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続き)
原電が意見書で援用している判例というのは、次のものです。参考欄には次のようにあります。
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「報告徴収命令に応じた後であるからといって、異議申立ての利益が消滅することにはならないことを明示した判例」
(仙台高判平成7 年1 月26 日労働判例675 号59 頁(最判平成10 年1 月22 日上告棄却))
会社が賃金等について組合員を差別したこと等を不当労働行為とした労働委員会の救済命令に対する会社側による取消訴訟である同事件で、仙台高裁は、「救済命令の取消訴訟は、規定上これを履行しつつ提起するほかないと解されること…などに鑑みれば、控訴人が右命令を履行した後であるからといって本件訴の利益が消滅することにはならない。」と判断し、門前払いされずに、本案審理がなされた。
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この判例は、最高裁の判例データベースではヒットしませんでしたので、ネットで検索したところ、中央労働委員会の関係判例データベースに、概要が掲載されていました。
ヒノヤタクシー事件
というのだそうです。盛岡地裁〜仙台高裁〜最高裁と行き、いずれも原告側のタクシー会社側は敗訴したのですが、訴えの利益は認められています。
「ポスト・ノーティス命令を使用者が履行したからといって、その救済命令取消を求める訴えの利益が消滅するものではないとした原判決は正当であるとされた例。」
ここで問題となっているのは、不当労働行為としたとして労働委員会から救済命令とともに出された「ポスト・ノーティス」の掲示命令に対する取消の訴えです。「ポスト・ノーティス」というのは、次のように書いてあります。
「ポストノーティス命令とは、労働委員会によって不当労働行為と認定されたことを関係者に周知徹底させ、同種行為の再発を抑制しようとするため、一定の告知文を所定場所(企業の建物の玄関など)に一定期間、一定の大きさの掲示することが命じられるものです。
これが憲法19条の「思想・良心の自由」に反するとして争われました。平成2年3月6日の最高裁の判旨は、ポストノーティス命令は労働委員会によって不当労働行為と認定されたことを関係者に周知徹底させ、同種行為の再発を抑制しようとする趣旨のものであり、「深く陳謝する」等の文言は、同種行為を繰り返さない旨の約束文言を強調するにすぎないものであるから、会社に対し陳謝の意思表明を要求することは右命令の本旨とするところではないと解されるとして、19条違反の主張はその前提を欠くとしています。」
もっぱら、謝罪の文言強制について、思想良心の自由との関係で争われることはしばしばあるようですが、原電が援用する最高裁判例での大きな論点のひとつは、その点ではなく、その掲示命令にいったん従って後に、その取消を求めることに訴えの利益があるかどうかという点でした。
●それで、その点についての解説を探したところ、岩手大学の図書館のライブラリーに高野修氏が、次の解説論文を公表していました。
『履行済ポスト・ノーティス命令に対する取消の訴えの利益』(高野修)
ここで紹介されている地裁、高裁判決の内容は次の通りです。
「一審判決(盛岡地裁平成5年11月5日判決・労働判例 1994.5.1(N0.645)56頁)は、救済命令は、交付の日から効力を生じ、使用者は遅滞なく命令を履行すべき義務を負うものであるから、右命令を履行しつつ、再審査の申立てまたは右命令の取消訴訟を提起せざるを得ない立場に立つ以上、ポスト・ノーティスに不当労働行為を自認する趣旨があるからといって、その訴えが信義則違反や訴権の濫用に当たるとはいえないとした。
二番判決(仙台高裁平成7年1月26日判決・労働判例 1995.9.15(N0.675)59頁)は、ポスト・ノーティス命令については、控訴人がすでにこれを履行しているので、救済命令後の事情変更となり、その取消を求める訴えの利益が消滅しているのではないかとの疑問が生じないわけではないとしながらも、救済命令の取消訴訟は、規定上これを履行しつつ提起するほかないと解されること、及び救済命令が取り消されればその旨掲示するなどして事実上ある程度の現状回復ができることを一審の理由に追加して、ポスト・ノーティス命令を履行した後でも訴えの利益が消滅することにはならないとした。
なお、本案では一二審とも、会社側が敗訴している。 」
まさに、第二審の仙台高裁判決は、「履行済みなので、訴えの利益が消滅しているとの疑問も生じないわけではない」という従来型の訴えの利益論に立った見方もしつつ、しかし、
①「遅滞なく履行すべき義務を負っていることからこれを履行しつつ提起するほかない」
②「救済命令が取り消されれば、事実上現状回復できる」
