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今回の第三者委員会報告書は、内容面では人を指弾するには杜撰なものだとは思うが、大事な点を考えさせる契機にはなったと思う。
それは、原発についての理解促進、広報、意見吸い上げのあり方についてである。
● 第三者委員会報告書の考え方は、電力会社や立地県による能動的取り組みを否定するものであり、到底同意できるものではない。即ち、
①「電力会社は理解増進を求める時代ではもはやなく、社会から審判を受ける立場になったのである。」として、自らの理解増進、PRの取組みを否定する。
②「県等の自治体は、公正な審判官の立場なのである」として、これも賛否双方からの参加、意見投稿等の要請の取組みを否定する。更には、県自らの利害調整、意見調整の役割さえ否定しているようにも見える。
③「そして、時代はソーシャルガバメントで、法的要件だけでなく、社会的要件にも応える必要があるのであって、それを満たすかどうかは社会が決める」といって、法治主義と議会制民主主義を否定する(議会・首長による意見集約と意思決定を否定する)。
④その「社会」が決めるという場合の「社会」とは誰かといえば、それは第三者委員会であり、暗に委員長である自分である、というように、我が田に水を引いて来ている。枝野大臣は、決めるのは第三者委員会だと記者会見で明言している(10月28日付け)。
これは、既存の意思決定システムを否定・オーバーライドし、自らが意思決定権を握るための装置にほかならない。いわば、劉少奇に代表される既存秩序を打ち壊し、社会を混沌に陥れて実権を握り、個人崇拝をもたらした毛沢東の文化大革命のようなもので、郷原語録は毛沢東語録のようなものだ。耳障りがいい言葉には要注意だ。
こういうものを受け容れるわけにはいかない。
● しかし、今回問題となっている「参加要請」「意見投稿要請」の過程で、社員の身分を隠す形での意見陳述や、社員自らの投稿ということは、社会に不信を与えたことは否定はできないだろう。そして、取引先への要請という過程で、優越的地位からの圧力と取られる点がなかったのか、という疑問を抱かせたことも確かであろう。その点は、九電は素直に反省する必要はある。
ただ、だからといって、今後は一切の理解増進活動を止めよ、黙って審判を仰げ、というところに飛躍することはおかしい。東日本大震災でああいうことになったからこそ、丁寧な理解増進努力を倍加する必要がある。
九電の参加要請、意見投稿要請というのは、自分たちの安全確保策、原発の役割・位置づけを広く理解してほしいという動機が根底にあり、理解があるはずのサイレントマジョリティーの声が表に出てこないという第三者委員会報告書でも指摘されている点が、背景にある。
●積極的に参加してもらうこと、賛否の意見を出してもらうこと、これらは議会や首長が意思決定していく上での判断材料として、極めて重要であるから、それを一般的に広く働きかけることは何ら否定されるべきことではないし、より強力に行われるべきであろう。
今回の教訓を踏まえれば、それを、透明性と公平性を担保する形で仕組みを用意する必要があるということであろう。その中で、県などの自治体はこうやります、電力会社はこうします、こういうことまでは認められます、ということが予め公開されていて、その通りに連絡や意見表明等がなされれば、何も問題にはならない。
最終的に「地元意見」を集約して決定する立地県にとっては、古川知事が繰り返し言っているように、「論点を出し尽くす」ということが決定的に重要なのであるから、そのためには賛否双方から積極的に論点とそれに対する意見を出してもらわなければならない。古川知事が、プルサーマル導入時に求め続けたのも、安全協定上の判断をするための「論点の洗い出し」であり、玄海2・3号機の再稼働に関する説明番組について経済界からも意見があるならば出すように発言したのも、「論点」があるなら全部出してくれ、という趣旨にほかならない。
電力会社にとっても、政府の基本方針に基づいて事業を行っており、原発の必要性、指摘される問題や懸念への対応について広く理解を求めるのは当然の責務だ。それは、民間企業として、その株主や雇用する社員への責任もあるし、地域の生活、産業、雇用、インフラを支える責任もある以上、理解促進努力は責務である。実際、マスコミから説明を求められている。
●以上を踏まえて、次のような県としてのスタンス、積極的な住民参加や意見表明働きかけの方法等を定め、あらかじめ公表しておくのがいいと思う。
第三者委員会報告書では、議論や判断の前提が、県や九電が想定している暗黙のそれとは異なっている。したがって、その前提を対外的に明確にしておくことが必要だと思う。
1 立地県としてのスタンスを明確にする。
(1)県としては、議会制民主主義に基づく意思決定を前提として、国からの説明、電力会社からの説明をもとに、立地・隣接市町村の意向、県議会、関係団体から構成される協議会での議論、公開説明会・討論会での議論等を踏まえて、最終的には県の責任で判断する(その適否については、選挙で審判を仰ぐ)。
