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3月22日(火)
被災地の皆さん、ご苦労様です。さぞお寒いことでしょう。
でも、けなげな皆さんをテレビで拝見し、感動しています。また、九日ぶりに救出された方の頑張りにも大きな拍手をお贈りします。
18日私が理事長を務めています協同組合からわずかですが、お見舞いの義捐金を出させていただきました。まだまだ募金活動を続けますので、些少ですが、お役に立てさせてください。
100万円出したかったのですが、半分しか出せませんでした。けちな人もいますので、思うようにはなりません。
2月22日 レイテ島最後の日です。今夜はマニラです。
朝、バスを待っていました。
ホテルの前の道路を隔てたところです。
小さな女の子がブルーの汚げな雑巾で壁をしきりに拭いています。学校には行かないのかしらと思ってみていました。拭き終わったらなにやら本のような者を持ってきました。
よく見るとその本を読みながらまたその壁に白墨のようなもので何かを書いています。
書き終わると雑巾で消してまたコップのようなもので円を書いています。
勉強していたのです。
まるで戦前の日本の光景のようです。きっとこの国も大勢の子供たちがこうして学び、国づくりに貢献し、勢いのある国になることでしょう。感動を覚えました。
今日は会合が2つあります。
続きは明日です。
アマリリスが咲きました。御覧下さい。
今朝のアマリリスです。
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竹田の里
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3月18日(金)
今朝は雪が4〜5センチ積もっていました。
被災地の皆さんおはようございます。
さぞ寒い日々をお過ごしのこととお見舞い申し上げます。
私の関係する団体で製水機をお贈りしたいと準備を進めています。
1日で50トンの水ができる装置です。本日業者が現地を見に行っています。
大変でしょうが、どうぞ耐えてお待ちください。日本は勿論、世界中が応援しています。
レイテ島 2月21日
続いて別の地域の保健センターに行きました。雨がそぼ降ってきました。
昔の日本の農道のような感じです。でこぼこの道に水溜り、椰子の葉っぱが落ちています。
大勢の住民が歓迎の小旗を持って駆けつけてきます。
この保健センターにも冷蔵庫・金網戸を贈りました。
特にここには井戸を掘って安全な水をプレゼントしました。
ここからの帰路、レイテ島を守っていた島民に慕われていた陸軍大佐の墓に詣でました。
現地の人達が手厚く埋葬してくださったとのことです。
このご縁もあり、レイテへの支援活動をすることになりました。
今日はここまでです。
アマリリスが大きくなりました。
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3月17日(木)
今朝はまた雪が吹雪いています。
被災された皆さんは−4度の寒さの中、布団もなく、暖房も効かない避難生活、さぞご苦労されていることと思います。お辛いでしょうが、春はもうすぐです。お体に気をつけられてがんばられますようお祈り申し上げます。
昨日の続きです。
2月21日、学校の訪問後に2箇所の保健センターを訪ねました。
道中の様子です。
このような家屋で生活しています。
屋根はニッパ椰子の葉で葺きます。
家ノ前には椰子のみがたくさんありました。
村のお店屋さんです。
歓迎の意味でしょうか、道の両側には椰子のみで飾られていました。
歓迎の様子です。
ここにも金網の戸を寄贈しました。
ロータリーのマークが見えます。
寄贈した物の写真です。
冷蔵庫は電圧がひどく高かったり低かったりするので、一定にするコンバーターも必需品です。これがなければすぐに壊れてしまうそうです。
ポリオにかかった少年の写真です。
日本にもありました日本脳炎のような症状です。
村をあげての歓迎風景です。日の丸を手に手に集まってきます。胸が篤くなります。
歓迎のご馳走は椰子のみジュースです。
最初の保健センターの様子でした。
次はまた別の村の保健センターの様子をアップします。
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3月16日(水)
被災された皆様に一日も早く支援の手が届きますように
どうかこれ以上の災いが起こりませんように
寒さがぶり返したりしないで、暖かな日差しが降り注ぎますように一日も早い復興をお祈りしています。
考えるだけでも皆様のことが偲ばれます。
昨日の続きです。
食事後、目の前の小学校を訪問しました。
ドラッグセントラルスクールです。
この学校は元日本軍の兵舎だったそうです。
デング熱を予防するために窓の金網を贈りました。
安心して勉強できる環境づくりをお手伝いしました。窓は全部金網が張った窓です。
椰子の実を半分に切ったようなものでお掃除をしています。
拭き掃除は立ったまま足で拭いています。考えればそれも合理的ですね。
床が腐って張り替えなければならなくなりましたので、全部コンクリートにして、少し高くしました。
保健室の中です。ロータリーマークが見えます。明るいこの部屋も寄贈しました。
元兵舎らしい合掌造りの細長い建物です。
ここはバルコニーのような場所ですが、床が抜けたので、コンクリートにしました。
歓迎会場です。
私たちが座っていた椅子は全部こんな椅子です。洋服が汚れないか心配でした。
子供たちの笑顔が溢れていました。とかく子供の多い国ですね。
明日に続きます。
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3月14日(月)
まるでSFのような状況が続いています。
被災者の皆様、お亡くなりになられた方々に、衷心よりお悔やみ申し上げます。
不幸中の幸いとでも申しましょうか、友人たちは無事でした。わずかにホットしました。どんな支援ができるのか、大急ぎで準備中です。
こんな時にブログを書くことも大変はばかれますが、記録の一環として、レイテ訪問の続きを書きます。
2月21日の中央保健センター訪問後のことです。
警察のジープに先導されて昼食会場に向いました。
途中で車を降りて少し歩きました。
ベトナムのときもそうでしたが、どこにでも鶏がいます。そして、毎朝早くからやかましく鳴きます。
ろくに餌も要らないのでしょうか。放し飼いです。
途中の家です。
ここはなんとビリヤードの遊技場です。あきれたことに4名ばかりがビリヤードをしています。
この家の中です。
わずかにビリヤードの台が見えています。
ここの前にはお店が2軒ありました。日本の雑貨屋さんのように何でもありました。果物、穀物、イモ類、日用品などです。
昼食時の歓迎の豚の丸焼きです。
最高の歓迎のようですが、全然食べる気が起きません。
昼食時の歓迎の豚の丸焼きです。最高のもてなしとのことですが、とても食べる気になりません。
皮はペキンダックのようにぱりぱりです。
どうも食欲がありません。
食事が目前に見えている小学校を訪問しました。
これも親善だとして、みんな「リンタク」に乗ることになりました。
街中のリンタクが寄ってきました。
仕切っているのでしょうか。先頭のリンタクには生きたすっぽんがつるされています。
このリンタクで辺りを一回りして次の学校に向いました。
次に続きます。 |






