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以上により、本ブログの論点についての分析は一通り終わりました。
●九電最終報告書の修正の件はどうなるのか分かりませんが、時期的な制約があるわけではありませんし、そもそも提出済みのもので十分な内容になっていますから、再提出が必須というわけでもないでしょう。経産省が修正を明示的に求めているわけでもありません(求められるわけがない)。
元委員の中では、岡本元委員は、10月31日の記者会見で、九電への評価は他の委員と大きく違いましたし、報告書の修正は不要と述べていましたので、第三者委員会としてまとまった意見の括りができていない状況にあるのかもしれません。11月17日の最終記者会見でも、古谷元委員は、九電からの質問状への回答が不要であるとする理由として、「第三者委員会報告書をどう受け止めて、経産省に提出するかは九電の判断である」と述べていました。郷原氏自身も、かつて「オープンな意見交換をした後に、それを踏まえて最終報告書をどうするかは九電が決めればいい」と言っていました。
そして何より、最終記者会見で3人の元委員が一致して述べた「知事の責任は何ら問うものではないし、目的ともしていなかった」との点、回答書に明記された「知事発言は、何かを要請する、お願いするということが意図・真意であったかどうかは認定対象外」としている点からすれば、九電の最終報告書は、特に修正を要するものでは本来ないと思います。副社長らが知事と退任挨拶で面談した事実、知事発言を記した支店長メモの内容、第三者委員会としての評価、知事の回答、その後の蕎麦屋での九電3幹部の相談に続く時系列的流れについては、全て盛り込んでありますし、その後の指示、実行の流れ、再発防止策についても、第三者委員会報告書に沿って、わかりやすくすべて盛り込まれています。修正するとすれば、以前書いたような修正案で十分でしょう。「動機と背景」は、調査の目的ではないというのですから、書く必要はありません。
●もう、このような矮小なところで精力を使う時期ではありません。九電においてもストレステストの結果が提出されましたから、あとはその審査を済ませ、問題がなければ早期に再稼働させていくということかと思います。ストレス検査の審査がどのようなものかよく知りませんが、当然、チェックポイントは明確であるはずですので(明確でなければなりません)、早期終了に期待したいところです。その後の政治判断というのも曖昧でよくわかりませんが、先日の枝野大臣の記者会見では、「地元自治体の了解だけというわけではないが、地元住民が選んでいるのは議会であり首長だから、その意向は大きな判断材料になる」と述べていましたので、基本的には従来と同じ流れになるのでしょう。
●本ブログは、縷々ご説明してきたとおり、あくまで、九電第三者委員会報告書の内容と、それに関連した郷原氏、枝野大臣の言動についての問題を検討することを目的としたものです。九電の賛成投稿要請問題の責任の取り方については検討対象外ですし、これまでの原子力行政の評価、今後の原子力発電や電源構成の位置づけ、あり方等についても対象外です。原発のストレステストで審査を早期に済ませて再稼働をさせていくことが必要とは述べていますが、ごく短期間で量、質の両面で安定的な電源が用意できるわけではありませんから、安定供給義務の確実な履行のためには、当面は原発しか選択肢はない以上、従来以上の安全面のチェックが終われば、再稼働させない理由はないとの考えによるものです。中長期的な電源構成のあり方については論じていませんし、論じる場でもありません。
コメント欄のご意見で、この点で噛み合わない部分が多々あったし、今もあるように感じます。なぜ過去の原子力行政と電力会社の罪を論じないのだ? あるいは、原発の危険性に目をつぶってきたことをなぜ反省しないのだ? なぜ「やらせ」の反省に立って論じないのだ? 本質はそこではない!といわれても、「そういう場ではないから」という単純な理由によるものです。文字通り、それは「場違い」なのです。「論点」が異なるのです。
野球を論じている場で、サッカーこそがスポーツの主流なのだからなぜそれを論じないのか、といわれても、議論している皆さんは困惑するばかりでしょう。
