長門有希の素質2 

「いやぁ、注目の的ですね、貴方と長門さん。僕のクラスにまで噂が伝わってきましたよ」

「そうだろうな」

 憮然としたまま、キョンは古泉のナイトをポーンで奪う。

 あの手紙に書かれていたのは、内容だけはいつもどおりな、簡潔な呼び出し文だった。

 ひょっとして何か重大な話かと覚悟を決めてキョンが呼び出し場所に向かうと、その場にいた長門は弁当箱を広げ、珍しく本も読まずにキョンを迎え入れたのだ。

 それから何かあったのか、古泉はキョンから聞きだすことは出来なかった。

 漏れ出る情報から分析してみると、感想としては『あーんと上目遣いは、無表情でやろうが相手が可愛ければ凶悪なまでの威力』なのだそうだ。

 学校のどこでそんな事をしたのか聞いてみたかったが、聞けばきっとキョンが怒り出すので古泉も聞くに聞けない。

 それに、さすがに長門有希がその場にいるのにそんな話を振るほど、彼も愚かというわけではなかった。

 そう、当然の事ながらここはSOS団の本拠地である。

 昨日のような『偶然』も無く、ハルヒを除く全員がいつものように思い思いの行動を取っていた。

 ―――ただある一箇所を除いては。

「ところで長門さん、何故貴方がそこにいるのか聞いてみてもよろしいでしょうか」

 古泉の問いに、しかし長門は無言で一瞥すらしない。

 本を読んでいる事に変わりはないし、態度も一切変化はないのだが、普段いるはずの特等席に彼女は居なかった。

 そこには硬直しきった朝比奈みくるが長門の手によって強制的に座らされており、本来の主である彼女は、今現在圧倒的勝利を収めている武将の背後に鎮座していた。

「……ひょっとして、僕はお邪魔なんでしょうか?」

「俺に聞かれても困る」

 半ばヤケクソ気味に答えて、キョンはさらにクイーンを奪った。

 背もたれ代わりに自分の背中を使われている事に関してはノーコメント……というより必死に気にしないようにしているようだ。

 もちろん、ここに至るまで彼女は一切行動原理を語っていない。

 キョンが部室を訪れると、いつものように彼女が本を読んでいて、さらにおなじみになったみくるのメイド姿、そしてチェスの相手を求めるように手を招く古泉と見慣れた光景が広がっていたのだが、キョンが古泉と対戦し始めた頃から様子が変わってきた。

