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書庫2016.7 北海道ツー パート

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2016.8.4〜5

 こりゃ たまらんわ 

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三国峠カフェで、挽き立てコーヒーをいただき 
 これぞ北海道 
  雄大な景観を眺めていたら 
   ヤッパリ走行動画を撮りたくなりました 


動画編

タイムライン

美瑛ポテトの丘」も良かったけれど
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ヤッパリ此処の雄大さは、特筆もんだね 
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絶景かな々 赤城山もいいけれど 国定忠治にも見せたかったね 
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遠くから微かに聞こえるエキゾースト・サウンドが、共鳴し合い
 徐々に大きくなって通り過ぎるステレオ音・・シビレマス  
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標準では、、無理だわ 
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展望台より此処の景観が、素晴らしい 
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圧巻だね 
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八幡平のそれとも確かに違う 





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いやぁ・・ノンさん サマになってますねぇ 
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2015.8 は、大変でした 




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遥か遠くからだったんだね 
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昨年、渡った 第五音更川橋梁
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電報略号はホカ。1987年に路線の廃止に伴い廃駅となった。
駅名の由来は、アイヌ語の「ホロカ・ナイ」(逆戻りする川
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上士幌駅からは大半が上り勾配なので、SL時代石炭をかまに連続投入するのに忙しく、機関士は大変な重労働を強いられた区間だったそうな 
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昨年は、近くのオンネトーへ行って女神にあったっけ 
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アイヌ語の「オラプ・オロ→オラポロ(シャクヤクの根がある所)」
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   さて・・道東へ向かいます 

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2016.8.4.
宗谷本線「比布」駅・ピップエレキバンで知っているけど 
 まさか縁結びのパワースポットとはね 

続いて「塩狩」駅で、偶然の上下線と遭遇 
 塩狩峠記念館三浦綾子「塩狩峠」悲劇 

  エェ・・ガス欠 

動画編

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北海道官設鉄道天塩線 開業年月日1898年(明治31)

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1980年、製薬会社ピップ CMには樹木希林と藤本の会長が出演し
    「ピップエレキバン」のテレビCM撮影が行われた 

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塩狩峠は昔からの名所として知られ、5月中旬には五月晴れの下
約1,600本のエゾヤマ桜が峠一面をおおいその美しさを誇っています 
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あまりにも有名 壮絶な実話をもとに描かれた 
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臨時列車かも知れないね 
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列車が停車すると遮断機が往来する乗客のために開きます 
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単線なので駅ですれ違うんだね 
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乗客もまばらで、寂しいね 
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駅裏の小山には、 三浦綾子
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作家三浦綾子さん旧宅を復元し、小説「氷点」執筆の部屋や小説・映画
塩狩峠」に関する資料などを展示しています。復元には、三浦夫妻から生活用品等の寄贈をいただき昭和30年代に夫妻が執筆活動をなさっていた生活空間を再現し、訪れるかたがたに三浦文学誕生当時の夫妻の有り様や人柄にふれていただき、三浦文学をより一層理解していただくとともに、
後世に三浦文学の礎を伝えようとするものです。
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散策路には、たくさんの詩石が、
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昨年の渡道も常に燃料の状態をチェックしながら走っているけど 
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峠越えには、無理がある残量だ 
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何とか途中にGSが、ある事を願って・・
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店に聞いても・調べても・無いない 
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仕方なく40〜50Km程度戻ることになる 

千葉からマイカーバイクを積んでしている方と遭遇 
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世間は、本当に 満更ではないね 
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ライダー同士連帯感は、本当に嬉しいですよね 
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昨年は、
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美味しいコーヒーを頂きながら 

 峠のすぐ下にある「三国峠橋」で、

  またまた 走行動画撮影をすることになったよ 


次回

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2016.8.3
富良野の丘木かげ』で自慢のチーズカレー夕張メロン 


今年も寄りらせてもらいました『富良野メロンのふくだメロン』で、
 ランチ替わりのタラフク完熟メロン 

誰も居ない大きな美瑛の丘で、おやじの走行撮影だ 
 
ビックリどっきり 美瑛ライハ「蜂の宿」は、
 安くて美味しい居酒屋安宿村」だったね 

動画編

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ファーム富田 四季彩の丘 で、嵐 を味わったので、
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13:50
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お土産用の手配を済ませたのちに 
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一体、ここだけで、何個のメロン出来るのかなぁ 
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利用者には、1/2個のメロンが、おやつに付くそうな 
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2015.8の天気は、残念ながらかなり悪かったんだね!

