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<省エネ、安定供給>
質問3 電力の安定供給と言う場合、単に量的な面だけでなく、質の面も重要な要素だと考えられます。製造業では一瞬の停電も大きなロスとなって影響し、多額の不良品発生につながります。精密機器であればなおのことです。大手メーカーから電力会社が賠償請求された事例も発生しています。家庭でもパソコンのHDが壊れる等、電圧も含めて供給が安定しないことの怖さを想像できるようになっています。一瞬ではない長時間の停電は、医療機関を始め、公共インフラにも影響するだけでなく、地域によっては酷暑、厳寒による生命の危険も生じ、実際に生じてもいます。このような質の面での安定性について、どうお考えですか?
新エネでは、質の面が一定しないことは周知のことであり、それを一定化させるための大型蓄電池、無停電電源装置、予備の自家発等が必須となってきますが、多額のコストがかかります。それは誰が負担するのですか? そういうものを強いずに済むような電力供給が安定供給の重要な一要素だと思われますが、この点はどう評価されますか?
質問4 「原発が稼働しなくても、電気は足りている」という論者がいます。しかし、節電要請によって、企業には、操業時間の短縮、週末等へのシフト、更には自家発の導入等の様々な負担を強いています。本来しなくてもいい設備投資を企業に強いています。家庭でも、酷暑、酷寒の中でピーク時の節電を強いられ、熱射病、凍死のリスクも生じています。電気の供給予備率がギリギリで、老朽火力の故障、天候変化等による需要の一時的増加等により、一瞬でも足りなくなれば、全体の供給がアウトになるという潜在的な大きなリスクを抱えています。
また、代替の火力燃料の大幅増によって3兆円もの輸入増となり、今後円安で増加が予想されます。日本の輸入総額が60兆円(平成22年)、68兆円(23年)という中での3兆円です。貿易赤字転落の主要因のひとつです。円高に加えての燃料費増による電力料金値上げにより、企業は海外移転へのインセンティブが高まっていき、雇用機会、税収源、地域振興等の面で影響が出始めています。家庭の家計への影響は言うまでもありません。
「電気は足りている」の背後には、このような多大な犠牲や国民生活に直結する悪影響が存在すると思われますが、これらの点について、どのように対応されるおつもりなのでしょうか?
質問5 坂本龍一氏は、「たかが電気」と反原発集会で述べ、「卒原発」を唱える日本未来の党の賛同者にもなりました。同氏の言動に賛意を表す人々も少なくありません。その場合、上記の質問3、質問4の点については、具体的にどのようにお考えなのでしょうか?
指摘されている個別のマイナス面ごとにお答え下さい。
また、即時原発廃止主張する場合、上記の点について、どう分析評価をされていますか?
質問6 枝野大臣は、「省エネが最大の電源開発だ」と述べました。その点は大いに首肯できるところではあり、今後の技術革新に期待をしたいところではありますが、それと新エネとで、原発を代替できる規模のものになりうると考える具体的材料と根拠、道筋をお示し下さい。
<国際社会、地元自治体等との関係>
質問7 「脱原発、卒原発」や核燃料サイクル(再処理)の中止を進めるとすれば、現在稼働している原発から発生するプルトニウムの行方が宙に浮くことになり、核不拡散の観点から国際社会の重大な関心を呼ぶことになります。実際、「原発ゼロ」を掲げた途端に、IAEAや米国から、プルトニウムについての対応を注視する旨の発言等がなされました。核不拡散の観点から言えば、核燃料サイクルの推進とその過渡的措置としてのプルサーマルの実施がどうしても必要になってくると思われますが、これを否定することにより、今後処理できなくなっていくプルトニウムをどうするのか、国際社会からの疑念にどう答えるのか、具体的にご教示下さい。
質問8 原発立地自治体の立場から言えば、原発の維持と核燃料サイクルの推進という国策遂行のために、様々な協力をしてきています。その国策が覆されるとなれば、現在の協力を維持する理由はなくなり、廃棄物等は宙に浮きます。実際、六ヶ所村、青森県はそのような姿勢を示しました。即時はもちろん、短期的将来における脱原発を進める場合、このような現在の地元の協力維持をどうとりつけるのですか?
