京都祇園祭

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祇園祭り.山鉾巡行2

今日も引き続き、巡行のお話をさせていただきます。
辻回しというと四条通りと河原町通りが交差する所で行なわれるのが有名ですが、
実はそこに行くまでにも何回か辻回しは行なわれています。
各鉾と山は、巡行のスタートラインである四条通りの長刀鉾の後ろに順番に一列に並ぶ為に
各町内の細い路地から大通りへ出てきてから、行ないます。
細い路地から出発する時に電線などにひっかからないよう、
慎重に、慎重を重ねながら烏丸通りや四条通りに出てくるところは緊張感があって
大通りで見るのとはまた違う魅力が感じられました。

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祇園祭り.山鉾巡行

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やっと梅雨明けして、晴れ渡った先週末の京都。
本格的な暑さの訪れとともに、祇園祭もハイライトの山鉾巡行を迎えて、
多くの方々が京都に訪れました。
今年はユネスコ無形文化遺産に登録されて初の巡行で、巡行日が土曜だったこともあり、
京都府警の発表では昨年より約7万人も多い約20万人もの人が訪れたそうです。
真っ青な空に各鉾や山の鮮やかな色彩が映え、本当にきれいで厳かで、
それはそれは迫力がありました。

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♩コンコンチキチン…

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祇園祭とともに京都特有の蒸し暑さも佳境に入っています。
朝から晩まで烏丸界隈は、通りにも駅でも鉦や笛、太鼓のお囃子のBGMが流れています。
昨夜の宵々山では、ずらっと夜店も登場して人の出も益々ふえていました。
大通りだけでなく、少し入った細い道にもお店が出て、
街全体がとてもにぎやかな活気に満ちています。
夜に四条通りを歩きますと、鉾の中でただ一つ、
人形ではない生きたお稚児さんが乗る長刀鉾から、生のお囃子が聞こえてきました。

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お祭りを盛り上げるのになくてはならないお囃子。
この♩コンチキチン…という祇園囃子は、鉾によって色々と違うそうで、
曲目は各鉾で約30曲ほどのレパートリーがあるといわれています。
祇園囃子は「コンチキチン」の鉦の音色が特徴的ですが、
リズムを刻む鉦、メロディーを奏でる笛、テンポを司る太鼓の三楽器で構成されています。

各町内会によってお囃子の会のシステムに違いはあるようですが、
囃子方は少年の頃から練習して芸をみがきます。
芸だけでなく、律・年齢に関係ない上下の縦割りの年功序列関係から
行儀作法・言葉遣い等もしこまれ、
見習い期間を何年か過ぎてから試験を受け、
そこから正式にデビューするまでに更に仕込み期間があり…と
それはそれは長い訓練の道のりがあるそうです。

今やっと、本番を迎えていらっしゃると思うと
また一層お祭り気分も高まりそうですね。


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ほこのおはなし その2

昨日14日は宵々々山ということで、京都の四条通りと烏丸通りでは歩行者天国がはじまりました。
すでにもう13万人もの人出だそうで、お祭りの熱気が漂っています。
祇園祭にいらっしゃる方は、周辺はもちろん山鉾周辺は特に込み合うので
押し合いなどにお気をつけて楽しまれて下さい。
では本日も引き続き、各鉾や山のご紹介をさせていただきます。

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油天神山(京都市下京区油小路通綾小路下ル風早町)

町名の由来のお公家さん『風早家』の屋敷で祀っていた天神(菅原道真)を祀ったそうです。
朱塗りの鳥居が特徴で松と一緒に立てる紅梅は天神さんと縁があり、
有名な見送りの毛綴(けつづれ)は故梅原龍三郎画伯の富士山の絵が元だそうです。

木賊山(京都市下京区仏光寺通西洞院西入木賊山町)

基は世阿弥の謡曲「木賊」から木賊刈りの老翁が別れた愛児を思い舞う場面を表します。
等身大の老翁像は足台に元禄5年(1692)の墨書があり右手に釜、左手に木賊を持ちます。

太子山(京都市下京区油小路通仏光寺下ル太子山町)