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だぁ〜れも居ない 大きな風景に溶け込んで、気持ちイ〜イ 
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普段撮影ができないアングルで、
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スケールの大きさを再認識するね 
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なるほど・・ウナズケルねぇ 
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昨年とは・・・
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大丈夫・・
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チョイト・カルチャーショック 気味 
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後から 楽し気な麻雀が、始まったよ 
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昨年の渡道からライハを泊まり歩いているけど
2015.8 は、此処でしたね 
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・・もう 慣れましたけどネ 

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見てくれよりは、結構な充実した施設なんだよね
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大量の漫画が蔵書コーナーに 
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チャリダーの間では、「男の秘密基地」

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夕飯は、ここで、

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アルコール類の飲み放題が90分で1000円
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お通しは、ヤッパリ 富良野メロン 
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だんだんと人数も増えてくるね
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ともに 結構いけます 
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21:00
最後は、ウォーターメロン 
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イャ〜ぐっすりでした 
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2016.8.3
昨晩、ライハで偶然に居合わせた障者の彼は、逞しかったね 

小生は、45年前1.5ヶ月間 九州ソロツーに出かけたが、
 大学ノート3冊分に及ぶ知り合ったライダー達の住所録がある。
でも・・残念ながら未だに連絡を取り合っている人はいない 
 今、写真を見ても顔さえ思い出すこともままならない 

しかし 途中の広島で雨中のライディング指導してくれた白バイさん
長崎県雲仙仁田峠 台風で暴風雨の夜中 車も退避している状況下
       泊っていけと止めてくれたご家族 
宮崎川が氾濫し宿の2階まで水没し 水が引くまで3日間
       僅かな水と食料で、不自由な共同生活をした方々 
 など 未だに忘れることはできない 

 彼も偶然、旅で思いがけない 忘れ得ぬ一人だろう 

動画編

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     赤平駅ズリ山
   1913年大正2年)11月10日国有鉄道上赤平駅として開業
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空知炭山北側に位置する赤平芦別と共に豊富な石炭鉱脈があることが
知られ、早くから大小の企業による試掘や採掘が行なわれて来た。
その中で赤平3山と呼ばれてきたのが、昭和電工の豊里北炭の赤間
住友の赤平の各炭鉱で、西側に豊里、中央及び空知川対岸に北炭赤間
東側に住友赤平と市街を3分していた。いずれも駅裏山側に大きなズリ山
有し、赤平3つのズリ山が特徴となっていた程である
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昭和30年代後半の最盛期には、これら3つの積込専用線から毎日200両近い
石炭車が、長大貨物列車となって全国へと向かっていった 
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昭和40年代になり、エネルギー転換政策によって他の産炭地同様に
炭鉱が閉山に追い込まれると、当駅の貨物取り扱いは殆ど無くなった
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坑内から出る岩石などの部分を捨石、俗称でズリという。
この岩石などをトロッコを用いて長年積み上げられてやがて山ができる。
こうしてできた山をズリ山という。
火まつりの舞台ともなり、炭鉱のマチ赤平の象徴だった。
現在、北炭赤間炭鉱のズリ山に777段の階段がつけられ登ることができる。
ズリ山階段としては日本一のスケールを誇り、頂上から暑寒別岳十勝岳
などが一望できる 
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星の降る里」の持つ意味
 星が降るように美しいまち
 心のふる里(故郷)
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昨年は、チョイト遅かったけどね
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   さて・・昨年もお世話になった
 
    あの・・まるマル 極上試食のあの店へ GO 

ps

次回

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2016.8.2〜3

小樽運河で、チョイト観光気分に浸り 
 札幌から三笠へ 
  筆談で、親睦が深まる嬉しい感動 

翌日、旧上砂川駅悲別駅)からロマン座へ 


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今頃は、こんななんだろうね 
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近所に大きなスーパーがあるので不便はないね
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御当人には、会うことはできなかったけど・・頑張ってね 
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2016.8.3 
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駅から遥かに聳え立つ姿が、見える 
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1968年(昭和43年)に建設された北海道随一の近代的な炭鉱立坑櫓
旧上砂川駅の東側にそびえ立っており、高さは55m、深さは710mに及ぶ。
1987年(昭和62年)に閉山となった後、1991年(平成3年)から2002年
(平成14年)まで世界最長の無重力状態をつくりだす
地下無重力実験センター」として再活用されていた
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とっても美味しい漬物には、丁寧な解説もいただけます 
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1953年に旧住友上歌志内砿の職員厚生施設(映画館)として竣工
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1971年に炭鉱が閉山してからは活用されることもなく廃墟状態となっていた
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1977年公開の映画「幸福の黄色いハンカチ」でロケ地としても使用
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S46年に炭鉱が閉山後は閉鎖され放置されていましたが、
S59年に倉本聰脚本のTV連続ドラマ「昨日、悲別で」のロケに使われ、
以来、そのままの姿で保存されています 

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 さて・・これから周辺を廻り

少し炭鉱の歴史に触れていこうか 


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