 長門は無言で席を立ち、何を思ったのかみくると席を変わったのだ。

 突然の行動にみくるは硬直し他二名は何事かと長門に注目したのだが、どうやらみくるの席では彼女の意図にそぐわなかったようで、長門は再度席を立つ。

 そして次に彼女が選んだのがキョンの真後ろだった。

 最初はどういうつもりか尋ねようとしたキョンだが、妙に安定してしまったせいか文句を言う気分にはなれなかった。

 それに、こうやって予想外の行動をとり続ける彼女が、少し楽しくなってきたというのもある。

「あ、あのぉー、長門さん? な、何でこんな事に?」

 ようやく硬直から脱したみくるが長門に尋ねる。

 もちろん、長門は答えない。みくるは困ったように救いの視線をキョンに送った。

「……長門、そろそろ答えてやれよ」

 さすがに彼女に頼まれると嫌といえないのか、キョンが長門にそう告げる。

「いや」

 すると、今度は明確な拒否を彼女が口にした。

 驚きの展開の連続に、誰もが口を利けなくなる。

「その……長門、何か朝比奈さんはお前の気に障る事をしたのか?」

「結果的には」

「え、えぇ!? わ、私なにかしましたかぁ!?」

 長門の肯定に部室が震撼した。

 みくるはワタワタと慌てだし、さすがの古泉も引きつった笑みを浮かべる。

 キョンはどうしたものか完全に狼狽しており、当の長門だけがマイペースに本を読み続けていた。

「す、すまん長門、何がどう気に障ったのか解説して欲しいんだが」

 ひょっとしたらさらにみくるを傷つけるのではと内心思いつつも、キョンは長門に尋ねる。

 すると長門は、キョンにだけ分かる微細な表情の変化を見せた。

 驚いた事に、恥ずかしそうに照れたのだ。

「あなたは、朝比奈みくるに対し高い優先順位を割り振っている。だから」

 それで終わり、とばかりに長門は本に再び集中し始める。

 その言葉の意味を理解しかねていたキョンだが、そんな彼に対し古泉が驚きつつも注釈を加える。

「ようするに、長門さんはあなたが朝比奈さんに優しいのが許せない。とおっしゃってるわけです」

 古泉の言葉に、みくるの動きが止まった。

 当の本人達よりも顔を真っ赤にして、交互にキョンと長門の姿を眺めている。

「とりあえずおめでとうございます。と素直に祝福しておきます」

「素直に祝福するなら余計な言葉を付け加えるな」

 古泉の笑みが三割ほど増しているような気がして、キョンは視線を逸らした。

 視線の先ではみくるがほのぼのしてくるほど大慌てしている。

「うおっ、いづっ!?」

 急な痛みを感じ、その場から飛びのくキョン。

 痛みを受けた方角には、気のせいか不機嫌そうなオーラを出している長門がいた。

「……ひょっとして、今の長門か?」

 長門は無言で本を読む手を止める様子も見せない。

 さらにキョンは言葉を続けようとしたが、しかしそれは突然の闖入者に阻まれた。

 この場合、闖入者は元文芸部室を乗っ取った張本人で、いわばここの主とも言うべき人間なのだが。

「おまたせ! ちょっと準備に手間取っちゃった!!」

 そういって、ハルヒが昼休みの不機嫌さなど無かったといわんばかりの笑顔でやってきた。

 その手には山ほど装飾品。

 今日は何かの記念日かとキョンが頭をかしげていると、ハルヒが装飾品の中から横断幕を取り出し、飾り付けた。

 そこには、シンプルな日本語で分かりやすく祝いの言葉が記されていた。

『キョン☆有希 カップルおめでとう』

「ちょっと待てハルヒ、これはなんだ」

「なんだって、お祝いよお祝い。団長として団員の祝い事は祝っとかないと」

 どうやらハルヒが遅れてきた原因はこれだったらしい。

 頭を痛ませつつ、キョンはハルヒに尋ねた。

「今更否定する気は無いが……なんでお前が知ってるんだ?」

「有希に聞いたら答えてくれたわよ。まったく、団長に隠し事なんて言語道断よ、キョン」

 古泉やみくるに指示し、テキパキとパーティの飾り付けを始めるハルヒ。

 意外な事に、彼女はキョンと長門の交際に肯定的だった。

 だが、これはあまりにもやりすぎである。

 当の本人達を置いてきぼりにして進むパーティを見て、キョンはこれが何かの夢であればと本気で願いだした。
 その後、本当に行なわれたパーティは途中参加の鶴屋も交えて大盛況となった。

 ただ、自称涼宮ハルヒ研究家である古泉に言わせると、あれは空元気であるというそうだ。

 もっとも、キョンにはそれを気にする余裕は無かった。

 半ば強引に、長門を家に送るようにハルヒに指示されたのだ。

 もちろんキョンとてそれを断るつもりは無い。

 そういうわけで、彼は長門と一緒に下校していた。

「…………」

「…………」

 いつもと同じ沈黙だが、今日はそれがキョンには重いものに感じられた。

 今日の長門の行動は謎が多すぎる。

 それが何かの異変の前触れだと思っていたが、どうもそうではないようだ。

 長門はやはりキョンの右隣やや後ろを歩いている。

 それ以上近寄ってくる気配の無い彼女に、キョンはついに勇気を搾り出して尋ねる事に成功した。

「なぁ長門……今日はいったいどういうつもりだったんだ?」

 彼の問いに長門は数秒だけ無言でいたが、やがてゆっくりと口を開く。

「……恋人だから」

 ただ一言。

 そして、彼女は喋らなくなった。

 つまりそういう事なのだろう。

「あー、その……野暮な事聞いた、わるい」

 キョンは思わず謝っていた。

 今日の一連の騒動は、どうやら彼女なりの『恋人』としての意思表示だったようだ。

 驚くべき事に、どうやらキョンの恋人であるヒューマノイドインターフェースは―――このような表現は不適切かもしれないが―――『甘えん坊』なのである。

 長門がキョンの服の裾を掴んだ。

 いつの間にか、二人は長門のマンションの前までやってきていた。

「……また、明日」

 いつもより間を空けて、キョンの服から手を離す長門。

 その表情が僅かに寂しそうに見えたのは、彼の見間違いではないだろう。

 だから彼は離れていく長門の手を掴んだ。

 今日はじめての、彼からの恋人らしい行為。

「有希……」

 ゆっくりと彼女の唇に口付けする。

 長門は目を見開いたまま、活動を停止したように硬直した。

「ま、また明日な!」

 あまりに自分のした事が気恥ずかしくなり、捨て台詞のように別れの挨拶を済ますと逃げるように駆けていくキョン。

 そんな彼の姿を呆然と眺め、長門は自分の唇に右手を添えた。

「……また、明日」

 二度目の挨拶は、さっきよりもどこか嬉しげであった。


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