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2/21〜2/25の記事 この歌について>違和感・共感どちらを感じますか? アナーキーな映画を何故この時期に?? あなた、日本人運動に参加しますか?それとも、日本人を諦めますか? この一連の記事について頂いたコメントは以下の通りです。 戦後の第一期(1945〜1960)は日本共産党(民青)の一元支配で、この流れは現在では共産党の青年団にすぎず、また、その正体も狙いも分かりやすい。 第二期(1960〜1970)は、「左翼既成政党傘下」の民青と旧社会党の青年団組織である社青同主流派、これに対する、「反左翼既成政党」の社青同諸派と共産同(ブント)と革共同(革マル+中核+第4インター)の新旧の対立が学生運動にはあった。そして、70年安保の時(共産同+中核+社青同解放派が結成した「三派系全学連」を経て)これらの後者が1年半ほど(ノンセクトを架け橋にして)大同団結したのが全共闘。ちなみに、全国全共闘議長は、将来を嘱望されていた物理学者で、後に駿台予備校のTop講師になられました。 さて、70年安保というか東大安田講堂の落城を契機に、実質的に全共闘は解体して、社青同諸派と共産同諸セクトと革共同諸セクトは独自の道を進む。而して、よど号事件・連合赤軍事件の後、最大勢力を擁した「共産同ML派=毛沢東派」が1973年消滅するに及び、政治運動としての学生運動は終焉を迎えた。 而して、この学生運動の残党は現在、例えば、「中核:法政大学・廣島大学」「革マル:早稲田大学・国学院大学」等々、伝統芸能のように細々と<学生運動>を続けていますが、政治的影響力はほぼ皆無。そして、重要なことは、彼等は、「資本主義−帝国主義」と同様「支那・ソ連・北朝鮮」という既成の社会主義にも批判的であり、彼等と民主党の主張の違いは小さくないことです。 では、民主党内の学生運動に影響を受けている勢力は危険ではないのか? 否、です。蓋し、ポイントは、学生運動はその第二期以降(1970〜)、第二期の諸派から、市民運動・フェミニズム・特定アジアとの連帯に論点を移行させ人員も大量に流れたこと。つまり、彼等は「70年安保−全共闘のメンタリティー」を抱いたまま、より、身近な個々の論点にタックルする道を選び、また、彼等は「多様なテナントが賑わうモール街」のような反日ネットワークを形成している。 要は、「学生運動」という単体の概念で敵の正体を単純に括ることはできない。彼等を叩くにはこちらもそれなりの重層的と時間的な複眼が必要、鴨。と、そう私は考えています。
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保守派ゼミ
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