通常山鉾の真木は松ですがこの山だけ杉です。
聖徳太子が四天王寺を建立する際、自ら良材を山に探しに行き、
老人に大杉の霊木を教わり六角堂を建てた由来からで山に飾る太子像は江戸時代の作だそうです。

白楽天山(京都市下京区室町通綾小路下ル白楽天山町)

2体の人形の唐冠を付けた方が白楽天、帽子(もうす)をかむる僧形が道林禅師。
長恨歌の名詩で有名な唐の詩人、白楽天が道林禅師に仏法を問う場面です。
この山も天明、元治の大火で胴組や人形の胴を失い、巡行中断と復元を繰り返しています。

綾傘鉾(京都市下京区綾小路通新町東入善長寺町)

徒歩の傘鉾。応仁の乱より前の鉾で元治元年に焼け、明治10年代に復活〜再度中断、
昭和54年に再び巡行します。江戸期に徒歩から引き鉾となり、明治に復活し再び徒歩に。
鬼形の踊り手と棒振り・鉦・太鼓の囃子方の行列です。

蟷螂山(京都市中京区西洞院通四条上ル蟷螂山町)

屋根の上にカマキリが乗り、別名もかまきり山。
己の力を知らず大敵に立ち向かうのを勇敢とした中国の君子の故事が由来です。

四条傘鉾(京都市下京区四条通西洞院西入傘鉾町)

明治5年以降消滅同然だったのが1987年に117年ぶりに巡行復帰します。
壬生六斎の棒振り、囃子の協力が復活源だったそうです。
祇園唐草模様の大傘に錦の垂(さがり)で飾った花傘は応仁以来の傘鉾の原形を今に伝えます。

北観音山(京都市中京区新町通六角下ル六角町)

応仁の乱の頃から隣町の南観音山と1年毎に交代で巡行し、隔年にでるのはこの両山のみでした。
元はかき山ですが後に曳き山となり、楊柳観音像と韋駄天立像があります。
真木の代わりに毎年鳴滝から届く真松を立て所有はくじ引きです。
史料に「左三の枝に尾長鳥」とありますが今は鳩がとまり、尾長鳥は北観音山に留まっています。

南観音山(京都市中京区新町通錦小路上ル百足屋町)

「北観音山の観音様は男、南観音山は女とされ、南では宵山の夜に翌日の巡行の無事を祈り
“あばれ観音"の行をされる」といわれ、別名「あばれ観音」です。
楊柳観音像と善財童子像があり、楊柳観音は三十三観音の筆頭で姿を変え
手に柳を持ち苦難を救います。この山の楊柳観音は頭から袈裟をつけ趺座(ふざ)しています。

橋弁慶山(京都市中京区蛸薬師通室町東入橋弁慶町)

山の御神体は五条の橋の上、牛若丸がぎぼしに飛び上がり弁慶が長刀を構えています。
足駄の前歯だけで人形の体を支え、500年前の作と思えぬ躍動感が特徴です。
かき山として唯一のくじ取らず。山籠や真松もなく、山の中でも相当の古さです。

鯉山(京都市中京区室町通六角下ル鯉山町)

前掛けや見送りは16世紀のベルギー製タペストリー。
重要文化財の指定がありギリシャの叙事詩を基にして人物や風景がモチーフです。
竜門の滝を昇る鯉は竜になる言い伝えから木製の鯉が勢い良く水しぶきを上げる勇壮な山です。

浄妙山(京都市中京区六角通烏丸西入骨屋町)

軽業師のような姿の人形の山です。
宇治川の合戦で一来法師が三井寺の僧兵・浄妙の頭を飛び越し先陣に出た故事に因みます。
揺れる山で人形の上に更に1体乗せ、1本の木で上下を繋ぎ、
浄妙の鎧は室町時代の作で重要文化財です。

黒主山(京都市中京区室町通三条下ル烏帽子屋町)

桜を松と共に飾った華やかな山。謡曲「志賀」の中で六歌仙の1人、
大友黒主が志賀の桜を眺めるお話が由来です。
杖をつき白髪のまげの翁人形は品格を感じさせます。
山を飾る桜の造花は家に悪事を入れないお守とされています。