※ 他にも、発送電分離や、競争による供給体制ということも、電力の安定供給の面からは大きな論点となってくるところですが、「脱原発」とは直結する話ではないので、ここでは書きません。
今後、「脱原発」「卒原発」を主張する場合には、このような論点についてひとつずつ、個別具体的に考慮しながら議論することが建設的だと考えるものです。
議論が混迷する背景のひとつとして、1973年(昭和48年)の中東戦争を契機とした第一次石油危機、1979年(昭和54年)のイラン革命を契機とした第二次石油危機のときのオールジャパンでの切迫した危機感を共有できる人々の割合が減っていることも要因の一つとしてあるような気もします。あの時の危機感が、原発推進の原動力になってきているはずです。自国の政治、政策努力ではどうしもようもない外的要因によって、我が国の産業と国民生活にとっても血肉となり、神経にも転化するエネルギーが突然遮断される可能性について、少しでも共有できたら、また違った展開になるような気がします。「自国の政治、政策努力ではどうしもようもない外的要因」は、今も、眼の前に横たわっています。「エネルギー制約がない日本」が実現できれば、どれだけ自由度も違ってくることでしょうか・・・。 ただし、それは、風力や太陽光等の自然エネルギーだけで実現できるほど甘いものではないことは確かです。
誰もが、福島第一のような事故は二度と起こしたくないと思っていますし、それによる被害はご免だということは共通理解でしょう。他方で、無傷だった女川があり、福島第二があるということも、皆知っています。それらを前提としながら、原発の安全性を確保ししつ、新エネ・省エネの動向や、技術革新の進展、内外諸情勢の推移等を踏まえた最適のエネルギー源の組み合わせを探るというのが、現在行われるべき議論であるはずです。
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kyusyutaro様 明けましておめでとうございます。
私は、原発問題、エネルギー問題に関し、民主党、マスコミ、市民団体の動きに違和感を感じ、自分の意見を誰かにぶつけたかったのですが、このブログと出会い、他人(ひとさま)に聞いてもらう機会を得たと感謝しております。
さて、ブログ様の今回の様々な問題意識としての質問事項に関し、全く同感であります。しかし、私も様々な形で、反原発の方々に投げて参りましたが、結果、その回答を得られておりません。
最近、思う様になったのですが、その回答は反原発の方々から見れば、それはタブーではないかと思ってきました。
現実問題として、経済問題、その他様々な問題が絡んでいると、スイシンジャーさん達を始めとする反原発の方々は、認識されているのではないかと思うのです。(続く)
2013/1/2(水) 午前 1:17 [ 私も一言 ]
(続き)
しかし、それに触れようと敢えてされません。なぜ触れようとしないか?
触れてしまうと、その問題の重要性を認めざる得なくなり、自分達の主張が貫けないからとわかっているからじゃないでしょうか?
スイシンジャーさん達は聡明な方々だろうと思います。だから、触れようとしないのです。
「真逆」さんは別ですけど…。(苦笑)
彼らは「電力は足りている」と根拠の説明なく言い張ったり、原発の危険性だけに終始し、それ以外の事、今後の課題等、全く触れようとされません。
ブログ主さんの問題提起を否定する事自体、困難と思うのですが…。
2013/1/2(水) 午前 1:17 [ 私も一言 ]
「私も一言」様 ブログ発足初期からのコメントをありがとうございます。「私も一言」さんが抱いておられる問題意識は、ほとんど共通だと感じています。いただいたコメントで金融のご専門のお立場からものは、特に参考になりました。
原子力規制委について触れておられた点も同感で、その延長で少し最後に書いてみたいと思っておりますので、よろしければコメントいただければ幸いです。
2013/1/2(水) 午前 10:46 [ kyusyutaro ]