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久しく生きた音楽に接する機会が無かったという事もあり、 場所が私たちの聖堂である近江楽堂であるという事もあり、 演奏者が私の音楽仲間であるという事もあり、 ましてや私自身が乗る予定だったイベントという事もあり、 昨日の演奏会では、大いにライブ感を味わう事が出来た。 もちろんCDで聴く音楽も素晴らしい。 第一線の演奏家がそれぞれの理想を追求した音楽の結晶を、 好きな時に自分の家で、繰り返し聴く事が出来るのだから。 それでもやっぱり音楽はライブだと思う。 演奏者と聴衆が一体となって、たった一度のパフォーマンスを作り上げる。 主客一体、一期一会は、茶の湯の考え方だそうだが、 音楽もまた、型(道具のあり方、器楽演奏の実践や音楽様式も型だと思う)を 通して亭主の想いを客が読み解く時、言葉無き会話が成立する。 まぁ、これはすべての芸術に通じる事なのかも知れないが……。 そして、音楽が会話であり、もてなしであるなら、 巧い下手や解釈の正誤などよりも大切な事が沢山あるのだろう、とも思う。 写真は、開演前のマグダラのマリア、近江楽堂の守護聖人のひとり。
ちょっと心配そうな顔で見守っていた。 |

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昨日 そして昨日までの日々も
本当にありがとうございます♪
violinoさんの美しいチラシとプログラム
友人知人から大絶賛でしたし 私たちも
大いに奮闘できました♪
>そして、音楽が会話であり、もてなしであるなら、
>巧い下手や解釈の正誤などよりも
>大切な事が沢山あるのだろう、とも思う。
なんだかとても心に染みます(;;)
ありがとうございます
2009/9/28(月) 午後 9:35
なかなかお会いすることができなくて、ご無沙汰でした。個人的には、リコーダーソナタもブランデンも聴ける音楽会なんてほかにないでしょ。すごいでしょ…という感想でした。お忙しいでしょうが、またご一緒できますように。サポート改めてありがとうございました。
2009/9/29(火) 午前 6:05 [ more_60_sonatas ]
Shigekoさん、世話人役お疲れさまでした。私も演奏は叶いませんでしたが、裏方として、そして聴衆として精一杯イベントに参加させていただきました。
そうそう、茶の湯の「主客一体」とは、場に亭主の提示したテーマに乗っ取った即興劇を成立させる事のようですから、ある意味私も演者のひとりだったと言えるのかも知れません。
あらためて、楽しい場をありがとうございました。
2009/9/29(火) 午前 8:39
通低弾きさん、おっしゃる通り楽しさ満載の演奏会でした。久しぶりでしたがお変わりなくて……、いや、音楽は変わっていましたよ。チェンバロの響きが地に着いて、ちゃんと音楽の道筋を作っているのが見えました。
復帰の際には、いの一番に通低(弦か鍵盤かわかりませんが……)をお願いする事になると思いますが、その時はよろしくです。
2009/9/29(火) 午前 8:49
音楽とは、客観的な音によって生み出された心象です。同じ盤を同じ音を何度繰り返して聞こうと、聞く日によって「私」は変わります。同じ盤がつまらなく聞こえる日もあれば、光り輝いて聞こえることもあるのです。音楽は、それゆえ、その場限りの出会いの産物なのです。つまりすべての音楽は、たとえそれが録音であろうと、原理的にライブであらざるを得ません。
その一瞬に命をかける、少々極端ないい方でありますが、聴衆にもその覚悟が求められているのでしょう。その覚悟がないと、音楽の扉は決して開かれないように思います。
2014/12/4(木) 午後 8:38 [ gkrsnama ]