の2点を理由として、訴えの利益は消滅しないとしています。一審の盛岡地裁では①の理由だけでしたが、二審の高裁では②の点を追加しています。これがそのまま、最高裁で支持された形です。
原電の意見書では、この①の部分しか抜粋されていませんでしたが、②の部分がそれ以上に非常に重要なポイントではないかと思います。
●それでは、ここで言う「現状回復」というのは、どういう意味でしょうか?高野氏の解説では次のように指摘されています。
「しかし、ここには、現状回復の方法があることが述べられているだけで、回復すべき法律上の利益として何があるのか説明されていない。ポスト・ノーティス命令の主たる法効果である文書掲示の義務付けについては、履行と掲示期間の満了により、二重に完了していて、明らかに訴えの利益は消滅している。判決がなお残っているとする法律上の利益は、判決の「その旨掲示するなどして事実上或程度の現状回復をなしうる」という文言を手掛かりにして考えるに、ポスト・ノーティスが命ぜられたこと、あるいは履行されたことにより労使間に生じた状態の変化からの回復が意味されていると思われる。それは、要するに前述のポスト・ノーティス命令の意義、実際的効果のことであろう。それが、行政事件訴訟法9条かっこ書きに当たるか、検討が必要である。」
として、「命令に応じて掲示した」という点では、二重に訴えの利益が消滅しているものの、それ以外にも、命令による実際的効果から回復すべき利益があり、それが即ち、ここで指摘されている法律上の訴えの利益だろうというわけです。
この判例の理論は、そういう意味で、原電が「報告徴収命令に応じた」というだけでは訴えの利益は消滅せず、それ以外の命令による実際的効果から回復すべき利益があれば、それは訴えの利益になりうるということを示しているもので、強力な援用材料になると思われます。
高野氏の論文では、続いて、「処分または裁決の取消によって回復すべき法律上の利益」の判定基準について、判例を素材に整理する中で、
①議員としての任期が満了した後でも除名処分の取消の訴え(→訴えの利益なし)、
②自動車運転免許停止処分の期間経過の取消の訴え(→訴えの利益なし)、
③弁護士の業務停止懲戒処分の業務停止期間経過後の処分取消の訴え(→訴えの利益あり)
等を通じて、
「制度上の結び付きが必然的な関係の場合法律上の利益であるとされることがわかる。これに対し、制度上の結び付き具合が可能性にとどまる場合、例えば、名誉や信用が許認可の裁量的基準として取り入れられていて処分前歴が許認可庁の裁量で考慮される可能性があるような場合について訴えの利益を否定した事例がある。
宅地建物取引業法による営業停止処分の期間経過後、処分を受けたことにより宅地建物取引業法その他関連法規上の許認可で将来不利益を受ける虞があることが処分取消の法律上の利益に当たるか否かが争われた事件である。この事件で最高裁は、「原審の判断は、原判決の説示に照らし、正当と是認することができる」と述べるだけであるので、原判決を見る。原審は、許認可で将来不利益を受けるとの主張に対し、「本件処分により法律上当然にその正当権利につき制約を受けているとは解せられない(かかる不利益を受ける旨の実体法上の規定も見い出しえない。)ので、それは要するに本件処分を受けたことが情状として事実上考慮されて、控訴人が宅地建物取引業法等の許認可問題に関し将来不利益を受け又は受ける虞があることをいうにすぎず、かかる不利益は、本件処分によって当然かつ直接的に招来されるものではないのであるから」としている。ここにも、法律上の利益といわれるためには、処分と付随的不利益の関係が「実体法上の規定」により「当然かつ直接的に招来される」ことが必要とされている。
法律上の利益か否かの判断基準が処分と付随的不利益との関係の内容にあって、付随的不利益それ自体の内容ではないとすると、ある不利益それ自体は別途裁判的救済が認められ、従って別途の裁判的救済においては訴えの利益であるが、同じ不利益が、処分に付随して生ずるが法令上処分に当然かつ直接的に結びつく関係にはないとき、処分の取消を求める裁判においては、法律上の利益ではないとされるということも出てくる。
保険医指定取消処分を受けた後で保険医指定制度が廃止され保険医療機関指定制度に改正された場合に、保険医指定取消処分を受けたことにより保険医療機関の指定が拒否されるおそれがあるとして処分取消を求めた事件で、それが現れている。最高裁は、「現行制度の上で、保険医指定の取消が保険医療機関指定の欠格事由とされているわけではなく、また、保険医指定取消処分を受けたことによって保険医療機関の指定が拒否されるという結果が当然に生ずるわけでもない」として、保険医療機関指定を拒否されるという不利益について、保険医指定取消処分の取消訴訟においては、訴えの利益性を否定し、他方で保険
