ここから本文です
kzのブログ
気ままに・気の向くままに!

書庫全体表示

記事検索
検索

全137ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

2年前

2017.4.25
どうやら今年のGWは、留守番に決定らしいので、
 その前に  
  ノンさんお薦めの春日部へ 藤棚 見学に 
   チョイト ヒトッ 走り セロー散歩

アレッ・・なぁ〜んだぁ・・
     ‥コリや凄いわ 
     ・・美味いねぇ  
      ノンビリ 出来ましたよ 

動画編

タイムライン
イメージ 9

イメージ 10


イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3
10:45
イメージ 4

イメージ 5

イメージ 11

イメージ 12

イメージ 50

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 13

イメージ 14

イメージ 15

イメージ 16

イメージ 49
11:30
イメージ 42

イメージ 43

もう・・一歩踏み入れると 圧倒されます 
イメージ 18

イメージ 17

イメージ 19

イメージ 37
見晴らし台から 
イメージ 38

イメージ 39

イメージ 40

イメージ 41

イメージ 47

イメージ 22

イメージ 21

イメージ 23

イメージ 20

イメージ 46
1か月ちょっとの売店
イメージ 48
§ 昨晩頂きましたが、シコシコのとても美味しかった「藤うどん」
イメージ 24

イメージ 25

年代を感じられるようにペイントされた古めかしい看板が、いい感じ 
イメージ 26
丁度、お昼なので、シッカリと看板につられて・
イメージ 27
12:30
イメージ 28
大きな炙りチャーシューも ヤワラかぁ〜い 
イメージ 34
イメージ 35

イメージ 36

イメージ 29

イメージ 30
イメージ 32

イメージ 33

13:30
イメージ 31

 半日のセロー散歩でしたが、
  内容満載で、お腹も満腹で、
   楽しめましたよ 

この記事に

前回

2016.8.3
富良野の丘木かげ』で自慢のチーズカレー夕張メロン 


今年も寄りらせてもらいました『富良野メロンのふくだメロン』で、
 ランチ替わりのタラフク完熟メロン 

誰も居ない大きな美瑛の丘で、おやじの走行撮影だ 
 
ビックリどっきり 美瑛ライハ「蜂の宿」は、
 安くて美味しい居酒屋安宿村」だったね 

動画編

タイムライン
イメージ 1

イメージ 31

ファーム富田 四季彩の丘 で、嵐 を味わったので、
イメージ 2
13:50
イメージ 32

お土産用の手配を済ませたのちに 
イメージ 3
一体、ここだけで、何個のメロン出来るのかなぁ 
イメージ 33
利用者には、1/2個のメロンが、おやつに付くそうな 
イメージ 4
イメージ 5

2015.8の天気は、残念ながらかなり悪かったんだね!

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10
だぁ〜れも居ない 大きな風景に溶け込んで、気持ちイ〜イ 
イメージ 11

イメージ 12
普段撮影ができないアングルで、
イメージ 13

イメージ 14
スケールの大きさを再認識するね 
イメージ 15

イメージ 16

イメージ 17

イメージ 18


イメージ 19
なるほど・・ウナズケルねぇ 
イメージ 20

イメージ 21

イメージ 22


17:00
イメージ 34
昨年とは・・・
イメージ 35
大丈夫・・
イメージ 36

イメージ 23
チョイト・カルチャーショック 気味 
イメージ 24
後から 楽し気な麻雀が、始まったよ 
イメージ 37
昨年の渡道からライハを泊まり歩いているけど
2015.8 は、此処でしたね 
イメージ 38
・・もう 慣れましたけどネ 

イメージ 43
見てくれよりは、結構な充実した施設なんだよね
イメージ 44
大量の漫画が蔵書コーナーに 
イメージ 45

イメージ 46
チャリダーの間では、「男の秘密基地」

18:50
夕飯は、ここで、

イメージ 25

イメージ 26
アルコール類の飲み放題が90分で1000円
イメージ 39
お通しは、ヤッパリ 富良野メロン 
イメージ 40
だんだんと人数も増えてくるね
イメージ 41

イメージ 42
ともに 結構いけます 
イメージ 27
21:00
最後は、ウォーターメロン 
イメージ 28


イャ〜ぐっすりでした 
イメージ 29

イメージ 48

イメージ 47


イメージ 30


この記事に

前回

毎朝の散歩も 和ませてくれた薄ピンクの花びらの桜吹雪 🌸
 負けずとばかりに咲き出した花々達 

  こんな時期の息吹は、幸せを感じますね 

イメージ 1
この時間は、ずんずん陽が昇る力強さを感じるね 
イメージ 2

イメージ 3
すっかり地面には、和ませてくれた桜の花びらが敷かれている 
イメージ 4
水面にも・まだ楽しませてくれる 桜の花びらの けな気な献身 
イメージ 5
まぁ 一緒の彼らには、まったく関心がないようだけれど 
イメージ 6
もう・・残っている花びらも3〜4割かな 
イメージ 7

