|
まず,自殺は痛ましく,悲しいことだと思います。 ただ,このブログ記事に引用された新聞記事だけで, ADHDと診断されたことが自殺の直接の原因と考えるには根拠不十分に思われますが, 今回の焦点はそこではありません。 今回のトラックバック先には,次のような記述があります。 「ADHDが一生治らない先天的な脳の病気というのは全くの嘘です。なぜならば、 誰もそれを証明したことがないからです。問題なのは、その診断が何ら科学的根拠無く 行われていることです。」 「ADHDを含めた発達障害を、発達障害者支援法では「脳の機能障害」と 明記されています。ところが、発達障害の診断とは、科学的根拠の無い精神医学の 診断基準にいくつあてはまるかなどという、医師の主観によってされます。」 この記述のうちの,まず, 「その診断が何ら科学的根拠無く行われている」 「発達障害診断とは(中略)医師の主観によってされます」という点について, 誤解があるのではないかと思われます。 ここで述べられている「診断基準」とは,DSM(DSM-IV-TR)のことのようです。 そして,このDSMによる診断基準の科学的根拠を疑う理由について, けびちゃん氏は次のようにおっしゃっています。 「このチェックリストにあてはまることで、なぜそれが脳の障害とされるのでしょうか?」 ここで,前述(昨日,8/20記載)の近視の診断基準について思い出してください。 まず,病気の診断基準とは,(生活に支障がある)症状の有無が第一の問題であり, その原因が何であるかはその次の問題であると思われます。 そしてDSMは,診断のための基準であり,原因を問題にしないわけではないですが, 特定の原因を前提とするものとは限りません。 (薬物やアルコールの中毒などは原因が比較的限定されている例もありますが) 近視でも,原因は複数考えられており,しかも直接的な原因は特定されていませんでしたよね。 ADHDも,この診断基準にあてはまることが,即,脳の障害であることを意味するわけではありません。 (けびちゃん氏の疑問はDSMによって脳の障害と診断されているという前提が誤解と思われます) ADHDの要因の1つに脳の障害を考える理由は,DSMを根拠とするのではなく, 他にあるようです。 しかしその話の前に,もう1つ。 「医師の主観によって」診断がなされる点をけびちゃん氏は問題としていますが, この点についても誤解があると思われます。 精神疾患・精神障害については,過去には,それこそ主観的な診断と, 科学的根拠のない原因についての理論に基づいて治療を行った歴史が (比較的最近まで)存在します。 (よく例に挙げられるのは,古いものでは中世ヨーロッパの魔女狩りや, 日本の狐憑き等で,診断や治療とすら呼べないような代物ですが) しかし,それではよくない,より客観的に診断し, 科学的な治療を行わなければならない,という考えから, 現在に至る診断と治療の研鑽が行われてきたようです。 そして,その動きの中から生まれてきたものの1つが,DMSと言えるようです。 DSM(参考 Wikipedia)の「特徴」に,今回のテーマと関係することが書いてあります。 (書きかけの記事ですが,とりあえず。) 参照する点は次の点です。 「病因論などに余り踏み込まずに精神症状のみを論理的推察と 統計学的要素を取り入れ分類した事で、」 「診断基準が明確になり、今まで医師の主観的な傾向にあった精神疾患の判断に対して、 客観的な判断を下せる様になり」 このように「客観的な判断を下せる」と, けびちゃん氏の記述とは反対のことが書いてあります。 これを大雑把に補足すれば, かの有名なフロイトの精神分析学的理論に基づいた考え方で症状の分類・診断を行うには, 用いられている概念が多義的で曖昧であり,推論も多いことから(すなわち主観的), もっと事実性,妥当性,正確性を重視した診断を行うべきという運動が生じ, そしてその流れの中で誕生した診断基準が, (深層心理ではなく)観察可能な症状についての具体的で詳細に分類された基準をもつ, DSM-IIIとIV,ということのようです。 つまり,客観性を高めようとした結果がDSM-IV-TRであり, けびちゃん氏の記述のように単純に主観的と断じることには疑問がもたれます。 それから,けびちゃん氏は判断を誤る可能性が考えられる例として, 分数が理解できていないためにADHDのチェックリストにあてはまる 行動を生じる子どもの例を考えていらっしゃいます(実例でしょうか?)。 しかし,DSMは単なるチェックリストではありません。 DSMにはけびちゃん氏が引用したチェックリストの部分以外にもたくさんの記述があり, 日本語版では,ADHDの項は96〜103ページと8ページあります。 けびちゃん氏はこれら全てに目を通されたのか,疑問に思われました。 DSMは,それらを読まずにチェックリストだけを利用するものではありませんし, また,全て読めば診断ができるというものでもありません。 さて,分数の例についてですが,DSM-IV-TR日本語版には, たとえば次のような記述があります。