人物歴史訪問記

歴史上の人物は、各人の心の中で思い思いで生きています。

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豊城さんへ

豊城さん コメントありがとうございます。
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黒田武士(節)のシリーズが終わりましたら、官兵衛如水について書きたいと思います。
加藤清正については、如水よりワンジェネレーション若いですが、彼も賎ヶ岳七本槍の一人で、正則の同僚ですが、秀吉の室・おねに可愛がられて育ちましたよね。
豊臣家の存続に最期まで腐心し、秀頼が家康と対面する時、胸に短刀を飲んで秀頼の脇に控えていたのは有名ですね。
築城術にも優れ、熊本城は四百年たった今でも、地震・台風にも崩れ去る事はありません。城内に梅を植えたのも有名なところです。
清正の虎退治は伝承ですが、それ程、有名だったと云う事でしょう。
清正の逍遥とした生き方は、際立ったところです。
朝鮮出兵の後、正則等は口を極めて、石田光成等をなじりましたが、同じ武闘派でも清正は、秀吉の命とあらば、中間に誰が居ようとも、敢然是を遂行したのでした。
如水は有り余る才を持っていたので、隙あらば天下を伺っていましたが、清正は、そう云う私心なく、あくまで豊臣家の御為、一筋でした。
その忠誠心、後の江戸時代の武士道に入魂しています。清正の子供の時代に、御家は改易断絶となりましたが、人の世の行く末の悲情さは、いかに考察すれば良いのでしょうね。

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