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アクセスしていただいた皆様へ
このブログにアクセスしていただき有難うございます。
このブログが九電社内でも閲覧されている旨報じられたこと、第三者委員会の3人の元委員の方の17日の会見でも言及されたこと等から、アクセスが急増しました。多数の賛否のコメントの書き込みもしていただいています。
10月20日にブログを開設した初期から読んでいただいている皆さんには、ここで訴えたいと考えている趣旨はご理解いただいていると思いますが、この数日の間に初めてアクセスされた皆さんには、何を論じているのかすぐには焦点がわかりにくいかもしれません。そこで、記事を続ける前に、改めて何を論点にしているのかを簡潔にご説明しておきたいと思います。
●まず、前提ですが、次の点は、九電自身も認めており、これは誰も異論がありません。
①今年の6月26日の国主催説明番組の際に、社内での指示により賛成投稿要請
がなされたこと。社員による投稿も行われたこと(いわゆる「やらせメール」)。
②平成17年12月の県主催プルサーマル公開討論会において、外部の者に意見陳
述要請を行い、一部では社員自身が身分を秘して賛成意見の陳述も行ったこと(
報告書にいう「仕込み質問」)。
これらの点については、信頼を揺るがす行為であり問題であるということは、誰もが一致するところです。それに対しては反省をし、再発防止策を講じなければならないことはもちろんです。それを、第三者委員会報告書での提言を踏まえて講じつつあるということです。
なお、社として「反省」をしているのならば、社長がいったんは辞任するといったのに、なぜ辞任をしないのか、といった批判は、ここでの議論の埒外です。それは、会社としての意思決定機関である株主総会と取締役会が、様々な点を考慮に入れて一義的に判断することです。もちろん、その判断をおかしいと消費者、住民の皆さんがいうのは自由ですが、このブログでの論点とは関係がありません(政府が言うのはおかしい、という点では大いに関係があり重要論点です)。
● 以上の点が大前提です。その上で、以下の点を問題として捉えています。
第一に、第三者委員会報告書が、「やらせメール」を、佐賀県の古川知事が「賛成意見作出」のために要請したのだ、と認定している点。プルサーマル導入時、5月の保安院説明時も含めて、知事がシナリオを描いて九電が実行したという構図を描いており、それがこの報告書の根幹になっています。即ち、知事主犯説、張本人説です。
しかし、その事実認定の論理、根拠等が明らかにおかしいと考えています。調査チームの報告書とも見解の齟齬や矛盾もあります。それらの点を縷々述べてきており、その点がこのブログの論点の最大のものです。報告書が認定する古川知事を主犯とする論拠、論理等については、直接の第三者委員会設置の理由となった6月26日の国主催説明番組だけには留まりません。それに先立つ5月17日の保安院説明会、更には平成17年のプルサーマル導入時にまで遡ります。そこでも佐賀県や古川知事の関わり、主導を認定しています。そして、古川知事と九電との「不透明な関係」がそれらの背景、動機としてあるのだ、と認定しています。それらの各局面の認定のほぼすべてにおいて、根拠と論理があまりに不合理である、というのがこのブログで述べている主張です。
人を名指しして主導者、張本人だという以上は、余程の根拠が必要ですが、この第三者委員会報告書にはそれがありません。九電は、賛成投稿要請を行なったことは十分に認めた上で、しかしそれを知事の意図、シナリオ、指示を受けて行ったと言われては認めるわけにはいかない=「知事に濡れ衣を着せるわけにはいかない」と言っているのでしょう。