イメージ 8
散歩道の傍らにも・・
イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

イメージ 13

イメージ 14

イメージ 15

イメージ 16

イメージ 17

イメージ 18
公園内は安全だけどね・・
イメージ 19

園外に出ると 猫ちゃんが、狙うのは、
イメージ 20
大きな 鯉 
イメージ 21
君達も体系的には、、豚ちゃんの家族と同じだね 
イメージ 22
善福寺川には、大きな沢山の鯉もいるけど
一体何が見えるのかなぁ 
イメージ 23

イメージ 24

イメージ 25
学校の壁絵も
イメージ 26
花たちが、引きたてているね
イメージ 27

イメージ 28
日本中が、この桜色を待ち焦がれていたんだよね 
イメージ 29
たまに 気温が20度を超えたり 
イメージ 30
春の嵐が通り過ぎたり 
イメージ 31

イメージ 32
すっかり 春を満喫させていただきましたね 
イメージ 33

イメージ 34

イメージ 35

イメージ 36
色鮮やかな花たちが、温かさを謳歌しているようだ
イメージ 37

イメージ 38

イメージ 39
休日には、ボートを楽しむ声がまた聞こえてくるね
イメージ 40
イメージ 41

清々しい散歩から帰ると 

イメージ 42

春らしいサラダで
イメージ 43

イメージ 44

デザートもいつものが、美味しい 
イメージ 45

イメージ 46


も此れにて見納めですね 

いつもですけれど

ありがとう・ご苦労様でしたね 



この記事に

前回

20173.29
前回、薩埵峠で食べた 甘いポンカン春の味だったね 

今回は、「大やきいも」絶品「静岡おでん」や 
   鞠子宿「丁子屋」名物「とろろ汁」421年の旨味
  
明治大正昭和・平成揃踏み隧道・・

動画編

タイムライン
イメージ 1

イメージ 7

イメージ 2

イメージ 3
12:00
イメージ 4
イメージ 5
昭和中期の面影を色濃く残す木のぬくもりが広がるレトロな店内 
イメージ 6
牛すじだけ100円、あとは全て60円 
イメージ 38
20年以上つぎたしている自慢黒つゆ 
イメージ 47
練りからしを添え、青海苔鰹節からなる「だし粉」をかけます
イメージ 48
昔ながらの変わらない味と風景が、どこか懐かしいね 
イメージ 8
看板商品の「焼いも」「大学いも」・家庭の味の「おにぎり」
夏の人気は「かき氷」が、これまた絶品の自家製の密をかけて是非にと 

イメージ 9
今回は、チョロットお堀端を走って・・思いを馳せる 
イメージ 10
イメージ 11
イメージ 12
イメージ 13
イメージ 14
イメージ 15

イメージ 17

イメージ 16

イメージ 45



イメージ 39

歌川広重「東海道五十三次・鞠子」
イメージ 18
12:50
イメージ 19

イメージ 20


イメージ 40
  歌川広重「隷書東海道・鞠子」

イメージ 29

イメージ 41
    峠越えに使われた旧道が幾つも残る
イメージ 46
「明治のトンネル」が開通する前に使われた、
         江戸時代旧東海道も、残されています 
イメージ 21
イメージ 22
イメージ 50

平安時代、古代東海道にあった小川駅が廃止されたことに伴い、それまで
太平洋側にある日本坂を通過していた交通が宇津ノ谷蔦の細道へと移った

明治のトンネル
イメージ 23
伊勢物語」:『駿河なる宇つの山辺のうつつにも夢にも人に逢はぬなりけり
・昼なお暗い山道を歩くのは、ずいぶんと心細いことだったのでしょうね 
イメージ 24
民間主導のトンネル事業自体、とても珍しいものでした 
通行料は、当初、大人
2厘でしたが、後に値上がりして6厘となり、
大荷車3銭2厘荷馬1銭2厘人力車1銭5厘 

1876年(明治9年)開通、1896年(明治29年)火災により焼失 
イメージ 25
1590年(天正18年)の豊臣秀吉による小田原征伐の際、蔦の細道のみでは進軍に不足であったため、現在の旧東海道にあたる別ルートを整備し通過した
イメージ 26

くの字に曲がったトンネル・・・
イメージ 42
危険を伴う複雑な形をしたトンネルだったため、トンネル入口には、太陽光を採り入れるための反射鏡が設置され、内部には50ものカンテラが吊るされていましたが、
それでもただでさえ暗いトンネル内部において、入口から出口が全く見えないこの
くの字トンネルは、中央付近に行くと、顔を伺うことすら出来なかったという
記述が、明治天皇の御幸に同行した記者により残されています

