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書庫2016.11飛越地方合掌造集落

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2016.11.5
起き抜けに出かけた荻町城址展望公園は、真っ白 

伊三郎で、身づくろいを済ませ朝食
   飛騨味噌ホウバ焼きが、バカ美味・美味しい 

お世話になった挨拶&お見送りされて再び城山天守閣
   1時間ほどで神秘的な萩町の絶景が待っていました 

動画編

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アチャ・・
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未だに・・真っ白な雲の下だ 
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先ほどは、気が付かなかったけど・
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あれ・・雲の動きが、
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陽が高くなるにつれて雲が湧きたつようだ
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きたぁ・・


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荻町の全容が、少しづつ観えてきた
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飛越狭合掌ラインのトンネルがはっきり見える
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白山白川郷ホワイトロードはまだ霧の中だ
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待ちに待った見事な神秘に満ちた景観言葉をなくす 
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         冬はこんな箱庭のようになるそうな 
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後ろ髪曳かれるような思いで離れたが、萩町をチョイと巡ろう
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2016.11.5
茅葺合掌造りの古民家伊三郎での宿泊は、快適だった 
 キンキンに冷えたで、真っ白なバイク 
  早朝の白川郷集落を観に「城山天守閣」展望台へ 

  うひょ・・・まるで雲海の湖だぁ 

動画編

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そんなに寒く無く・・快適だった 
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でも・・外に出てみると 
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まもなく真っ白な世界になるんだろうなぁ 
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既にたくさんのカメラマンが、並んでいるよ
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合掌造り家屋の集まる荻町集落、その集落を一望するのに絶好の場所だが、
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天守閣展望台 白川郷荻町合掌集落を眼下に・・
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荻町城は、約400年前、室町8代将軍足利義政の命令で信州松代から
白川郷へ進出した、内ケ島為氏の家臣山下氏勝の居城 
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荻町集落を一望できる筈だが、、
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白山連峰を一望する 
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寒い中 暫く待ったが、晴れそうもないので、一旦、戻ることに

お薦めの雲海 





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朝から食が進みますね 
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飛騨高山の名物ほうば焼きみそ+豆腐
・・「高山の宿・喜十郎」で、朝食にでたので、
  「宮川の朝市」沢山の味見をしてほれ込みましたね 
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イャァ・・また食べ過ぎました 

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 諦めきれずに再度、天守閣展望台
  同じ向きの切妻合掌造りの見事な景観
   静かな荻町の佇まいが、大自然に彩られたその姿は

    まるでおとぎ話の世界にいるような感動でしたよ 

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2016.11.4
さていよいよ本命白川郷」へ 

これまで様々な「合掌造りの郷」を廻ったが、
其々に 歴史的なのか、風土の影響か、特色があって面白い 
まだまだ日本中の郷を廻ったわけではないが、
代表的な集落を幾つか観てきて
日本古来の原風景」は、どこか懐かしい景観だった 

動画編

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此れからは、こんなかなぁ    白川郷 | 白川村役場公式サイト
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和田家から分家して居を構えたのが神田家の始まりで、ここで酒造業を興しています。1850年ころの建築と推定されますが、間取りの発達や小屋組み
合掌木)の大工の手跡の多さから、合掌造り家屋のなかでも非常に高い
完成度を誇っています 
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茜色が増してくる風情のある景観だ 
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そういえば・・案山子と云えば、此処でしたね 



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長瀬家250年つづく旧家で、初代から三代目までが医者でした。
そのため、江戸期の医療道具が残されています。
5層建ての合掌造り家屋で、約11メートルの一本柱合掌柱)が
屋根の勾配の上から下までを貫き、大きな屋根を形作っています 
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イメージ 28今度 行ってみたいなぁ 