当ブログの論点を理解していただけず、あるいはあえて理解しようとせず、自ら重要と考える論点についての持論開陳の場として投稿される例がかなりの数あるように感じます。せっかく、ブログという誰にでも平等に、かつ存分に使える主張の場があるわけですから、そこで自らの問題意識と、重要と考える論点に立って持論を展開していただければと思います。
●このブログで論点として論じてきた九電第三者委員会及び郷原氏、枝野大臣の問題は、決して矮小な話ではありません。
第三者委員会は、実質的に、事件の事実認定、人や組織の責任等について決定する効力を有しています。権利義務に関わり、名誉にも関わってきます。その公正手続(デュープロセス)の担保は極めて重要です。しかし、まだ制度として(といっても、法令に基づくものではありませんが)、確立された規範があるわけではなく、発展途上のものです。第三者委員会の公正中立性の具体的担保策、調査範囲(スコープ)のあり方、異議がある場合の抗弁手続き、会社法上の意思決定機関との関係、政府との関係等等、重要な論点になりますが、明確に定められた指針がありません。
九電第三者委員会事件は、その担保されるべき公正手続がないがしろにされた事例でした。その具体的問題を指摘し評価することは、今後の対応を検討する上で大事な作業です。
もう一つ大きな問題として提起した点は、「法治の否定」でした。第三者委員会報告書自体も「社会が決める」と謳って、首長と議会とによる議会制民主主義の下での「賛否の議論を尽くす」という考え方を実質的に否定しています。枝野大臣は、およそ行政救済を担当する行政刷新相を務めたとは思えないような政府としての「分」を超えた言動を続けてきました。「言語道断」「法律以前の問題」として、権限外の関与を続け、あげくに、「傲岸不遜との指摘に同感であり、原発再稼働は認めない」との典型的な行政手続法違反の答弁を行いました。これを「国家権力の暴走」といわずして何をいうのでしょうか?
「九電けしからん!」と思っている人にとっては、「九電を懲らしめる正義の味方、枝野大臣」との受けとめ方なのでしょうが、物事は峻別して考えなければなりません。ここで、「九電」「原発」といった先入観が入りやすい要素を除外して、単純な事例を考えれば事の問題の大きさを実感できるのではないでしょうか。
「お前は生意気だ!もうメシは食わさん!」「俺や俺の仲間の言うことが聞けないとは傲岸不遜だ。クビだ!」「不祥事起こしてけしからん!電波法の免許は更新しない!」
・・・そう枝野大臣は言っているに等しいのです。そういわれる立場に自分をおいて見れば、如何にそれらが暴論であるか分かると思います。
このブログ記事に関心を持ってずっと読んでいただけた方々には、これらの問題の重要性はご理解いただけていると思います。
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M社長からの伝言
九州太郎さん、ありがとうございました。ブログでの分析や提言は大変参考になるものでした。心より御礼申し上げます。また、内心まで読み取られた分析(元委員長が知事に辞任をすすめた際の「了解」など)には感服いたしております。
今回のメールの問題については、真摯に反省し、再発防止をふくめた取り組みを進めてまいります。ブログでいただいたご意見は九州電力の今後の取り組みにも最大限活かしていきたいと思います。 以上
2011/12/17(土) 午後 7:51 [ 一社員 ]
新聞社の目的は「事実を正確にニュースとして報道するのではなく、
読者が欲しがるニュースを創って報道し新聞を売ること」です。当然、
嘘・捏造は新聞などマスコミ業界に認められた特権なのです。
本件は法令違反でないおかげで、7月から約半年間のロングランで記事にできました。
新聞経営へ多大に貢献された郷原先生に感謝するとともに、次の登場をお待ちしています。
2011/12/17(土) 午後 8:20 [ 新聞社代表 ]
九州太郎 様
とりあえずの「まとめ」お疲れさまです。
日本は法治国家であり,大衆迎合主義的政治への批判は痛快でした。政治家は,人気取りだけに走りがちであり,そんな治世ならば私でも出来そうです。
九州太郎さんには,今後もそういう政治・マスコミに一石
を投じ続けて頂きたいと思います。よろしくお願いいたします。自己保身のみの政治家は猛省し,将来の日本を考えた政治を行ってほしいものです。
2011/12/17(土) 午後 9:02 [ Atsukan ]