1876年(明治9年)開通、1896年(明治29年)火災により焼失 
イメージ 43
岡部側は、比較的地盤が良かったため、トンネル内を角材で覆うという、
木角合掌造り」という工法だったが、
この闇を照らしていたカンテラが原因となって火災が発生
1904年に修復 くの字から一直線に 
内壁も耐火性のある赤レンガで覆いつくされた、美しいトンネルへと変貌
イメージ 27
静岡側から20m近くまでは、地盤が悪く崩落の危険性が高かったため、「青石造り」という石組みの工法だったが、現在は、色合い豊かな赤レンガの重みのある内壁と、トンネル内を照らすやさしいりによって照らし出されている 
イメージ 28
時代の変遷の中、1889年4月に、静岡〜浜松間に「鉄道」が開通すると、
主役の座を追われ、やがて利用者も減っていったんだね 
イメージ 30

イメージ 31

イメージ 32
時代時代のトンネルの歴史を知ることが出来るとともに、
日本の道路交通の発展も大いに興味深いね 
イメージ 33
江戸時代になり、宿場参勤交代の制度とともに東海道は整備された
峠周辺にも鞠子宿岡部宿が置かれ、峠付近にも宿や商店が立ち並んだ
イメージ 34
丸子宿岡部宿の間に存在する宇津ノ谷峠 
 中間地点「間の宿」と称する旅人の休憩施設
  宇津ノ谷「十団子」という名の団子が名物 
イメージ 35
通りに面して並ぶ家並みの軒先には、今も屋号が下げられています
イメージ 36
宇津ノ谷の集落は、今も変わらない姿でひっそりと佇んでいます 
イメージ 49
イメージ 37


      腹ごなしにもとても好いルートだったね 







この記事に

前回

2017.2.25
箱根旧東海道「甘酒茶屋」米麹だけの甘酒 
修善寺駅前「舞鮨」で、プリプリの鯵寿司弁当
今回は、「浄蓮の滝」目の前にして大勢の観光客から逃れて 
「そば処 滝」手打ちそば+生ワサビで、ウマウマ 

念願の旧天城峠は、通行止めで登れない 
ならばと 反対側に回って・・

動画編

タイムライン
イメージ 1

イメージ 12

イメージ 2
12:30
イメージ 13
イメージ 3
イメージ 14
導水した水で現在でも発電が続けられています
イメージ 4

イメージ 5

13:00
イメージ 17

イメージ 6
イメージ 7
此処に来た時にすぐに此処の滝を思い出した 
イメージ 8
美しい柱状節理のひとつひとつがコンクリートで固められてしまったが、
苔や草などで覆われていて以前に近づいているようだ 
イメージ 15

イメージ 16

イメージ 9

チョイト移動すると・
イメージ 10
イメージ 26
筏場井上靖しろばんば』に出てくる
    「馬とばし」(草競馬)が行われた場所  


イメージ 27

イメージ 11
イメージ 18

イメージ 20
                                                   
                                                    国士峠
イメージ 19

此処はかなりの人気らしく 渋滞気味 
イメージ 29
イメージ 28
数台の観光バスからゾロゾロと・・
 即 諦めて無難に 
イメージ 30

イメージ 21



旧天城峠の入り口
湯ヶ島側は、通行止め規制 
イメージ 31

今回の旅の目的地の一つ:旧天城峠天城山隧道

諦めきれずに河津側に回ると なんとか行けそう 
イメージ 32

イメージ 22
たまに人が歩いているね 
イメージ 23
イメージ 24
イメージ 25

河津川隧道入り口
イメージ 33
イメージ 34

イメージ 35

イメージ 36
上下ともに通行規制があるので、車は1台もないのだ 
イメージ 37
折角のチャンスなので、走行動画を撮りましたよ 
イメージ 38
松本 清張 天城 越えの動画  どれも懐かしいね 
イメージ 39
イメージ 40

イメージ 41
南北のトンネルの入口にある「天城山隧道」の「題字」から、アーチを支える「要石」、入口をそれとなく飾りたてる「笠石」と「帯石」も美しい 
イメージ 42
イメージ 43
メチャクチャ明るいランプ類だなぁ 
イメージ 44

イメージ 45

イメージ 46
イメージ 47
イメージ 48
下田に入航し、「玉泉寺」に「米国総領事館」を設置したことで知られる、
初代アメリカ総領事タウンゼント・ハリス」が、日米修好通商条約締結の
ために、総勢350人を引き連れて、江戸に向かった時に通った道も、
この旧天城峠を超えるルートでした
イメージ 49
計画が持ち上がっては、幾度と無く流れていたこのトンネルの完成に、業を
煮やした下田の県議、「矢田部強一郎」議員は、天城越えの下田街道の整備
訴え、壇上に短刀を突き立て、決死の覚悟で議会を説得するという、
前代未聞の演説を行いました 
イメージ 50

1900年の着工から5年の年月を経て、南伊豆住民の念願であったトンネルは
完成しました。
旧天城トンネル」の石材は、伊豆の国市にある旧大仁町の「吉田石」が使われており、「切り石巻工法」という、石を1つ1つ積み上げていく、とても手の込んだ手法で造られています。

ps:此処のトンネルも見事だったなぁ 

この記事に

全137ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事