混沌の時代のなかで、真実の光を求めて

現代に生きる私の上に 仏法は何ができるかを 試そうと思い立ちました。//全ての原発を 即刻停止して、 別の生き方をしましょう。

感動したことば

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「一枚起請文」〜法然

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 〜〜〜〜 これは、「哲学日記」呼吸さん から頂きました。
           http://blogs.yahoo.co.jp/cyqnh957/27710580.html

    ** http://blogs.yahoo.co.jp/cyqnh957/27661621.html これも 合わせてご覧下さい。

   〜〜〜〜〜
                                       〜〜〜〜〜〜

法然上人のことば(2)
法然上人の教えのなかで、これがもっとも好きです。
有名なものだから、知ってる人も多いでしょうが。


 イチマイ  キショウモン
一枚起請文


もろこし我が朝に、もろもろの智者たちの 沙汰し申さるる
観念の念にもあらず。
また 学文をして 念の心を悟りて申す 念仏にもあらず。

ただ往生極楽のためには 南無阿弥陀仏と申して 疑いなく往生するぞ
と思ひとりて 申すほかには 別の仔細 候はず。
ただし 三心・四修と申す事の候ふは、
皆決定して南無阿弥陀仏にて往生するぞ と思ううちにこもり候ふなり。

このほかに おくふかきことを存ぜば、
二尊のあわれみに はづれ、本願に もれ候ふべし。

念仏を信ぜん人は、たとひ一代の法を よくよく学すとも、
一文不知の 愚鈍の身になして 尼入道の無智のともがらに同じて、
智者のふるまひをせずして ただ一向に 念仏すべし。


                                  (黒谷上人語燈録11)


※「一枚起請文(いちまいきしょうもん)とは、建暦2年1月23日(ユリウス暦1212年2月27日)に
法然が死の直前に自身で遺言を記したものである。」(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E6%9E%9A%E8%B5%B7%E8%AB%8B%E6%96%87参照


                                     以上


〜〜〜〜〜〜

  中国 や わが国において さまざまな学者方の扱われてきた 観念の念でもなく、
  また 学問をして その念の意味を理解して 申す 念仏でもない。

  ただ、「 往生極楽のためには 南無阿弥陀仏と申して 疑いなく 往生するぞ 」
  と思い取って 申すほかには、別に 言うべきものはありません。
  ただし、三心・四修 ということのあるのは、 それは 皆 決定して
  「 南無阿弥陀仏(と申すこと)で 往生するぞ 」 と思う中に こもっているのです。

  このほかに 奥深いことがあると思うならば、
  二尊(弥陀と釈迦)の 御哀れみにはずれ、(弥陀の)本願に 漏れることになるでしょう。

  念仏を信じる人は、たとえ (釈迦が その)一代に説かれた八万四千の教法を 
  よくよく学んだとしても、 一文字も分らない(一文不知の)愚鈍の身となって、
  尼入道のような無智の者たちに同じて、
  智者の振舞いをせずに、ただ 一向に 念仏しなさい。


                          kyomu 現代語訳 

念仏生活とは?(7)

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   〜〜〜〜〜


        生活の中で 念仏するのではなく、


        念仏の中で 生活するのである。 






                  *   *   *   *   *






             “ 私が 私に生まれて よかった ” と言えたとき、


                  祖先は、全部 成仏するのです。



   

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  〜〜〜〜〜〜〜

  今日の朝日新聞「文化」欄から、上記タイトルの記事の一部を無断転載させて頂きます。
        
     ** 寺島実郎氏は、(財)日本総合研究所会長。(1947〜 )
       http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BA%E5%B3%B6%E5%AE%9F%E9%83%8E
       http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BB%FB%C5%E7%BC%C2%CF%BA?kid=27308
       http://www.jri.or.jp 〜〜 日本総合研究所のHP

       @ 日本のエネルギー戦略の脆弱さを指摘して、
        「 日本人は 原発をもっと引き受ける覚悟が必要ではないか 」と発言
                          (NHK-BS1「世界潮流2006」)

      寺島実郎氏のグローバリズム批判(上・下) 警告発するが、あいまいさも
              http://www.jlp.net/syasetu/020615b.html  2002 6月




