|
なー、ヴォルフィー。お前さん、本当にとんでもないことしてくれたよなあ!
死ぬんなら仕上げてから死ねってーの。頼むから。
1曲目だけ完全に仕上げて、
8曲目の8小節目までフレーズ書いて、
ま、粟粒疾熱だったらしいから、無理ないけどよー。
お前さんの曲が好きで好きでたまらない、後世の演奏家の身にもなってくれ。
お前さんの頭の中にあった「Requiem」ってのは、どんな姿をしてたんだ?
今更ながらにすごく気になるよ。今度あったら見せてくれ。ちゃんと記譜しといてくれよな。あ、何なら演奏してくれてもかまわんよ。
なー、フランツ・クサヴァー。結構しんどかったよな。
「大先生」の奥さんに「続きを書きなさい!でないと前金返さなきゃならないんだから!」って
逆切れされてもなー。お前さんの気持ち、分かるよ。
しかも結構古いスタイルで書いていた「大先生」の作曲部分、上手く真似ようとしても難しいよなー。
で、「Benedictus」で吹っ切れちゃったのかい?
あれは「大先生」のオーケストレーションに似てるが、厚みが違うよな。厚すぎだよ。
でさ、管へのフォルツァンド、弦へのスフォルツァンドの指示、あれ完璧に後期古典派だよな。
「魔笛」のモチーフ入れたりして頑張ったけどな。
「Lacrimosa」の「Amen」。バイヤーの親父はフーガにしてたけど、オイラはあれでいいと思うよ。典礼的にも妥当だろう。なのに「安易な終わり方」って批判するやつがいて困るよな。
それと最終曲のフーガ、「大先生」なら違う歌詞の譜割にしたと思うぞ。あそこはもうちょっと考えても良かったんでないかい?
ま、それでもお前さんは精一杯やったよな。すげーよ。
お前さんが「一作曲家」という自己の表現を捨ててまで「大先生」の作品を完成させたのは。
たぶん『こうじゃない、これではMozartにならない!』という憧憬とか『俺ならこういうフレーズにしたいのに』というジレンマ、そうとう戦ったんだろうな。
バイヤーの親父の版よりも、お前さんのほうがずっとオイラは好きだよ。
コロンブスの卵ぢゃないけどさ、後続の奴らは何とでもいえるもんだからな。
昨日、無事終了いたしました。
暑い中会場に来てくださった、ふじ兄ご夫妻、カロ様、alto様に御礼申し上げます。
また、来られなかったけどメールと電話で励ましていただいた、らぷちゃま、ありがとう!!
そして、GP前に吹っ切れさせてくれたkanta師匠、おおきに。
|