ラルバ・ムジカーレ 活動日誌

アマチュア古楽アンサンブルのゆるい奮闘記。

全体表示

[ リスト ]

イメージ 1

円山応挙の雪松図屏風を見に行く。(写真は何年か前に買った絵はがき)
この作品は、先日ご紹介した等伯の松林図屏風と並んで
日本二大松図屏風ではないかと思うのだが、両者は実に対照的な作品だと思う。

等伯が描いたのは無数の松とそれを取り巻く空気。
速い筆致で描かれた松そのものの存在感は決して強くないが、
その周囲にある風の音や空気の流れの冷たさまで伝えている。

対して、応挙が描いたのは左右の屏風に老松と若松を一本ずつ。
金泥で塗られた抽象的な空間にくっきり浮かぶ松の姿は、
時間の止まった世界に出現したバーチャルリアリティさながら。
等伯が描いたような周囲の気配はなく、ただひたすら松だけが存在する。

この雪松図屏風に使われた色は、背景に塗られた金と松を描いた墨だが、
この絵の中で最も目を引くのは、何と言っても雪の白だろう。
実はこの雪の白は白い絵の具を塗ったものではなく紙白、つまり塗り残し。
何も描いていない部分に存在感があり、意味が生じている。

現在私たちのレパートリーであるテレマンのトリオソナタの中にも、
全員の楽譜に休符が書かれた状態、つまり誰も音を出していない瞬間が存在する。
紙白が雪になりうるように、無音にも意味がなければならない。

賑やかな楽章であれば、技術的な問題さえ克服すれば音楽が成立するだろうが、
無音状態を音楽まで昇華させるには、高度な計算とセンスを必要とする。
もちろん、未熟な私たちには白っぽい絵の具を塗る(チェンバロ右手による補足)
なんていう選択肢も無いわけではないが…。

閉じる コメント(4)

顔アイコン

充実した演奏では休符が途方もなく充実していると感じます。これは理屈ではなくて音楽だと。自分が演奏していて〜イケてないな〜って思うときは、大体休符が後付の足し算で帳尻合わせになっています。アンサンブルでは個々に後付するとまぐれでも偶然でも合いませんしね(笑)。

2008/1/20(日) 午後 9:41 [ more_60_sonatas ]

休符前後の音の意味付けがしっかり出来ていないと、休符が無意味なものになってしまうのでしょうね。アンサンブルでは、全員の意識を揃えなければなりませんから、練習でかなり詰めておかなくてはならないでしょう。確かに、まぐれは期待出来ませんし…。

2008/1/21(月) 午前 8:22 L Alba (violino)

顔アイコン

こんばんは。
記事を読んで、絵画や音楽には、相通ずる共通性があるものだなあと思いました。
応挙の塗り残しへの意味づけは、ただ感心するばかりでした。

2008/1/29(火) 午前 1:19 [ - ]

私は、いつも音楽と美術作品を無意識に繋げて考えてしまいます。ほとんどは私の個人的な思い込みみたいなものですが…。
応挙の塗り残しの美は、この上なく緻密な計画の上に成り立っているように思えます。にもかかわらず、計算が見えてしまうようなつまらない絵にならないところが応挙の偉大さでしょうか。

2008/1/29(火) 午後 2:59 L Alba (violino)

開く トラックバック(1)


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事