Meine Musik

いやだからね、元気なんだってば!

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靖国通りのケンタの角を曲がって入ったところに、そのビルはあった。7階ワンフロアが全てそのヘアサロン。平日の午前中、しかも開店時間10分過ぎなので、お客様は他に一人…。荷物を預け、早速カット台へ…。
「今日はカットとセットでよろしいですか?」
と担当してくれたのは…、

















関東のふじ様(笑)。似てるんだってば。あ、もちろん関西弁ぢゃあござんせん。


カット終了し。元々オイラの髪はストレートなので、パーマっけが残っていても丁寧にブローしてもらうと直毛…。長さは殆ど変らないが、前髪部分を増やしバランスを取ってもらったので、以前より軽い感じ。



さて、朝この時間にホテルで記事書いてるです。普通10時や11時チェックアウトが多いが、ここは12時チェックアウト可能。ベットも広いし快適。昨日の睡眠不足を補えた感じ。今から新国立劇場にて「セルセ」観賞予定。キャストが変更になるかもだし、情報によると演出がクソらしいし…。ま、これも一期一会、楽しんできますか、それなりに。

ふじ様がおもろい記事書くから、書いてしまいたくなったやん。ヘンデル&お江戸珍道中も書かなあかんのに…。あ、ボエームも書いてないやん…。


こうもり。このオペレッタの筋書きは複雑。レチタではなく台詞なので、その部分の演出によっては分かりやすくなったり分かりにくくなったりする。

富豪のアイゼンシュタインと友人のファルケ、この2人が仮装パーティーに出かける。アイゼンシュタインは泥酔したファルケを道端に放っておいて帰宅し、ファルケは朝まで仮装の「こうもり」の格好で取り残される。街中の人達に「こうもり博士」とファルケが呼ばれるようになったきっかけである。このときの復讐をファルケはしようというのだが…。

ここまではオペラの前段階。クープレ(アリア)の中にこのことは歌詞として出てこないので、台詞部分で補う必要がある。でないと物語の流れが著しく損なわれる。また、補い方によって、劇全体の音楽像にも関る。台詞は基本的な部分を除いてアドリブもきくので、端折ればミステリアスに、丁寧ならば分かりやすいが軽いものになる。



物語の進み方もそうだ。アイゼンシュタインの妻ロザリンデ、彼女は夫が牢獄に収監されるものと信じていたが、ファルケに『実はパーティーに行って可愛いバレエダンサー達と戯れている』という事を聞き、懲らしめてやろうとハンガリーの伯爵夫人という触れ込みで変装し、仮面をつけてパーティーに参加する。だが、ロザリンデはいつファルケにそれを聞かされたのか?第2幕、アデーレ(アイゼンシュタイン家の女中。これも女優と偽り、ロザリンデのドレスまで拝借してパーティーに出席)のクープレが終了したのち、彼女は変装して登場するのだが…。



というわけで(何が?)、オイラは未だに納得できる「こうもり」の公演に出会ったことがない。唯一、コヴェントガーデンのボニング指揮による公演が、演出として優れているのではないかと思う(DVD画像はこちらで紹介済みhttp://blogs.yahoo.co.jp/labilaby/21070479.html)。サザーランドの引退公演でホーンやパバロッティが第2幕のゲストとして出演しているので、あまりドロドロした演出ではなく、華やかな軽い感じ。よいのだが、英語公演。ドイツ語圏では正統派の演出はもはや望めないのだろうか…?
 ※原語上演にこだわっているわけではない。
  オペレッタのような喜劇はその国の原語で上演することが望ましいと思っている。
  何よりも聴衆のためだ。

ステージ2 寓意的オラトリオ(音楽幕間劇) ≪ヘラクレスの選択≫ HWV69 (本邦初演)

