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2013年6月15日
今日は第13回静岡ボッチャ大会に出場するため、静岡県静岡市にある静岡市中央体育館へ行きました。ボッチャとは、的球にボールを近づけるパラリンピック競技です。
静岡ボッチャ大会には、初めての出場となりました。今までは、自宅から遠くの会場なので行きませんでしたが、ボッチャの腕を上げるために出場しました。 今日はボランティアさん1人に手伝っていただいて、母に付き添ってもらって、大会に挑むことになりました。 この大会は個人戦で、私はBC3(投球不可でランプを使う選手)に出場しました。予選リーグを勝ち抜いて、決勝トーナメントを戦います。ランプとは、ボールを転がす器具です。 BC3は4人の選手しか出場していなかったので、4人によるリーグ戦で順位を競いました。 最初の相手は、初めて対戦する女性選手でした。私のボールの色は赤です。
第1エンドは、相手の弱点を突いて6−0と先制して、第2エンドは、ボールを寄せきれませんが1−0で得点しました。第3エンドも、相手の弱点を突いて6−0と大量得点しました。第4エンドは、相手ボールの隙間に上手く寄せて2−0となって、15−0と大差をつけて勝ちました。
第2戦は、嶋津由美子選手(名前や写真は本人の許可を得て掲載)との対戦でした。初めて対戦する女性選手でしたが、日本選手権を経験した選手だと知っていたので、苦戦することを覚悟していました。私のボールの色は青です。
第1エンドは、ボールを寄せきれずに0−1と失点してしまいます。第2エンドは、ジャックボールにボールを寄せられずに0−2と失点してしまいます。第3エンドは、なんとかジャックボールに寄るも競り負けて、0−2とまたもや失点を許してしまいました。
3エンドまで終わって0−5、私は完全に追い込まれました。ボッチャは1エンドで最大6点を獲得できますが、それはかなり高い技術や戦術が゛必要です。。勝つためには、5点を取って引き分けでタイブレークにするか、6点を獲得して6−5で逆転するしか道はありません。
私はどんなに可能性が低くても、最後の1球まであきらめない、絶対に逆転してやる、負けてたまるかと思いました。
第4エンドは、私の順番でジャックボールを投球しました。ジャックボールのかなり手前に自分のボールを寄せてしまいましたが、相手は私のボールより寄せられずに、相手はボールを全て投球しました。私はあと5球あるので、チャンスと思いボールを投球していきました。しかし、3球しか得点できずに3−0となり、惜しくも5−3で競り負けてしまいました。
これで優勝は厳しくなりましたが、これ以上は負けてたまるかと思いました。勝ち続ければ可能性はあると信じていました。
第3戦は、北澤和寿選手(名前や写真は本人の許可を得て掲載)との対戦でした。彼とは2度目の対戦となりました。私のボールの色は青です。 北澤選手の大会出場はまだ2度目ですが、技術が高くて賢いので油断はできないと思っていました。
第1エンドは、相手のボールより寄るもまた寄せられて0−1と失点します。第2エンドは、相手の弱点の遠距離にボールを寄せて4−0と大量得点しました。第3エンドは、ジャックボールを弾いて寄せますが寄せ返されて返して0−1と落としました。第4エンドも、相手の弱点の遠距離にボールを寄せて4−0と大量得点しました。よって、8−2の大差で勝利しました。
今大会の初戦の女性選手と北澤選手は、遠くまで転がらないランプやボールだったので、そこを突いて大差で勝ちました。ずるいかもしれませんが、そういうことも勝つためには必要だと思いました。
第13回静岡ボッチャ大会は、2勝1敗で嶋津由美子選手に次ぐ準優勝でした。3位は、北澤和寿選手となりました。相手の巧みなボールコントロールに屈しましたが、勝てる試合に負けたのは悔しかったです。ただ、日本選手権の出場者を相手に競ったのは収穫でした。来年も出場できたら、必ずやリベンジの優勝をしてみせます。
閉会式のあとには、友人の北澤和寿選手や、東京から来ていたフェイスブック友達の小林一也選手や、パラリンピック選手の杉村英孝選手と写真を撮りました。上から北澤選手、小林選手、杉村選手です。名前や写真は本人の許可を得て掲載しています。
第13回静岡ボッチャ大会で私に携わってくださったみなさん、本当にありがとうございました。これからも全身全霊を尽くして頑張りますので、よろしくお願い致します。 |

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