混沌の時代のなかで、真実の光を求めて

現代に生きる私の上に 仏法は何ができるかを 試そうと思い立ちました。//全ての原発を 即刻停止して、 別の生き方をしましょう。

死者は何処へいったか?

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悲痛な境遇(15)

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何と悲痛なことであろうか! かの人の境遇は。


しかし、私は 今 それを傍観して この逸楽に居る。

それは、幸いなことか? 不幸なことか?


わが人生を 幻想でくるまり、

塀一つ隔てた隣家の境遇に 背を向けて、


この世の者ではないかのように、ここに 一時の逸楽に耽り、

人生の凍て付く荒野に置かれた この者の運命を、異常な事のように見做す。



なんという倒錯した ものの見方であろうか!

自分を 板子一枚の 生死の苦海に漂う者とは、つゆほども思わない テイタラクであります。


哀れなるかな、まことに み仏さま、

悲痛されるべき境遇の者は、かえって この逸楽に耽る私なのではないしょうか?


かくして、他者への共感能力を欠如したまま、

何もないかのように、平気で 今日を過ごしているのであります。


「 お念仏だけで すべて 事済む世界、 尊いこと。

  今日一日を お念仏の中に。 お念仏だけが 三千大千世界よりも大きい。 」


という 念仏は、 ここに 取り落とされています・・・・。

                               合掌

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死者の納得(14)

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世には、あってはならない死が、多くある。

昨日も 今日も また明日も、人の住む所には どこにでも。



‘ どうして こんなことになったのか?!’ と 納得いかない死が・・・。

ただ、泣き叫び 狂乱し、或は また 塞ぎ込むほかに、人は 何が為せるだろうか?


それで納得いくわけでもないのだが、人には その他hokaに為すすべが無い。

もはや居ない かの人の 生前の表情や仕草が、脳裏から離れない。


他人を責め 自分を責め、彼の生命を悲痛し 自らの運命を恨む。

あたかも 自分が、永遠に ここに居るかのように・・・。


冷静な哲学的思惟を、その時 為せる者は、人ではない。

聖者の教えに耳を傾けてみても、納得いく答えを得られるものではない。



そうして、答えの得られないままに、時だけが 過ぎていく。

あれやこれやと 納得の所在を求めつつ、空しく時を過ごす。


そのうちに、多くの者は、他に 人生の喜びを見出して わが悲しみを忘れ、

あるいは、日々の生活の中に 紛れ込んで、死者のことを 別の事どもで覆い隠す。


また ある者たちは、出来合いの観念に 死の納得を委ね、

死というものに直面することを避けて、 自己欺瞞のうちに 安んずる。


そして ついには、愛しい者を救い得ず、救い得なかったことに 気を病むことも無くなり、

死というものが、この世に無かったかのように 生きていく。



彼の者を、膨大な過去の中に 置いてきぼりにするのである。

わが人生の中に 埋没していくのである。


そして、やがて わが死が 目の前にやってくるまで、

多くの人は、死というものを 本当には 体験せずに 終る。


彼らは、種々の逸楽に この あたら短い生を埋めるのだ。

あたかも それが当然であるかのように・・・。


かの人が、己が生命を犠牲にして 私に 教えてくれた死というものを、全く反古につつ・・・。

ああ 本当に悲しむべきは、かの人の身ではなく、この愚かな わが身ではないだろうか?!






                                   合掌

無常(13)

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 ものは みな、生じては しばらく 留まって やがて 滅し、

 我らは、ものを得ては しばらく わが手の裡にあって、やがて それを失う。


 長年 積み上げてきたものも、やがて失い、

 日頃 大事にしてきたものも、忽然と わが手から滅する。


 堅固に見える巌も 風雨に晒されて、

 永遠に 自己を そのまま保つことはできない。


 社会や、国家や、思想・観念や、健康や、愛着や、憎悪も・・・、

 崩れる時は、やがて 必ずやってくる。


 ものみな 常無き この世界に、

 何処に、常なるもの があるだろうか?


 それを求めて、さ迷い出た者は、

 茫々たる砂漠に、常世の国の蜃気楼を見る。


 そして 彼らは、砂漠の上に 延々として 果てることもない 白骨の道を作ってきた。


 この世に、常なるものを断念した者は、

 ものみな 変壊するなかにおいて 自己を 虚無の中に措定する。


 あたら 希有の人生を、白々とした 空過の時のうちに 埋める。



 ああ! この 何一つ堅固なき世に、堅固なるもの を求める 愚かさよ!

 ああ! ものみな 生滅する世界に、空しい自己 を見出す 悲しさよ!



 常なる世界は、そんな処に ありしない。

 真実の自己は、私が 思いも掛けなかった方向からやってくる。





                                      合掌
 

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  人間の野に、多くの誕生があり、多くの死がある。

  太古から 繰り返されてきた 我ら生き物の ごくあり触れた営みである。


  アフリカやアジアなどの現文明の周辺諸国では、

  この営みは、しかし 先進諸国より顕著に激しい。


  先進国では、犯罪や テロや 災害や ミサイルで、神経をすり減らしているが、

  それで 実際 死ぬだろう者は、交通事故 や 自殺で 死んだ者の数と比べれば微々たるものであろう。


  この世で、大仰なシステムを 科学技術によって作り上げ、それに依存して生活する 我ら文明人は、

  それを維持するために、かえって 非人間的な営みを科せられる。


  冥府では、先進諸国の我儘のために 日照権を奪われ、

  この文明の影となった 国や境遇の亡者たちが、そこで 生き物の本来のあり方を 実現しているに違いない。


  生まれ 生まれ 生まれ、 死に 死に 死んでいく 生きとし生けるものたちは、

  ‘人工的なものが、素晴しいことだ’ と 急に言いだした 我ら文明人に 困惑しているだろう。




                                     合掌
  

  

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仮の宿り(11)

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自分自身 と この世界 に対する違和感が、私には ずっとあります。

私が ‘人間である’ ということも、‘日本人である’ ということも、‘男だ’ ということも、・・・・、


それらを ごく当り前のように 日頃は過ごしていますが、 一度 立ち止まって 静かに考えて見ると、

こういった私が、奇妙で 納得しがたく 不可思議なものと思えてきます。


「これは、一体何なのか?!」 と。


この世界も、そのなかの様々な物も、また そうです。

そして やがて 私は、この世界から消えていく・・・。


これも また、実に 奇妙なことです。


このように 自己 と 世界は、

私にとって、親和的でないものであり、 違和感を覚えざるを得ないものであります。



また、日常生活においても、他の人々との応接のなかで ふと気付くと、

大きな重石のような自己が、そこに競seり出ていて、周りの人々から 疎外の状態にあるのを見出します。


多くの葛藤を 内にもった私が、他の人と 一つになることもできず、親和的に交流もできず、

たった一人、しどけなく そこに佇んでいるのを見出します。



このような私は、この社会からは 孤児であり、この世界からは 異邦人であるかのようです。

すべての関係を絶たれた 石ころのような存在です。


この 日本の社会 or 国土 や この宇宙は、 わが‘存在の故郷’とは とても思えません。

むしろ、しばらく居て、やがて去っていく ‘仮の宿り’のようです。




                                   合掌


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