ADHDの「鑑別診断」の項です。 「不注意の症状は,IQの低い子供が,学校で, その知的能力に不相応な状況におかれたときによくみられる。 これらの行動は,注意欠陥/多動性障害の子供の同様の兆候とは 区別されなければならない。」 「反抗的行動をする者は,他人の要求に従うのが嫌で,集中することが必要な 仕事や学校の課題に抵抗するかもしれない。これらの症状は注意欠陥/多動性障害の子供が 学校の課題を避けることとは区別しなければならない。」これらの記述は,分数の例のような判断を誤る事態を避けるための項目といえるでしょう。 また,けびちゃん氏が引用している診断基準D.には「障害が存在するという明確な証拠が 存在しなければならない」と書かれているわけで, これだけを見ても単純に主観的と評するのは適当でないのではないかと思われます。 けびちゃん氏は同じブログ記事に 「ADHDと診断を下すのは簡単です。基準にあてはまりさえすれば、何でも障害とできるからです。」 と書かれていますが,簡単に判断を下さないように, DSMには上記のようなたくさんの注意書きが付いています。 上に挙げた例のほかには,たとえば,ADHDの「診断的特徴」の項の最後に,次のような記述があります。 「臨床家は,さまざまな情報源(例:両親,先生)から情報を集め, それぞれの環境におけるさまざまな状況での行動について尋ねるべきである。」これは,診断者が主観と独断で判断することをできるだけ回避し, 診断の科学性を高めるための記述の1つと言えるでしょう。 DSMが全く問題のない診断基準とは考えません。 私が言うまでもなく専門家から問題点が指摘されているようです。 しかし,その多くの点は専門家にとっては常識であると思われますし, だからこそDSMだけに頼らない慎重な判断が求められてもいます。 (診断分類が便宜的であることも含めてこの程度のことは 専門の概論書レベルに書かれていることです。例:下記の「私のおすすめ」の本) けびちゃん氏がトラックバック先の記事や,他の記事でも書かれているような懸念があるとすれば, それはDSMという診断基準に問題があるというよりは, 診断基準利用の注意点を無視した安易な運用をする(一部の)専門家に 問題があるということはないでしょうか? 加えて言うならば,このように精神疾患・精神障害の診断とは, 専門教育を受けていない人に診断できる(診断してよい)ものではないとされています。 もし,専門教育を受けていない学校の教員がADHDやLDと断言したならば, それは教員の判断の誤りであって,診断基準の誤りではありません。 どうやら他の記事と合わせて考えると,けびちゃん氏はADHDについて, 主に過剰な診断と薬物治療を問題にされているように思われましたが, その問題をもって,DSMに問題があると断じるのは, 検討不足ではないかと思われました。 8月12日のステレオタイプについての記事でも触れたように, 過剰な薬物治療の問題から,それに関係するものは全て悪い,と, ステレオタイプ的認知を行っていないかとも懸念されましたが,どうでしょうか。 「ADHDという名の死の宣告」というタイトルも,その表れに思われました。 なお,日本の病院ではICD-10(参考 Wikipedia)が主に使用され (病院で診断するのは精神病だけではないわけですし), DSMを主に使用するのは学術研究者や心理学関係者と聞いたことがあるのですが, 実際のところはどうなのでしょう。 ICD-10のほうがDSM-IV-TRよりも記述は少ないようですが, 2つの全く異なる診断基準が存在したらおかしなことになりますから, 診断基準が異ならないように両方の作成者が話し合って,妥当性を検討して, 大きな違いがないように作られているそうです。 だから,この話はどちらの診断基準についてでもあまり問題ではないかもしれません。 さて,次はADHDの科学的根拠(原因)について触れる予定です。
これはまだ書いてないので,次の更新予定は未定です…。 (自分の仕事の締め切りが迫ってもいるので…(--;) |
全体表示
[ リスト ]



私はがんセンターの看護師をしていた主婦から、「発達障害だから頭が良いんだ!」と言われた事があります。その言葉で私の全人格を否定されたように思い、一時期は自殺も考えました。専門家ではないのに、そのような断定的な言い方をすべきで無いと思います。彼女とは話合いましたが、現在もその女性を許した訳ではありません。
2012/10/6(土) 午後 3:55 [ 志知美香しっち よしか ]
「発達障害だから頭が良い」とは、それはあまりに安易なご発言ですね。及ばずながら心中お察し申し上げます。発達障害についての知見は日進月歩のようですが、この記事を書いた頃よりも問題は解決に向かっているかといえば、必ずしもそうとも言い切れないようです。日々更新される知見が整理されて一般に普及する形になるのもまだまだ時間がかかると思いますが、せめて、安易に言及しないという心構えは、看護師に限らず一般的になってほしいものですね。
2012/10/6(土) 午後 11:43