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屋根は茅葺きですが、1階に板庇(ひさし)をつけた珍しい建築物。
亨和2年(1801)加藤定七により、延べ人数1425人を要して建てたと
伝えられています。
梵鐘(ぼんしょう)は第二次大戦中に供出されたため、現在のものは戦後に
鋳金工芸作家の中村義一氏(高岡市)によって作られたものです
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浄土真宗大谷派(本山は京都の東本願寺
1744年に創建。山号は松原山
白川郷
親鸞聖人の弟子 嘉念坊 )善俊が最初に念仏を広めた 
集落の北側に位置し、本堂庫裏鐘楼門とすべての屋根が茅葺きという
珍しい合掌造りの寺 
村指定重要文化財本堂県指定重要文化財庫裏鐘楼門
県指定天然記念物イチイの木がある
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春の桜冬の雪景色など絵葉書のような光景が一年中見ることができます
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岩魚の塩焼き、飛騨牛の陶板焼き、汁物、
てんころいも、いたどりの酢の物、わさびの葉、長いも、 お豆腐、山菜の盛り合わせ
季節の天ぷら、 お漬物、季節の果物
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今回は、食す機会に恵まれなかったけど・・特別料理 
 白川村ならではの、昔からのごちそう料理
 先祖の御徳をしのび、その恩に感謝するために作られた料理です。
 ここの地ならではの伝統的な特別料理を、是非ご昼食にお楽しみください
 「ほんこさまのおごちそう」1日10人分の要予約のお昼ご飯 
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白飯と「ちゃつ」には焼き豆腐、にんじん、ごぼう、大根の白あえ、わらび、
あずきな、「ちょく」にはささげ豆の煮豆、汁碗にはお豆腐のみそ汁。
「つぼ」にはじゃがいもの二つ切り、にんじん、くるまふ、焼き豆腐の煮しめ

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明日の朝は、荻町城跡天守閣展望台へ食事前に・
 眼下にひろがる荻町合掌造り集落その眺望は格別だそうな 
  写真好きには最高の撮影ポイントへ伺います 

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2016.11.4
今夜の宿 白川郷の「伊三郎」には、時間があるので、
五箇山」見学に出かける旨伝えて ソロソロ 夕刻迫る頃 
相倉合掌造り集落」へ急いで、向かいました 

動画編

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15:00
R156 飛越峡合掌ライン・・反対方向には、白川郷の合掌集落だが、
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越中五箇山岩瀬家
昭和三十三年(1958)五月十四日に国指定重要文化財に指定
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岩瀬家の総体は、間口14.5間(26.4m)・奥行き7間(12.7m)、高さ8間(14.4m)もあり、大黒柱などは一尺(0.3m)角のを、また、24畳敷の出居の敷板にも全て欅材が使われ、しかも釘を一切使わず縄とねそで結び上げて造られています
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岩瀬家は「塩硝役宅」とされ、五箇山で作った塩硝を上納する役目を果たしていました。加賀の役人の宿舎にもなっていたので、居間は書院造りとなっており、材質にはケヤキを使用することを許されていました
囲炉裏では合掌造りについてのお話が聞け、天井裏へ登ることもできます 

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下階の炉から暖をとり、風通しをよくする為上階の床板は透かしの目皿 
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加賀藩塩硝を取りまとめ納入する上煮役の藤井長右エ門が、
 天領飛騨白川郷へ、加賀百万石の威光を示した 
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白川郷とともに、大家族制度の地方として有名、この家族の中に一部の使用人が含まれていたことは白川郷と異りますが居住者はすべて
一階(大きな家では中2階も使用)で寝起きしていたことは同様の形態 