医療機関指定拒否処分取消訴訟においては、「上告人が保険医療機関の指定を現実に拒否された場合において、当該拒否処分の効力を争う訴訟によって救済を受けることができる」として、訴えの利益性を認めている。
以上要約すれば、行政事件訴訟法9条かっこ書きの「処分または裁決の取消によって回復すべき法律上の利益」の判定基準として、次の二つがあげられる。一つは取消によって回復すべきもの、すなわち、処分の取消によってしか回復できないことが必要で処分の取消なしに別途の裁判救済が可能なものは除かれる。他は、法律上の利益であること、すなわち、処分に法令により当然に結びつけらていることが必要で、そうした関係なしに事実上生ずる不利益は除かれる。」
こうやってこれまでの最高裁判例の考え方を読んでくると、「ポスト・ノーティス」の掲示命令に対する取消の訴えの利益がなぜ認められる余地があるのか?が疑問に思われてきます。高野氏も同様の疑問を呈しています。今回の原電の異議申立て却下決定の考え方も、おそらくこれらの最高裁判例に近いもので、「報告徴収が後続処分に結びつく実体規定はない」「将来的な不利益の恐れというだけでは訴えの利益にならない」「後続処分で実際に不利益を被る場合にそれを争えばいい」というものだったと考えられます。そういう意味で、オーソドックスなパターンだったような気がします。
では、「ポスト・ノーティス履行後の訴えの利益」が最高裁でも認められた理由は一体何なのでしょうか? 高野氏の論文では、
「処分の効果がなくなった後なお処分の取消を求める9条かっこ書きの事例は、ほとんどが実質的には名誉や信用の回復をはたそうとするものである。」
と紹介しつつ、次のように書かれています。
「心理的苦痛あるいは名誉感情や社会的信用も、社会的受忍限度を超える場合、違法な侵害から守られるべき法益であることに異論はなかろう。そうすると、表向きの法効果をもった制裁処分であれ、指導監督のための処分であれ、あるいは表向きの法効果のない単純事実行為であれ、行政がこの法益を侵害するには、法律の根拠が必要なはずである。
今日、原発設置許可処分のように、行政処分の名宛人以外の第三者に対し、その生命・身体・財産に重大な被害がもたらされる可能性がある場合、第三者にも訴えの利益が認められることは、最高裁の確立した判例となっている。処分と第三者の関係についての次の分析は、表向きの法効果以外の受忍義務を考える上で示唆に富む。
「『法律による行政の原理』による私人の保護の必要は、本来処分の名宛人についてのみならず、第三者についても同様に考えられて然るべき筈である。そこで、この前提がもし認められるとするならば、第三者もまた、自己の個人的利益が考慮された上でこれを侵し得るための要件が明確に定められた法律の規定無しに、少なくともその『自由と財産』を侵害されることは無いことになる筈なのであって、このような法律の規定によらない行政処分によってそのような侵害が行われるならば、この処分はむしろ実体法上違法である、ということになる。そして私には、近時の最高裁判例が行っていることは、実質的にはまさにこの意味において、問題とされている第三者の利益侵害がいわば『自由と財産の侵害』に当たるかどうかの振り分けと、当たると判断される場合に必要となる法律の根拠の探索作業ではないか、と思われる。」(注:藤田宙靖『行政法I』第三版改定版)
名誉や信用に対する侵害が社会的受忍の範囲を超えて重大な場合、原因たる行為がいかなるものであれ、名誉や信用を侵し得るための要件が明確に定められた法律の規定が必要なことは、同じであろう。わが国の現行の法律が第三者利益侵害を意識して作られてこなかったことから、法律の根拠探しが必要であると同様に、表向きの法効果のみを問題とし公表や指導監督措置に必然的に伴う名誉や信用侵害を事実上のものしてきたわが国の現行の法律を、名誉や信用を侵し得るための要件を定めた規定と読みなおすことが必要であろう。そのように読み直すならば、制裁処分を定めた規定のみならず、公表や指導監督措置を定めた規定も、制裁、公表や指導監督措置が適法に行われる限り、それに必然的に伴う名誉や信用への侵害の受忍義務を定めた規定ということになる。これがあながち無理な解釈でないことは、次の最高裁判決と比べればわかる。厚木基地訴訟において最高裁は、騒音による影響配慮義務、住民の受忍の義務付けの条文上の具体的根拠を明らかにしないで、自衛隊機の運航に関する防衛庁長官の権限の行使は、その運航に必然的に伴う騒音等について周辺住民の受忍を義務付けるとしている。
名誉や信用侵害を必然的に伴う行為を授権する規定に受忍義務を読み取るとすると、名誉や信用侵害は、付随的効果ではなく、直接的効果になる。その場合、9条かっこ書きの利益ではなく、直接的効果が現に残っているか否かになる。
ポスト・ノーティス命令に、文書の掲示義務だけでなく、名誉や信用侵害がそれに必然的に伴うとき、その受忍義務を読み取って然るべきではないかというのが本稿の結論である。」
