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九州旅行へ旅行してきました〜♪ (どこへ行こうか迷いましたが、結局。。。 福岡の柳川、佐賀の伊万里、長崎の市内とハウステンボスに行ってきました。) 3日間、各地をいろいろ周り、充実した旅行になりました(^−^) いち早く載せたいことが見つかりましたので、 旅行の記事の前に書きとめたいと思います♪ 3日目は長崎県を訪れ、まず「グラバー園」に行きました。 【グラバー園】 1863年、スコットランドから貿易商人として日本へ来ましたグラバー氏が、 長崎のこの地に住居を構えました。 その後、多くの異国の商人たちがこの地に住居を建て、共に暮らしました。 当時の洋館が現在もいくつ残されていて、見学することが出来ます。 オペラ歌手・喜波貞子(きわていこ)さんをご存知でしょうか。 園内のリンガー邸で、喜和貞子さんの資料展示会が開かれていたのです。 数年前にグラバー園で催されていたのは、知っていましたが、 まだ開催されていて、とても嬉しかったです・・・! 舞台衣装、髪飾りなどが展示されていました。 そして、プッチーニ(蝶々夫人の作曲者)直筆の楽譜も・・・・! <喜波貞子> 「本名:レティツア・ジャコバ・ヴィルヘミナ・クリンゲン」 1902年 横浜生まれ。 (三浦環さんより18歳年下) オランダ人の祖父と日本人の祖母(長崎生まれ)、 そして、オランダ人の父と日本人の母の間に生まれました。 17歳で単身、イタリア・ミラノに渡欧し、声楽を修学。 20歳でデビュー。以降、欧州各地で「蝶々夫人」を公演し、 人気を博しました。 29歳で反ナチ活動家のポーランド人のオペラ歌手と結婚。 デビュー以来、2000回に及ぶ「蝶々夫人」の舞台に出演したと 言われています。 日本への帰国を強く望んでいたようですが、叶いませんでした。 フランスのニースで81歳の生涯を終えます。 邸内で展示されていた着物。 「蝶々夫人」の舞台で着用しました。 リンガー邸 残念なことに、喜波貞子さんは日本ではあまり知られていません。 「欧州では三浦環よりも人気を博した」、と評している著書もあります。 (実際のところは、現代に生まれた私にはわかりません。。。) 思いがけずに喜波貞子さんの遺品に触れることが出来た、長崎の旅でした。
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「きわ・ていこ」さんについて、初めて知りました。
ほ〜っと、溜息ついて、大感激中です。
何十年も前の小学3年か4年生の頃に映画で初めて「蝶々夫人」を観て、そうした歌劇があるのを知りました。
最近の映画DVDで「蝶々夫人」にまつわる作品をご存知でしたら、何か推薦していただけませんか。レンタル店に走ります。お願いします。
2009/5/27(水) 午前 11:13 [ sum*5*yam*noue ]
私も喜和貞子さんって言う方を始めて知りました。
でも、どうして帰国できなかったんでしょう(-.-)
気になります。
2009/5/27(水) 午後 5:16 [ まるこ ]
グラバー邸いってみたいんですよ〜。妻は以前行ったみたいですが。ちゃんぽんはいかがでしたでしょうか?
2009/5/27(水) 午後 7:29
一口で2000回といっても、凄い出演回数では?
貞子」って言葉が一人歩きした世の中で、喜和貞子てお方を知ってちょっと感動しました。
幸せだったとは思うけど、日本を踏めなかったのは残念だっただろうなあ。
哀愁の蝶々さんて感じですねえ。
2009/5/27(水) 午後 9:55
sum*5さん。
感激して頂いて嬉しいです!記事を書いて良かったです(^-^)
お勧めの「蝶々夫人」ですが、
下記のURLのオペラ映画がお勧めです!
http://www.tk-telefilm.co.jp/madama.html
主役の蝶々夫人に、ミレッラ・フレーニ、
ピンカートン役に、プラシド・ドミンゴ。。。。です。
ただ、DVDやビデオの貸し出しや販売を店頭でしているかどうかは
分らないのです・・・。すみません。
2009/5/28(木) 午前 10:26 [ ルサルカ ]
まるこさん。
はじめまして。コメントありがとうございます。
喜和貞子さんは、ほとんど日本では知られていないのです。。。
残念ですね。。。
どうして、日本に帰ることが出来なかったのか・・・!
昔、本で読んだきりなので忘れてしまいましたf(^_^)
すみません。。。
読み返して、また書きますね!
とても気になりますね
2009/5/28(木) 午前 10:47 [ ルサルカ ]
せなぱぱさん。
クラバー園、素敵なところでしたよ〜!
とくにブラバー邸は素敵なお宅でした。
園内から海が見下ろせるのですが、とても良い景色でした。
ちゃんぽん、美味しかったです!
本場は麺が太いんですね。。。
2009/5/28(木) 午前 10:51 [ ルサルカ ]
ティートさん。
そうですよね〜〜。本当にもの凄い数だと思います!
仮に30年間歌い続けたとして、
・・・一ヶ月に5〜6回の公演に出たことになりますよね。
すごいバイタリティだとも思います。
記事に感動して頂いて、ありがとうございます。
どこか哀愁を感じますね。
2009/5/28(木) 午前 11:03 [ ルサルカ ]
JR忘れ物市で本を買い知りましたが 外交官以上の働きをして下さり
今の国際日本の礎になった事は間違いありません ただ頭が下がるばかりです
2009/8/24(月) 午後 10:07 [ デイライトカラー ]
デイライトさん
コメントありがとうございます。
本当に頭が下がりますね。
音楽は言葉や宗教など民族間の壁を取り除いてくれると思っています。
貞子さんは素晴らしい外交をしてくださいました。
2009/8/24(月) 午後 10:57 [ ルサルカ ]
SP復刻のCDであまりの上手さに驚いた記憶があります。
そのCDはSP時代の歌手たちのオムニバス盤でしたが、1993年本の出版と没後10年記念にビクターから喜波貞子オンリーのCDが出た時慌てて買った記憶があります。委託製作だったので初版プレスで廃盤必至だったからです。まさか17年後、展示会で声が聴けるとは・・・しかも
いまだにCDが売れ残っていたとは・・・歌手としてもっともっと知られて欲しい方だと思います。因みにCDのタイトルは「忘れないで、私を」といいます。
2010/7/4(日) 午後 2:42 [ hokochan ]
hokochanさん。
初めまして!コメントをありがとうございます。
ビクターからそのようなCDが発売されていたのですか・・・!
私も欲しいです!!
本当にもっと日本で貞子さんの功績が知れ渡ってほしいですね。
2010/7/4(日) 午後 10:22 [ ルサルカ ]
喜波貞子の苗字「きわ」は、敬愛していた祖母「山口きわ」さんの
名前からとったと松永伍一の本か何かで知りました。
因みに、彼女は四分の一日本人です。母親が二分の一、父がオランダ人な訳です。
2017/5/4(木) 午後 7:19 [ kaz*kig*o* ]