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2016.8.3
昨晩、ライハで偶然に居合わせた障者の彼は、逞しかったね 

小生は、45年前1.5ヶ月間 九州ソロツーに出かけたが、
 大学ノート3冊分に及ぶ知り合ったライダー達の住所録がある。
でも・・残念ながら未だに連絡を取り合っている人はいない 
 今、写真を見ても顔さえ思い出すこともままならない 

しかし 途中の広島で雨中のライディング指導してくれた白バイさん
長崎県雲仙仁田峠 台風で暴風雨の夜中 車も退避している状況下
       泊っていけと止めてくれたご家族 
宮崎川が氾濫し宿の2階まで水没し 水が引くまで3日間
       僅かな水と食料で、不自由な共同生活をした方々 
 など 未だに忘れることはできない 

 彼も偶然、旅で思いがけない 忘れ得ぬ一人だろう 

動画編

タイムライン
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     赤平駅ズリ山
   1913年大正2年)11月10日国有鉄道上赤平駅として開業
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空知炭山北側に位置する赤平芦別と共に豊富な石炭鉱脈があることが
知られ、早くから大小の企業による試掘や採掘が行なわれて来た。
その中で赤平3山と呼ばれてきたのが、昭和電工の豊里北炭の赤間
住友の赤平の各炭鉱で、西側に豊里、中央及び空知川対岸に北炭赤間
東側に住友赤平と市街を3分していた。いずれも駅裏山側に大きなズリ山
有し、赤平3つのズリ山が特徴となっていた程である
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昭和30年代後半の最盛期には、これら3つの積込専用線から毎日200両近い
石炭車が、長大貨物列車となって全国へと向かっていった 
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昭和40年代になり、エネルギー転換政策によって他の産炭地同様に
炭鉱が閉山に追い込まれると、当駅の貨物取り扱いは殆ど無くなった
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坑内から出る岩石などの部分を捨石、俗称でズリという。
この岩石などをトロッコを用いて長年積み上げられてやがて山ができる。
こうしてできた山をズリ山という。
火まつりの舞台ともなり、炭鉱のマチ赤平の象徴だった。
現在、北炭赤間炭鉱のズリ山に777段の階段がつけられ登ることができる。
ズリ山階段としては日本一のスケールを誇り、頂上から暑寒別岳十勝岳
などが一望できる 
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星の降る里」の持つ意味
 星が降るように美しいまち
 心のふる里(故郷)
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昨年は、チョイト遅かったけどね
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   さて・・昨年もお世話になった
 
    あの・・まるマル 極上試食のあの店へ GO 

ps

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