つまり、社会的受忍限度を超えるような名誉や信用侵害が必然的に伴うものは、直接の取消の訴えの直接の法律的利益があるということではないか、ということかと思います。同氏は、論文の注釈の中で、「訴えの利益の解釈基準は、処分の根拠法条から、直接明文の規定なしの合理的解釈、関連法規によって形成される法体系へと判例で拡大された」とし、もんじゅの設置許可処分取消訴訟や新潟空港事件等の判例を挙げています。
次の判例を要領よくまとめているサイトでみてみると
最高裁は、「当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいう」としつつ、新潟空港事件(平成4年判決)では、「当該免許に係る路線を航行する航空機の騒音によつて社会通念上著しい障害を受けることとなる者は、当該免許の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として、その取消訴訟における原告適格を有すると解するのが相当である。」とし、もんじゅ訴訟(平成11年判決)では、「(原子炉等規制法は)単に公衆の生命、身体の安全、環境上の利益を一般的公益として保護しようとするにとどまらず、原子炉施設周辺に居住し、右事故等がもたらす災害により直接的かつ重大な被害を受けることが想定される範囲の住民の生命、身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である。」としています。小田急線連続立体交差事業認可処分取消訴訟でも、平成17年に判例変更し、都市計画法事業認可について、騒音被害が及びうる周辺住民にも訴えの利益ありとしています。
これらは、周辺住民について、直接個別の法律に権利保護の規定がなくとも、その環境や安全の保全、平穏な生活等の憲法に由来する権利を、「自己の権利若しくは法律上保護された利益」として認めているということです。
●こういった最高裁判例の流れの中で、原電が意見書において言及した「ポスト・ノーティス命令履行後の訴えの利益あり」との判例の趣旨を、仙台高裁の判決にいう、
「救済命令が取り消されればその旨掲示するなどして事実上ある程度の現状回復ができる」
との文言から読み解くと、そこで現状回復できる利益というのは、「不当労働行為を行ったとの名誉、信用棄損状態からの回復」ということになるのではないかと思います。不当な救済命令は、名誉や信用といった憲法上保護されている利益を侵害するという認識がその前提としてあるということです。法律上の利益が、第三者に認められるのですから、当事者には当然認めらなければなりません。
●これとのアナロジーで、原電の報告徴収命令を考えてみると、次の2点で、法律上保護されるべき利益を侵害し、その取消によって現状回復し得る利益があるという主張が可能にならないでしょうか?
第一は、活断層との認定と、それによって重要施設が破壊され使用済み貯蔵施設に重大な影響が生じる可能性があるとの認識に立った報告徴収命令は、原電の原子力事業者としての名誉と信用とを著しく棄損するとともに、営業の自由の侵害ともなっているのであり、命令取消によってそれらの憲法で保護された利益、権利の回復を求める法律上の利益があるという立論。
ここでの「法律的利益」は、原発や空港、鉄道訴訟と同様、憲法上保護された利益ということです。実際、活断層認定とそれによる重大な危険性という公式の認定に基づく命令によって、廃炉を当然視されるような信用棄損が生じ、株式下落、資金調達上の困難といった現実の被害が生じています。報告徴収命令が、その前提となる認識に誤りがあるとして取り消されれば、それらの名誉と信用の棄損状態からの回復を図ることができます。
第二は、原子炉等規制法では、報告徴収命令は「この法律の施行に必要な限度において」という限定がつけられている以上、事業者は同法上、必要な限度を超えて報告徴収を求められないという利益、権利を有するのであり、命令の取消を求めることによって、同法上保護された状態に現状回復しうるという同法上の利益を有する、という立論。
これは、原電が意見書の中で、
「適法に事業遂行している事業者が、突然報告徴収命令を出され、行政庁が求める報告内容は何か、その後に後続処分が予定されているのか、それはいかなる後続処分なのか、そして事業者はいかなる対応をすればよいのか、具体的な判断材料を何ら与えられないまま、行政庁の一方的な裁量に委ねられた状態に留め置かれています。このような本件処分の杜撰さこそが、問題の核心なのであります。」
と指摘している趣旨と同じですが、それをもう少し、「ポスト・ノーティス命令取消訴訟」の判例の思想、理論に立脚した形で、理論武装を試みた立論です。
いずれも、「ポスト・ノーティス命令履行」による損害よりもはるかに甚大な不利益を被っているわけですから、最高裁に支持された仙台高裁の判決の趣旨に立てば、これらの立論が成り立つと思うのですが、いかがでしょうか?