→①「社会が決める」という曖昧な考え方は採用しない。議会制民主主義に立脚して判断する。住民投票方式は採用しない。
②利害調整、論点の洗い出しは丁寧に行う。
③判断のためには、論点の洗い出しが必要であり、そのために賛否双方の積極的な意見提出を求める。
(2) まずは国の一次審査、二次審査の結果を踏まえた上で、上記手続きを前提として、安全面で問題ないと判断した場合には、原発再稼働には同意する。
→① 安全面の審査は基本的には国の責任。その上で、地元の懸念・疑問がどのように解消されているかをチェックするのが県の役割。
② 安全がクリアされれば、電力の安定供給のためにも稼働を求める。それが、地域の産業、雇用、住民生活、インフラの維持のためにも必須。
③ 安全がクリアされかどうかを淡々とかつ慎重に判断し、「脱原発」=「即時廃止」の考え方は採らない(=選挙で審判を仰ぐ)。
(3)重要な局面では、県民向け説明会、公開討論会を積極的に自ら開く、又は国や電力会社にも求める。それは、論点の洗い出しが目的と位置づける。そこでは、県だけでなく、参加者にも論点についての理解をしてもらうことが重要との考えに立ち、賛否のどちらかに偏ることを避ける。
→あくまで、判断のための論点洗い出しとその理解が目的であることを明確にする。
→討論会の場合には、パネリストは賛成、慎重・反対、中立から同数ずつ選ぶべきというのが基本スタンス。説明会の場合にも、意見紹介は賛否双方からバランスよく行う。応募数に応じてパネリスト等の数を配分するとの考え方は採らない。
2 住民参加、投稿の積極的働きかけの方法を公表する。
県や電力会社が、積極的に参加要請、意見提出要請することは認めるが、透明性を確保するために以下のような措置を講じることとし、あらかじめ公表しておく。
(1)住民向け説明会や公開討論会等が開催される場合に備え、その開催情報の連絡網を整備する。
・メーリングリスト等、積極的に団体、住民等にも登録してもらう。
・ 賛成派、慎重派を問わず、広く登録を呼びかける。
・ 国に開催要請をしている場合には、その旨の情報も事前に流す。
・ 電力会社主催の場合でも、上記の県連絡網による連絡依頼を求める。
→ 開催情報が偏らないようにするための措置。
→ 5月の保安院説明会、6月の県民向け説明番組などは、直前の開催決定であるため迅速に連絡する必要。
(2) 電力会社に、県からの連絡がなされた以降の顧客、取引先等への連絡を認める。
・ 顧客、取引先等に予め登録してある団体、住民等への連絡を認める(上記の県の連絡網と重複しても可)。
・ 既存のメーリングリスト等で周知することも問題ない。
・ ただし、賛成の意見投稿や陳述の要請は禁止する。
・ 連絡した旨は、文面とともに公表する。連絡した先の分類(自治体、団体、企業、個人等)も併せて公表する。
(3)県、電力会社とも、積極的参加と積極的意見表明を求めることは認める。ただし、特定の方向、内容の意見の表明依頼等は禁止する。
(4)電力会社における日常的な活動のPRは問題ない。
佐賀県と古川知事は、郷原氏らが何か言うのを受けてコメントするのではなくて、こちらから積極的に全体的スタンスを打ち出すのが必要だと思う。
以前にも書いたように、受け身で答えていると、言い訳に聞こえてしまう。
そうではなくて、こちらの明確なスタンスをはっきり言って、「郷原氏の主張は間違っている!」「佐賀県はそういう考え方は採らないし、郷原氏とは議論の前提が異なる」 と言えばいいのである。
古川知事の記者会見録を読むと、11月県議会に向けて、牟田副知事以下で、第三者委員会報告書で指摘された事実関係について調査をしているとのことである。受け身の調査ではなく、佐賀県としてのスタンスを打ち出し、反論になるような調査結果であってほしい。
「第三者委員会」という中立・客観的という自己PRと、元特捜検事という肩書に間違っても惑わされてはならない。色々な意味で前代未聞といってもいいものなのだ。
あの第三者委員会報告書は、佐賀県と古川知事の地道な取組みと名誉を冒涜するものなのである。
佐賀県議会にも気が付いてほしいものである。報告書は、議会の意見集約や利害調整の主導的役割をも否定しかねないものなのである。
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ご提案の「積極的な住民参加や意見表明働きかけの方法等を定め、あらかじめ公表しておく」など、詳細なルールを決めることは、必ずしも現実的でないので100%は賛成できませんが、第三者委員会報告の考え方が、電力会社に対して「自らの理解増進、PRの取組み」という人間社会の根本的な原理「を否定」し、また、「法治主義と議会制民主主義を否定する」という御主張は、100%その通りだと思う。
2011/11/15(火) 午後 0:52 [ 世論 ]