昨日のブログ記事で、郷原氏の発言は「噴飯物だ」と書きました。それは、最終記者会見の最後の質疑で、「古川知事に責任を認める、認めないなどということを問題にしたつもりはない」「知事の責任は全く考えていない」「知事発言が発端かどうかなどは枝葉末節だ」と述べていたからです。まさにそれらの点を前面に出して論じてきたのが、この報告書であり郷原氏だったわけです。それは、根拠にも欠け、論理もおかしいではないですか、とこのブログでは論じ、九電も疑義を持ち質問をしたということです。それを今になって「知事の責任は全く考えていない。問題としたこともない」などと、報告書の根幹部分の否定にもつながることをなぜいうのか理解に苦しみます。他方で、最終記者会見の中では、「九電は、報告書の基本部分を受け容れていない」といって繰り返して批判していますので、郷原氏はいったい何を主張しようとしているのか混迷の度を深めてしまいました。
ですから、「第三者委員会報告書をそのまま受け容れない九電は、やらせメール問題に全く反省していない」という批判は誤解であって、それを十二分に認めた上で、「それは古川知事の指示、シナリオで動いたのだ」という認定に対してだけは納得がいかないということなのでしょう。
第二の論点は、第三者委員会報告書が提言する「社会が決める」としている点の意味合いです。それは、一種の哲学・思想となっており、それに伴い、電力会社の理解増進努力の否定、立地自治体の意見集約・調整・意思決定の役割の否定、議会制民主主義の否定にまでつながっているように思えることです。
第三者委員会報告書では、「社会が決める(ソーシャルガバメント)」という言葉や考え方が頻出しています。「大震災以前は、電力会社が地元住民に理解を求めるということでよかったけれども、東日本大震災によって『原発の絶対安全神話』は崩壊した。電力会社は理解増進する立場から、社会から審判を受ける立場になったのだ。」というのが基本的言い方です。そこでは、電力会社は一切の理解増進努力で動いてはいけないというように聞こえるのです。説明会等で賛成投稿要請はいけないということはいいのですが、参加要請も意見投稿要請も一律にいけないとまでしています。その点は調査チームの報告書でもそこまでは踏み込んでいないにもかかわらずです。
そして、県についても「公正な審判をする立場になったのだ」としています。説明会、討論会等でも、積極的な参加要請もしてはいけない、賛否の応募数によってパネリスト数も割り振るべき、そこで出た一般参加者の賛否で決めるべきと言っているように見えます。それは、現在の基本的流れを全否定する考え方に聞こえるのです。現在の仕組みは、国が安全審査を責任もってやり、それも踏まえながら、県が地元住民・自治体の賛否双方の意見も慎重に聞いて論点を整理した上で、専門家の意見や討論会等での意見も聞きながら判断をする。加えて地元自治体の判断、県議会の意見も踏まえながら最終的意思決定をする、というものですが、これを否定しかねない主張です。「賛否パランスよく」「論点を洗い出す」という基本的考え方を否定しているのです。論議を深め、納得ずくの合意形成を図るためには必須だと思いますが、それを否定しています。
それこそ、郷原氏がよくいう「社会常識に反する」のではないでしょうか、「社会が決めるというのは、具体的にはいったいどういう仕組み、流れを想定しているのですか?」というのがこのブログで提起している問題意識です。
第三の論点は、報告書のベースとなっているコンプライアンス論が「法治」の否定になっているという点です。そして政府の必要以上の干渉を招こうとしている点です。
郷原氏が『「法令遵守」が日本を滅ぼす』以下で主張する「コンプライアンス」論は、当初は大いに頷けるところがありましたし、今でもその趣旨は賛同できるところが多々あります。「単に法律に違反しないというだけではだめで、その背後にある社会的要請に応えていくことが求められているのだ」という点は、全くその通りで、実際どの企業でも、それを心がけていることでしょう。ですから、「法的要件」だけではなくて「社会的要件」まで満たしているかどうか、自らに問いかけ改善努力をしなければならないというところまでは、異論はありません。問題はその先です。
