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たどり着いたらDarkness
最近読んでるメルマガです。
本日のお題は
最初は怖いもの見たさで読んでいる内に世界の状況をより確実に把握できるようになりました。
ネーチャー的にはこれが現実なのだと思います。
片や日本で行われていることは、これに対抗できる日本人が育成されていません。
私たちは自分で自分を守らなくては生き残ってはいけません。
これから必要なのは、サバイバルする力なのかもしれません。
横道 (イクメンなど国が介入するのは大きなお世話です。)
→こんなこと行使可能なのはお気楽な地方公務員位ですから。
民間人は組織の中で生き残るために必死なのです。
昨今の日本の状況は
戸籍制度を蔑ろにする司法判決などすべて個人を尊重する方向で、
日本人同士が血縁関係といえども例外なく、
その結束力を奪われている現実が、
外敵からの防衛本能さえ奪っている状況であるということを
知ることから始めなくては
近未来の日本の将来を暗示しているようです。
日本人は本当に戦う勇気を持てるか・・・
今一度深く考え、覚悟を決めなくてはなりません。
私たちは戦後の教育で人の育て方を間違ってきた という事を
今からでも取り戻さなくてはなりません。
これから日本の国内で始まることは
多分
とても過酷な現実です。
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日本人の思想の周辺
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‘人間の建設’ 小林 秀雄と数学者 岡 潔の対談集
1965年10月「新潮」掲載(小林氏36歳 岡氏40歳の頃の対談集)の新刷新潮文庫版より 後記 茂木健一郎氏
とても薄い文庫本ですが、1965年対談とは思えないほど、瑞々しい・・・それは読む時代を反映しているせいかも知れない。
「日本人が滅亡の危機を乗り越えなければ、世界の滅亡は速まるのではないかという」 遊びで持論の仮説を立てた事があるのですが、回答を導き出す解析が含まれて入るような本です。
説明するモチーフに世界四賢人(ソクラテス・キリスト・釈迦・孔子)、プラトン、日本酒、ピカソ、ニュートン、ベルグソン、アインシュタインなどが出てきますが・・・
日本人は元来理論や体系(近代になり欧米から学んだ)と言うものを持たずに、たとえば「情緒」と本居宣長の「もののあはれ」という人生観、あわれを知る心自体が自分の全体の生き方そのものであるということ、それを誰しも持っている生き方であるというところまで確信してしまった人でもありますが、彼にとってはそれが「日本主義」と言う事でもなく、正しく合理的なひとつのシステムを作ろうとしました。つまり宣長の考えた情緒というものは単なる美学概念ではなく、道徳や宗教などいろいろな事を包含した概念であり、その後平田篤胤が「日本主義」と言うような思想を構築していく上でのイデオロギーとして影響を残した。
以下「批評の極意」より抜粋
>私は沢山の根本的な考えを教えられました。イデオロギーという、政治につきものの、全くニュアンスを欠いた思想が、ニュアンスだけで出来ているような現実の人間に当てはまるはずはない。だから、人間の変わりに集団の力と言うようなものを対象とせざるを得ない。プラトンの政治論は、人の心のむつかしさ、即ち政治のむつかしさだという大地にたっている様子があります。だから、プラトンの政治論は、人間の教育、特に人間の自己教育とはなすことが出来ない。やはり、もういっぺん立ちかえってみるべき地点ではないでしょうか。まず望ましい政治理論なり政治形態なりを考え、これに準じて人間のほうを計るという考え方は、政治も人間も毒してしまうのではないでしょうか。その考え方の先は、もう見えているような気がします。プラトンをよく理解したとは思いませんが、」キリスト教以前で、何かさっぱりしたものがあって、そこがいいのかも知れない。しかし、西洋人の自分の故郷という感じがわかりません。「論語」には、私達が皮膚でわかるところが沢山ありますが、「国家」はそうは行きません。
岡氏 >無明と言う事を言っていないのはギリシャ人だけです。ギリシャ人は、人は理想が大事だといっているようにきこえる。理想というのは無明をこえた真の自分の心です。しかしアテネには、人の心の自由と、小さな欲しいままの心とはきちがえたところがあって、それがアテネの滅ぶ原因になっていると思います。それがやはり政治にもあらわれていると思います。だから政治を実際におこなうには、テクニックがいるというのは正しいが、それが政治の内容であってはならないと思います。 ・ ・ ・ この後、欧米人は小我を自分だとしか思えず、常に無明がはたらいているから、真の無差別智、つまり純粋直感がはたらかない。従って本当に目が見えるということはなくそれでからだを使うことが出来る。欧米人の特徴は運動体系にあり、今人類は目を閉じ、体がむやみに動き回っている状態で、いつ谷底へ落ちるか解からない状態で、今日本がすべき事は、体を動かさず、じっと座り込んで目を開いて何もしない事を日本人がその役割をやらなければ誰もやれない・・・これが出来るのはいざとなったら神風特攻隊のごとく死ねる民族だけで、このために日本の民族が用意されている。そう思っているのですが、あまり反対の方向へ進むので、これはもういっぺんやり直せと言う事かと思わざるをえない。>と続きます。 又、日本人の死生観と宗教観は欧米人には理解しがたいものであると言う事も語られています。 もっとも、この時代は60年安保と70年安保の間の頃であり、日中平和友好条約以前の時代背景とはいうものの、岡氏の日本が心配 という危機感覚は現代までずっと継続しているのではないでしょうか。
むしろこの時代から45年の歳月を経た日本の現状はもっと酷い状況におかれていると言えるのではないかとも思います。45年前に普通だった事も今では普通ではなくなってきているということ、日本人の思考の原型が当時とは違うということは、日本人の本来持つ長所を奪い、世界全体が変わっていっている中で、日本の立場も役割も当時とは変わっている中で、現政権のようなフワフワの政権を生み出してしまいました。それはそれである意味では仕方のない事なのかも知れません。最近左派勢力からかどうか定かではありませんが、世界第三次大戦が静かに始まっているという(そう言えなくもないですが)事を発信しているブログもあるようです。
