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前回私は大学教育が持つ日本の学問の本来のあるべき姿を書きました。 今日はそれを義務教育に限定して考えてみようと思います。 http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/thumb/3/3c/Fuji-Kawaguchiko_town_Funatsu_elem-sch.jpg/800px-Fuji-Kawaguchiko_town_Funatsu_elem-sch.jpg.jpg <富士河口湖町立船津小学校> 最近小中学校でPTA組織を取り入れている義務教育は少なくなっていませんか? 多くは『父母の会』或いは父親向け限定の『親父の会』という名称で、存在しているのではないでしょうか? 以前『父母の会』は学校主催のものであり『PTA』とは違うものであるという話を聞いたことがありますがそれは本当なのでしょうか? 相違点は『父母の会』は学校主催であり、『PTA』は組織として独立し、運営は『PTA』に一任され学校側と対等の立場から、発言権を持つ組織だそうです。もしこの話が本当であるならば何故『PTA』が多くの義務教育現場で少なくなって来たかがわかるような気がします。学校主催であるとするならば、保護者は学校側の顔色を伺いながらのYes man組織になるだけですから、学校側に有利に働きます。例えば、式典の折に東京都の場合を述べれば、国旗掲揚・国歌斉唱は義務付けられていますが、日教組系の教師は従わない人たちも大勢います。『PTA』の活動であれば子供たちへの道徳的な見地から堂々とそれではいけないというようなことを学校側に抗議することも可能なのではないかと思います。 これを読み解くと子供たちの置かれている環境をその当事者である保護者が要望を出し、教育現場が改善し整えて行くことが、日本の教育を変えていく最善の方法ではないかと改めて感じさせられます。 PTA役員は手間も時間も束縛され、働く母親が増えている現在、面倒だからと倦厭していては、子供たちをめぐる環境の改善はいつまでもなされないのではないかということはきっと感じてはいらっしゃることでしょうが、敢えて自分がやらなくても誰かがやってくれると誰もが思うことです。学校の委員会と同じです。(笑)でも、ここは自分のお子さんの為、そして日本の将来の教育に貢献できるボランティアだと思って行動するしかないのではないでしょうか。今となっては、そういう輪が全国的に又持続的に広がらない限り、日本の国柄に合った教育の在り方を取り戻すことは不可能ではないかと思います。 日本のように、資源も無い国がを富ませる(これが無くては私たちは国家に守ってもらうことすら出来なくなります。)為には国民の一人一人が独立すること、それには教育が何よりも必要なことです。前出の通り日本人には日本人の国柄に合った教育が必要不可欠であり、それは他国の思惑や、他国の真似からは定着するものではなく、日本の独自性を前面に出して行かなくてはなりません。誰も自分の育てる子供を最初から底辺に置きたいと考えている保護者はいないと思います。考えてみれば、以前は日本人の教育はどこの国より国民の一人一人が教養的な質が高かったことを考えれば、現在の体たらくは一体何なのだろうと、考えなくてはならないのではないでしょうか?
しかし、子育ては自分の子供だけを有利に育てることではないということも念頭において頂きたいのは、もし回りにそのようなことに無関心の保護者の方がいらっしゃったら、その啓蒙も含め、又、お子さんの友達ならば地域やあなた自身がその子に勉強の大切さや社会の在り方等を伝えて行くことも必要にもなるでしょう。そういう子供は愛情に飢えている部分もありますから、案外修正が効くものです。社会がそういう風に少しずつ変わって行く事により、自分の子供の置かれる環境も、例えば何かの事件に巻き込まれるような悲劇のリスクなども未然に防げるのではないかと思います。情けは人の為ならずというのは風が吹けば桶屋が儲かるということに他ならないのではないか と最近ではそんなことを感じています。教育にはそのような社会全体の影響を司る側面があります。子供は社会が育てるとは、このような地域の心意気の問題だということであり、リベラルな民主党の言うところの制度の問題ではないような気がします。 本日は精神論的なものに終始してしまいましたが・・・
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おはようございます。