社会的要件を満たすという場合には、「地元住民や自治体の理解と協力を得られる」「事業遂行やガバナンス等の点で信頼できる企業たりうる」といったことで、それがだめな場合には、立地増設等の了解が得られなかったり、株価が下がったり、株主総会等で役員が解任されたりという形で「ノー」が突きつけられます。たしかに電力会社の場合には、不買ということがないので、他の一般企業とは異なるところはありますが、それでも事業遂行に支障が生じる形での反応が返ってくることは確かでしょう。こういうことにならないように、十分に自らを律し改善努力をしなければならない、ということが、本来の「社会的要件」を満たす=「社会的要請に応える」ということだと思います。
ところが、郷原氏は、その「社会的要件」の判断を政府・国に委ねるとしています。17日の最終記者会見でも、「今後は経産省の適切な監督指導に委ねる」としています。枝野大臣は、それに呼応するかのように、「ガバナンスができていない九電に、原発再稼働を認めない」と国会答弁までしました。経産省は安全面の審査が法律で定められた役割です。安定供給という事業面、経理面等の監督もありますが、経営体制のガバナンスの可否の判断は許されていません。国はあくまで、法律に基づいて行動しなければなりません。その行動が逸脱したものにならないよう行政手続法をはじめとした行政諸法があります。それが「法治主義」というものです。ところが、枝野大臣は、「法律以前の問題だ」と批判し、何ら権限もないガバナンスの可否の判断をして、それを理由に再稼働を否定するような発言をしています。それは法治主義を正面から否定するものだというのがこのブログで言ってきている論点です。
しかも、その「ガバナンスができていない」という理由を、「第三者委員会報告書をそのまま受け容れるべきなのにそうしないこと」「社長が辞任しないこと」に求めています。第三者委員会報告書に疑義を唱えることは確かに異例です。しかしその疑義は合理的なものであり、一読すれば容易にその疑義が出てくるにもかかわらず、その確認、照会さえも許さないというのは、明らかにおかしいですし、それを何ら法律上の権限もない国の大臣があれこれ言うこと自体許されることではありません。国営企業ではないのですから、社長の去就を、政府が軽々に言うことはあり得ません。電気事業法で認められているのは、事業面・経理面と安全面のチェックであり、その事業面のチェックの中に経営陣の体制は含まれていません(安定供給等がメイン)。これをいったん許すと、「●●社の行為は法律以前の問題である。ガバナンスができていない。だから経営陣は辞任せよ。●●は認可しない。」ということがまかり通ることになりかねず、政府・国が気に入らない企業は潰されかねないのです。
更にその法治の否定に関連して問題だと感じるのは、枝野大臣は、=「これでは、地元住民の理解を得られない」=「社会が決める」と言いながら、決めるのは「第三者委員会」だとして、実質的に郷原氏に委ねようとしている点です。しかももう委員会は解散しているにもかかわらずです。それでは、法律で意思決定機関として定められた株主総会と取締役会をオーバーライドする形で郷原氏という一個人が君臨し続けることになってしまうではありませんか、ということを問題意識として述べています。郷原氏と枝野大臣の連携についても、不自然な部分があるのではないかと疑義を呈しているのも、こういう問題意識からです。
続きます
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このブログにコメントを書く九電社員、一部の人々、もっと客観的にこのブログを見た方が良いと思います。
このブログの主は、一見、論理的で鋭いところもありますが、ねじまがった主観や郷原氏への個人的な感情によるフィルターもかかっています。
このブログを読んで、気分が悪くなりました。
九州太郎の信者たち、まるで宗教のようで異常です。
2011/11/19(土) 午後 4:14 [ このブログ異常です。 ]
うわっ!私、郷原氏の味方の方に、「異常」ってレッテル貼られてしまいました(汗)。
私、前に「郷原氏の味方の人、いろんな人がいて当たり前」ってコメントして、自分でも「ええこと書いたぞ」って思ってたのに…。
まあ、いいや、別に自分に実害ないし。
九州太郎さん好きだし(お会いしたことないですが)。
しかし、『このブログ異常です。』様、
ああいう書き方は、ちょっと傷つくので、今後、ご勘弁願えますか?
