次に、私の目を引いたのは、物理学会誌に掲載された槌田敦氏の論文
   である。そこでは 近年の平均気温と二酸化炭素の変化の関係を示した
   キーリングのグラフを示し、まず気温が上昇してから二酸化炭素が増えている
   ことを主張した。つまり、二酸化炭素が気温上昇の原因ではなく 結果だと
   いうのである。槌田氏は 個性の強い研究者として毀誉褒貶があり、氏の主張
   をそのまま信ずるわけにはいかないが、私は正直、ヘェーそんな考えもある
   のだと思ってしまった。
   
 
 
 
 
   
 
 
 
 
 
                          (つづく)

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