役行者山(京都市中京区室町通三条上ル役行者町)

鈴鹿山と共に山鉾町最北の山です。
役行者(えんのぎょうじゃ)は自分の修行以外に庶民と交わり医療などにつとめ、
民衆に人気のある僧でした。人形3体はその役行者を中心に、鬼の顔の一言主神・葛城女神。
人形が多い分、山のサイズも最大級です。

鈴鹿山(京都市中京区烏丸通三条上ル場之町)

鈴鹿山は旧東海道の難所・鈴鹿峠にあたり、畿内と東国を結ぶ要衝として歴史上の言い伝えも多く、
商人を狙う盗賊が多く出たことが鬼が出る、と変化して伝わったそうです。
この山の神・鈴鹿明神(瀬織津姫命)の伝説も鬼退治のお話で大長刀を手に、
立て烏帽子のりりしい女神の姿が見られます。

八幡山(京都市中京区新町通三条下ル三条町)

八坂さんのお祭りに石清水八幡を祀っているので当時の八幡さんへの
信仰が厚かったと見られています。社殿は江戸時代後期天明年間の作とされる総金箔押しです。
前面の鳥居の笠木の上に、八幡さんのシンボル・鳩が2羽対面して止まっています。


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ほこのおはなし その1

本日も昨日に引き続き、祇園祭りのお話をさせていただきます。
それぞれの鉾にまつわる由来などのお話です。

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長刀鉾(京都市下京区四条通烏丸東入長刀鉾町)

「くじとらず」で巡行の先頭です。鉾先の三条小鍛冶宗近作の大長刀が名の由来です。
彼の娘が病気で八坂神社に奉納したのをある武人が愛用した途端異変が起き始め返納した、
とか大永2(1522)年に流行した病がこれを長刀鉾町に飾ると治まった等いわれます。
創建は嘉吉元年(1441)とか。真木は全長20m。現在この鉾だけお稚児さんが乗ります。

函谷鉾(京都市下京区四条通烏丸西入函谷鉾町)

昔、秦の昭王の重臣・斉の孟嘗君は罠にはまり身が危うくなり函谷関まで逃げてきました。
鶏の鳴声で開く関門なので家来が鶏の真似をして鳴くと本物の鶏がつられ
一斉に鳴き無事通れたという中国史話が由来です。鉾の真木は22m。
鉾頭に三角形の白麻を張り先頭に三日月があります。

鶏鉾(京都市下京区室町通四条下ル鶏鉾町)

中国の「諫鼓」という伝説が由来です。暦を定めた聖天子・尭帝が宮廷外に太鼓を置き、
政治に不満があれば叩かせ木を立て訴えを書かせ、世は治まり太鼓は苔が生え鶏の巣となるお話です。
鉾頭は紅白を互い違いに巻いた三角枠で中に同の円板が挟まれ、3つの角に紺色の苧束の房がつきます。
中ほどに舟を担いだ人形が飾られます。

菊水鉾(京都市中京区室町通四条上ル菊水鉾町)

謡曲「菊慈童」が由来です。魏の文帝の勅使が薬水を探していた山で会った少年が
『700年前、王の枕を誤ってまたぎ追放され、普門品の偈を甘菊の葉に記すと露が滴り、
飲むと不老長生した』といいます。
昭和28年復興し鉾頭に16の菊があり「菊水」と篆書の額がつきます。

月鉾(京都市下京区四条通室町西入月鉾町)

『古事記』で伊弉諾尊が禊祓いをした時、左眼を洗い天照大神、右眼を洗い月読尊、
鼻を洗い素戔鳴尊を生んだお話が元です。
月読尊は夜の神と水徳の神で鉾頭に金色の三日月があり、
真木の中程に天王様を飾る天王台の下に籠製の船があります。

放下鉾(京都市中京区新町通四条上小結棚町)

真木の中程の「天王座」に放下僧の像を祀り、別名「すはま鉾」。
鉾頭は日・月・星三光が下界を照らし洲浜の形の様だからです。
昔は「生稚児」でしたが昭和4年以降人形になり、
巡行時に稚児と同じく鉾の上で稚児舞いができるようになっています。

