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少し前なのですが大阪府箕面市の牧落界隈をブラついてる時に訪問しました。
旧西国街道沿いのこの界隈は趣のある街並みですね。
西国街道沿いにある、一の鳥居です。
その昔、街道を行き交う人を眺めていたのでしょうね。
牧落の集落の人々の氏神様だったと思います。
こちらが、二の鳥居です。
広い境内ですね。のんびりとした時が流れます。
三の鳥居と本殿です。
主祭神は応神天皇です。
創建は不明ですが、寛文2年(1662年)に石清水八幡宮より分霊されたとされています。当時の石灯籠が残ってるそうです。
拝殿から本殿を眺めたところです。
境内には箕面市と所縁のある、青畝の句碑がありました。
新緑の 句碑も 神慮の一つとす
こちらは、箕面市の最後の銭湯だった「百楽湯」
残念ながら廃業されています。レトロな雰囲気が漂っていました。
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大阪府の史跡
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私の好きなことの中で、身近な歴史を調べることがあります。
ガイドブックにはない歴史。その地にしかないような歴史や遺物を調べることがおもしろいですね。
今は、インターネットの時代。ある程度の下調べは可能ですが、やっぱり現地に行くことが大切ですね。そういう時は役所の担当課や郷土資料室・博物館などに行くようにしています。
豊能町立郷土資料館です。
豊能町役場のすぐ近くにあるのですが、この資料館の開館日は「火・木・土曜日のみ」なんです。
何回か行ったけど閉館日ってことがありまして、なかなか訪問できませんでした。
学校の施設を利用してるようでした。
郷土資料室と言えば時代背景は様々でして。。。
こちら、豊能町は近代の農機具や、昔の暮らしの展示物が多かったですね。
それもそのはず。
豊能町内には古代の遺跡はほとんどありません。古墳も数基確認されてますが、位置・規模についても不明です。(要するに現在山中にあり確認ができない)
少しだけ、古代の須恵器が展示されていました。
学術員の方から詳しいお話しがたくさん聞くことができました。
豊能郡界隈は、石仏が多いのです。それも多面像石仏。
これらの魚拓と写真が展示されてました。これはめちゃ興味ありますわ。
能勢町内にも見られますよね。これらの文化はここで派生したのでしょうか??
そういえば、川西市内のお寺にもこの多面石仏は見ることができますね。もしかしたら、豊能郡から運ばれたものかもしれませんね。
私が、あまりに熱心に石像の話をするので、学術員の方結構いろいろ文化財について教えてくださいました。パンフレットもいただいたので、石像巡りしようと思います。
豊能町郷土資料館は、火・木・土曜日のみの開館ですので注意してくださいね。
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原田神社を参拝し、岡町界隈で昼ごはんを食べた後は、少しブラブラしました。
前述のとおり、阪急岡町駅界隈は「桜塚古墳群」という巨大古墳群がありましたが、今では数基が残るのみです。
こちら、豊中市立伝統芸能館と石塚会館です。寄席などの伝統工芸ができる施設です。
地域のコミュニティセンターとなっています。場所は桜塚古墳群の古墳「大石塚・小石塚古墳」の横です。
大石塚古墳から出土した円筒埴輪。保存状態がいい感じですね〜。
こちらは、この会館を建設するときに出土した「円筒埴輪棺」。ちょうド大石塚古墳の造り出し部くらいに埋葬されていたようです。出土状態が復元されていますね。
どんな人が葬られていたのでしょうね??
たくさんの資料が展示されています。
桜塚古墳群の古墳分布図。
こんなにたくさんの古墳が存在していたのですね〜。今現存するのは緑色の5基のみです。
何だか寂しくなってしまいますね。
大石塚・小石塚古墳は、公園として整備されています。
こちらの古墳については、以前にもアップ済ですね。
こちらは、大石塚古墳。墳丘に立ち入りはできません。
きれいに整備されていますね。
小石塚古墳です。こちらも立入はできません。
都会の中で残された古墳2基。ずっと保存していただきたいですね。
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大阪府豊中市の桜塚界隈は、前述のとおり桜塚古墳群が存在し、36基以上の古墳が存在しました。今はそのほとんどが破壊されていますが、この古墳群に纏わる神社が阪急岡町駅近くにあるので行ってきました。
阪急宝塚線岡町駅を降りてすぐです。
岡町商店街の中を歩いて行くと原田神社に着きますよ。
この石鳥居は1687年に作製されたそうです。それにしてもこの大きさの鳥居を造るってすごいですよね。
こちらが本殿。
主神は素戔嗚尊です。社伝によると、桜塚古墳群が存在したから4世紀中〜5世紀末に創建されたとされています。
また、白鳳12年(684年)に天武天皇が神宝・神鏡・素盞男命御鏡・獅子頭を奉納したことから大宮と称し、皇族や武家より厚く崇敬を受けたそうです。
本殿が少しだけ見えますね〜。
天正6年には、荒木村重の乱によりこの神社も兵火にさらされました。
それにしても、荒木村重の乱は、摂津地区の寺社仏閣をすべて焼き払ったのですから、とんでもない乱だったのですね。
こちらは十二社です。
國常立命を祀っています。
この建築様式は三間社流造と呼ばれます。桃山時代の作りなのですが、創建時期は不明です。
さんどうが2方向にある稲荷社です。
のんびりとした時が過ぎていきますね〜。
岡町商店街を歩いていると、行基菩薩地蔵がありました。
この界隈も僧行基の残した痕跡がありますよね。
かつて、豊中の中心部だった、桜塚界隈です。商店街内はたくさんの見どころがありますね。
また、「能勢街道」「伊丹街道」の交差点だったこの地には多くの人が行きかった名残が残っていますね。この辺りは後日ですわ。
岡町と言えば、有名な民家と一体になった稲荷社。
以前は右側はお店でしたがもう営業されてないみたいですね。
岡町界隈はさらに探索してみようと思います。
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大阪府能勢町にも多くの古墳が残ってることは、前にも述べたのですが、自分なりにちょいと調査に行ってきましたが、イマイチ情報不足で困っていました。野間神社に行った際に、地元の方が教えてくれました。
まぁ、埋蔵文化財の調査は、①地元の図書館や文化財展示室②役所の担当者に聞く③インターネットからの情報収集。この方法なんですがね。今回は偶然にも神社で出会った地元の方に感謝です。
すみません、見た目「古墳群」とは思えないのですが。。。。
野間中古墳具群A支群です。
ここに、4基の古墳があるということなんですが。。。
左奥の盛土は古墳と思えますね。狭い区域内に4基の古墳ですが、私も事前調査なしで行ってるので判りませんでした。
石室の石材が露出していますね。
4基ある古墳のうち3基は石室を有するそうです。何号墳なんでしょうね??
こちらも天井に石室の石が見えています。
こちらの古墳では、須恵器や銅鈴が出土していますが、銅鈴は野間神社に安置されているそうです。
この古墳については再度、役場に行って調査してきますね。
しかし、野間中古墳群A支群ですが、B支群・C支群も存在するようです。これについても調査に入りますね。
今回は、調査報告のみとなりましたが、今後の調査については気長にお待ちくださいね。
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