2011/11/19(土) 午後 5:06 [ koma ]
このブログ異常です。様へ
客観的にあなたのコメントを読ませていただきました。
まず、他人のブログについていきなり「異常です」と決め付けるコメントは、客観的に見て余り好ましいものではないなと感じました。
ねじまがった主観や個人的な感情というような点については、具体的にどの部分が何故そのように感じられるのか、多少なりともご説明いただけないと、単なる決め付けとしか受け止めようがなく、客観的に検証できません。
最後に、「宗教のようで異常です。」というコメントについては、私は無宗教ですが、世界の相当数の人々が宗教を大事にしていることを考えると、客観的に見て同意できません。
郷原氏=正しい、九電=おかしい、という事を大前提にこのブログを見れば気分が悪くなるでしょう。
私がこのブログを客観的に見て思うのは、誤った決め付けや我田引水なところもあるが、確かに「なるほど」と思わせる指摘もあるということです。
郷原氏は100%自分が正しいというスタンスで主張していますので、ほんの少しでもおかしな論証があれば、疑念を生じざるを得ません。
2011/11/19(土) 午後 5:25 [ 客観的 ]
このブログ異常です。様へ
郷原氏の信者さんですよね。
郷原さんと同等の考えの人とお見受けします。
気分が悪くなるなら見ないという選択肢があるはずです。
わざわざ「気分が悪くなった」「宗教みたいだ」と書き込むのも郷原さんと同じ人種だと感じました。
2011/11/20(日) 午後 6:22 [ 応援者 ]
初めまして。
blog拝見いたしました。
kyusyutaroさんが、九電さん擁護という立場を取られていることを、記述から拝察いたしました。
大きな疑問があります。
九電さんは、アクセス制限がかかっていたblogを、誰の指示で解除したのかが、大変な疑問です。
一度かかったアクセス制限は、大企業ではそれなりの手続きを取り、決済(承認)を経てからでないと、解除はできません。
九電さんのセキュリテイ部門は、誰から指示を受け、解除に踏み切られたか、明らかにしていただけると、不透明感は払拭されると思います。
kyusyutaroさんはいかがお考えですか?
氏のような記述力・洞察力があられる方なら、容易に考察いただると信じております。
ご教示賜れれば幸いです。
2011/11/23(水) 午前 9:28 [ アクセス制限 ]
このブログ異常だよ。
・ブログ主と異なる意見を5回書いたら5回とも削除された
・ブログ主が正体をなにひとつ名乗らない
オウム真理教かよ。
2011/11/24(木) 午前 8:05 [ 最低だ ]
「最低だ」様。本ブログのコメント欄で寄せられたご意見を削除したことは、一度もありません。削除したのは、アダルト系のフジテレビの云々というもののみです。その削除されたとおっしゃるご意見、どうぞ書き込んで頂ければと思います。
賛否双方の意見がここに載ることで、読者の皆さんににとってはそれ自体がひとつの判断材料になると考えています。
2011/11/24(木) 午前 8:20 [ kyusyutaro ]
公平を装っていますがkyusyutaroさんの論理は公平と思えません。
私は大変興味は持って毎日確認していますが、kyusyutaroさんのように論理的に話すだけのデータを持っていません。
昨日、県の第三者委員会の報告を読みました、
此処にきて県もヤラセへのかかわりを認めましたが、
kyusyutaroさんはいかがお考えでしょうか?
九電も県も出鱈目ですね。
プルサーマルの安全性は我々国民にとって大変大きな話だった筈。
私の勝手な推測ですが、担当部署のくらし環境本部の判断で不当に誘導する事はあり得ないのでは?
九電の誘導が無ければ状況は大きく変わったかも知れません。
知事はヤラセを知らなかったようですが、
県民、国民を欺くような事を一部署だけでできるのでしょうか?
kyusyutaroさん、目的は郷原さんの論理潰しですか?
一度、見方をかえてみませんか?
県や国の誘導で国民不在の議論を演出し、本質を曲げてしまう事の怖さを感じています。
国民や県民に不安を抱かせる方々には現職を退いて頂きたい。
2011/11/25(金) 午後 9:24 [ KAMEDAYO ]
佐賀県民を欺いた会社の長が、なぜ、社長で居続けられるのか、わかりません。それ以外の何があるのでしょうか。
2011/11/26(土) 午後 11:03 [ なにこれ ]
kyusyutaroさん
大変失礼かとは思いますが、このブログもヤラセですか???
枝野のさんと郷原さんが・・・不自然・・・とか・・・
二人の行動の一致はおかしいと一歩譲っても、
九電の行動は許せません。
kyusyutaroさんは私の目的でないと無視されるかもしれませんが、
安全に対する危機意識の無さは、信じた国民を裏切る悪質極まりない行動であり経営陣総退職に値します。
2011/11/27(日) 午後 6:36 [ KAMEDAYO ]