         *    *    *    *    *



  ・ ・ ・ ・ ・

「主張する外交」を掲げた安倍内閣がスタートした。 誰に対し何を主張するかが 眼目である。

自分の国の利害については 声高に主張するが、世界秩序の在り方には 沈黙するというの
であれば、その主張は 世界の敬愛を集めるものとはならない。 政治指導者に 21世紀の
世界秩序の中での 日本の役割についての経綸が 問われているのである。

 明らかに、21世紀の日本の国際的役割は 2つに凝縮できる。

 一つは、同盟国アメリカを アジアから孤立させない役割であり、多様な価値を許容する
国際社会の建設的関与者になるように 米国を支援することである。
 二つは、中国を 国際社会の責任ある参画者に引き入れる役割であり、 環境問題から
知的財産権問題まで この国を 国際ルールやシステムに責任を持って関与する国になること
を支援することである。

 そのためには、多くの国を納得させうる 「 政策理念 」 が 不可欠であり、
改めて 国際協調主義と平和主義を貫く 意思と構想が必要であろう。




 戦後を生きた日本人は、少なからず 寺山修司が

   マッチ擦るつかのま   海に霧ふかし   身捨つるほどの   祖国ありや

と詠んだ 問いかけを 自問自答しながら 生きてきた。
それは、決して祖国を愛さない 「 非国民 」 的な心象風景ではなく、
むしろ「 身捨つるほどの祖国 」への希求を潜在させた 熱い想いを象徴しているとさえ言える。


 戦後60年、封印されてきたナショナリズムが 外部環境の変化にも触発されて解き放たれ、
行き場を求めて 彷徨っている。

≪≪ 一人の大人として、若者に 「 国を愛すべきだ 」 と語るのではなく、愛するに
値する国を創くることに 責任を 共有せねばならない ≫≫ と 思う。

大人が あるべき社会への理念を 胸に、真剣に 汗を流す姿勢を 見せずして、
若者の社会参加を 語ることは 空しい。


  ・ ・ ・ ・ ・

 当り前の事実にすぎないが、 何十年も 世界を動き回ってきて 実感することは、
いかなる国においても いかなる状況下でも、 人々は 自らの国・民族に 誇りを抱き、
幸福を希求しているということである。
間違っても、自分たちの愛国心が 優越していると 誤認すべきではない。

しかも、世界は 特定の超大国が 価値を押し付けることのできる状況にはなく、それぞれの
自己主張を前提とした 全員参加型秩序に向けて 変わりつつある。
だからこそ、筋道の通った主張への情熱 と 自らを客観視する冷静さが 同時に求められるのである。



                                       以上



      文中の ≪≪ −−−−− ≫≫ は、 kyomuーが 施しました。







        

〜〜〜〜〜
   「 信心獲得gyaku/tokuなくして 救われない 」とは、誰が救われないのでしょう?
   また、「 信心のない者は、死後 浄土に行けない 」とは、誰が 誰に言うのでしょう?
                                       〜〜〜〜〜〜
  という私の問いに対する

  「 ねこ 」さんの問いに答えて
                http://blogs.yahoo.co.jp/neko_koneko222000/12937218.html
   〜〜〜〜〜〜                                    〜〜〜〜
〜〜〜〜〜

 「 我なくば 弥陀も 正覚よもとらじ  我こそ 弥陀の知識なりけり 」(一休)