ヘラクレスが「美徳」と「快楽」の誘いに惑い、最終的には「美徳」を選ぶという、ギリシア神話の道徳的寓話をモチーフにしたもの。


 ヘラクレス 米良美一さん
 快楽    野々下由香里さん
 美徳    波多野睦美さん
 従者    辻裕久さん


器楽は先程の弦とチェンバロに、フルート・トラヴェルソ2、オーボエ2、ファゴット1(オーボエのうち1つと持ち替え)、ナチュラル・トランペット2、ナチュラル・ホルン2が加わる。合唱は4:4:3:3の編成。


ソリスト陣は文句のつけようのない演奏。これでもかと繰り出してくる超絶技巧が凄まじい。正直、「野々下さん=快楽」というイメージがあまりなかったが、妖艶さを出してしまうと「快楽」にはならないことに気づかされた。カデンツは辻さんの装飾が一番好み。米良さんはCあたりで上に届かないところが何箇所かあったが、音楽を損なうものではない。ヘラクレスの惑いと決意を十二分に表現していた。


さて、師匠たちの合唱だが、この際だ、はっきり書こう。
歌いこなしている曲とそうでない曲の落差がある。その落差が、「子音が聴こえない」「子音の長さ」の乱れとなって聴こえた。もちろん音程的には許容範囲なのだが。
そうして、最後の「God」という単語になって、最終的に乱れが出た。まず弦が指揮よりも早く終止してしまい、合唱がそれにうろたえてしまったのか、母音を喉で切るという事態に。
母音を喉で切ってしまうということは、最後の「d」がバラバラに聴こえるということであり、「d」ではなく「ォド!」と聴こえてしまうということ。
実は、この現象、GPでも起こっていたが…。プロだから自浄作用を期待した。

 ※アマチュアのオイラがここまで言うべきことではないのかもしれない。
  でも彼らはプロであり、オイラは「お客」だ。代価を払っている。彼らは代価を得ている。
  だから感想を述べる資格は十二分にあると思っている。
  

ともあれ、全体的には納得できる内容。堪能した一日だった。

浜離宮朝日ホールにて、第3回ヘンデル・フェスティバル・ジャパンの企画3が行われた。
オイラはGPから見学していたのだが、今回は本番のみの感想。全体を通しての所見はその2に書かせていただく(以下敬称略)。



ステージ1 「合奏協奏曲集作品6」より 第10番d−moll(HWV328)、第11番A−dur(HWV329)

ヴァイオリン4、ビオラ1、チェロ2、コントラバス1、チェンバロ1の編成。一応配置的には、

     コントラバス  ビオラ
   チェロ          チェロ
  1st    チェンバロ   2nd


変則対抗配置??みたいな。詳しくはわかりまへん。1st、2ndと分けて書いたが、それぞれの中でも違うフレーズを弾くこともあるので、9人による合奏と捉えたい。


d−mollは5楽章からなる。付点リズムが後ろ付けの16分音符処理となっており、フランス序曲風。メサイアのシンフォニァを思い出させる。チェンバロ渡邊の弾き振りなので、全体を見渡すように、というよりは体全体で奏者にブレスを送っている姿に好感。イングリッシュ・コンソートのピノックみたいだ。1st2人のミドルポジションでの音のズレが気になる。固さが取れないまま、この曲終了。


A−durも5楽章からなる作品。4、5楽章は1stトップが独奏し、それに対しての協奏曲といった風情。
第5楽章で、それは起こった。フェルマータのあと、tuttiで再び始まるのだが、誰かが少し、ほんの少しだけ早く出てしまった。飛び出たのである。
それから、チェロ2人が目線をあわせ微笑んだ。1stトップの方を見やり、『合わせようか!』と言うような暖かい視線を投げかけた。そうして固さが取れていった。というよりも、それまでは耳を使って合わせようという意識が強かったように思われたが、全員がアイコンタクトを取るようになっていった。そこからの音楽はいうまでもなく「セッション」であり、音楽に柔軟性が出ていた。


この曲のCD、絶対手に入れようと思った次第。

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