船鉾(京都市下京区新町通綾小路下ル船鉾町)

由来は『日本書紀』。神功皇后の人形は面を着け頭上に天冠、
紺金襴の大袖に緋の大口、緋縅の大鎧姿です。
応仁天皇を生んだ人で御神体に晒を巻き巡行後安産祈願の御腹帯として授与します。
船頭に「鷁(げき)」という高さ1.3m、両翼端2.7mの架空の瑞鳥がいます。

岩戸山(京都市下京区新町通仏光寺下ル岩戸山町)

「国生み」と「天の岩戸」という神話が元の曳き山です。
天照大神が岩戸に隠れ世界が暗くなり、八百万神が尾鳴鳥を鳴かせ鏡を鋳造し勾玉を500作り
天香山の榊を立て、天鈿女命が舞うお話です。
屋形内に伊弉諾尊、天照大神、手力男命の3体の人形が飾られます。

保昌山(京都市下京区東洞院通松原上ル燈籠町)

旧名「花ぬす人山」。藤原大納言方の孫・平井保昌は武勇に優れ、和歌も堪能、妻は和泉式部でした。
恋した女官に紫宸殿前の梅が欲しいと頼まれ一枝折ったのを見つかり矢を射られ逃げ帰るお話です。
盗難除け、縁結びのお守りが授与されます。

孟宗山(京都市中京区烏丸通四条上ル笋町)

中国24孝の1人、孟宗は病の母にと筍を竹林で探しますが寒い時で1本もなく、
座り込んだところ筍が生えてきて母も回復したお話が由来。笋(たかんな)町の名も筍の意味です。
白地に雄渾な筆致で孟宗竹林が描かれた見送りは竹内栖鳳の筆です。

占出山(京都市中京区錦小路通室町東入占出山町)

釣り竿を持った人形は神功皇后です。九州・肥前の川で鮎を釣り戦勝を占った伝説が由来で
別名「あいわい山」。色鮮やかな日本三景を描いた胴掛けが特徴です。

山伏山(京都市中京区室町通蛸薬師下ル山伏山町)

山に飾る御神体が山伏です。前(さき)の祭りで一番北の山で当時人気の修験道・山伏からの着想という説です。中国からの正面の水引は雲中の竜、青海波と麒麟を精緻な刺繍にした豪華な作で、
見送りも中国・明時代とされます。

霰天神山(京都市中京区錦小路通室町西入天神山町)

昔、京都の大火の時、急に霰が降り猛火はすぐ鎮まり、
霰と小さな天神像が降りてきたお話が元で火よけの神とされます。多くの鉾が焼けた天明、
元治の大火でもこの山だけは残り、宵山のお守授与で子供が
「雷(らい)よけ火よけのお守はこれより出ます」と歌います。檜皮葺きの立派な社殿が山に乗ります。

郭巨山(京都市下京区四条通西洞院東入郭巨山町)

この山のみ屋根があって日覆障子が乗り、金地彩色法相華文の板絵では他にない古い形式です。
名前の由来は中国史話で貧乏で母子を養えない郭巨が子を山に捨てかけると土から金の釜が現れ
母に孝養を尽くすというお話です。人形は鍬を持つ郭巨と紅白の牡丹の花を持つ童子の2体です。

伯牙山(京都市下京区綾小路通新町西入矢田町)

戦後、町会所が無くなり綾小路の旧家・杉本家がお飾り場になります。
琴を前に斧をもつ人形は中国・晋の琴の名手・伯牙。
怒りの目、赤い頬は友の訃報で悲しみ、琴を壊そうという場面で明治以前の別名は
「琴破(ことわり)山」です。

芦刈山(京都市下京区綾小路通西洞院西入芦刈山町)

御神体も衣装も最も古く、人形の頭には天文6年と銘があり小袖は16世紀の作で指定重要文化財。
謡曲「芦刈」は貧乏で別れた夫婦のお話で、宮仕えした妻が夫を気にして探すと芦を売る
落ちぶれた夫を発見します。山の正面・側面には芦の造花が飾られます。


残りの鉾はまた明日ご紹介させていただきます。


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