弥陀を 泣かせたのも、私である。 弥陀を 立たせたのも、私である。

弥陀に 正覚を取らせたのも、私である。



子の苦しみが なければ、その苦しみを泣く 親の涙はない。

子の迷いから、頼みもせず 願いもせず 知りもせぬのに、親が生まれた。


その親は、今度は 先手をかけて、頼みもせず 願いもせず 知りもせぬのに 向うから働きかけた。

そうして ‘ このまんま 救う ’ という絶対救済の本願力・慈悲を、子の魂のどん底に とどかせた。


子が信じたから 救いができるのではない。

できた南無阿弥陀仏を、親の念力で 子に知らせて 安心さすのである。


私は ただ、信じさせられたばかりである。 

信じまいと もがいても 信じねばならなかったのである。


私の往生をぬきにしては 考えることのできない  私の往生浄土を たった一つ 目当てに、

それだけ一つの 目的に、五劫永劫かかった 親である。


その親を知っただけで、私の往生は 決定する。


     寒さが 本で、     衣服は 末

     病人が 本で、     医者は 末

     借銭が 本で、     親の辛苦は 末

     暗さが 本で、     電灯は 末

     私の迷いが 本で、  如来の正覚は 末


衣服ができたら 寒さはない。 医者が来たら 病気は治る。 

親が 子の借銭ゆえに 辛苦して金持ちになれば、 子の借銭は 払ってくれる。


電灯が点れば 暗さはなくなる。

南無阿弥陀仏 即ち 如来の正覚を知らされたら、 私の往生成仏は 確かである。



                             ( 住岡夜晃全集第一巻 )

〜〜〜〜〜
  〜〜〜〜〜〜〜

狂風:「 苦しみが 感謝に変わるまでには、人は 大分苦しまなければなりません。
   私も やっぱり苦しみのたびに、寂しさのたびに、喜んでいます。
   私は 苦しみに出会うたびに、いよいよ私一人の世界を 明らかに見出されるような気がします。
   だまって、苦しみ苦しんでいるとき、私は ほんとうに 私を見出して、
   何か大きな光に引き寄せられた気がします。

   私は どうも浮調子になって 騒いでいるときや、幸運が向いてきて フカフカするときには、
   私の霊は、落着きを失って とかく傲慢になって思慮がなくて、
   何だか 私自身を失ったような 悲哀を後から感じます。
   私は 苦しいたびに、強くなれるように感じます。

   私たちは、言う権利もあり 理前もあるとき、私の思うほどを言って、立派に勝ちたいのですけれど、
   やっぱり、勝者の地位に立ったときは、何だか 心の空虚を感じます。
   言いたい理前も言わないで、静かに負けていることは、辛いことですけれど、
   その後では、その苦しみが、中身のある大きな喜びとかわるような気がします。」

問者:「 先生は喜んでおられます。いつも喜んでおられます。そして辛い時にも消えてしまわない喜びです。
   そうです。 自分一人でしか喜ばれないような喜びは、小さな喜びです。
   家庭の者に分てる喜び、世の人にまで及ぼす喜びでなくては、本当の喜びではありますまい。
   ふつうの喜びは、苦しい時 消える喜びです。 」

   (乃至)

狂風:「 人は 一体 人を信じすぎますね。 
   信ずるというよりも、人の好意を あまり無造作に考えて 頼りすぎますね。
   私たちも 人に頼りすぎて、度々バカを見たり 苦しんだりするものです。
   人に信じられたり 理解されたりすることは、嬉しいことですが、

   自分から人に頼りすぎたり、理解を求めすぎたりするために、弱くなったり苦しんだりします。
   自分を正しく知らせるということは、誰も持つ欲ですが、
   それがために、つい人に頼りすぎたり、自分を言訳することに、日を暮らすようになるでしょう。
   人間は、< 自分が たった一人だ。> と そのどん底に立ったとき、

   案外 自分の力も見えるし、自惚れも取れるし、動かない自分の生き方が 分るような気がします。
   私たちも 随分言いたいだけ言って、自分の明かりを立てたかったものですが、近頃 少しは 忍ばれる
   ような気がします。  時には、私たちが 人の身代りに罪をきるようなこともありますが、それも、
   意義あることのような気がします。 けれども人には、やっぱり信じられたいですな。」

問者:「 先生のは、信じてくれないと言われても、他人のことです。
   私たちのように、もう三人も四人も 子供があって、一生つれ添う妻が、自分を信じてくれないで、
   小さなことにも、ビクビクしてくれることは、先生には 分らない辛い問題です。」

狂風:「 私たちのは、まだ真実に触れていないかも知れません。
   親が 子を信じない。子が 親を信じない。夫が 妻を信じない。妻が 夫を信じない。
   それこそ 人生 一番辛いことでしょう。 お互い辛い世の中ですね。 けれども、この辛さがなかったら、
   人生は 変なものでしょうね。私たちは とても今日のような幸福はなかったでしょうね。」




                                ( 住岡夜晃全集 第一巻 )


      ** 狂風: 住岡夜晃は、若い時 自分を「狂風」と名のっていました。
            この対話を書いたときは、まだ 独身でした。


   

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