原電の主張は、
「本件処分が完了したのか合理的に判断できず、また、仮に本件処分の効果がなくなったとしても、将来の不利益な取扱いのおそれが存することから、なお処分の取消しによって回復すべき異議申立ての利益を有しています。」
というものです。前半の「処分履行が完了していない」という主張はいいと思うのですが、ただ、後半の「後続処分により将来の不利益な取り扱いを受けるおそれ」という主張だと、「宅地建物取引業法による営業停止処分取消訴訟」や、「保険医指定取消処分取消訴訟」での最高裁判例のように、「将来不利益を受け又は受ける虞があることをいうにすぎず、かかる不利益は、本件処分によって当然かつ直接的に招来されるものではない」として斥けられてしまうリスクがないだろうか、との強い懸念があります。
実際、宅建業法による営業停止処分を受けると、その後の不利益は容易に想像できると思うのですが、それでも最高裁は訴えの利益なしとしています。今回、規制委の却下決定は、これらの判決の思想、理屈を援用しているように感じられます。そうすると、今回の場合、漠然と「後続処分による不利益の可能性」と主張しても、それが「法律上の利益の侵害、侵害される必然的おそれ」として認められるのか、正直、大きく懸念されるところです。敗訴実績がある理屈に立脚してリスクを負う必要はないと思うのですが・・・。
それよりもむしろ、仙台高裁の判決に立脚した上記立論のように、命令取消によって、憲法上保護されている名誉と信用、営業の自由の棄損状態からの回復を求めること、そして、原子炉等規制法上保護されている「法律の施行に必要以上に報告を求められることはない」という利益の棄損状態からの回復を求めることは、法律上の利益があるというべきである、と理論武装して主張したほうが、勝てる公算が大きくなるのではないでしょうか。
原電意見書が言及するポスト・ノーティス履行後の取消訴訟判例については、「履行後であっても訴えの利益がある」という点だけを援用するのではなくて、仙台高裁で付け加わったもう一点の理由の「現状回復の利益がある」という点をもっともっと前面に出して理論武装をしなければ、あまりにももったいないと思います。
●今後の取消訴訟への移行については、近々予定されている現地調査やその後の動きをにらみながらということになるでしょうが、その後、短期間に進展することは見込み難いように思いますし、公開質問状にも全く答えず、情報公開にも応じない状況下では、早期に訴訟に移行したほうがメリットが大きいように感じます。訴訟になれば、規制委側をともかく法的にすべての原電の主張、質問に強制的に応答させるような状態に置かせ、彼ら内部での検討を大至急させる効果が見込めます。応答しなければ、原電の主張を認めたものと看做されますから、いやでも応答しなければなりません。鈴木首都大学教授のメールの件も、経緯、内容を説明せざるを得なくなりますし、文書提出命令、参考人としての証拠調べも裁判所の指揮命令の下に、強制的に進んでいきます。
そして、報告徴収命令の取消訴訟でのやり取りは、どのみちいずれ原子炉等変更不許可に関して予想される取消訴訟の前哨戦となり、もし命令取消訴訟で活断層の認定が誤りだということになれば、変更許可、再稼働が認められることになるでしょうから、時間の節約にもなります。取消訴訟と並行して、再稼働の準備を急げば、再稼働までの期間は短縮できるのではないかと思います。
命令取消訴訟では、参考人陳述申立てに対する不作為の違法の訴えも同時に起こすことになるかと思います。
もし、規制委の検討会合で活断層認定が覆れば、訴訟を取り下げればいいわけです。
このあと、もうひとつの選択肢である国家賠償請求の中での活断層認定の誤りを争うという方法を、高野氏の論文にあった違法な「企業名公表」(誤った調査に基づく公表による信用棄損、営業妨害)に関する諸判決を見ながら、書いてみたいと思います。
続く
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