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塩硝釜など 加賀100万前田藩主他藩に秘して等値で
 塩硝製造を命じた際使用したものなどが展示されている 
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両手を合わせて合掌礼拝する形からであろうが、
 熱心な真宗信仰地帯らしい命名 
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屋根部の木材は落葉樹自然木を、丸太のまま
  または縦に割り裂いたのを用いる 
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これがすべて農民の手によって発達進歩した経過を考慮すると、
 全く地域に根ざし地域の特徴を生かした構造物 
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一階部分の軸部他地域との違いがあり、
  同じ集落内でも多少の相違はあるそうな 
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建築儀礼生産生業暮し方など様々な村風習など集落共同社会の中での
合掌造りは、人間の暮らしと深く係ってくる現れなんだね 
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昭和初期の自動車道開通後は往来筋からはずれ、自動車道の閉鎖される冬期だけの交通路になった。それも昭和45年(1970)にかの有名な峠雪道を往復した郵便逓送隊の廃止となり、ついに交通路線に位置しなくなってしまった。
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・・なんともいい風景だなぁ 
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地形は、北西から南東へかけてゆるやかな傾斜をつくり、標高380m〜420mの段状平坦地の集落。後背の山地は急に切り立った岩壁になっていて、
古代の大きな地滑りによる段丘台地、地表の所々に岩石が頭を覗かせている
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現在の戸数や人口は昔に比べると極めて少ない。
養蚕製糸・製紙・製炭の主要産業の廃退と高度成長期の都市部への人口流出による過疎化現象だが、近年は道路網が整備され観光産業の発展で、
相倉集落を訪れる観光客が多くなり活気が甦ってきたそうな・・
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天正年間に建設されたと伝えられており、戦国時代の武家造りから書院造りに移行する過渡期の様子を示すなど、多くの古風、古式の遺構
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http://www.murakamike.jp/image/history/title_kayaku.gif

塩硝といわれる火薬原料の生産地として加賀藩の
重要な役割を担っていたのが五箇山である。
藩にとっては火薬原料の製造は軍事機密となり、
幕府や他藩の目をのがれるのに、山深い秘境の地の五箇山は、
豊富な塩硝を製造するための好条件であった。
300年以上にわたって続いた塩硝製造は、水田のない土地柄ゆえに
五箇山全戸で製造に携わる一大産業となり、質量ともに
全国随一であったと云われてる
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2016.11.4
越中東街道から越中西街道へと再び岐阜
 高山本線宮川と共に角川までV字谷路を西に向かう 
  天生峠は、あと数日で、一年の半分を雪に閉ざされ冬季閉鎖となる
   世界遺産合掌造り集落で知られる白川村は、峠の向こうだ 


動画編

タイムライン
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13:30 猪谷から神通川と別れ越中西街道
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飛騨の重要な街道として整備された
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清流 宮川の流れを眼下に見ながら進む 
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岸には巨岩奇岩が見られる 
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川の所々には深淵が、
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檜ヶ淵などの伝説のある美しい淵がある 
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紅葉はたいへん美しい 
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飛騨市世界遺産合掌造り集落で知られる
      白川村を最短で結ぶ国道360号線天生峠
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に至る道は狭く急坂急カーブが連続する山岳路 
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元々地盤が弱いため無雪期も度々崖崩れによって通行止になる事が多い
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閉鎖期間例年11月半ば〜5月末だが、今年は、少し長めだ 
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一帯にブナをはじめとする落葉広葉樹の原生林が広がる 
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岐阜県天然記念物に指定されている天生湿原などの高層湿原が点在
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語り部である僧侶がかつて旅をした地として、天生峠が登場する」 

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    ( ゚Д゚) 




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・・・・あぁ・・よかったw
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周辺は深い峡谷になっており、昼間でも薄暗いのだ 
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   ・・やっぱり凄いね 世界遺産合掌造り集落 

PS
 鎮魂の日々
 72年前の 東京大空襲 空襲としては史上最大規模の大量虐殺
 3月10日の空襲だけでも罹災者は100万人を超えた

 https://ja.wikipedia.org/…/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E7%A…

 あれから6年 東日本大震災 日本周辺における観測史上最大の地震...
 https://ja.wikipedia.org/…/%E6%9D%B1%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%A…
 避難者等の数は174,471人 経済損失額としては世界史上1位
 絶対に忘れない ・・明日で六年が、過ぎます。

   謹んで ご冥福をお祈りいたします。


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