わが郷里香川県はご承知の通り、四国の小さな県で、産業と言っても取り立てて何もありません。世界に誇る企業としては何があるでしょうか、クレーンのタダノでしょうか。そんな貧しい県ですが、小さい頃の県、市教育委員長は、教育に力を注ぎ、あたしの兄たちの時代には、ついに学力で日本一になりました。教育委員会、学校、PTAが共に同じ目標、子供の教育水準を高めるということに向って進まなければならないと思います。様々な組織が夫々の立場から教育水準の向上という目標に向って進むならば、日教組といえどもそれに対して真正面から反対できないでしょう。その教育は、知育、徳育、体育を併せ持ったものでなければならず、校歌校旗と同じように国歌、国旗に対する愛着心がなければ意味がありません。
家族内の愛情、地域に対する愛情、学校に対する愛情、校区に対する愛情、所属市町村に対する愛情、県民としての誇り、そして国民としての誇り、と重なっていくのではないでしょうか。それが終には民族としての誇りになるのだと思います。
2010/2/11(木) 午前 7:49 [ mana ]
教育は国家百年の計、子は国の宝です。
親は教師任せでなく子の教育に関心を高めるべきです。
傑作○です。
2010/2/11(木) 午後 0:43
ココアさん、
富士河口湖町の写真と本文の関係はどうなっているのでしょうか。
その意図も含めて説明頂けませんか。
中国の教育制度は、まさに、英才教育です。小学校から「実験学校」という名前のついたエリート校です。中学校からは、朝6時から夜10時くらいまでしごかれます。その内、授業は、朝7時からよる10時までです。途中に食事とか部活の休憩があります。学校生活は、正に監獄同然です。中には、休憩は、日曜日の昼からだけという所もあります。中国一を目指す学校は、授業は全て英語でやる所もあります。驚きばかりです。
こんな所で、9年みっちり教育されるのです。
こんな教育をしている所と日本が競争して勝てるわけがありません。
2010/2/11(木) 午後 3:21 [ 出野行男 ]
まったくその通りです。社会性の欠如した子供がそのまま大人になって、今の問題があります!
給食費未払い、モンスター何とか、親を殺す子供、
突然凶行におよぶ若者、無気力な空気が支配するのは国や自分の歴史に自信が持てないからです。そういう教育をしてきた輿石東のような日教組が国をだめにしているんですよ!最低ですね、彼らは・・・・・
馬鹿ばかりが増え、自分では何もできないひ弱な犯罪者が大量生産されてゆきます。国の根幹にかかわる問題です。
2010/2/11(木) 午後 5:57 [ 葉隠 ]
manaさん
お返事が遅くなって申し訳ありません。
私が考えている理想の教育はmanaさんの故郷のその時代のような教育のような気がします。社会システムの中、教育委員会と学校・地域(隣組)・家庭の三位一体が子供達を社会性のある人間に育て上げるというものではないかと考えています。その継承が無くては基礎学力も何も身に付かないのではないかと考えています。現在そのようなことを始めているような地域もあるようです。一度失ったものを元に戻すことは本当にパワーを要しますが、始めなくては何も変わりませんから日本が子供達にとってそんな国になって行くことを保護者が作り上げていく必要性があると思います。これから子供を産んで育てる世代の為にも、補助金で少子化を解消しようとするのではなく、このような環境を提供できる日本であれば子育ても楽になるのではないかと思います。
2010/2/12(金) 午後 1:15
近野さん
お返事が遅くなって申し訳ありません。
>子は国の宝・・・それを預かる家庭の在り方も子供をアクセサリーに考えている母親も多いという風潮は問題ありですよね(笑)或いは、ネグレストの母親、信じられないことが多い日本の社会には日教組の個人大切教育は百害あって一利なし です。もっと真摯な姿勢が必要ですよね。
2010/2/12(金) 午後 1:16
出野さん
コメントのお返事はメールで送らせていただきました。特定の国名が入っていると投稿できません。
ご一読下さいますよう宜しくお願い致します。
2010/2/12(金) 午後 5:00
葉隠れさん
お返事が遅れてすみませんでした。
今子育て中の方は、おそらく学生運動をしていた世代に育てられた2世代目の方たちだろうと思うのです。左翼思想を持ち就職しエコノミックアニマル化し、家庭を顧みず子育てをした世代に育てられた子供達が現在の保護者の姿なのでしょう。だから常識が変わるというのもおかしな話ですが、正論が正論として通らない世代の子育ては、やはり、少し日本人の質が変わってきていると言わざるを得ない環境の中で子供達が育っていく訳ですから、どこかでこの負の連鎖を断ち切らないと、社会は変わっていかない と考えています。上記返コメを含め、もう少し地域社会でこのことを真剣に考え、素敵に成長する子供達のために・・・煩い人間になりたいと思ってます(笑)。
2010/2/12(金) 午後 5:01