煽る意図はありませんが、ロシアのテロのような事件が日本で行われたときの準備すらないこの日本を残念に思います。もう少し粛々とものを考える癖をつけるのも悪くないかなと思いました。
http://www.shinchosha.co.jp/common/images/_.gif 世界的天才数学者とあの小林秀雄による史上最強の雑談。酒の味から、アインシュタインまで。 http://www.shinchosha.co.jp/common/images/_.gif 有り体にいえば雑談である。しかし並の雑談ではない。文系的頭脳の歴史的天才と理系的頭脳の歴史的天才による雑談である。学問、芸術、酒、現代数学、アインシュタイン、俳句、素読、本居宣長、ドストエフスキー、ゴッホ、非ユークリッド幾何学、三角関数、プラトン、理性……主題は激しく転回する。そして、その全ての言葉は示唆と普遍性に富む。日本史上最も知的な雑談といえるだろう。 |
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外交政策をこの政権に任すことは不可能なようです。 何せ友愛ですから。 米中が2国間で機能する以前に もう少し進めておくべきだったはずの対露政策が、 政権交代の前後から何も進んではないのではないか・・・・・ ここまで日米の関係が離れては どこの国が日本という国をまともに扱うかもっと考えなくてはならない。 外交に八方美人政策は有り得ないし、タイムリーなものでなくてはならない。 何十年も前の密約のことが話題の種になるような国であってはならない。 将来の日本の国益になることを今やって行かなければならない。 戦後の日米安保条約べったりの日本の失敗を 中国に置き換えるだけの愚作を誰が許可したのか。 どうせ首を挿げ替えられるだけかも(?)知れないが ノラリクラリしてないで 首相として しっかり国民に届く言葉で説明責任を果たして頂きたいものだ。 国民も本音の部分で安保条約上、安全保障の点で必要だった 核持込の密約の話においては 現実を考えた時 核持込があったことで安全保障がなされていたのだとしたら 肩を持つ訳ではないがそれも致し方なしと考えた方が懸命ではないだろうか。 外交に密約はないなどと能天気なことを考えている人間が多すぎるが、 今憤慨すべきなのは現在進行形中でであると思われる、 対北朝鮮との拉致問題における お金で二人という噂の密約ではないだろうか? 拉致問題に関しては(小泉氏を含めて) 全面解決するどころか、 小沢氏の構想では 日朝国交正常化などという暴挙をこそ、 現在論じなくてはならないのではないか・・・と思う。
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死して国を守った少年達の屈託の無い笑顔が ブログを始めるきっかけになった1枚の写真です。 死ぬことを前提にしているというのにこの笑顔はどこから来るのか・・・ 不思議だったからです。 太平洋戦争がどのようにして起こったか・・・ 避けることは出来なかったのか 硫黄島の玉砕は何のために行われたのか・・・ その辺の経緯さえも 知識として学習してこなかった私たちの世代は 一体何を持って戦後の外交を進めてきたのか・・・ 彼らが守った日本の国土、 戦後、日本が少しでも優位な立場になるように死を持って最後まで戦い抜いた、 彼らの意志を 戦後私たちはその役割を果たしているのだろうか・・・ 疑問を持たざるを得ない。 昨今の政治の荒廃振りを見るにつけ 戦後、経済で生き残ろうとした日本の政策の影で 教育というものが簡単に扱われて来た結果が 戦後自民党を崩壊させるに至り現政権を産み出し 鳩山氏のような首相を迎えるに至ったのではないか という疑問。 彼らの意志を知らぬまま 私達の世代はこの先 どこまで漂流を続けるのだろうか? これからの子供達に何を語り、 何を受け継がせることが出来るのだろうか? 行き場のなくなったような 混沌とした時代だからこそ この政権を生み出した私達には 思想的哲学という根っこの部分で 【原点に帰る】 という選択が必要ではないだろうか。 |
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人間一生のうち呼吸をし、生命維持の為に食物を頂き、寝て起きて働く。 たまに娯楽を満喫し、ガス抜きの為に趣味を持ち楽しむ。 一生をそのように気がかりなく暮らし、やがて土に返る。 たったそれだけのこと・・・たったそれだけのことなのに、出来ない。 何故だろう。 極端な競争主義、極端な原理主義は個々の幸福感を奪う。 その証拠に世界はいつまでも平和にならず、富は大国の一部階級に集中する。 それは米中だけではなく世界各国の共通する事実である。 勿論それが全面的に悪いのではない。 沢山努力した人はそれなりに報酬を受け取るのは当然のことだ。 努力しなかった人と区別はされるべきである。 しかしながら、 大国の身勝手な原理はその体制を維持する為に弱者国を落としいれても自国の国益優先に政策を行い、 利を掠め取ろうとする。 日本もそのような部分は確かになくはない。 が、Give & Take の精神でODAや世界銀行への資本投入することで世界貢献をしている。 多くの大国もそのようなことをやっているが、 敢えていうなら米中韓のそれらの資金はある部分において日本から流れているに過ぎない。 日本にとって世界はTake & Takeらしいのだが、 そんな健気な日本を潰そうと本気で思ってるらしい。 それはそれで良いだろう。 日本の協調精神も世界にあまり伝わっていないようだし、 日本が日本でなくなる日も近い。 日本の精神が伝わらないような世界の状況は遅かれ早かれ。。。。。。余命幾ばくのものか・・・
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